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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1112/2959

1112. 職人魂・シャンガマックの戸惑い・お泊り組

 

 魔物退治から3日目のこの日も、炉場では職人たちが忙しく動いていた。

 タンクラッドとザッカリアは彼らを手伝い、ザッカリアはバーウィーの側で過ごした。



 前日は、そこら中に転がっていた魔物の回収に明け暮れたが、朝になって魔物の体が消えたことに驚いた職人たち。


 勿論、町民全員が驚いたが、何が起こったか誰も分からない。

 一日通して『一晩で魔物も地面の亀裂も消えた』その話題で持ちきりではあったが、裂け目だらけの地面と、大きな虫のような魔物の死体が転がる無残な風景は、跡形もなく消え失せたために、皆の中には自然と新しい力が生まれた。


 親方は、フォラヴの話をして、驚く職人たちに『自分も驚いている』と笑った。


 こうなれば『昨日、回収しておいて良かった』と冗談も笑って言えるくらいで、職人たちと親方、ザッカリアは、前日に集めた魔物の材料は炉場の中へ全て運び込み、屋内の崩れた壁や、倒れた棚などの片付けを急ぐだけだった。



 午前はこうして過ぎ、昼は、近いイェライドの工房で食べようと移動。


 各自、被害の話も度々入るが、職人たちはそれより(もっぱ)ら、回収した材料で何から始めるかと、そればかりを話題の中心に相談する。


 逞しい、と親方が驚くのは、その姿勢。

 自分たちの身近でも、魔物の犠牲者がいたり、町、地区も合わせれば、泣き暮れても無理はないほどの、被害と死傷者が出ているというのに、目の前の男たちはそこに立ち止まりはしない。


 今、生きているなら。今、何をするべきか。

 真剣に話して、無駄のない動きを決定するために、飛び交う互いの意見に没頭している。


「背骨。イェライドが持ち帰った()()もあるだろ。

 それで、今回の殻。この二つは今、俺たちの手元に、そこそこあるわけだ。タンクラッドたちが分けてくれた、魔物材料もある。

 上手く使えれば、テイワグナの危機脱出に追い風だ。タンクラッドたちがいる間に、改良手前まで作ろう」


「斧も大した威力だったな。接近戦では、力が強ければ斧は使える。イェライドの道具も、広い範囲に効果的だった。

 ディモの銃は、注意は必要だが、弓矢の矢を用意しなくて済む分、単体で持ち歩くのと変わらない便利さがある」


「剣も刃毀(はこぼ)れしなかった。あれだけ硬いやつを斬り続けたのに、ビクともしない。長い間、剣を作ったが、こんなことは初めてだ」


 話し合う内容を聞きながら、食事を終えたタンクラッドは、期待を籠めた目で彼らを見て、楽しそうにしているザッカリアに微笑んだ。ザッカリアが嬉しそうだと、こんな事態でもこっちも元気が出る。


 子供が笑えるように。大人も笑顔に困らないように。


 自分が出来ることは限られているにしても、許された時間を大切に、彼らの役に立とうと親方は思う。



 昼食が終わり、イェライドの工房を出た皆は、炉場へ戻って片づけを続ける。2時を回る頃にはドルドレンたちが来て、町役場での話もしつつ、手伝ってくれた。


 お陰で3時過ぎには、どうにか問題なく使えるまでにすっきりして、『明日からは製作』と意気込む職人たち。前日準備で、夕暮れまでの時間、炭を運んだり、材料や道具を側に持って来たりと忙しかった。


「タンクラッド。泊まって行かないか」


 イェライドが夕方になって、側で手伝っていた親方を引きとめようと誘う。他の職人たちも、話す時間が少ないとした理由で、もう少し残れないかと頼んだ。


 ドルドレンは親方を見て、親方もドルドレンを見る。困ったように笑う二人に、職人たちは『何かダメなのか』と躊躇う理由を訊ねた。


()()いないだろ?あんたたちの仲間では、イーアンくらいだし」


「彼女は俺の奥さんである」


「え。総長の」


 イェライドが親方に『女のためじゃないだろ』と確認した言葉に、ドルドレンがムスッとして断ったので、その場にいた職人は一斉に驚く。『龍の女が、人間の奥さん?』大丈夫なのかよ、と別の方向で心配された(※イーアン=信仰対象)。


 ガーレニーは何となく。表情が強張った気がしたが、いつでも表情が少ない男なので、誰も変化には気付かなかった。


「そうか。タンクラッドと仲が良さそうだから、とは思っていたけれど。総長か」


 余計なことを言うイェライドに、親方は笑う。総長は仏頂面で『彼女は人間の時に俺が見つけた』と拾い物でもしたかのように、出発点をきちっと教え(←『見つけた』って)その答えに、また皆が笑った。



「まぁいいよ。でもじゃあ、タンクラッドは自由だろう?夜は別行動出来ないとか、そんなこともないだろうに。

 宿だって、殆ど壊れたと聞いている。今、馬車で寝起きか?」


「タンクラッドには、龍とは違う、()()()()()がいる。夜になると、彼はその存在と共にいるのだ。人目に付くのを好まないので、タンクラッドは常にその存在と」


「え?次から次だな。何だ、それ。タンクラッドは何が」


 遮ったフィリッカに、ドルドレンはちょっと考えて親方を見た。親方は肩をすくめ『別に話しても』と彼らの態度から、問題ない気がすることを伝える。


 そうなの、と頷いたドルドレン(※説明上手)。


 さっくりと、バイラの言い方を思い出して『夜の守り神』と言うと、職人たちは叫ぶように驚きの声を上げ(※反応が大きい人たち)可笑しそうにしているタンクラッドを見た。



「総長の奥さんが、龍の女。タンクラッドは、夜の守り神と一緒?ミレイオの親も『影を走る男』だし、どうなってるんだ」


 アハハハ・・・と。笑いかけた二人。と、騎士3名。


 ぴたっと止まって、イェライドの驚いた言葉に、彼を皆で見た。固まる笑顔は、瞬きを増やし、イェライドも驚いたままで、彼らの反応に『あれ?』といった様子。


「何・・・って、言った?()()()()()()()?」


「そうだろ?あのデカイ男。凄い怖い顔しててさ、一瞬で魔物倒しちまうような。親、って言って」


 イェライドが戸惑ったように答えている最中で、バーウィーが『間違い』に気が付き、イェライドの肩を引っ張った。『よせ』バーウィーは、騎士たちの表情が驚きに変わっているのを見て、ミレイオが話していなかったと理解する。


 すぐにバーウィーは、騎士たちの呆然としている顔を見渡し、タンクラッドの表情も確認してから『知らなくて良いことだ。ミレイオに話すな』と短く伝えた。


「ミレイオの親が、と」


 ドルドレンが呟くように繰り返した言葉に、バーウィーは首を大きく一度だけ振って、彼を見据えるような目つきを向けた。


「知らなくて良い。俺はそう言った。イェライドは素直な男だ。だから、話の流れで口にしただけだ。

 ミレイオが望んでいないことが分かる以上、誰もこの先、今のことを話すな。ミレイオのために」


 怒っているわけではないが、バーウィーの言い方は圧力が感じられ、有無を言わさない命令に似ていた。


 バーウィーは、会って数回のミレイオを守ろうとしている。その事情を探ってくれるなと、そっとしておこうと決めている。それが伝わり、ドルドレンは頷いた。


「言わない。訊かないし、話さない。分かった」


「約束だぞ。数日後にはギールッフから離れるだろうが、その後もだ。彼が自分から言うまで、誰もこれに触れるな。

 ミレイオは、俺たちと共にここで戦った。短い時間だが、俺たちの仲間だ。彼を詮索するな」


「分かった」


 タンクラッドも頷いて答えた。ザッカリアは真横にいたが、優しいバーウィーの声が低くなって、少し怖い顔をしているのを不安そうに見上げていた。

 でも、バーウィーがミレイオに優しくしたいから、こんな怖い顔をするんだと思うと、彼の手を握って『俺も約束する』と答えた。職人は子供を見て微笑み『そうしてくれ』と温かい声で返した。


 それから、『タンクラッドが畏怖の存在と一緒にいるため、夜は動けない』その話に切り替えられて、夜の守り神にも会いたい!と、職人たちの話はそっちへ流れた(※タンクラッドが渋る)。


 会話に笑顔が戻ったのもあり、時計を気にし始めた騎士たちに『夕食は炉場で食べよう』と誘ったギールッフの職人たちは、昨日同様、外で火を熾して夕食を作り始める。


 無理やりにも似た、強引な親切の温かさに、親方も騎士たちも有難く、夕食を一緒に取ることに決めた。



 調理中から食事まで。話題は、武器や防具の質、魔物の材料の扱い方に染まり、ドルドレンやフォラヴも自分たちが使うものを丁寧に説明。タンクラッドの詳細も加えて、その効果を伝える。


 町長が『一日も早く作って欲しい』と願った言葉を彼ら職人に伝えると、皆が真剣な面持ちで頷き『勿論だ』と笑みを浮かべて答えてくれた。

 ドルドレンも親方も、フォラヴもザッカリアも、彼らの頼もしさに心を打たれる。協力できるなら、と夕食の時間も長引かせて、今後に使える情報は何でも教えた。


 こんな中、一人だけ。口数が少ないのは、褐色の騎士。


 さっきの『ミレイオの親』の一言に、シャンガマックの中で何かが揺れた。

 どくんと揺れたその振り幅が、これまでの小さな疑問を、全て繋げるように感じ、それは止まらなかった。

 あれ以降ずっと、体の中で何かが揺れ続け、自分を『息子』と呼んだ相手の、()()()()()がそこにいることに躊躇う自分がいた。


 この躊躇いは、別に嫉妬ではなく。不信感などとも違う。自分がミレイオに比べて、どれだけ非力かを感じさせるものだった。


 ミレイオはサブパメントゥで、戦えば武器がなくても、相手を倒す力を持っている。

 全身に入った不思議な刺青は、それだけでミレイオの特別さを感じさせるし、誰にでも親切で寛容で、賢く常識的な大人である面も、シャンガマックには苦しく思う。自分は彼と比べて。


 比べることじゃないんだ―― 自分がそう言った、と思い出す。

 でも。それは、天地の力と人間の話であって。旅路における、力の意味であって。


 俺はただの人間で・・・ミレイオは。


 冷泉の遺跡にミレイオを連れて行った、ヨーマイテスのことを思い出す。

 ミレイオが若い頃に遺跡を巡ったから、その知識量かと思っていた。自分よりも各地へ動いたミレイオの、知識。それと、彼と同じサブパメントゥである、何か。水の中も平気とか・・・・・


 ヨーマイテスがとても大事にしてくれるのは、伝わっているし、嬉しいのに。

 何か、自分の立場が危うくなった気がして、褐色の騎士は考え込む。



 そんな騎士の戸惑う心は、少しずつ顔に出て、態度にも滲み、隣に座って食事をしていたフォラヴが気付いて心配した。


「大丈夫だ。何でもない」


「いいえ。何か変です。あなたも頑張り過ぎるから。早めに休んだ方が良いでしょう」


「問題ない。フォラヴ、俺はそんなに柔ではない」


「どうした。シャンガマック、体調が優れないのか」


 二人の会話に、総長がさっと顔を向ける。いいえ、と答えた褐色の騎士の膝に手を置いたフォラヴが、首を振って『彼を休ませたいです』と遮った。


「皆が疲れています。休める時間は、大切にした方が」


 フォラヴが友達を労う発言に、総長もそれはそう思うので了解する。


「そうだな。シャンガマック。お前が夜の間、どこで眠っているか知らないが、体の負担のないよう」


「負担ありません。ヨー・・・あの、大丈夫です」


 せっかく気遣ってくれるヨーマイテスに、誤解されたら嫌だと思ったシャンガマックは、急いで『問題ない』と伝える。

 親方は、再び聞こえた、謎の言いかけ『ヨー(※+マイ)』にピクッと反応したが黙っていた。



 部下の返事に、彼の気持ちを読み取ったドルドレンは、話を『帰る』ことに変えて、場の皆に告げる。


「うむ。それなら。良いのだが。では、時間も時間だ。どうするかな。ミレイオとバイラがまだだが、俺たちは馬車もある。宿へは戻るべきだ。

 タンクラッド、お前はどうするのだ。ここで?」


「うーぬ・・・ここで、と言われると」


「俺は?俺、バーウィーの家じゃダメ?」


 タンクラッドが渋っていると、ザッカリアが挟まる。笑うバーウィーに、ザッカリアも彼を見上げて笑顔で『良い?』と後から確認。


 ドルドレンは、子供に楽しい時間が少ないのは可哀相なのもあり、バーウィーが良いなら、彼を頼めるかと訊くと、バーウィーは二つ返事で引き受けてくれた。


 他の職人も、皆に『うちの工房に泊まれば』と言ってくれる(※毎日)が、騎士たちは『馬車がある』と、家代わりの馬車を守るためにも戻ることを伝えた。


「タンクラッド、どうするのだ。決めてくれ」


「泊まっていけよ。夜の守り神が見たい(※目的)」


 ドルドレンの質問に親方が答えるより早く、イェライドが口を挟む。苦笑いする親方は『見たいと言って、良い相手じゃないぞ』と叱ったが、イェライドは『拝む』と言い始めた。



 ここで、ミレイオとバイラが来て、終わったはずの夕食が続く。


 ミレイオは疲れていて『もう、今日お風呂入って寝る』と、ぐったりしながら笑顔を絞り出していた。


 バイラも疲れてはいるが、午後の前半だけミレイオと一緒で、後は町の倒壊家屋調査などで出ていただけなので、そこまででもなかった。


 さっきまでの話を、ドルドレンに聞いた二人は、ミレイオが『私、泊まっても平気』バイラは『私は馬車へ』の意見に分かれる。


 ミレイオは、ザッカリアも泊まるし、タンクラッドも『良いんじゃないの』と促す。


 悩むタンクラッドに、バイラも、コルステインについて『テイワグナでは、()()()()()人たちは大体知っている存在に思う』と、職人たちの年齢層を見て伝えた。


「おかしな反応はしないのでは。ユータフは若かったから、知らなかったけれど」


 それでも気にしていそうな親方に、バイラは代わって聞いてあげることにし、職人たちに、大まかなコルステインの姿を教える。


 それを聞いた皆は、『山で見た』『川向こうの石碑にも』と古代遺物に記された姿を口々に話し、そうではない者も『伝記の挿絵にあった』『親の出身地に似た話がある』と、全く知らないことはなさそうだった。


「大丈夫ではないでしょうか。彼らは信仰深いし、コルステインを見て、喜ぶことはあっても傷つけはしないです」


 バイラの言葉に、キーガンという白い髭の職人が『タンクラッド。()()()()()に会う機会を、俺たちに与えてくれ』と頼んだ。この年上の男の一言に、タンクラッドは折れる。


 結果。タンクラッドも今夜は、職人の工房に泊まることになり、そこは『二人でいられるように、壁付き』が条件とされ、その条件に叶った、若い剣職人・ロプトンの工房に決まった。



 ミレイオは、ザッカリアと一緒に、バーウィーの家をやんわり希望したが、ザッカリアに断られた(※『俺がバーウィーの家だ』って)。


 他の職人が誘ってくれる中、一度泊まったからというのもあり、ミレイオはイェライドの工房へ。


「では。申し訳ないが、彼らを頼む。俺たちは帰るが、明日また、手伝うことがあれば来よう」


 総長は職人たちに夕食のお礼を言い、タンクラッド、ミレイオ、ザッカリアを預けて挨拶を済ませると、部下二人とバイラと共に宿へ戻った。



 帰り道。


 シャンガマックは相変わらず沈んでいた。フォラヴが気にして、時々話しかけたが、浮かない返事にフォラヴも遠慮する。

 騎士たちとバイラは宿の馬車に戻り、今日一日の情報交換を終えた後、就寝。


 魔物退治から3日目の夜は、穏やかな風を吹かせて、空を翔る雲の群れが、月を何度も隠したり現したりしていた。


 シャンガマックはこの夜。久しぶりに寝台馬車の中に入り、ヨーマイテスに会うのを躊躇い続けた。


 馬車の外ではヨーマイテスが待ち続け、馬車に居るにも拘らず、馬車から出てこない騎士の変化に、不安を感じていた。

お読み頂き有難うございます。

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