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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
111/2944

111. ウィブエアハのデート

 

 機嫌を取りながら午前が過ぎるドルドレン。


 若干の機嫌向上が見えたものの、途中で『イーアンがオークロイに色目使ったから』とボロッと呟いたため、イーアンの機嫌は降下した。


『色目ではありません。直向(ひたむき)で厳格に、ご自身の仕事を持する姿勢に感極まっただけです』冷たい目つきでドルドレンを睨み『何て感覚で私を見ているんですか』と吐き捨てるイーアンに、何も返す言葉がなくなってしまった。


「だって」 「・・・」 「イーアン」 「・・・」 「返事して」 「何です」 「冷たくしないで」



 イーアンの機嫌が戻らないどころか、地雷を踏んだことに、ドルドレンは悩んだ。


 ルシャー・ブラタの帰り道、デナハ・バスの町を通過してしまうと、次の町のウィブエアハに着くまで買い物が出来る場所はない。買い物が出来ない=手っ取り早く機嫌を直す(※勝手に機嫌が直る)方法は使えない。それまで自力で頑張らなければならない。


 ちょっと強引に取り組むか、とドルドレンは頭を掻く。イーアンの体を片手でぐっと抱き締めて、振り向いたイーアンにキスをしようとする。頭を反らされる。『そういう口付けの使い方はお()しなさい』と顔を押し退けられ、かえって傷ついた。 ――ううっ、心が。心が。心が壊れそう。もう駄目かも。



「イーアン」 「・・・」 「イーアン」 「・・・」 「イーアン。ごめんなさい」 「もう」



 もうっ、て言ったということは。許してくれたかもしれない。ドルドレンが覗き込むと、イーアンは困ったように目を合わせた。少し頬が緩んでいる(気がする)。


 様子を伺いながら、少しずつ背を屈めて、鳶色の瞳に近づく。イーアンが振り返ったほうの腕を伸ばして、ドルドレンの首に回して頬にキスをした。

『私も意地を張りました』ちょっと恥ずかしそうな一言が、黒髪の騎士の喜びに繋がった。目一杯、抱き締めてイーアンの頭に頬ずりする。


 馬上なのであまりいちゃつけないが、もう大丈夫、という安心感が最高に嬉しかった。笑顔で頬ずりをしまくるドルドレン。精悍な黒髪の美丈夫が、満面の笑みで腕の内にいる女性に頬ずりを続ける光景。


 牧草地に出ている牛や馬や羊たちが、見たり見なかったり。人目憚らない行為でも、人がいないから問題ない。はずだったが――


「あれ。総長じゃないか」 「総長・・・だな」 「あの女の人が」 「恐らくイーアンだ」


 道の進行方向から馬を進める2人の騎士が、輝く青い馬に跨る総長とイーアンを見つけ、その異様な光景に驚きを隠せないで目を疑って固まる。

 ドルドレンは頬ずり中で全く見えてないので、頬ずりされてるイーアンが、向こうから来る騎士の姿を見つけた。


「ドルドレン。あの方たちは」


 ん?と我に帰るドルドレンが見た時には、騎士たちも顔が分かる距離まで来ていた。邪魔された、とばかりに不快丸出しの溜息をつき、髪をかき上げてドルドレンが彼らを見た。



「総長。お疲れ様です。昨日夕刻デナハ・バスの魔物出没の件で、憲兵から夜間に報告を受けました。我々は、偵察と確認のため現地へ向かいます」


 真ん前まで来た、一人の騎士が挨拶と用件を伝える。もう一人も近づいてきて、イーアンに『こんにちは。お疲れ様です』と笑顔を向けた。どちらの騎士も30代頃で、落ち着いた感じだった。イーアンも挨拶を返し、微笑んだ。


「ご苦労。昨日夜は何も起こらなかったが、しばらく様子を見ろ。南の支部のほとんどが遠征中だ」


 ドルドレンが騎士2人と会話を続けている間、イーアンは黙っていた。イーアンに挨拶をした方の騎士は、ちょくちょく総長の腕の内に納まっている彼女を見ていた。


「では向かいます」


 ドルドレンが頷き、気をつけて行くように注意を告げる。イーアンを気にしていた騎士が『良かったら帰りに南西の支部へお寄り下さい』と突然誘った。彼以外の3人が、その言葉の意味が分からずに彼の顔を見ると、彼は少し戸惑ったように『いや、』と理由を話した。


「トゥートリクスに先日聞いたからです。この方の戦法が随分と変わっていると。

 報告資料で北西支部の写しも見ていますが、それを読んでいるだけでは理解が追いつかず。トゥートリクスが兄弟から直に聞かされた話が興味深く、直に聞きたいと思っていました。

 お時間が取れるようでしたら、是非その時の戦法をお話頂ければ、と。今後の参考にしたいのです」



 ああ・・・とドルドレンが理解したように頷き、『どうする、イーアン?』と訊く。イーアンはドルドレンに任せると答えたので、これは良い機会かもしれない、と考え、南西の支部に明日午前中に寄ることを伝えた。


 騎士は笑顔で礼を言い、『明日の昼前には自分たちも戻る』と答えると、それでは・・・と言ってデナハ・バスへ急いで向かった。



 二人の騎士と分かれて間もなく、ウィブエアハの町に入った。時刻は昼を過ぎていたが、4~5時間くらいで隣町から着く距離というのは近いほうかもしれないとイーアンは思った。


 ウィブエアハはデナハ・バスよりも開放的というか、明るい印象がある。宿場町の雑多さと、格式ばった雰囲気がないあたりが、流れや旅人に受けが良いのかもしれない。イーアンもこの町は、何となく気楽だった。



 モイラの宿に向かい、ウィアドと荷物を預かってもらった。モイラは昼食時間が忙しく、通りにある幾つかの名物屋台を教えて『屋台めぐりはデートに最適よ』と笑い、『夕食はうちで』と言ってくれた。


 二人はモイラに教わった通りへ歩き、屋台を見つけた。昼は繁盛していて、いろんな料理が出ている。


「デートですか」


 イーアンがいたずらっぽい笑顔で言う。ドルドレンは彼女の肩を引き寄せて『ふむ。デートだな』と笑った。

 ――機嫌が直って良かった、と心底思う瞬間。直っていなかったら、モイラの教えも空しい昼食になるところであった・・・ドルドレンはしみじみ仲の良さを有難く感じた。


 イーアンが食べたそうな種類を見つけ、ドルドレンが2つ買う。もう一つの屋台で酒が売っているというので、それも2つ買う。

 食べ物は、葉野菜に香辛料がたくさん入った魚のすり身焼きを包んである。見た目は葉野菜を畳んで煮た料理だが、中に焼いたすり身と木の実が詰まっている。紙の容器に料理がゴロゴロとよそられて、木製の簡易突き匙で食べる。酒は発泡で穀物の甘い香りがするが、量を飲んでも酔うことのない弱い酒だった。



 屋台の近くに背のない長椅子が並んでいるので、二人はそこへ腰を下ろして料理と酒を楽しんだ。イーアンがこの料理は美味しい、と喜んでいるので『これは北の山の料理だ』と教える。


「魚が。北の山ですか」 「そうだ。この魚は川のものだ。木の実を入れるのは西と、北東から北が多い」


 イーアンは、シャンガマックやアティクが話していた郷土料理を思い出した。それをドルドレンに訊くと『シャンガマックは北東でこれに近いと思うが、アティクは最北の地域だから、彼の郷土料理はほぼ海のものだ』と教えてくれた。


 ドルドレンの郷土料理を知らない、と思って訊ねると、ドルドレンは笑って『俺の故郷は、あって、ないようなものだ』と答えた。ハイザンジェルを廻る旅芸人の一族だった、という。


 イーアンは驚く。そんな解放的な民族でしたか、と驚きを言葉にすると、『民族と言うほどではない。寄せ集めのようなものだ』と笑顔で頷いた。



 ――何となく。イーアンに対して、抵抗が少なかった理由が分かる気がした。


 観察はされていたが、早めに馴染んでくれたような感じがあるのは、そういう幼少時の生活からくる理解力なのかもしれない。根掘り葉掘り訊かないでいてくれたのも、肌身に染み付いた経験が為せる業なのか。


 ・・・・・ドルドレンの昔を聞くことを、イーアンは避けていた。もともと他人が話さないことを聞き出そうと思わない性質なので、それほど過去のことに関心はない。でも、ドルドレンの過去を聞いた時、女性のことが話しに出てほしくないと思っていたから、余計に過去にまつわる話はしなかった。


 ドルドレンも自分に、過去のことを聞き出そうとしなかったので、お互いがそれを望んでいるような。そう思っている。料理の話から、ドルドレンの幼少の生活を垣間見て、それで充分だった。


 思えば自分も。ディアンタ僧院の本で、彼に自分の知恵の出所を話した際に、『学校へ行っていない』ことを話した。でも彼はそれ以上は質問してこなかった。



 イーアンが黙っているので、ドルドレンは気になり『食べる手が止まっている』とそっと教える。イーアンは、灰色の瞳を見つめて微笑んだ。そして横に座るドルドレンの腕に寄りかかった。


「あなたとこうしていられること。幸せだな、と」


 自分の腕に寄りかかる愛する人を見つめ、ドルドレンは背を屈めて額にキスした。


「俺もそう思っている。今。人生に幸せがある」



 二人は見詰め合って微笑み、食事を再開した。


『この料理を今度支部でも作ってみたい』とイーアンが言うと、ドルドレンが『買出しの時に食材を追加すれば』と提案し、

『この前の菓子が美味しかったから、また食べたい』と伝えると、イーアンは嬉しそうに『作ります』と返事をした。

『時々こうして出かけたい』とイーアンが呟く。『合間を見てそうしよう』とドルドレンが計画を立て始める。

『いつ魔物と遭遇しても良いように、武器と回収袋はいつも持ちましょう』とイーアンは笑顔で付け加え、『もちろんそうするが』とドルドレンが笑いながら首を振った。『それはデートに必要なものではない』と教えた。


「でも。イーアンの作った剣は恐ろしく使い勝手が良い。大変楽に魔物を倒せたから、必需品かもしれない」


 昨日のことを思い出して感想がてら、ドルドレンは、デートに武器必須を認めてくれた。イーアンは『あれは、ほぼダビの作品ですが』と笑った。



 こんな話をしながら、穏やかに午後は過ぎる。屋台でもう少し酒を買って、晴れた冬の市場を廻る。夕方になって宿へ戻り、モイラに屋台が楽しかったことを話し、夕食をたっぷり食べて、二人の夜が来る。


 部屋に鍵をしっかり掛けて、蝋燭を1つだけ残して、後は消したドルドレン。


「今日って、言ったな」


 ベッドにイーアンをぽんと押して、ドルドレンが含み笑いで言う。イーアンが笑いながら『そうですね』と答える。


「では。了承も得たので遠慮なく」



 やっぱり仲直りしておいて良かった、と心からドルドレンは思う。自分の体に伝わる温もりと、愛情に満ちた時間に心身を溶かしながら、早く結婚したいと思い始める自分に笑った。



お読み頂き有難うございます。

ここで言う『突き匙』は、ようはフォークなのですが、ちょっとフォークのイメージでもなくて。それで突き匙と書いています。日本人には馴染みの、先が二つに割れた、太めの楊枝みたいな感じだと捉えて下さると大当たりです。

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