1115. 離れる期間の選択肢
「こういうことだ。ギアッチが頼むんだから、もー、俺でもどうにもならん」
ドルドレンは炉場にいる仲間を前に、会議(三者面談+父兄オンライン参加?)の結果を伝える。
ミレイオとタンクラッドは馴染みが薄いが、ギアッチだけではなくて『トゥートリクスもいてな』と苦い顔を見せる総長に、フォラヴもシャンガマックも目を丸くした。
「トゥートリクス?彼が交信したんですか」
褐色の騎士が聞き返すと、総長は頷いて『俺より先にバーウィーと話した』と言う。どうも、ギアッチが授業中の時間だったから、側にいたトゥートリクスが喋りたかったらしい様子。
「元気でしたか、トゥートリクス」
「元気とかじゃないぞ。話がずれている。だが、彼は元気だ(※一応答える)」
北西支部も、救援活動で出払うことの多い最近。
勿論、ギアッチも仕事なので動いてはいたが、テイワグナから引き取った二人の少年の勉強に、間が開くのは良くないと判断し、今日は久しぶりに授業だったという。
「なぜかな。トゥートリクスも授業にいた。あれはもう、別に学ばなくても良いのに」
「トゥートリクスは学びが好きです。ギアッチの話も面白いし、それででしょう」
フォラヴが笑って友達の肩を持つと、ドルドレンは仏頂面を更に深めて『お陰でこのザマ』と口汚くぼやく。
「つまり、どういうことなのよ。その子・・・トゥートリクス?だっけ。私、ちゃんと話したことあったかしら?
顔と名前が一致しないけど、その子もザッカリアが、バーウィーの家に留まった方が良い、って言ったの?」
「いや。そう、はっきりとは。彼は兄弟が多いのだ。ザッカリアを弟のように扱っていたから、出発して2ヶ月の現在。
ザッカリアに休憩の必要を説いてきた。まだ子供だから、馬車の日々も大変だろうし、魔物も退治して、気が休まらないだろう、と」
「良いお兄ちゃんねぇ」
「ミレイオ。そこではない。彼は良いお兄ちゃんかもしれないが(※認める)その意見も手伝ってしまった。
考えてみてくれ。運命の魔物退治の旅において、その名もしっかり『ザッカリア』と、剣の樋にまで浮き上がった、お墨付きなのにっ。
旅の仲間任命の彼を、馬車から降ろす流れになってしまったのだ。
仮に。彼の側で俺たちも過ごせるなら、頭ごなしに反対もしないかもだが。しかし馬車を動かすに、まだ手を打っていないし、こっちにも居られん。
二日三日、せめてシャンガマックが留守中・・・それも最短の留守くらいであれば、その間と思って、また対処も違うが」
「総長、俺も意見を」
「はい。シャンガマック」
挙手した部下を指差して、発言の許可(※そんな大したことじゃない)を与え、総長は悩みを軽くしてもらいたいと願う。褐色の騎士は、じっと総長を見つめ『俺、ですよね』と一言。
「馬車から降ろす、というほどの大事件じゃないです。
俺が館長と会って、戻ってくるまでの間。ギールッフに滞在させておく・・・とした話ですよね?」
「そうだ。何を落ち着いているのだ。龍もいないのに。ちょっと行って、さらっと戻れないだろう」
「でも。俺にはホーミットがいます。夜の間に移動出来れば」
堂々、『ホーミットがいる』と皆の前で言い切った騎士。
ミレイオ、びっくり。
でもまぁ、あの親父相手に仲良くやってるなら(※ウソーって感じ)それも相性ねと思いつつ。使えるものは使って、と応援はする。
びっくりしたように見たミレイオに、シャンガマックは顔を向けて、うん、と力強く頷いた(※親子ってことは隠してると思うから、そこは言わない)。
俺が息子として、ヨーマイテスを今後支えるんだ、と。強い意志を胸に、実の息子・ミレイオに負けないよう、ヨーマイテスと極力、一緒にいることを宣言(※方向がちょっと違う)。
ちょびっと引いたのは、ドルドレンも同じ。
あのイカツイ顔のホーミット。怒っていないのに怒っているみたいに見える顔。
焦げ茶色の金属みたいな、ムッキムキの肉体に、赤い腰布一枚で登場する、怒りのイケメン(←怒ってない)。口を開けただけで魔物が塵になった、恐ろしい強さのサブパメントゥ。
その彼が、シャンガマックにだけは微笑んだり、抱き寄せたりする。イーアンが喚いて、即、人格変わる相手なのに(※愛妻と犬猿の仲)。
今やシャンガマックは、彼の息子さんとなったと知ってはいるが。誰よりも恥ずかしがりの男が『俺にはホーミット!』と皆の前で言い切ったのだから、総長も固まる。
これは。彼女が出来たよりも、一大事(※でもない)。
親方のように、天然で『じゃ、コルステインと寝るから』となれる、性格ならまだしも(※俺の奥さんに横恋慕中でも平気で言う)。
戸惑う総長を前に、大真面目な顔で褐色の騎士は『ホーミットに頼みます』と続けて宣言。
「ホーミットなら、南の遺跡まで、数時間もかからないで連れて行ってくれます。それなら」
「ダメだよっ そんなの早過ぎるでしょ!」
割って入ったザッカリア。怒っているようにシャンガマックを遮る。目を丸くして驚くシャンガマックに、すがり付いて『ダメ!バーウィーが寂しいのに』とか。
「だけど。ザッカリアもまだ、しなくてはならないことが」
「でもダメだよ。そんなにすぐ帰ってこないで!」
帰ってくるな、と言われたシャンガマック。ええ?と困って、子供に眉を寄せ『お前、旅の最中だぞ。いつまで居たいって言うんだ』と問い返す。子供は頑張って考え『2週間はいなきゃ(?)!』それくらいは必要だと反論。
総長ドルドレンは、どうして良いのか分からない。
目の前で繰り広げられる、町中劇場みたいな流れに、自分はどこまで何をするべきなのか、段々、こんがらがってきた(※容量超える)。
『こんな時は、教えてイーアン・・・・・ 』目を瞑って、苦しげに呟く総長の声を拾った親方は、『イーアンは空で寝てるんだろ』と冷たく切った。
仲間の一人が、一時的とは言え、旅を抜ける話なのだから。そう、すんなりと、摩擦なく済むはずもなく。
炉場で早々、作業し始めた職人たちから離れた場所で、ドルドレンたちは話し合う時間を過ごす。
時々、その様子に心配なのか、バーウィーがちょっと顔を向けたが、ザッカリアはすぐに彼を振り向いて、笑顔を見せる。それに応じて、職人が微笑み頷く、その状態を何度か繰り返した。
「ザッカリア。一週間だって、長い気がする。お前はまだ、役目が」
「どうして?イーアンは一週間、帰って来なかった時、あったでしょ!総長に泣かされて」
シャンガマックの窘める言葉に反抗するザッカリア。矛先が総長に向けられて、総長は胸を押さえて苦しむ(※一週間不在理由=奥さん泣かせた)。
笑いを堪えたミレイオが、ドルドレンの背中を擦り『ただの理由だから』と、深追いしないように言う。
「今だって、イーアンはいないよ。どうしてイーアンは良いのに、俺はダメなの!」
「イーアンは、龍気の問題がある。分かっているだろう、それくらい。
それに彼女がいない間、呼べば龍族が来るし、彼らはイーアンに伝えてもくれる。イーアンも、好きで休んでいるわけじゃないから」
「俺は?今まで別に、俺が必要だった場面なかったじゃないか!俺の代わりがいなくたって平気でしょ」
「おいおい。ザッカリア。何を言い始めるんだ」
話がおかしい方向に動いたのを、親方は止める。
鳶色の瞳が、さっと向けられたレモン色の大きな瞳を見つめ『それ。今の言葉。今思ったわけじゃないな?』と詰めた。ザッカリアは、ぐっと眉を寄せて黙る。
親方は数秒、彼を見つめた後、奥に座ったドルドレンに目を移す。ドルドレンも困惑した様子で、親方の視線を受け止め、それから子供を見た。
皆が。一度、ザッカリアを見つめる。ザッカリアはちょっと興奮したように息を吸い込むと、『別に、ずっと居ないわけじゃないもの』と言い訳のような言葉を残し、外へ出て行ってしまった。
出入り口に近い場所にいたミレイオは、慌てて追おうとしたが、フォラヴが止めて『私が』と、ザッカリアの後を追った。
ザッカリアをフォラヴに任せた残り4人は、今回の、条件となる部分を決める。
ザッカリアの吐露は、何とも気がかりな一面を見せていたが。それは後でもじっくり聞けるとして、今は『ザッカリア滞在日数』を考えないといけない。
「帰って来ないでと言われると。早く帰ったら、何を言うやら」
困り気味のシャンガマックに、ミレイオも苦笑いで『そうよね』と同情する。『でも馬じゃ。一人では行かせたくない日数だし』そっちも考えないといけないことを、ミレイオは言う。
「ギールッフから馬車の道で6日、と館長は言っていたんだ。馬だと早いらしいが、しかしギールッフから出発する時点で、そう変わるまい。
往復所要日数10日程度と見たとしても、それをバニザット一人、行かせようとは思えない。例え、夜にホーミットが一緒でも、だ。彼は昼の光に耐えられない」
夜限定は、サブパメントゥの特徴。強くなれば強くなるほど、昼の明るさが体に堪える様子の彼らは、ホーミットも例外ではない。
親方の言葉に、総長も頷いて唸る。両手で髪をかき上げると、そのまま天井を見て考える。
「そうなると。シャンガマックと一緒に、誰かが動くことしかない。その時点で仲間が『短くて10日』は、離れ離れという意味だな」
「私とタンクラッドは、残ろうかとは話していたのよ。ザッカリアの話が出る前から」
ミレイオは総長に、ギールッフの職人たちが意欲的なことから、シャンガマックが南の遺跡へ行っている間、作り手の自分たちは、この町で待っていても良いのではと、相談したことを話す。
「それ。聞いたのだ。言っていたよな、だからタンクラッドがイーアンと、首都の館長に訊きに出たのだ」
「そうよ。だから、すごい大事でもないのよ。ただ、あの時と状況がね」
イーアンもいない。オーリンもいない。龍もいない。魔物は退治したが、町はまだ、傷を受けたばかりのようなもので。
「例えば、私とタンクラッド。それでザッカリアが残るとする。で、あんたたち騎士は、一緒に南の神殿へ行くとする。
そうするとさ、まぁ。人数の分け方と力の分配は、それなりに均等取れている感じもするんだけど」
ミレイオの意見に、ドルドレンはすぐに首を振る。
どうして?と言ったように見た明るい金色の目に『ミレイオ。忘れている』と寂しそうに答える総長。
「均等ではないのだ。俺たち3人が動いて、南の神殿へ向かう。まず、土地勘がないから、道が正しいかも分からん。恐らく、バイラは後数日は動けないだろうから、無理に同行させたくはない。
そして、昼の間が問題だ。夜はホーミットがいてくれるかも知れんが、俺たちと一緒ではないだろうし、昼はもっと不安がある。
龍もいない状態で、俺とフォラヴとシャンガマックの3人が、魔物相手にとなれば。『ハイザンジェルの戦闘』と何ら変わらないことだ」
テイワグナの魔物の出方が、ハイザンジェルと違う。
ドルドレンはそれに早くから気が付いていたし、騎士たちもまた、同じように感じていた。一度に出てくる数が、ハイザンジェルの比ではない。それに『親玉』というのも、手強い部分。
「ミレイオは、お皿ちゃんがある。そして昼夜問わず、その力を使える、希少なサブパメントゥ。
タンクラッドは『時の剣』という、特殊な武器がある。本人さえ、同じような能力を受けた今、彼の戦闘能力は、俺たちを超える。
何も言うな。言いたいことは分かるが、俺は怯えているのではない。自分たちを卑下しているわけでもない。安全を考えているのだ」
総長を遮ろうとしたタンクラッドは、彼に制されて黙り、ミレイオも二人の騎士を見て、何て声をかけるべきか考えた。
「簡単じゃないぞ。ザッカリアを預けることと、南の神殿は別の話だが、これを繋げるとなると。
せめて、龍がいれば違うだろうが。それもないとなれば、俺たちは、過小評価ではなく、事実を常に、認識して動かねばならない」
ドルドレンの言葉は、いつでも皆の命を守ってきた総長としての言葉で、それはミレイオにもタンクラッドにも伝わる。
下手に提案出来ないのは、総長が旅を守ろうとしているからだと分かるため、帳尻の付く方法を何か探し出せないと、物も言えない状況になった。
この後。タンクラッドとミレイオが呼ばれ、職人たちの手伝いを始めた所で、ドルドレンとシャンガマックは、表にいるフォラヴとザッカリアに、一旦、馬車へ戻ろうと伝えた。
ザッカリアは拒んだが、総長は厳しい顔で『今は一緒に来い』と譲らなかった。
総長は、昼直前の時間に、職人たちに『今日は戻る』と伝え、出てきたバーウィーを見て『条件を決定するために、話し合う必要がある』と短く言い、ふてくされる子供を自分の前に乗せると、馬を出した。
タンクラッドとミレイオにも、短い挨拶だけで立ち去ったドルドレン。今、喋れることはない。
彼が、総長として重視しているもの。
それは、自分が守れる範囲を動かさないこと。
だから、もしも仲間が一緒にいられない状態を選ぶと言うなら、彼にとって、多くの安全な条件を見つける必要があった。
お読み頂き有難うございます。




