1110. 旅の六十日目 ~アギルナンの復興を考える
宿屋の裏庭に、フォラヴが戻ってきた時。皆は食事を摂っていた。
少し遅い食事だったのは、ミレイオの意見『ちゃんと食べないと』と、ドルドレンの意見『町の皆は食べれていないのだ』が、穏やかな対立をしていたからだった。
ミレイオはきちんと食べさせたい。ドルドレンは自粛で簡素な食事を選ぶ。
結局、間を取って、煮込んだ塩漬け肉。
『これ、茹で肉って言うのよ』不服そうなミレイオに、ドルドレンは、その不満そうな顔を覗きこみながら『でも。俺たちは肉を食べれているのだ。それだけでも』と遠回しに、これで良いと思う、と伝えていた。
こんなやり取りの中で戻った、妖精の騎士。
皆が今、一番話を聞きたかったその人が現われて、すぐにセンは飼葉を与えられ、フォラヴにも肉が渡された。
「ごめんね。疲れて戻ったのに、朝食こんなで。脂身取ったけど。硬かったら、『タンクラッド』か『ドルドレン』にあげて」
ちょっと嫌味っぽいミレイオに、ドルドレンは寂しそうに目を逸らす。
ミレイオは『茹で汁、飲んで良いわよ』と冷たい視線を大食らいの男二人に向け、『どうせ、肉と塩の味しかしないし』とぼやくと、騎士たちに『お昼、違うの食べようね』と話していた。
横に座ったタンクラッドは、総長に同情して『お前の気持ちは普通』と、ちっちゃーい声で同意を示した(※ドルは親方が好きになる)。
「あいつはな。どんな時でも平常を保とうとするところがある。ま、例外もあるが。
だが、大抵の物事においては、自分の平静を維持するために、普段と変わらない状態を続けるところがあるんだ」
「そうなのか。言われれば、思い当たる。ミレイオは常に、俺たちに安心を」
「それがあいつなりの、整え方なんだ。人間は脆い。一瞬、日常の一部を失うと、勢い良く崩れてしまう。ミレイオはそれを知っているから」
「聞こえる」
ひそひそ話し合っていた二人の会話に、ミレイオが挟むように一言投げて、親方とドルドレンは黙った。そして丁寧に肉を食べることに集中した。
シャンガマックやザッカリア、戻ったばかりのフォラヴ、バイラは苦笑いして、静かに朝食の肉を食べる。
場の空気に、可笑しそうに笑ったミレイオが『で?何したの』と、フォラヴに質問したのをきっかけに、妖精の騎士は、昨日からの一日にあった出来事、その殆どを話して聞かせた。
話し終えたフォラヴに。その場にいた皆は暫くの間、無言で彼を見つめ『どんな?』とザッカリアが沈黙を破った。
「どんな。それは」
聞き返した空色の瞳に、ザッカリアが『だって。違う体なんでしょ』問い詰めるように急ぐ。妖精の騎士は、くすっと笑って頭を振ると『それほどではないですよ』と答えた。
「イーアンのように、見た目も能力も著しく増える変化はしません。ホーミットのような、人から獅子へ変わることもなく。勿論、コルステインのように、様々な形に自分を変えることも出来ません」
「でも。どうなるの?俺がソスルコと・・・あれ?そうか、フォラヴ知らないんだ」
「はい。話は聞きましたが。でも、ザッカリアとソスルコの状態とも違います。私は少し、この見た目に違うものが加わるだけです」
ザッカリアがお願いするように、大きなレモン色の瞳で騎士を見つめると(※周囲は子供に任せる)フォラヴは困ったように笑顔を向けて、何度か瞬きすると『見せてほしい、という意味ですか』と訊ねた。
「そうだよ。ダメなの?」
「私は疲れるかも」
「じゃ、ダメよ。疲れちゃうのに、無理させられないもの」
さっと答えたのは、ミレイオ。ザッカリアが口を尖らせてミレイオを見たので、ミレイオは立ち上がって、自分の分の肉をちょっと、子供に分けてやる。
『お食べ』口の前に肉を出されたザッカリアは、むくれたまま口を開けて食べた(※肉は好き)。
「もう、この話し終わり。良いわね?この子、頑張って夜中に動き回ったのよ。元気な時にお願いしましょ」
「でも。見たかったのに」
「今じゃないの。イイコなんだから、分かって頂戴」
ミレイオに頭をぽんぽんされて、もぐもぐしながらザッカリアは頷く。ちらっとフォラヴを見ると、彼は静かに笑った顔を向けていて『今度。余裕のある時に』と約束してくれた。
ドルドレンは話を聞いていて、ずっと気になっていたことを確認する。部下は『土を落ち着かせた』ような話をしたが。
「フォラヴ。ということは。今、動けない俺たちが見ることは出来ないが、町の外、イーアンの力で削られた地面も」
「そうです。全て。イーアンは土を掘り起こしたのではなく、消し続けたので。土はかなりの量が消えましたが、彼女の破壊し続けた大地の下は、空洞が。
民家も果樹園もない場所でしたから、不幸中の幸いと言うべきか。イーアンのことだから、それだけは選んだのかもしれません」
空洞の上にあった地面を抉ったので、もう、薄皮一枚のような地表しかない場所に、妖精は土を呼んで満たしたという。地面の下、所々にある空洞には、夥しい数の魔物の亡骸を、全部、石に変えて詰めた話。
「ですから。全体的にこの地域は、すり鉢のように、下がった形にはなったでしょう。ですが、沈むことはもう起こりませんし、急な角度の亀裂も抉れも解決しています」
「果樹園も。植樹や、林も」
「はい。根や幹が壊れていなかった木々は、私たちが起こしました。木々は逞しいので、きっと来年も実を付けます。今年の分は諦めるにしても」
妖精の騎士がそう答えると、バイラは立ち上がって彼の前に行き、彼の前に跪き『有難う』と小さなお礼を伝えた。
声が出てこないくらい、バイラが感謝しているのを彼の表情に見て、フォラヴは微笑む。警護団員の顔は涙を堪えるようで、フォラヴも心を動かされる。
「お立ち下さい。バイラ。私だけではないのです。妖精たちが力を貸してくれたし、これまでアギルナンの人々が、森林を大切にしてくれたお礼もあるから。
あなたは自分の町でもないのに、そんなに感謝を心に宿して」
「いいえ。町は私の町ではないけれど、私の国です。テイワグナに奇跡を運び、魔物の脅威と戦い、人々の生活を逸早く守ろうとして下さる、皆さんに。
そして、今こうして・・・町が復興するに必要な、収入源や地盤を治してくれたフォラヴに。私が心から感謝しない理由はないんです」
私たちは守られている、と目を瞑るバイラに、フォラヴは彼の手を握って『妖精も力を貸した、と。それを覚えておいて下さったら、私たちは嬉しい』そう、控え目なお願いを伝える。
空色の瞳の優しい眼差しを受け、バイラは『勿論です』としっかり頷いた。
微笑むフォラヴ。二人の会話を見守りながら、誰もが微笑を顔に宿した朝食の時間は、この後、少しして終わり、一行は今日の動きを話し合う。
フォラヴは言わなかったが、もう一つ、自分だけでも記憶に留めておかないといけない、今回の件について思うことがあった。
それは夜に、町の外を巡った時。地下で見つけた空洞の数箇所に、遺跡のような場所を見たこと。
異様な雰囲気の遺跡で、フォラヴは、それに近寄ってはいけない気がした。他の妖精も近寄ることを拒み、遺跡のある空洞だけは、魔物の亡骸の石も置かないで帰った。
『あれは・・・龍?空のものでは』静かな疑問に、見たことのない遺跡の影が、改めて記憶に刻み込まれる。
しかし、自分の範囲ではない。それだけ分かっていれば、妖精の騎士には充分だった。
理由がどうであれ、立ち入ることない領域と見て分かれば、別の種族のものとして手をつけない。それはフォラヴの立場から見れば、自然に選択できることでもあった。
一行の話は、今日と、今後の動きに焦点が当てられ、総長は『龍が戻るまで、少し町に居よう』と仮決定した。
昨日、ギールッフの町長が、バイラに『総長に魔物の対処を相談したい』と話していたこともあるし、バイラとミレイオが回った集落の惨状も、詳しく知らせないといけないし、生存者のいる集落に、早い救援が必要であることも。
果樹園は実を殆ど失ったので、収入源の断たれた町は、建物の倒壊も撤去作業を始めるのと同時進行で、支援給付金の申請も急がないといけなかった。
伝達が誰より早く出来るのは今、『ミレイオだけ』と皆は感じていた。
ミレイオは、お皿ちゃんの移動も出来れば、地下を伝って数時間もしないうちに、首都のある地区まで動ける。
サブパメントゥ特有の『光に弱い』部分が、一切ないミレイオだからこそ、そして、地下に広がるサブパメントゥを、縦横無尽に動ける出身者だからこそ、の頼り。
「ミレイオも。町長の相談に同席してほしいのだ。彼らは連絡の術が限られている」
「そうなるでしょうね。私かな、とは思ったけど。
うん、でも。ちょっと誰か。あんた・・・タンクラッド。職人たちのところに行ってあげて。炉場は片付けるって昨日話していたから、午後にでも作業予定つけ始めるかも」
ギールッフの職人たちの、側にいてやりたいミレイオ。今回の魔物相手に、彼らがどう戦っていたかを一部始終見ていた。
でも自分しか今、身動き取れないと分かっているだけに、町の事情より先に、職人を優先することは出来ない。
タンクラッドは頼まれて、了解する。フォラヴが『ノクワボの水を水源地へ』と話していたのもあり、ミレイオに壷の残りの水を持たせた。
「職人たちのところは俺が行こう。騎士たちは?全員で町役場か」
「俺。俺はバーウィーの手伝いする」
ザッカリアがタンクラッドの側に来たので、親方は子供を預かる。『ザッカリアと、俺?だけで良いのか』とりあえず、ザッカリアがいれば、総長に連絡が付く。
ドルドレンは『相談が終わって、特に自分たちの任務がないなら、炉場へ行くかも』と答え、親方とザッカリアを送り出す。
親方は、馬一頭に、自分と子供が乗ることにし、騎士たちとミレイオ、バイラに挨拶して、炉場へ出かけた。
見送った皆も、町役場へ向かう準備。
ミレイオは『私、昨日気になった井戸があるから』と、先にそちらへ行ってから、町役場へ行くと言い、一人出かけた。
バイラは馬を出し、馬房に入ったドルドレンたちは手綱を手に、ふとお互いを見る。
「馬車。通れるのでは」
「少し。馬車が滑るようなところは、まだあるかも」
ドルドレンの言葉にフォラヴは、なだらかになった段のような道のことを気にする答え。
「馬は。問題ありません。でも馬車となると、まだ。宿から道に出て、亀裂のあった場所に下がる時、下り道のような感覚に。逆もですが」
「そうか。石畳の列がずれたし。斜めになる上に、土と煉瓦の混ざる道だから、車輪が」
シャンガマックが頷くと、フォラヴも『その舗装は町の方々が行うと思うから』と、そこまではしていないことを言う。
「充分です。フォラヴは充分、亀裂を消して均して下さった。馬車は控えましょう。馬で、役場へ向かえば良いだけの話です」
そして。総長たちは馬車を置いて、昨日同様、馬で出発。
馬車が気になるな、と総長に言われたシャンガマックは『ちょっと・・・頼んでみます』誰にとは言わず、目を泳がせて『昨日もそうだったみたいだし』と呟く。
正直者の部下が、オロオロする様子。何度も見たことがあるドルドレンは、相手が誰かを察して『町役場はまっすぐだから、この道を左だ』と道の確認をさせ、余計なことを質問せずに、シャンガマックを残して先に出発した。
褐色の騎士は、皆がいなくなるのを見送る。均された通りに出てきて、不思議な回復をした町の様子に喜ぶ人々の声が、そこかしこから聞こえてくる中。
裏庭の影にそっと入って、誰もいないことを確かめると『ヨーマイテス』と名を呼ぶ。
何度か名前を呼び続けると、宿と庭木の揺らいだ影に、焦げ茶色の大男が現われた。
その碧色の目が、見通すように自分を見ているので、シャンガマックは馬車のことを話す。彼はフフンと笑って、騎士の頭を撫でると、すんなり結界を張ってくれた。
「他は」
「これだけだ。置いて行くことになるから、心配で」
ちゃんと、自分の言い付けどおり、馬車に注意を向けた息子(←33才)をもう一度撫でて(※既に溺愛)ヨーマイテスは『また夜な』と言うと、すっと影に消えた。
嬉しいシャンガマックは馬に跨り、ニコニコしながら町役場へ出かけた。
バイラとドルドレンたちは、程なくして追いついたシャンガマックを加え、4人揃って、町役場に到着した。
ごった返しているのは初日夜から変わらずで、避難している人たちとテントを避け、馬を繋いでから、役場の中へ入る。
バイラが町長を探している間も、騎士たちは、最初に来た時の町役場の整然とした雰囲気が、全く異なることに、事態の変化を思わずにいられなかった。
間もなくして呼ばれ、人が行き交う中をくぐって、騎士たちは町長と会う。彼はこの二日間で、相当憔悴していた。目が窪み、血色が悪く、唇は乾き引き攣って、髪はぼさぼさだった。
通された部屋も、散らかっていて、物が山積みになった倉庫のような場所に、町長は椅子を出して彼らを迎え、『バイラに聞きました』と最初にお礼を言った。
バイラは資料を取りに行き、臨時で増えた駐在警護団員に預けてあった、アギルナン地区の集落被害資料を総長たちにも見せる。
町長は既に目を通した後で、その資料を目の前にした時、とても悲しそうに両目を押さえた。
ドルドレンたちも渡された資料の表面を見ただけで、心が痛む。この場に、ザッカリアを連れて来なくて正解だったと、ドルドレンは思った。
「アギルナン地区魔物同時発生の被害者。イル・シド集落で犠牲者総数12名。この内、死者8名。
鉱山裏、イル・バナンニ集落の犠牲者総数21名。内、死者6名。鉱山南、エンジメンニャ集落は、犠牲者総数9名、死者は3名。チェデラード集落と、ペペルビヤ集落、ペペルビヤの川向こうにある、分離集落は全滅です。
ギールッフは、昨日12時までの間で、死者310名を確認しています。まだ増えるかもしれません」
戦闘開始後。ドルドレンがオーリンに聞いた、『俺が行ったところは、どうにか間に合ったけど』その集落が、全滅していない場所だと分かり、目を閉じた。オーリンが行かなかったら、どうなっていたか。
「何とも」
「同じです。私も何て言えば。総長たちは戦って下さったんです。何も仰らないで下さい。私たちの被害を減らして下さったんだから」
町長は、辛そうな騎士たちと警護団員を見て、『悲しいです。でも、今。やるべきことが山のようにあります』今はそれを進めなければと、苦しげな顔に、強い意志を浮かべ、彼らに言う。
「あなた方は魔物の被害から、常に戦って進み続けたハイザンジェルの人々。
知恵を貸して下さい。いつまで滞在されるか分からないけれど、このアギルナン地区を哀れんで下さい」
「無論だ。やるべきことは、今だからこそ迅速に行わねばならん」
総長は町長に頷き、最初に町が取る行動を相談し、後から来たミレイオを紹介すると、彼が多くの地域へ動けると教えて、心から感謝する町長相手に、ミレイオと騎士たち、バイラは1時間以上話しこみ、率先する動きを定めた。
そして町長は、他の職員も呼び集め、内容を聞かせて皆に意見を聞き、細かい部分や懸念なども、ある程度、煮詰めた案を書き留めると、復唱確認し『では。早速』と準備に掛かった。
ここまでで、時刻は昼に入る。
動けるミレイオは、アギルナンの生存者がいる集落に最初に伝える話になり、午後はバイラと一緒に集落を回ってから、バイラを町へ先に戻して、その後首都へ動くことに決まった。
総長たちは、職人の話も町長に出したので、町長は炉場へ騎士たちが向かうことを了解した。
「武器を。防具を。一日も早く、作ってほしいと願っていることを伝えて」
町長は総長の手を握り締め、町の復興を目指して昼夜問わず努力すると誓った。ドルドレンたちも彼を励まし、出来ることはしたいと答え、昼過ぎに町役場を出た。
お読みた頂き有難うございます。




