1107. 旅の五十九日目 ~破壊された町で
この日は、瞬く間に過ぎる慌しさだった。
朝に集中的に、今日の行動が決まり、押し流されるように旅の仲間は動く。
行動に至るまでの流れは、以下のような状態で起こる。
壊れた宿の裏庭で、朝の始まったドルドレンたちは、乾し肉の朝食後、馬房の馬の世話をしてから、馬の状態を見て、怪我の手当てが必要なところだけ、フォラヴが治した。
『近くに木がないから、お前も無理はするな』と総長に言われたフォラヴは、『一晩考えた』と内容をこの時、話す。
「根がやられていると、もう。難しいですけれど。この裏庭も含め、植樹も、倒れているだけの木で、根が生きているものは、どうにか出来るかもしれません。私一人では無理ですけれど、妖精に知恵を頂けたら」
「そんなこと出来るのか?今まで、やったことないだろう」
『見たことないし、そんな行為もなかったのに』と総長の質問は、尤も。
妖精の騎士は首を振って『はい。ありません』と答えた。でも、と続けて『だから、今後も無理、とは思わない』ことも伝えた。
フォラヴが言うには、馬を一頭借りて、昨日、空から見えた森へ行きたいと言う。
既に魔物がいないなら、一人で向かっても危険はないと思うから、森で妖精を呼んで相談だけでもしたい・・・ということだった。
総長は、人手の事は考えたが、騎士たちと自分は連絡が取れるのだし、フォラヴがテイワグナに入ってから積極的に動こうとする姿勢も感じていたので、彼の要求を受け入れた。
口元の怪我を治したセンを引いて、フォラヴはお礼を言うと、早速、炉場の後ろに続く森へ出かけた。
まずこれが一つめ。
次に、ドルドレンはザッカリアに珠を借り、ギアッチと連絡を取る。昨日一日取れなかった、とザッカリアが心配していたので、総長から連絡。
ギアッチは昨日、『北西支部はほぼ、出払っていた』と話し、自分もスカーメル・ボスカまで出ていたことを報告した。
南西支部から救援物資が届き、本部からも北西・西方面に向けて、救援補助が動き、それを町村落に配給しに、手分けして出ていたそうだった。
まだ戻らない班もあるし、馬車もひっきりなしに動きっぱなしだから、互いの顔も見ていないと言う。
『執務だけが中にいますから、サグマンたちも、戻ってくる騎士に、次の行き先と配給する物資の振り分けをするので、大忙しですよ。
イオライ方面は一日で戻れないから、一週間以上は往復でしょう。後は山の方の村落もです。西も似たような状態らしいですが、西は支部が崩れているので、その対処も始まっています』
聞くだけ聞いた総長は、了解し、そして昨日のことをギアッチに伝える。
ギアッチは物凄く驚いて、『ザッカリアは?!ザッカリアに代わって』と焦り、大丈夫だと言っても、落ち着かないので、一旦、子供に代わり、宥めてもらった。
それから再び、『心臓に悪い』と嘆くギアッチに、自分たちの現状を伝えると『そういうことで、ザッカリアも今夜は、支援の忙しさでまた疲れて、連絡出来ないかもしれない』と教えた。
それと、『直に報告に行きたいと願ったものの。こちらも手が離せない事態であるため、身動きが暫く不安定である』ことも話し、西の壁の穴報告出張は先延ばし、と言うと『無理しないで下さい』と言われた。
互いの状態を報告し終えた総長は、交信を終えて、子供に珠を返すと、今日一日の予定を考える。
動くのはミレイオが戻るまで待ちだな、と話し始めた矢先、南の空に白い輝きが見え、それはお皿ちゃんと知る。
「ドルドレン!タンクラッド、ザッカリア。ああ、シャンガマックも先に。良かったわ」
「ミレイオ!待っていたぞ、無事か」
「そうね。私は問題ないわね。職人が怪我しているわ。動いてるけどさ」
アハハと笑ったミレイオは、馬車の側に降りて、一人ずつを抱き締めると『良かった。無事で』と再会を喜ぶ。僅か一晩の離れた時間でも、心配だったと顔を見渡す。フォラヴとは、すれ違ったから挨拶済み。
「頼みがある。水を」
ドルドレンはミレイオにすぐ、飲料水の確保の話をし、昨晩はタンクラッドがバイラとその話をしていることを伝えた。
町の中の亀裂の多さに、水はどうなんだろうと、ミレイオも気にしていたことだから『分かった』と頷く。
それからミレイオは、ギールッフの職人たちの行動を伝え『ってことでさ。あんたたちは、魔物片付けて頂戴』と、騎士たちにお役目を渡す。
これから予定を立てるところだったんだよと、ドルドレンがやんわり抵抗したが、ミレイオは『手伝ってやってよ』。『回収した後の、要らない中身。こんだけの量だとどうすりゃ良いのか、彼らも分からないじゃない』だから、とか。
「後は、イーアンに聞きたいことがあるのよね。まだ連絡付かないから、寝てるかもしれないけれど」
連絡珠は応答がないことをミレイオに聞き、ドルドレンは溜め息を付く。
自分からは連絡しないで置こうと待っているので、ミレイオの情報に『奥さんはまだ動けない』と分かって心配が募る。
「職人たちが使う魔物材料。あれ、崩れないで持つのかしらって、疑問だったの」
それを言うと、タンクラッドもミレイオを見る。
ミレイオは剣職人に頷いて『そう思わない?』腕組みして訊いてみる。剣職人もちょっと目を上に動かし、考えてから『言われてみれば』と返す。
「ハイザンジェルにいた時、も。馬車で動いている時も。回収したの保管するから、確実にイーアンが触ったじゃないのさ。
あれって、あの子が触ってるから持つように変わるのかな、と思ったんだけど」
「そうか。俺でも良いみたいな話だったが・・・だよな?バニザットがそう言っていた、とイーアンに聞いたことがあるぞ」
親方はシャンガマックに話を振る。シャンガマックは、少し記憶を探って頷くと『最初の、星を見た時にそうではないかと感じた』と答え、きっとタンクラッドさんが触ったり作ったりしても、魔性が消えて、聖なる物に変わる気がした、と話す(※261話後半参照)。
「でも。じゃあさ、あんたたちがいないと、ダメってこと?それ、普及以前の問題よ」
それはマズイ・・・タンクラッドも少々固まり気味。
何回か。度々。この話をしていた覚えはあるが、いつもぼんやりと合間に話しているだけで、ほぼ記憶にない。
結論、何か言ってなかったっけ、と思い出そうとしても、結論まで辿り付いていたかどうかも、漠然(※意識してないことは忘れる親方)。
ミレイオは明るい金色の瞳を、さっと男たちに向けると『回収、するけど。これでイーアンやコイツが触らないと意味ないなんてなったら、私言えないわよ』あんたたち、代わりに職人に伝えてと、ミレイオは呟く。
「私、機構の人間じゃないし。同行してるだけで、他の提案する立場にないもの。
あんだけやる気になってる人たちに、今更『倒しても使えないみたい』って言いたくないわ」
ばっさり『自分関係ない』と言い切り、そんなお粗末な話ならあんたたちが尻拭えといった勢いで、急に回された総長と剣職人は、目を見合わせて『イーアンに聞かないと』と、矛先をイーアンに回す(※お空で気絶中)。
ここまでが二つめ。
どうしよう、と悩む総長たちをよそに、ミレイオは『水飲みたい』と、馬車の水差しを取りに行く。
どうするんだ、どうしよう、を小声で繰り返し、万が一(※使えなかったら)を心配する総長とタンクラッドに、ザッカリアが『あれ。龍』と空を指差して教える。
「おーい。無事かよ~」
「オーリンだっ!オーリン!おはよう。良いところに来た!」
やって来たオーリンは『少しだけな。伝言で』とガルホブラフを降りずに、浮んだまま馬車くらいの高さで騎士たちを見下ろす。
「無事そうで良かった。どうした?俺の用事は伝えたら、すぐまた戻るけど。何かあった?」
ドルドレンは急いで、『イーアンに伝えてほしい』そして『出来れば早めに教えて』と前置きして、魔物材料の扱いを質問として頼んだ。
オーリンは黄色い目を大きくして『ああ、それか』と頷く。『俺もどうなのかと思っていた』そう答えると、良いよ、と請け負ってくれた。
ドルドレンは、『アオファの鱗も』と思い出し、これも早めに受け取りたいと頼む。
「俺の伝言は、ビルガメス経由だ。イーアンは今回のことで、ちょっと戻せないそうだ。これまでの『龍気』の都合だけじゃなくて、教育するようだから」
「教育。俺の奥さんは中年で物知りで、いい加減、人生の酸いも甘いも」
「おいおい、そっちじゃないよ。それにそんなの言ったら、ビルガメスたちのが、とんでもなく長生きなんだから、もっと叱られるぞ(※ビルガメ=1000年以上)」
そうじゃなくてさ、とオーリンは簡単に言う。まだ話して良い段階ではないと思ったので、刺激がない程度で教えて『こんなことだからさ。無茶が多過ぎて、明日に何するか分からないイーアンだから』説教と教育だよ、と言うと。
「うちの奥さんは。あれだけ死に物狂いで戦ってくれて。それで説教される・・・可哀相だ」
黒髪の騎士は、本当に可哀相と萎れ、ミレイオに撫でてもらいながら『分かった』と答えた。
「上手く龍気を使えば良いだけのことなんだよ。でもイーアンは、無理をする。教える前に、体で覚える前に、いつも無理してるから。
男龍も気にしているんだ。彼女の意識はまだ回復してないけれど、今日中には目が覚めるだろう」
そうしたら、イーアンから連絡するように言っておくよと、龍の民は苦笑いし、何か質問したそうな目を向けているタンクラッドを、ちらっと見て『じゃあね』と挨拶して、また空へ上がった。
タンクラッドは、彼の話を聞きながら『イーアンの無理による嫌な展開』を考えていた。男龍の心配はそっちにありそうに思いつつ、今は追求しないことにした。
とにかく。オーリンの伝言と、オーリンのお使いを済ませ、朝の間にここまでの話が詰め込まれたこと、これで三つめの動きまでが、何となく決定された。
騎士たちと職人二人は、早速、動き出すことにする。
ミレイオは、龍がいなくても唯一、動き回れるので、『水ね。バイラと一緒に回れば良いか』遠くの場所は、バイラに地図で見せてもらうことにし、飲料水を確保する役目を受けた。
親方にノクワボの水を持たされたミレイオは『こんなもん?あの川相手に?』カヤビンジアの川の濁りを変えるのに使用した量を聞いて、驚くと頷いた。
「この壷一つで、下手したらアギルナン全部、水が綺麗になるじゃないの」
凄いわよ、それ、と真顔で壷を見つめると、『よし。行って来る』力強く頷いて、お皿ちゃんでバイラの元へ飛んで行った。
「で。次は俺たちか」
タンクラッドは回収する職人たちに会いに行こうと、騎士たちに言うと、残ったヴェリミルと、馬房にいる馬を3頭出す。
「それ。他人の馬である」
「置いて逃げていれば、もう戻ってこないだろ。俺たちが乗っているのを見たら、盗人扱いするだろうが」
「困りますよ。誤解されても」
「馬放置しておいて、よく言うぜ。ってな、俺が言ってやるよ。ほら、乗れ」
みょーに度胸のある親方。親方としては、どんな状況で持ち主が消えたか、事情様々とは言え。
置いていなくなった後、当人が無事で、馬を思い出して戻って来たにしても。放置した間、どうするつもりだったんだ、と言いたくなる。
繋がれている馬が、自分の唇を傷つけてまで逃げるか、干草も水もなく飢えるか、その程度は想像が付くもので。
現に、真っ先に魔物と戦いに出た自分たちだって、馬のことまで気が回らなかった数時間。その間に、馬が死んでいたりもあったわけだと思えば。戻った時に、馬がいなくても仕方ないと思うだろう部分。
誰かが乗って逃げたなら、それは馬が助けられたとも言えるわけで、すまなかったと反省はしても、恨むことじゃない。
「そう思わないか?我が身の無事は誰でも同じだ。子供家族がいれば、尚のこと、な。分からんでもない。馬を置いて逃げる必要があった、と思うことは無論、正しい。
乗り主が、帰らぬ人になっている可能性もある。それもまたあるだろう。怪我をして、自分だけ救護されたとか、な。思いつく理由は、幾らもあるもんだ。
だったら、それはそれだ。
どんな事情であれ、馬も生きていて、恐れもすれば、自分の命も守りたいだろう。
馬の必死に生きる気持ちを、どこかの誰かが自分の代わりに引き受けてくれたら。その相手に、盗人扱いはいかんだろう」
親方解説を聞いたドルドレンは、彼の頭の回り方に、永遠に勝てる気がしなかった。
そうだねと棒読みで答え、何か心に引っかかりつつも、与えられた馬に跨り『ちょっとだけね』と遠慮がちにお願いする。馬はドルドレンを見上げて、うん、と頷く。部下も複雑な面持ちで、総長に倣った。
こうした流れで、ミレイオは一日中、バイラと一緒に歩いて回れる場所は、水の世話で費やし、午後はアギルナン地区を回って、生存者の確認と井戸水の確保に動いた。
ミレイオだけだと、地域調査など立場的に難しいのもあるので、バイラを抱えたミレイオは、お皿ちゃんで移動。
二人は、行く先々で厳しい現状に心を痛めたが、夕方を迎える頃には、厳しさに打ちのめされる気持ちと同じくらいの思いで、『今後の復興に向けて』を考え始めていた。
ドルドレンたちも、親方を先頭に炉場へ向かう道。何度も何度も、ザッカリアが泣きそうになるのを慰めながら、炉場の近くに出ていた職人たちに挨拶し、一緒に作業を手伝った。
ザッカリアは力も弱く、悲しくてすぐに泣きそうになるので、職人の一人が彼の側で、いろんな話を聞かせてやった。
作業を続けながら、沈む子供に、テイワグナの昔話や勇敢な龍の話を聞かせて、気を紛らわせたり、子供の戦った意味や、今自分たちが置かれている現状をどう解釈するかを、昔語りを通し、時間をかけて教え続けた。
その様子を遠くで見ていた総長は、近くの職人に『彼は?』と名前を訊ねると、『バーウィーだ』と教えてもらう。
斧を作る職人で、子供がいたけれど離婚して、以降、親と暮らしていると知り、ドルドレンは逞しい職人の優しさに感謝した。
『優しいのだ。子供を思い出すのか』微笑む総長に、横にいたフィリッカが笑顔で頷く。
「ザッカリアくらいの。身長がね。あのくらいの男の子がいた。年はもう少し上だったよ。バーウィーに似て、斧を振るったりやんちゃな子供だった。母親に引き取られて、会えなくなった。
俺の家も子供がいるから、ザッカリアみたいに頑張っている子を見ると、本当に偉いな、ってな。励ましたくなるよ」
バーウィーも同じだろう、と総長に微笑むフィリッカに、ドルドレンはこんな恐ろしい惨劇の後でも、彼らの消えない心の温度を感じる。
バイラが話していたが、この町の人は立ち上がる、と。底力はテイワグナの自慢だろうとまで、言っていたのを思い出すような、そんな場面に、この日は一日中、事ある毎に出会った。
騎士たち3人と、親方は、お昼も職人たちと一緒に過ごし、武器や鎧の話をして、午後も回収に精を出した。
お読み頂き有難うございます。




