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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1106/2959

1106. アギルナンの魔物~被害の翌朝

 

 イヌァエル・テレンの夜。オーリンは、ルガルバンダが見守るイーアンの側で、静かに考え事に耽った。



 最強の女龍。無敵に近い、とか。始祖の龍と似たような力を引き上げることが出来る、そんなとんでもない話ばかりだったのに――



 オーリンはイーアンを見て思う。

 確かに、いつ死んでも気にしないくらいの勢いで、彼女は常に動き出す。


 冷酷さ。冷酷?イーアンはイーアンなりに、『自分は冷酷』と言い切る部分もありそうだと思う。


 だが、ルガルバンダの言う()()は違う。『手を出さない範囲を理解できるか』とした意味だ。だとしたら、イーアンは悩むだろう。それはオーリンが一緒にいる短い期間でも、幾度となく見た。


 イーアンに、見て見ぬ振りなんて出来ない。


 一言『助けて』と言われたら、そのために何が何でも、動く人なのに。

 それを続けたら危険・・・理由が『龍気を溜める容量を、満たしもせずに、命の気力も遣っている』ような言い方だった。


 ここでオーリンは疑問を持つ。


 思い出したのは、ザハージャングと呼ばれた、あの気味悪い化け物。

 近づく龍気を何でも取るというのに、なぜか『イーアンくらいの強い龍気なら、問題ない』とタムズが言ったらしかった。


 ザハージャングを連れてきた時は、グィードの後で、龍気が満ちたばかりのイーアンだったからか。でもそれなら『一度も蓄積したことがない』と、なぜルガルバンダは言うのか。


 ――()()()()()で、()()()()()()状態なのか。


 このザハージャングのことは、オーリンが空に上がった直後に聞いた話。


 今のルガルバンダの話と、タムズの言っていることが噛み合っていない。これは一体、どういう意味なんだろう、とオーリンは考えていた。



 天空の夜は穏やかで心地良いのに、疲れ切ってはいても、オーリンは寝付くことが出来なかった。


 少しずつ、倒れているイーアンに白い光が、薄っすらと見え始めるのを眺め、それが男龍や龍たちの龍気なのか、本人のものなのか分からないにしても。祈るように、()()()()()力であるように見つめた。


 優しく吹き抜ける夜風に吹かれても、心は休まることはなく。オーリンの心配は消えないまま、夜は更けた。



 この夜、男龍たちが時折、様子を見に来ては、イーアンの状態を小声で話し合い、また帰ることを繰り返し、夜明け前にはビルガメスが来て、イーアンは『戻さない』ことに決定したようだった。



 *****



 一晩経った、夜明け。


 馬車の外で声がした気がし、ドルドレンは目を覚ます。


 泥のように眠ったのは最初だけ。夜中も過ぎる頃には、こうした時に働く『いつもの警戒心』が、ドルドレンを戦闘態勢に引き込んでいて、音や気配に過敏な状態になっていた。



 そしてまだ薄暗いうちに聞こえてきた話し声を確かめるため、ドルドレンはベッドをそっと出て、扉を開ける。


「総長」


「あ、シャンガマック」


 シャンガマックと、横に獅子がいる。ホーミットと一緒、とは聞いていたから、安心していたが。こうして見ると、ようやく本当に安心出来た。側へ行って、部下の腕を撫で『怪我は?』と先に訊ねる。


 どこも怪我はないとのことで、とりあえず、それは了解。ホーミットに送ってもらった話なので、ドルドレンはホーミットにも礼を言った。


「今。コルステインとホーミットが話して。俺も教えてもらいましたが、この辺に魔物はいないそうです」


「良かった・・・そうか。有難う」


 ベッドにはまだ眠っている親方と、起き上がったコルステインがいて、ドルドレンを見てニッコリ笑うと、コルステインは『帰る』と空を見て教えた。


「俺も戻ろう。バニザット、何か食べるんだろ?必要な分を食べろよ」


 獅子が人の声でそう言うと、騎士は嬉しそうに頷いて、大きな頭に顔を寄せ、たっぷりした(たてがみ)を何度も撫でた。


 その光景にドルドレンは、とても不思議な感覚に陥ったが、暫くそうしている部下と獅子を見つめ、少し心が和んだ。彼らは、親方とコルステインくらい親密なんだと、はっきり分かる。


 仲間が。こんな非常事態に、こうして大きな力を貸してくれる仲間が、ちゃんと常に側にいる。


 これがドルドレンには、心の底から有難く思えた。その関係を、特に意図したわけでもなく、自然な歩み寄りによって築き上げてくれた、シャンガマックにも、タンクラッドにも感謝する。


「じゃあ、夜に。有難う、ホーミット」


「夜だ。気をつけろ」


『帰る。夜。来る。する』


「有難う、コルステイン。ホーミット」


 二人の騎士に見送られ、獅子とコルステインは、影の残る場所に吸い込まれるように消えた。


 ドルドレンは、シャンガマックを労い、彼に昨日のことを訊ね、お互いに報告を交わした。

 二人は沈鬱な表情に変わるものの、『でも。一日で終わりました』そこにまずは助かったと思うべきだ、と頷き合った。


 戻った部下を馬車の荷台に座らせ、ドルドレンは『満ちる水』を容器に注ぐと、シャンガマックに与えて飲ませる。

『タンクラッドがバイラたちにもこの水を使った』と教えて、きっと町中の水に、今日はノクワボの水を使うだろうと話すと、シャンガマックの目が輝いた。


「そうしましょう。それで少しでも、助かる手立ての一つになるなら」


「魔物は、もういないようだが。昨日はアオファの鱗も使ってしまった。かなりの量があったのに。

 イーアンが戻ったら、アオファの鱗をまたもらえるように頼まねば」


「そうだ、イーアンは?」


 ドルドレンは一晩経って、少しは悲しさも落ち着いた。涙こそ出なかったが、息を大きく吸い込んで空を見上げ『多分。今日は帰れない』と呟いて答えた。褐色の騎士は、総長に同情して彼の背中を撫でる。


「回復できる場所があるだけ、イーアンは救われています。特別な力で、特別な存在だから、人一倍こなすことが多いにしても。彼女には、回復を手伝ってくれる環境と仲間がいるから」


 シャンガマックの意見は尤も。ドルドレンは頷いて、部下の正しい意見にお礼を言った。



 ここから、騎士たちの朝が始まった。フォラヴも起きたようで、シャンガマックの無事を喜び、お互いに無事であったことに感謝する。

 ザッカリアとタンクラッドは、まだ寝かせておいて、バイラと連絡を取ると、バイラも起きていた。


『今日は忙しいです。水と食料と。それと簡易テントを作るので。私はまだ動けそうにありませんが、出発しますか』


 そんなことを聞いて、出発なんて考えることは出来ない総長。連絡珠を握って首を振り『まだだ』と答えた。


『龍が動けない。ミレイオはこっちにいないから、ミレイオと連絡が付き次第、水の手配を頼む』


『昨日はタンクラッドさんが来たんですが・・・あ、そうか。夜だから!』


『そうだ。コルステインが一緒だったから。だが、俺たちの龍も空にいる現状、動けるのはミレイオだけだ。イーアンもオーリンもまだだ』


 イーアンの話になると、落ち込むドルドレン。状態が大変なんだと、気が付いたバイラは了解し、ミレイオを待つと答える。総長は今日、お互いの連絡をまめに取ろうと決めて、交信を終えた。



「ミレイオ待ちだな。ミレイオは炉場?そうか?シャンガマック」


「いえ。職人の一人の家に集まっていました。炉場から近いですから、きっと今日は炉場へ動くでしょう」


 炉場の職員が亡くなったと教えると、総長もフォラヴも黙祷して頷く。褐色の騎士は、少し黙った後、気持ちを入れ替えて『彼ら職人は』と昨日の話をした。


「何と。魔物を回収するというのか」


 この状況で耳にするには、意外な意気込みにドルドレンは目を見開く。これには恐れ入る。大災害ともいえる昨日の夕方。


 聞けば炉場の職員も、地域の知人も魔物の犠牲になってしまったという、そのすぐ後にまさか『回収』の話が出ているなんて、と。総長の驚きに、シャンガマックも苦笑いで頷いた。フォラヴも唖然としている。


「すごいですよね。戦っていて、あちこちで阿鼻叫喚の焼け焦げる臭いと恐怖しかない、昨日の夕方。

 彼らは『明日は魔物(こいつら)を回収だ』って、睨みつけて本気で呟いていました。イーアンみたいです。

 俺が初めて、イーアンが魔物に静かに怒りを剥きだしにしたのを見た時。あれと似ていました。

 職人たちは『魔物を使い倒してやろう』って。そっちに意識があるんですよ」


「すごい。実にすごい。鳥肌が立つ、男たちよ。俺は、そんな意気込みのある魂の強い男たちが、まさか職人とは思いもしなかった」


「あの人たち、すごいですよ。全然、魔物を恐れないんです。怯まないっていうかな。でも憎悪でもないんですよ。だから、無駄もないし、下手もしないんです。職人じゃないみたいだ」


 シャンガマックは『ミレイオが彼らを気に入った理由が分かる』と、ちょっと笑った。


「イーアンが空に浮んで。魔物と絡み合って戦っていたじゃないですか。

 あれを俺たちも見ていたんです。彼らは、バイラみたいな反応をしたんですよ。祈るんです。龍の姿のイーアンに・・・畏怖なんでしょうね。

 勝ってくれと願いながら、壮大な存在が助けてくれているって、胸に手を当てて、空に向かって祈っていたんです。俺は『こんなに信仰心が篤い国なんだ』と。驚きました」


「素晴らしいな。震える。テイワグナに入ってから、いくらか様々な対応を見たが、信じている人々は龍をとても喜んだ。俺も見たかった」


 ドルドレンはシャンガマックの言葉に感動する。ハイザンジェルでは見られない、一般の人々の感覚の違いに、ただただ驚かされる。


 そして、正直者シャンガマックは『ガーレニーは、イーアンが鈴付きで可愛かったけれど、神々しい・・・と言っていた(※1102話最後参照)』ことを教えた(※気にしてなかったけど、黙っているのも悪いかと思ったから報告)。

 総長はそれを聞いて、やはりあの男だけは出来るだけ距離を取らねばと決意した。


 フォラヴは、友達の正直さに苦笑いするものの『龍の角に鈴は可愛い』と思うので、出来れば今後、この件が理由で、イーアンの角から鈴が消えないことを願う。


 話していると、ザッカリアが目を覚まし、馬車から下りてきて『何か食べるものあるの』と訊ねたので、ドルドレンは荷馬車の中の乾し肉を与える。

『食料も。ここで俺たちだけが食べるのも気が引ける』だから、今は乾し肉をと部下に配り、自分もそれを食べた。



 タンクラッドも起きたようで、声が聞こえたのでドルドレンが見に行くと、親方が寝返りを打ち『朝か』と呟いたところだった。


 彼にも水と乾し肉を与え、シャンガマックが戻ったことと、サブパメントゥの二人に『ここに魔物はいない』と教えてもらったこと、水を配るには、動けるミレイオの連絡待ちであることを伝えた。


「そうか。ああ、ちょっとな。体にしんどいな。年だなぁ」


 ハハハ、と笑うタンクラッドに、ドルドレンは微笑み、横に座るよう手で示されたので、親方のベッドの横に座る。


「タンクラッドは強いのだ。お前がいなかったらと思うと、どうなっているだろうと心配が募る。俺は、勇者とは言われていても、肝心な場面で使えもしない」


「馬鹿なこと言うな。()()()()()なんだ。役割は違うだろ?」


 タンクラッドは水を飲み干すと、横に座った黒髪の騎士の、寂しそうな顔を見て、彼の肩に腕を回して引き寄せた。その顔を覗きこみ『お前はお前。俺に出来ない役目を背負う』そうだろ?と顔を寄せて囁いた。


 ドルドレンはちょっと照れて、うん、と頷き、お礼を言った(※親方天然イケメンとお(さら)いする)。


「だけどな。俺が()なのは、間違いない。イーアンも空でへたばっているだろう。

 オーリンは元々が強そうだからな。あいつはすぐに元気になりそうだが。ミレイオも、サブパメントゥだし、疲れの速度も違うだろうし、回復は人間より早そうだが。とは言ってもだ。

 俺たちは、若いやつ(お前たち)より、疲れが抜けにくい。これは年齢だ。ちょっと、今日は()()()()になるぞ」


「勿論だ。あまり動かなくても良いように、考える。バイラは必死だが、俺たちが手伝おうと思う」


 黒髪の騎士は、肩を組まれたままそう答え、優しい剣職人に笑顔を向ける。


 剣職人もニッコリ笑って、総長の額に、自分の額を付けた。『お前も、いつも良いヤツだ。バイラも良いヤツだし。無理はするなよ』そう言って、額を付けたまま微笑んだ。ドルドレンは倒れそうだった(※親方も好きかもと思う瞬間)。


 こうして。クラクラしている黒髪の騎士を笑って支え、タンクラッドは馬車の後ろで話している騎士たちに朝の挨拶と、昨日の労いを済ませ、シャンガマックにミレイオの状況を確認した。

お読み頂き有難うございます。

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