表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1111/2959

1111. 目覚めたイーアン・龍気と聖別

 

 この日。朝もゆっくり、空で気が付いたイーアンは、自分がイヌァエル・テレンに連れて来られていたことに感謝する。


 イーアンは、丸一日以上を費やして、ようやく意識が回復。そんなに掛かっていたとは露知らず。



 ボーっとしながら、真上を見つめていた。

 澄み渡る空に、龍が飛び、自分の下は柔らかい。仰向けに寝ている手を少し傾けて、自分の寝ている場所を触ると、滑らかな鱗と分かって微笑む。


 ちょっとだけ顔を動かし、右手に触れた方を見ると、輝く青紫の大地のようなそこは、アオファの背中と知った。


「アオファ」


 息にも似た声で、自分を支えてくれる大きな龍の名を口にすると、ゆったりと背中の下が揺れて、大きな首が一本、イーアンの上に伸びてきた。

 気にしてくれている目に、イーアンは瞬きして微笑むと『有難う』とお礼を伝える。


 近づけたアオファの大きな顔に、重い腕を持ち上げて撫でるイーアン。目を閉じて、体はまだ重いなと思う。アオファのほんのちょっとの部分に触れた手は、すぐに力を失って落ちた。


 でも目は開いていられる。じっと見ている、金色の目に『大丈夫ですよ』と囁く。


「もう少し、こうしていましょう」


 そう言うと、イーアンはまた目を閉じて、温かな光の中で眠り始めた。



 イーアンが眠り始めて30分後。

 空の向こうから、ガルホブラフが来て、背中のオーリンはアオファの上に降りた。

『ごめんな、アオファ。痛かった?(※気にされもしない)』勢い良く降りたからと言いながら、横になったままのイーアンに近づく。


「イーアン。まだ起きないか・・・大丈夫かな」


 頭の側に腰を下ろし、オーリンはイーアンの額に掛かる髪を指でずらすと、そのまま、白い角を撫でた。


「どれくらい使ったんだろう。龍気だけじゃないって、ルガルバンダは話したが」


 命を削るような勢いで、自分の気力を使い切るイーアン。そんな話をされると、オーリンもさすがに笑っていられなかった。


 怖くもなる。想像し過ぎないようにしたが、龍の民の町に戻っても気になって、何度も家を出ては、龍の島に見に来ていた。

 今日は、彼女の側に男龍がいないので、それも不思議に思う。来ればいつでも誰かいたのが・・・用でも出来たのかと思いつつ、オーリンはイーアンの角を撫で続ける。


「君は。どれだけ突っ走るんだろうな。俺もあんまり、ルガルバンダたちの言うことに素直に従えそうにないが・・・君はでも。その命を思えば、もう少し控えた方が」


「何を控えるのです」


「うん?だからさ、命・・・え?」


 角を撫でながら空を見上げて、一人喋っていたオーリンは、聞き返されて驚く。さっと見た女龍の顔には、鳶色に光る瞳が見えていた。目が合ってニコッと笑うイーアンに、オーリンは笑って抱きついた。


「重いですよ・・・!」


「良かった!やっと起きたかよ」


 被さるようにオーリンが抱きついたので、苦笑いするイーアンは咳き込んで、退くように言う。

 龍の民は笑いながら、抱きついた腕に女龍の体を抱えて引き上げ、イーアンの上半身を起こしてやった。


「大丈夫か。体力もなさそうに見えるぜ。息苦しいとか、あるの?」


「息は大丈夫です。さっきも少し起きたのです。でももう一度、眠って。体力は分からないですね」


 起きただけ、って感じかもと言うイーアンに、オーリンも同情気味に彼女の背中を擦る。


「無理はダメだ。ルガルバンダが心配していたんだよ。きっと今日、君が起きたって分かれば、男龍は早速、説教するぞ」


「え。説教。やっと起きたら、説教」


 ヤなんだけど、と眉を寄せるイーアンに、アハハと笑ったオーリンは『仕方ないよ。大事な話だから』と、自分が聞いたことの全容を教えた。



 イーアンは黙って、話し終わった龍の民を見つめた。龍の民も、黄色い瞳でイーアンを見つめる。


 この二人だけは、見つめ合う時間で、お互いの感覚を共有する。まるで兄弟のように。

 互いに、何を思っているのか。何を感じているのか。言葉にするより早く確認し合う、女龍と龍の民。


「私の力。使い方で」


「そう言っていた。俺もヤバイと思う。連続すると、どうなっちまうんだろうって思う。君は強いが」


 イーアンは目を空に向ける。静かな呼吸に、イヌァエル・テレンの空気が動いて、自分も溶けてしまいそうな気持ちになる。


「なぁ。ちゃんと聞いたおいた方が良いと思うよ。説教かも知れないけど、彼らも心配なんだ」


「はい。そうですね・・・ねぇ、オーリン。あなたは。あなただったら」


「何?」


「例えばあの状況で。目の前で魔物が次々出てくる状況で。『龍は破壊するだけ』と、諦めて帰れますか」


 イーアンは空を見つめたまま、呟く。ちょっと鼻を掻いたオーリンは『いや』と一言、答えた。


「あの時。龍に変わった私が、大地を壊し始めた時です。ホーミットが来ました。そして、彼が親玉を誘き寄せると言い、私に『もう、無駄に地面を抉るな』と言いました」


 寂しそうな声に、オーリンは、彼女の言いたいことが分かる。


 黒いクロークの背中を撫でて『気持ちは分かる』と同情した。イーアンも頷いて、やり切れなさそうに『どうしたら良かったのか』と独り言のように落とした。



「ファドゥにもね。言われていたのです。魔物の出た日の朝。グィードに会いに行きたいから、と連絡珠で話した際。

 いつも穏やかな彼は、私に注意しました。『力尽きる強い女龍に、自分たちは恐れを持つ(※1093話参照)』と。ズィーリーはそうした動きを選ばなかったとも」


 可哀相になってくるオーリンは、イーアンの言葉に続けて良いか、少し躊躇ったが『俺もルガルバンダにそれを聞いた』と、ズィーリーとの比較を伝えた。もしかすると、イーアンが無理をしなくなるかもと、そっちに考えて。


 イーアンは一層、項垂れた。体育座りした姿勢で、頭をがくっと下に垂れて『ああ』と、悲しそうな声を出した。


()()()()つもりじゃないよ。

 ズィーリーって、性格が大人しかったみたいだから、我慢が多くて動かない性質だったんじゃないの」


「彼女は、私より若かったそうです。これは、不思議な遺跡でそれを見た、シャンガマックが教えてくれてました。ニヌルタたちも最初、私を見た時に、私の方が年を取っていると話していて・・・ああ、別の方向でも落ち込む」


「落ち込むなよ。年齢はどうにも出来ないだろ?それ、何か繋がってるの?」


「そうでした・・・うっかりするところだった。

 ズィーリーは若かったのに、私よりも女龍として、と言うべきか。龍族として、()()()()()の線引きを知っていた気がします。

 私は分からない。分かっても、選べるのか。それを思うと」


 イーアンが黙ったので、オーリンは彼女の肩を抱き寄せて、白い角をぽんぽん叩く。


「俺も『選べない』方だ。死にたいとは思わないし、誰それの場所を壊すことが、良いとも思わないけれどな。

 でも。それでも。()()()みたいな状態になったら。俺がイーアンと同じ立場なら、同じことをするだろう」


 オーリンの寄り添う言葉に、イーアンは小さく頷いた。それから、はたと止まる。



「今。何て言いましたか・・・一昨日」


「そう。一昨日の状態は、俺だって」


「いえ、いえ。そうではなくて。()()()()()じゃなくて?」


 急いで確認するイーアンが顔を向けて、問い重ねる。オーリンは『一昨日だと思うけど』と、勢いに押されてちょっと笑う。


「えっ!私はそれじゃ、一日中寝ていたって事ですか」


「そうだね。一日以上かな。寝ているというか、意識がないんだし」


 え~~~! 驚くイーアンは、慌てて腰袋からドルドレンの珠を取り出し、『ド、ドルドレンたちが』と焦る。オーリンはちょっと彼女の手を手を重ねて、連絡を止める。


 何で止める、と自分を見た女龍に『言伝があるよ』それを先に言おうか、と訊ねた。


「何です。早く」


「いいや、焦るなよ。起きない時間が1週間、とかじゃ。そりゃ起こしただろうけど。まだ、2日目だ。物事は動いていない。

 一つはアオファの鱗だ。もう、ないんだって。使い切ったとかで、イーアンに鱗を運んでもらいたいと言われた」


「分かりました。後で、この仔にお願いします。それで?他は」


 こっちの方が即答できるか分からないよ、と前置きしたオーリンは、職人たちが回収していることを伝える。一瞬、嬉しそうな顔をしたイーアンだが、オーリンの話した続きに真顔に戻った。


「そういう顔になるだろ?その感じだと、イーアンも知らなさそうだね」


「ええ・・・そう。かも。私も度々、気にはしていたのですが。どうだったっけ・・・いつだったか『こうじゃないの』と結論が出たような気もするのに。思い出せない」


 眉根を寄せるイーアンに、暫く答えを待ったものの。イーアンも正確には分からない様子に、男龍に聞くようにオーリンは促す。


「聖別した魔物の道具や衣服で、最初の頃、彼らに会っていただろ?その時に、何か言われた記憶がないなら、今回はっきり訊いてみろよ」



 オーリンがそう言うと同時、空に龍気が膨らむ。イーアンもオーリンも、それが男龍だと気づく。


「来たな」


「来ました」


 女龍は、龍の民を見て『オーリンも一緒に来るか』と訊ねたが、オーリンは苦笑いで『俺はいい』と即、断った。


「最初に言っておくが、今日は多分帰れないぜ。少し、イヌァエル・テレンにいさせる話だったからな」


「げ。じゃ、アオファの鱗とか、どうするんです」


「起きたか。イーアン」


 近づく男龍を、二人がちらちら見ながら話していると、割り込むようにビルガメスが真ん前に到着。


「話くらいは大丈夫そうだな。オーリン、お前も来るか」


「いい、俺は戻る」


 龍の民の答えに、フフッと笑ってビルガメスは頷くと、座っているイーアンを抱え上げ(※イーアンげんなり)『うちへ行くぞ』と、あっさりまた戻って行った。

 見送ったオーリンは、溜め息をついて『大変だな。女龍も』と同情し、ガルホブラフを呼ぶと、自分も龍の民の町へ帰った。



 ビルガメスの家に着いたイーアンは、ビルガメスの子供がいることで、少し気持ちが柔らぐ。


 小さな子は人の姿に変わっていて、ジェーナイよりもちょっと小さい。とても可愛いその男龍に、イーアンは近寄って抱き上げ、しっかり抱き締めた。


「そろそろ、名前をつけるぞ」


「はい。でも今は、思い浮ばないです」


「急がなく良い。今日明日の話じゃない」


 子供を抱き上げて、嬉しそうにしているイーアンをベッドに座らせ、ビルガメスもベッドに寝そべる。


「お前が。そうしていてくれるのが、俺にとってどんな感覚か。()()()()()()()


 否定形で言われた言葉に、子供にちゅーっとしたイーアンは、ビルガメスを振り向く。ビルガメスを見たイーアンにつられて、子供もお父さんを見る。


 二人が揃って自分を見たので、笑った大きな男龍は笑って腕を伸ばし、イーアンの背中を撫でた。


「俺は今。とても嬉しい。だが、お前の動きは俺を恐れさせる」


「恐れ。それは、私が無理をすると」


「そうだ。オーリンが話したか。ルガルバンダも、オーリンに伝えておいたと言っていた。

 お前は俺たちを凌ぐ龍気を受け取り、その力の幅は、まだ全部現われていない。が、()()()()が、無尽蔵に出せるわけでもない。

 お前の力を、お前自身が知らない。それでは、元の精気にすら、影響を与えるだろう」



 龍気・・・イーアンは、その話を聞きたいと思った。


 でもその前に、忘れてはいけないことを先に訊く。ビルガメスにちょっと待ってもらい、『魔物の材料』のことで教えてもらいたいと頼んだ。

『この話を忘れては困るのです』と添えると、ビルガメスは眉を少し上げて、意外なことを口にする。


「お前が聖別した何か、渡せば良いだろう。お前じゃなくても」


「私が聖別したものですか。それを使って、聖別のような状態が?」


「そうは言っていない。お前が触れたようにしたいなら、お前が用意したものを渡して、それを使わせればいいだろう、と言った。聖別じゃない。お前やタンクラッドの龍気が触れるのと、似たような状態になる」


 魔性を取ればいいんだからと、大きな男龍は話した。疑問が(もた)げたので、イーアンは質問。


「タンクラッドも龍気がありますか?男龍に祝福を受ける前から。では、オーリンやドルドレンは」


「それは役割だ。タンクラッドは『時の剣』を持つ男だから、龍気も彼の中にある。俺たちに会う前から、それは決まっていただろう。

 ドルドレンは勇者で、タムズの祝福も俺の祝福も受けているが、あれの役割とは違うから、龍気を含んでいても、お前の求める状態にあまり意味はない。それはオーリンもそうだ」


 イーアン、暫く考える。腕の中で小さい子が眠り始めたので、前後に体を揺らしながら、あやして寝かしつける状態で、今までのことを思い出す。


 その、揺り椅子のような動きをするイーアンと、まどろむ子供がイーアンの胸に寄りかかるのを見て、ビルガメスは優しい微笑を向ける。『いつまでも見ていたいものだ』そう呟くと、静かに息を吸い込み満足そうに、笑顔のイーアンを見た。


「聖別とは違う。だが、魔物の魔性を消す程度なら、お前が聖別したものを渡して使わせろ。

 タンクラッドでも出来ないことはないかも知れないが、あれは人間だから、自分が触れる範囲にしか及ばないかも知れん」


 そんなこと、考えたこともなかったからなと言うビルガメスに、イーアンは確認だけする。


「私が。聖別。それを、普通の方に渡すと、それを使って、魔性を消すことが出来るのですね」


「そう、伝えた。以前、俺がアオファの鱗を聖別したな(※767話参照)。『お前も出来そうだ』と、俺は言った。覚えているか。今のお前は出来るだろう。

 仮に、()()()()()の強い聖別であっても、俺たちと同じ効果はある。魔性を消すだろう。サブパメントゥには、ないだろうが」


 そうなんだ、と思うイーアン。

 治癒場は精霊の力のような気がしたが、そういうのもあるのかと、ぼんやり覚えておく。『言われたまま覚えるのが、一番間違いない』のは、最近知ったことだった。



「さて。お前の質問が済んだ。俺の話に移ろう。

 先に言うが、お前は今日はこのままイヌァエル・テレンだ。中間の地には()()()()。明日もそうなるだろう。明後日はどうするか、まだ分からない。お前次第」


 思うところはあっても。イーアンは抵抗しなかった。オーリンが教えてくれたことを思い出し、自分の立場を、しっかり知る必要があると理解する。


 いろんな場面で理解してきたつもりだった。まだまだ、たくさんあるんだろう。これで完璧と言えるまで、後どれくらいの理解が待っているのか。数えることも出来ないが・・・・・


「後でな、皆を呼ぶ。男龍と女龍で話し合う。良いな?」


「はい」


 腕の中で子供が寝たので、イーアンは彼を抱え直した。ビルガメスは自分の横に寝かせるように言い、『すぐに龍に戻る』と教える。

 その言葉通り、小さな可愛い男龍は横になって数分もすると、光って龍に変わった。


「これが龍族だ。俺たちは大人だから、人の形を取って動くが、『龍』は『龍以外の何者にもならない』。

 お前もそうだ。姿は人だが、お前は龍なんだ。龍である以上、お前の体を守る、()()()()()()()を失ってはいけない。それは呼吸を失うのと同じ」



 龍気を失えば、魂を生かす力も使うことになるぞ、と。


 美しい男龍は静かに伝え、一呼吸置いてから、悲しそうに眉を寄せる女龍にもう一つ、大切なことを教えた。


「イーアン。龍気そのものを、お前はもっと知る必要がある。そして、お前が龍族でも一番、その立場を分かっていなければいけない、そのことも。

 大津波の時、男龍が見守り続けた理由を、お前も()()()()()だ」

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ