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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1113/2961

1113. 夜間飛行へ

 

 1時間過ぎても、2時間近く経っても。


 シャンガマックは動けなかった。気配がするから、ヨーマイテスが待っていると分かっていても、シャンガマックは自信喪失にも似た感覚に囚われて、ヨーマイテスの顔を見ることに気後れがあった。


 とはいえ、痺れを切らしたヨーマイテス。


 馬車にはフォラヴもバイラもいるが、突然馬車を揺らす(※強引)。何事かと皆が慌てたが、馬車は一度揺れただけで、それから何もなかった。

 感覚的に、シャンガマックはそれが彼の仕業のような気がし、『魔物かも』と横の部屋で焦るバイラにすまなくて、『違うと思う。俺が見てきます』と声をかけると、外へ出た。


 馬車の中で、2階のフォラヴはバイラに『多分。彼の父親だと思います』と静かに伝えた。


 バイラは『ああ』とぼんやり気が付いた様子で『それなら、良いのだけど』そう言って少し笑顔を向けると、またベッドに引っ込んだ。


 フォラヴは何となくだが、シャンガマックがどうして沈んでいたのかを、これで理解した。


 ミレイオとホーミットが繋がっていることを、短期間で仲良くなったホーミットから告げられていなかったのだろう、と。

 ホーミットがどうして言わなかったのか、それは分からないが。ミレイオも隠していたわけで。何か事情があるのだ。


 シャンガマックを『俺の息子』と、ある朝に宣言したホーミットには、大した隠し事じゃないのかも知れないが、家族的な繋がりを大切にするシャンガマックの性格では、隠されたことが悲しかったのか。


「誤解。生まれていないと良いですね」


 自分のベッドに、静かに横になった妖精の騎士は呟く。友達が悲しまないよう、彼らの夜が良いものに変わるよう願った。



 *****



「どうして来ない。待っていたのに」


 出てきた褐色の騎士に、怒るように問う、ヨーマイテス。騎士は自分を見ないし、俯いていて『ごめん』としか答えない。


「何だ。何かがあったのか。誰かに何かを言われたか」


「そうではないけれど・・・でも」


「バニザット。聞こえないぞ。俺を見て言え」


 う、と声を漏らして、眉を寄せる騎士は目を逸らす。様子がとても変なので、ヨーマイテスは彼を抱え上げ『移動する』とだけ伝えると、夜影を飛ぶように走り抜けた。



 昨日の鉱山に到着してすぐ、今日は場所を変えるつもりなのか、ヨーマイテスは崖の上へと跳び上がり、何度か岸壁を蹴りながら、あっと言う間に月の光が照らす岩の上に移動した。


 喋らない騎士を下ろし、立ったまま彼を見据える。全然、上を向かない。


「バニザット」


「うん。あの」


「言え。俺に何を思う。俺に忠誠を誓ったお前が、なぜ俺を突き放す」


「突き放していない。違う」


「それなら何だ、その態度は。俺が待っていると知っていて、お前は俺が馬車を揺らすまで動かなかった。

 あのまま、俺を待たせて朝にするつもりだったのか」


「ヨーマイテス、違うよ」


 困ったシャンガマックは、顔を手で拭って、大きな溜め息をつく。大男はその態度に不審を感じ『今、言え』と迫った。


 ミレイオのこと。話すなと約束していた総長、タンクラッドさん。ザッカリア、頷いたフォラヴ。俺も言わないつもりだけど・・・ヨーマイテスに話したら、ヨーマイテスはミレイオに言うかも知れない。

 そう思うと、更に口が重くなる。シャンガマックはどうしたら良いのか、気持ちも不安定で戸惑う。



 ヨーマイテスは、黙りこくる騎士の真ん前に立ったまま、どうして彼が、自分を避けているのかを考える。


 何かがあった。それは確かだが、これまであんなに懐いていた騎士が、突然に、ここまで閉ざすような出来事は何だろうかと考えても、そこまでの影響を与えるものは思いつかない。


 イライラしながら、ヨーマイテスが息を吐き出すと、騎士はようやく大男を見上げた。


 その目を見て、ヨーマイテスは少し胸が痛む。普段でも黒目が大きいのに、妙に潤んでいる。騎士の悲しそうな顔に堪らず『どうした』と、もう一度訊く。

 答えようとして唇が開くが、声を出そうにも言葉に困るのか、騎士は喋れない。


 見ていると、自分が苛めているみたいに思えてきて、調子の狂うヨーマイテスは、彼を抱き寄せ『言ってくれ。俺に何がある』と静かに頼んだ。


 シャンガマックは大きな体に包まれて、申し訳なく思ったのか。小さく頷き、諦めたように話し始めた。



「ミレイオに言わないでくれ」


「ん?ミレイオ。何を急に」


「あなたがミレイオの親だと知った。だけどミレイオに、直に聞いたわけじゃないから」


「何だと?」


 ミレイオもいつかは言うだろう、とは思っていたから、これを聞かされても、ヨーマイテスは特に何ともないが。


 問題は、直に聞いたわけでもないことを、『ミレイオには言わないでくれ』と頼む騎士。そして、なぜか親だと知ったことが、まるでこの()()()()()のような言い方をしていること。


「バニザット・・・お前は何を」


「ミレイオは、ヨーマイテスの子なのか?似てはいないけれど、親子か?」


「そうだ。似ているわけもない。俺が創った」


「創った?人を創るのか?」


 何を言ってるんだと、首を振るのはヨーマイテス。


「それがどうした。サブパメントゥは生まれ方が人間と違う。ミレイオは俺が創って、俺が育てた。だからといって、お前に何の影響がある」


 騎士の態度は、全然、意味が分からないので、回りくどくない質問を投げると、騎士は困ったような顔で見上げて、唾を飲んだ。


「言わなかったから」


「言ってほしかったのか?大したことじゃない。俺の息子はお前だと」


 この一言で、シャンガマックの中の混ざり合っていた思いが、ふと言葉になる。伝えるのは控えたが、もしかして、と。


 もしかして、ヨーマイテスは。

 実の息子のミレイオが、シャンガマック(自分)よりも能力が高い・・・そのことを、わざわざ言わないでおこうと、隠していてくれたのでは、と。


 言えば、俺が気にするから。ふと思ったことが、正解のような気がして、シャンガマックは『自分が非力で役に立てない』自信のなさを上塗りした。


「だけど、本当の息子がミレイオだ。彼に比べて、俺は人間だから、あなたの力には」


「おい。何を考えている。だから何だ。お前が人間で俺の息子だと、お前に何の都合が悪い」


 怒ったヨーマイテスに、シャンガマックは一層戸惑った。怒るところが人間と違うのか。いや、気にするところが違うのか。

 すぐにヨーマイテスの腕は解かれ、シャンガマックから一歩離れた彼に、騎士は彼を傷つけたと知った。


「お前は。お前の忠誠はその程度か」


「ヨーマイテス、俺はそういうつもりじゃ」


「浅はかだぞ。魂も一緒だと俺が言った意味を、お前は理解も出来ない。こんなことで、俺を避けるとは信じ難い」


 とても怒っている声。とても怒っている言い方。本当に険しい顔つきに、シャンガマックは彼を見つめ、心臓が大きく揺れる。すまないことをしたと分かっても、何て言えば良いのか。


 ヨーマイテスは、蔑むような目で騎士を見て、『本当にその程度のことで、とは。お前にそんな(つまず)きが起こる自体、理解も出来ない』と呟いた。


 一気に距離が出来て、溝が開いた二人。


 シャンガマックは、謝ることが必要だとわかっていても、そんなことでヨーマイテスの機嫌が戻るとは思えなかった。そのくらい、彼に心外な思いをさせた。それだけは分かるのに。


 どうしよう、と思い、黙って下を向くと。地面に落ちた影が動いた。


 ハッとして顔を上げると、ヨーマイテスは背中を向けて遠ざかっている。『あ、待ってくれ』急いで追いかけて『俺が悪かった。すまなかった』とシャンガマックは背中に向かって謝る。


「ここから。()()()()()のは難しいだろう。

 ここで待っていろ。俺の苛立ちが落ち着いたら、お前を馬車へ戻してやる」


「そんな。行かないでくれ、ヨーマイテス。俺は」


「俺から離れていろ。嫌な気分だ」


 触った腕を払われて、シャンガマックは佇む。焦りが募るが、凄く怒らせてしまったから、近づけない。


 彼の気持ちを分かっているつもりでも、考えてみれば、生まれも育ちも違う。全く知る由無い、別の種族で、彼の感覚でいう『魂』『親子』がどのくらいの大きさかも、知らなかった。


 でも。俺の気持ちも彼には分からないんだと、この時、初めて感じた。


 俺が自分を『非力だ』と思うことが、強い彼には、理解も出来ないかも知れない。非力だから役に立てないと思った、自分の反応はまだ片付いていない。

 だけどヨーマイテスに、そんなことはどうでも良いのだ。


 佇んだ場所で、シャンガマックはどうして良いのか分からず、拳を握る。


 滅多にないが、涙が浮んで、それは顔を伝うことなく地面に落ちた。上空を飛び荒ぶ雲が、月の光を千切り、騎士の涙は、地表を攫う風に吹き飛ばされる。


 風の音が強くなって、シャンガマックは大男の足音も聞こえない、一人の場所で、涙を落としていた。



 彼の大きな信用に対して、悪かった、と思う気持ちと。非力さを感じる自分の、小さな戸惑いを理解してもらいたかった、気持ちと。

 どちらも、ヨーマイテスを想うからこそ。でもそれは、その場を離れたサブパメントゥに届かない。



 シャンガマックは静かに泣きながら、その場所にずっと立っていた。


 どれくらいそうしていたか、分からないが。

 涙がいつまでも止まらず、目元が冷えてきたシャンガマックは、このまま泣いていても意味がないと思い始める。


「謝ろう。聞いてもらえるか、分からないけれど」


 ミレイオと親子であったこと。そのことから、小さな何かを気にしたのは自分で、ヨーマイテスは一切気にしていなかったわけだから。


「俺の忠誠。本当だ。ヨーマイテスの言うとおりだ。俺は、もっと賢くならなければ」


 溜め息をついて、褐色の騎士は目元を拭う。


 思えば、イーアンと仲が悪いのは、イーアンの気質上、彼の態度が気に食わないからだ。

 イーアンは決して、心の狭い人じゃない。だけど、ヨーマイテスの命令的な口調や、皮肉を交える一方的な物言いは、対等であろうとするイーアンには、受け入れる気になれないのだろう。



 イーアンの例を取るのが、一番参考になる。ヨーマイテスを理解するにあたって。


 裏を返せば―― ヨーマイテスはそれくらい、一人でいた時間が長いんだと分かる。


 誰に付き合うこともなく、相手の気持ちを理解するような、近い距離関係もなかったのだ。イーアンを怒らせて言わせる、『不躾』『失礼』は、ヨーマイテスには分からない。一方的なことも分からない。


 誰かと触れ合って生きたことが、まず、なかった。


 あの性格。特別な立場。一匹狼そのもので、関心のないものには目もくれない。コルステインたちとも関わらない、孤高のサブパメントゥ・ヨーマイテス。

 唯一、名の上がる、過去のバニザットも、似たような性格の持ち主だったらしいし、きっと気遣う付き合いではなかったのだ。


 ミレイオと仲良くしている様子もない。見ていて、そんな場面は一度も。

 知らない場所ではあるかも知れないが、裏表のないヨーマイテスに、人前と裏側を使い分ける器用な選択肢は、在り得ない気がした。



 だから、本当に。『俺は、彼に何てことしたんだろう』また、ぐっと胸に突き上げる後悔。


「俺は。彼にとって、本当に大切に見えていたのに。俺のために、死にかけるような魔法まで、体に埋め込んだヨーマイテスに。

 彼の長い独りの時間に、俺はもしかすると初めて・・・彼の心に寄り添ったかもしれないのに」


 俺は浅はかだ。小さな声で、シャンガマックは呟く。


「ごめん。ヨーマイテス」


 どう、謝れば良いのか、悩む。ヨーマイテス、ごめん。それを何度も繰り返し、何度もそれ以上の言葉を探し、落ち着かせた涙がじわじわ上がってくるのを拭いては、その名に謝ることを続けた。



 そうしているうちに、風が変わる。


 ふと、前から吹いていた風が横に変わったことに気が付いた騎士は、風が変わるくらい、時間が経ったのかと溜め息を落とした。


 月の光は相変わらず、上空に流れる雲の影に、地表を青く照らしたり、暗くさせたり。

 月明かりにだけ、構ってもらっている騎士は、意気消沈したまま、『ごめん。ヨーマイテス』と、何十回目かの謝罪を呟いた。その時、騎士の上に大きな影が掛かった。


「もういい」


 ハッとしたシャンガマックは、低い声に顔を上げる。自分の背中から大きな太い腕が回されて、しっかりと自分を包みこむ。

 それと同時に、金茶色の豊かな髪の毛が、シャンガマックの顔に掛かった。真横から覗きこむ顔に、光る碧の瞳が自分を見ていた。


「もういい。聞こえていた」


「ごめ。ご・・・めん。ヨーマイテ・・・」


「もういい」


 涙がわっと湧いた騎士に、眉を寄せて悲しそうな顔をした大男は、騎士の顔に頬を寄せて、流れた涙を自分の顔に当てた。『お前の涙は温度があるな』低い声は囁く。


 シャンガマックは泣いて、ヨーマイテスは背を屈め包んだ騎士の頭を、大事そうに何度も撫でた。


「もう、泣くな。行くぞ」


「俺は。俺は。一緒に。朝までいようと思」


「帰すとは言っていない。行く場所は違う場所だ」


 泣きながら、一緒にいようよと言う騎士に、ヨーマイテスは少しだけ微笑んで、ちょっと視線を上へずらした。騎士が自分を見つめているので、もう一度彼を見てから、同じ方向へ視線を動かす。


 長い睫をびっしょり濡らした漆黒の瞳も、その意味に気が付いたようで、ちらっと同じ方へ目を向けた。


「あれは」


「行くぞ、バニザット。船が好きだろう」


 頬も涙で濡れた騎士が、目を見開いて見たそれは、あの白い船。離れた空に浮んでいて、白く見えていると思えば、ふと透明になったりして、夢の中の絵のようだった。


「船・・・また、船を出して」


「お前が。俺を慕うから」



 数十分前。苛立ったまま、(すが)る騎士に背中を向けて歩きだして、すぐ。後ろで涙の落ちる音に、気付いたヨーマイテス。


 一滴。二滴。三、四・・・五、と数える音に、胸が締め付けられた。小さくすすり泣く声に、ヨーマイテスは何度振り返ろうと思ったか。


 ヨーマイテスも、近寄り方を知らない。こうした時、こんなことはなかった人生で。どう動くのが、自分のために良いのか。バニザットのために良いのか。分からないことだらけで、ほとほと参った。


 そして、屈強な孤高のサブパメントゥに思いついたのは――



「乗せてやる。掴まっていろ」


 涙に濡れた騎士を抱え上げ、ヨーマイテスは船に向かって跳び上がる。船は生きているように、跳んだ大男を迎えに加速し、その舳先にヨーマイテスは降りた。


「わぁ!」


「落ちるなよ。離すな。甲板へ移動する」


 ぐらっと揺れて驚く騎士に、ちょっと笑ったヨーマイテス。

 すぐに舳先を伝って甲板へ降りると、騎士を下ろしてやった。でも、騎士はヨーマイテスの胴体に、腕を回したまま離れなかった。


「見なくて良いのか」


 飛行中の空から景色を見て喜んでいた、最初の乗船。それを訊ねると、騎士は大男を見上げて『こうしていても見える』とニッコリ笑った。



 焦げ茶色の膨れた筋肉を、月光に輝かせる大男は、騎士の笑顔を少し見つめてから訊ねる。


「俺が好きか」


「大好きだ」


「そうか。俺もお前が大好きだ」


 ハハッと笑った褐色の騎士に、ヨーマイテスも満足そうに笑みを湛えて、『ほら。もう海だ』と月明かりに白い道を浮かべる水平線を指差した。


「そのうち。連れて行ってやる。お前が好きそうな場所へ。今は違う遺跡だ」


「俺は。ヨーマイテスが一緒ならどこでも良い」


 嬉しそうに言う騎士をぎゅっと抱き締めて、孤高のサブパメントゥは、その温もりに嬉しく思いながら『連れて行ってやるからな』と約束した。

お読み頂き有難うございます。

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