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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1108/2959

1108. 一日の終わり・馬の話・旅する子供の話

 

 夕食の時間は皆で集まった。馬に乗ったバイラとミレイオが来て、炉場にいる皆に声をかけ、夕食後は馬車に戻ろうと話がまとまる。



 気の好い職人たちは、自分たちの工房に泊まれと言ってくれたが、問題があった。


『馬車がここまで動かせない』炉場に来るまで、馬でなければ通れない場所が多過ぎる。割れている地面の幅は深刻で、とてもじゃないが、馬車はどこも通れる感じではなかった。



 焚き火を囲んだ面々。

 ミレイオが一日掛けて、各地の水の回復に努めたお陰で、水はもう安全で澄み切っていたが、炊事となると、水とは別の問題もある。

 炉場の中も、地震や振動で物が倒れ、給仕場を使える状態ではないため、外の食事。


 職人たちの中には『自分の家の台所で』と言ってくれる者もいたが『どこも大変なのに、四六時中、世話になれない』と断って、今夜はここ。


 食事の間に、情報共有と報告の確認をする騎士たちは、一日の出来事と明日の話を進める。


「フォラヴは、森に泊まるようだ。夜中の間に何かするようだから、次の連絡は朝だろう」


「それで良いの?大丈夫?」


 ミレイオは少し心配する。幾ら魔物がいないからと言って、と眉を寄せるが、ドルドレンは首を振った。


「あれは無事である。俺たちが思うよりも、ずっと大きな存在が守ってくれていると知った・・・()()()にも思えるくらいだ」


 ミンティンに噛まれ、小突き回されたことを思い出したドルドレンは、苦い顔で『あんなに厳重に守らなくても(※1062話参照)』と、何やら思い出してぶつぶつ言い始めたので、ミレイオは黙った。


 なので、フォラヴは森に宿泊(?)。残った騎士とミレイオ、親方は馬車へ戻る。ここまで来るのに、宿に残されていた馬の話をしたら、職人たちは『良いことをした』と言ってくれた。


「誰も馬まで気持ちが向かないだろう。自分の家が無事ならまだしも。

 家が壊れた者だけではない。旅の者もそうだ。命からがら自分たちが逃げられたとしても、思いだしたところで、置いた馬に何をしてもやれない。

 馬と一緒に逃げるなら、最初にそうしているはずだ。

 置いていった後、戻って馬に会えたとしても、深刻な怪我でもされていたら、そこで見放すか、処分する選択肢も出てくる。

 辛い上に、さらに辛い想像をしたら、自分が助かった後日に、馬の安否を確認するため、戻る者の方が少ない」


 そう教えてくれたのは、この中で一番年上のキーガン。最初に炉場で迎えた、白い髭の精悍な職人。


 戻ってきた時に、他の人が自分の馬を使っていたら嫌じゃないか、とした騎士たちの心配は、他の職人たちにも『無駄な気遣い』と一蹴された。

 親方は小気味良さそうに、黙って聞いている。ミレイオも微笑むだけ。


「騎士は馬と共にいる。だから思いも違うだろう。旅を続けると、馬の有難さも人情で溢れる。それも普通だ。

 だが、皆がそうとは限らないぞ。そうした意味で使っているなら、キーガンが言うように、とっくに一緒に逃げているだろう。

 もしくは、逃がす。馬が大切なら、もしも動けなくなったとして、自分よりも先に。馬が無事なら、どこかで誰かが引き取ってくれるかも、と望みをかける」


 ガーレニーはそう言うと、焚き火の後ろで草を食む、4頭の馬を見て『安心している。馬だって安心したい』と呟いた。ドルドレンたちは頷く。


 ハイザンジェルでも、襲撃された地区の馬や家畜が逃げたりはあった。


 逃げた馬は、人里に戻るが、それまでに襲われて死んだりもしたし、野生馬になれるほど安全じゃない環境では、誰かが養う必要があって、騎士修道会で見つけた場合は、馬が寄って来ると引き取った。


 口を挟まなかったが、食事をしながらバイラも、職人の話に納得していた。


 テイワグナは広いのもあって、ハイザンジェルのような治安が、各地に行き届いていない。

 そんな中で、この騒ぎ。馬を盗られたと誰かが騒いだところで、金銭の交渉になれば、こちらが幾らでも強く出られる。

 馬を買い取れというなら、馬の世話代をよこせ、と言った具合に。その程度のことでもある。


 バイラは、自分の馬が大事だから、そんな気持ちにはならないけれど、職人が話したように、もしもの時には一緒に動くか、自分が無理だと分かれば馬を逃がす。

 だから、総長たちが乗ってきたことについて、騎士の彼らが思うような心配は、()()()()()()()()()()あまり意味がない気がした。



 このような話で、胸のつかえも取れた騎士たち。『馬使用問題』はここで終了した。


 騎士たちは、自分たちの感覚の違いも学ぶ。様々な場面で、少しずつ溜まっていく記憶に、今夜は少し浸る落ち着きが生まれていた。


 話は一瞬だけ『イーアンは?』に流れたが、誰も連絡が取れていない。しかし、イーアンについては、安全な場所にいるのも確かなので、深く話をしないことにした。


 知りたいこと。思い出したこと。話したいこと。14人もいると、話が飛び交うが。


 あまり暗くなると足元が危ないので、夕日が消える前に、食べ終えた片付けを済ませ『話は、また明日』と挨拶して、ギールッフの職人たちと旅の一行は別れた。


 ザッカリアは、優しくしてくれたバーウィーに懐いたようで『俺、一緒でも良いんだけど』と寂しそうだった。バーウィーが、自分の家に泊まれと言ってくれたのが、ザッカリアの気持ちに響いていた。


 バーウィーは笑顔で、子供の頭を撫でると『町を離れる前に一度、一泊すれば良い』と、提案してくれた。



 こんなやり取りを見ていると、総長も親方も、バイラもミレイオも、この旅は、ザッカリアにそろそろキツイだろうかと、少し気にはなるが。

 シャンガマックだけは『俺も()()()()()よ』と気にしないようだった。


 気になるシャンガマックの一言の意味を、知りたかったが。帰り道は、足元から目が離せないほど危険で、暗くなりつつある時間、亀裂だらけの通りを進む皆は、とにかく宿へ、無事に帰るのが先だった。


 そして、もう一つ。うっかり留守にしていたが、馬車の無事を見てホッとした一行。


 『物取りがなくて良かった』と、()()()()を反省し、無事に感謝。馬車を開けて、皆は体を拭いたり、手洗いを済ませたり、全てを終えると、先ほどの話が気になった。


 バイラは、ザッカリアが『一人だと心細い』と甘えたので、彼が眠るまで付き添ってあげる。

 バーウィーにギアッチの影を見たのか、と総長が耳打ちしたのも了解し『ギアッチと同じ目の色』のバイラが子守。


 子供が寝台馬車に入ったのを見届けた、ミレイオと親方、ドルドレンは、『さっきのはどういう意味』と褐色の騎士に訊ねる。

 彼は、少し考えてから『ちょっと長くなりますよ』と話し始めた。


「言ってみれば、そのままです。俺も子供の頃、旅に出ました。ただ、内容的な意味で・・・説明が必要かも知れないですね。

 俺は部族だから、男子が一人前になるための旅があったんです。アティクもあるんじゃないかな(懐)。

 10才、11才頃。その子の体格が問題ないと判断すると、族長が送り出します。子供は馬で、何日もかけて目的地まで行くんです」


「危なくないの?それまでって、そんなことしたことないんでしょ?」


「危ないと思います。だから剣も持ちます。自分で考えるんです。怖いことも悲しいことも、何か嫌な目に遭ったことも。何が起きても、自分の心を見つめて、魂を考えるんです。

 誰かに聞けない時間が必要で、不安になるのはしょっちゅうです。だから目的地に着くと、それだけで成長するんですよ」


 これは魂の旅で、いつも動物が守ってくれる・・・シャンガマックはそう話してくれた。


「大人の側で育つのも大事です。だけど、自分が守られる意味を、自分が知らないといけないです。

 魂に寄り添う動物は、育ててくれた家族が消えた後も、いつでも自分の魂の側にいるから、困ったら必ず、案内してもらえることも、学びます。信じる気持ちはどんな場所に生きても、自分の魂にあると知るのが、この儀式の意味です。


 ザッカリアも、形は違うし、衝撃は比じゃないと思うけれど、言ってみれば守られている状態で旅をして、自分を育てていますから。

 旅している間の記憶から、俺もあんな感じでした、と言いました」



 ドルドレンは。ぽかーんとして、部下を見つめる。

 ミレイオも感心して、頷きを繰り返す。親方は『へぇ』と一言。


「お前。凄いのだ。お子サマの時に魂の旅とは。そしてその意味も、ちゃんと知る。

 俺は時々、お前の話を聞いていると、どうしてお前が騎士になったのか?と疑問が浮ぶ。今もだけど」


「ハハハ。騎士になる必要があったからですよ。俺の()がそこへ動いたし、部族の環境も守りたかったから」


 ケロッと笑い飛ばす褐色の騎士に、ドルドレンは真面目な顔で、頭を振り振り『お前は俺に勿体無い』と何度も言い、それを横で聞いているミレイオと親方が笑っていた。


「フォラヴもつくづく。あの、綺麗好きさと『人を攻撃したくない』意志の強さに、どうして彼は騎士に志願したのか・・・と、長く疑問だったが。これも、今だに続いているのである」


 アハハハと声を立てて、総長の疑問に3人が笑う。


 大真面目な顔で『笑うけど。()()が分からん』と総長は続ける。


「あれは、汚れるのも嫌なら、汗もかきたくないのだ。それを初日から俺に言うから、仕方なし。俺の隊に入れたのだ」


 それでも文句は言っていた、と首を傾げ『どうしてやれば良かったのか』と悩む総長に、シャンガマックもミレイオも親方も『総長が一番面白い』と肩を叩いて笑った。


 笑える状況じゃないのだけれど。深刻な状態は、これからどんどん見えてくるのだろうけれど。

 それでも、いつでも人は笑うことが出来るんだと、ドルドレンは、ふと思う。ちょっとしたことで、こうして笑うことが出来るなら、そうした時間が一秒でも増えてほしいと、そんな小さな願いを持った。



 こんな思い遣り深い総長の下で、皆は誰ともなく、就寝を口にする。


 親方も暗さから『もうその辺にいる』とコルステインを感じ、ベッドを出して馬車の間に置くと、ぽんと出てきたコルステイン。親方とコルステインは、今日も報告を交わしてから、眠りに就く。


 ドルドレンもベッドに戻り、ミレイオは『お風呂入る』と地下へ戻った。

 迎えのないシャンガマックは、今日は寝台馬車に入るべきか考えたが、『まだか』と横の影から声が掛かって、ちょっと笑う。


「長く話しているから、待ちくたびれた」


「そんな所にいたなんて。見えないから分からなかった」


 笑う騎士に腕を伸ばし、大きな焦げ茶色の男は彼を抱えると『ここじゃない場所の方が良いだろう』と昨日同様、鉱山へ騎士を連れて行くと伝えた。


「黙って離れると、総長たちが心配するかも」


「気にするな。()()()()だと分かっている」


 獅子に変わらず、片腕に抱えた騎士を連れ去るように、ヨーマイテスは笑って鉱山へ向かった。


 こうして、大きなサブパメントゥに連れられ、鉱山に到着してすぐ『馬車。気をつけろよ』と言われたシャンガマック。え、と聞き返すと、ヨーマイテスが『漁られかけた』と教える。


「慌てるな。俺が倒した。それで結界は張っておいたが。()()が来るまでは、結界が解けないようにしたから、他の仲間が来ても入れなかっただろうな。

 明日、もし誰かにそれを言われたら、俺が結界を掛けていたと教えてやれ」


 意外なことを聞き、褐色の騎士は口を半開きのまま『馬車が』と呟いて、碧の瞳に月光を映す大男の顔を見つめた。


「分かったな。おかしな魔法を掛けられたわけじゃない。俺だ。馬車の側に、張り付いて見張る気になれな」


 ・・・・・いからな、と言いかけて、首に抱きつく騎士にヨーマイテスは驚く。しがみ付くように抱きついたシャンガマックは『有難う』と何度もお礼を言って喜んだ。


 ちょっと笑って、ヨーマイテスは彼を抱き返し、その背中を撫でながら『無用心だ』と注意しておく(※躾け)。

 少し体を離して、騎士の顔を見ると、黒い瞳を自分に向けて『うっかりしていた』と反省気味に頷く顔。


 ヨーマイテスは思う。コイツは何てカワイイんだろう(※毎度)。


 背中をぽんぽん叩いてやって『気をつけろ』ともう一度言うと、首にしがみ付く腕を持って解き、褐色の騎士の体を持ち上げて、膝の上に座り直させた。


「俺が見ているのは、いつもじゃない。お前が馬で出かけたから、馬車はどうしたのかと見に行った。

 それで見た時には、賊が(たか)っていた。鍵を壊そうとしたところだな。その場で倒したが」


 この前。息子や仲間が、馬車を守ろうとしていた様子を覚えているヨーマイテスは、大事そうなのにどうして持って行かないのかと思った、と言う。


「有難う。本当に有難う。予定の活動で、頭が一杯だったんだ。出かけて戻るまで、馬車のことを思い出さなかった。ごめん。俺はもっと気をつけねば」


「お前が謝るな。それはドルドレンたちの仕事だろう。全員で忘れているとは。いつでも留意しろ。大切な()()だろうから」



 ヨーマイテスから見れば、馬車は『道具』。

 住まいとか、居場所とか、移動手段とか、そうした感覚がないので、ただの道具。

 でも、息子がいつもそこにいるのは分かっているので、よほどその馬車(道具)が大切なんだ、とは思っている。


 シャンガマックは、話しているとそれが伝わるので、ヨーマイテスにとっては『不要』に看做される、道具の一つであっても、自分のために守ってくれたことに嬉しく思う。


 堂々と喜びを伝えられるようになった最近。

 シャンガマックは、注意してくれるヨーマイテスを見上げて、もう一度、その首に両腕を巻きつけて抱き締めた(※獅子ヨーマイテスにもこうしたから、同じ表現)。

 満面の笑みで頬ずりしてくれる、とても喜んでいそうな息子の態度に、ヨーマイテスは自分の行いを誉めた。


 この夜は、このまま眠りに就くことにして。

 ヨーマイテスが自分のベッド(←箱)を出して『一緒に眠っても良い(※寝ないけど)』と許可すると、シャンガマックは大人しく、父の横に寝そべり、その箱に収まって眠った。


 ヨーマイテスは夜、眠らないので、笑みを浮かべて眠る息子の頭を撫でつつ、明日は何をして喜ばせてやろうかと考えに耽った。



 どうせ―― もう暫くは、この状態の町から動く気配もない。遺跡探しも『今は休止』と踏まえておく。


 想像と違って、いつもなら聞きたがるバニザットも、昨日の魔物の詳細さえ知ろうとしないし、今はそれどころではないのかもと、ヨーマイテスなりに判断していた。

お読み頂き有難うございます。

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