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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1105/2959

1105. 襲撃後 旅の仲間の夜・龍気と寿命

 

 戻ってきたタンクラッドは寝ていて、ドルドレンたちはコルステインに『ベッド』と命じられ、親方のベッドを出してあげた。


 鳥の姿から人の姿に変わったコルステインは、いつもの場所、馬車2台の間に置かれたベッドに、抱えたタンクラッドを下ろすと、横に添い寝して、大きな黒い翼の片方を彼の上に広げた(←布団)。



 ドルドレンたちは、コルステインが就寝までの一連の作業を、てきぱき終えたのを見届け、親方は疲れているからこのままで・・・と話し合う。


「シャンガマックはどうでしょうか。ミレイオとは私たちは連絡が付かず、その上、シャンガマックも・・・でしょう?」


 フォラヴの心配は、総長も同じ。シャンガマックを呼び出しても、一向に連絡が付かない。ミレイオと職人が一緒だと思うから、大丈夫ではと思うが。


 シャンガマックが気がかりな状態は、ミレイオが戻るまでは続くのか。そんなことを考えていると、頭の中に声が響いた。


『バニザット。ミレイオ。ホーミット。一緒。する。平気』


『ん?んん?コルステインか』


 ドルドレンは馬車の荷台で横になっていた体を起こし、ちょっとベッドの方を覗くと、親方の横で寝そべる体が動き、大きな青い目が自分を見た。


『コルステイン。知っているのか?彼らは無事か。どこに』


『平気。一緒。ホーミット。守る。する。あっち』


 どこに、と訊いた質問には、コルステインが手を少し伸ばして、町の一方を指差して教えてくれた。方角的に炉場があると分かったので、ドルドレンはホッとする。それなら、良かったと安堵が満ちる。

 お礼を言って、コルステインにも眠るように言うと、『寝る。ない』と言われた(※正直)。


『そうか。じゃ、俺たちは眠ると思うから。お前に任せて良いか?』


『大丈夫。コルステイン。一緒。守る。する。イーアン?どこ?』


『あ・・・イーアン。彼女は空だ。とても疲れて、って分からないか。壊れそうだ』


 言いながら涙が浮ぶドルドレンは、眉をぎゅっと寄せて我慢し、頷きながら『今、イーアンは空に』と重ねて伝える。


 可哀相に思ったのか、コルステインはちょっと体を起こして、眠るタンクラッドを見てから、ドルドレンを手招きし、近くに来たドルドレンを両腕に包んだ。頬ずりして『大丈夫。イーアン。強い』と教える。


 優しいコルステインに、ドルドレンもしっかり抱き締めて『有難う。そうだ、イーアンは強い』と、自分に言い聞かせるように呟く。

 涙は流さないようにと堪えていたけれど、コルステインに抱き締めてもらっている間、ドルドレンは少し泣いた。


 コルステインの、夜空色の大きな体。大きな女性の胸。太い腕は、肘から下が鳥の足だけれど。


 ドルドレンが子供の頃。馬車の女たちが、泣くのを我慢するドルドレンを、抱き寄せてくれたのと似ていた。大きな太ったおばさんが多かった馬車は、子供たちが何かで泣きそうになっていると、いつも誰かが側に寄せて抱き締めてくれた。


 ドルドレンは今。滅多にないけれど。辛くて仕方がなかった。


 イーアンが、連続で何度も疲れ切って空へ上がるのが、可哀相で悲しくて、でも、自分にもどうにも出来ない。

 そして周りを見れば、ハイザンジェルの悪夢を再び繰り返したような、被災の直後。苦しくて苦しくて、頭で理解出来る範囲を、感情が超える。


 大きなコルステインは、ドルドレンの頭をよしよし撫でて、何度も頭に頬ずりして、愛情表現をしてから体を離し、騎士の泣いている顔を見た。涙で一杯の灰色の瞳に、顔を寄せてちゃんと教える。


『大丈夫。イーアン。強い。お前。好き。守る。一緒。すぐ』


『コルステインは優しいのだ。有難う。本当に有難う、そうだな。きっと、すぐ帰ってくるな』


 うん、と頷くコルステインは、ニッコリ笑って、ドルドレンの頭をナデナデしてやると、自分が守っているから、お前は寝ろと命じた。


 涙に濡れた頬もそのまま、ドルドレンも微笑んで鼻をすすり上げ、お礼を言って馬車に入る。荷台では、フォラヴとザッカリアが待っていて、泣いている総長に悲しそうな顔を向けた。


「コルステインが。シャンガマックとミレイオが、ホーミットに守られていると教えてくれた。それと、イーアンはきっとすぐに帰ってくる、と」


 それを伝えると、ドルドレンは涙を拭く。泣いている総長を可哀相に思ったザッカリアが、寝台馬車からお菓子箱を持ってきて、総長に一つ渡す。それから、フォラヴと自分にも一つずつ。


「食べよう。甘いと元気になるよ。ギアッチが『疲れたら甘いの食べて』って」


「有難うな。お前にまで優しくしてもらって」


 ドルドレンは、子供の優しさに微笑んで涙を浮べ、有難くお菓子を齧る。フォラヴも優しい微笑を浮かべて、総長の背中を撫でた。『どこも痛めていませんか』少しなら、自分が治せる、と言うフォラヴ。


「お前も本当に忠実で優しい。俺は大丈夫だ。ザッカリアの手を治してやってくれ」


 フォラヴは子供の手に気が付かなかったので、ハッとして、ザッカリアの手袋を外さない手を見た。困った顔の子供に、『手袋はそのまま』と安心させると、彼の手を自分の手で包んで癒した。


「痛くなくなった」


「今は少しだけです。でも、ノクワボの水もありますし、早く良くなります」



 フォラヴも疲れている。お礼を言う子供に微笑み、彼がお菓子を食べ終えたのを見計らって、今日はもう眠ろう、とベッドに入るように伝える。


『総長。私も眠ります。何かあれば呼んで下さい』フォラヴは、総長も早く眠って・・・と、お願いし、子供に続いて自分も寝台馬車へ戻った。


 二人が戻った後。ドルドレンも、水を一口飲んで、のろのろとベッドに上がる。鎧が強いから、何度も魔物の体にぶつかっても痛みは少なくて済んだ。顔は二重マスクのおかげで、顔にも傷一つない。


 今回、怪我をせずに済んだことを心から感謝し、フォラヴに言われたように、明日に備えて休むことにした。

 ドルドレンがベッドに倒れこむと、イーアンの匂いが香った。その匂いを吸い込んだ騎士は、枕を抱き締めて、あっという間に眠りに就いた。




 *****




 職人が集まったフィリッカの工房では、ミレイオが一緒。『バニザットは連れて行く。お前は大丈夫だろう』と獅子に放置宣言を受けたミレイオは、シャンガマックが気の毒に思っていた。


 が、シャンガマックもすまなそうに挨拶し『明日は総長たちに早く会いに行きます』と、夜明けに移動することを話したので、自分や職人たちと休まない方が、彼は騎士だし都合が良いかもと、了解した。


 ミレイオは、職人たちを放っていく気にはなれず、今日は一晩。万が一のために、一緒に過ごそうと決めていた。

 それで、フィリッカの工房に泊まることにし、ミレイオを含む9人は、へとへとの体に食事を摂り、あっという間に雑魚寝で就寝となった。



 獅子に連れて行かれた騎士は、休める場所を辿って、鉱山の一角に落ち着いた。


 どこもかしこも、町の中は恐ろしい状態で、シャンガマックは職人たちと一緒に過ごした時間から、心が削られるような現場の連続を目にして、体以上に気持ちが憔悴していた。


 そうかも知れないとは思っていたが。

 通り端にある人々の死体や、負傷者の多さに、戦闘中は見ずに済んでいただけと、改めて分かった時のシャンガマックの苦い思いは、ドルドレンの抱えた思いと同じ。


 その騎士の苦しそうな様子に、ヨーマイテスは町を離れることを選び、ミレイオたちのいた工房から、もっと奥に入った鉱山で休ませる。


「バニザット。眠れ。お前が眠るには硬いか。俺の上に寝ろ」


 背中から下ろした、鉱山のある岩場の影。煙の臭いも漂っては来るが、見えるのは崖の間に浮ぶ月と星の空。

 シャンガマックは鎧のまま、大きな獅子の寝そべった腹に寄りかかる。それから、あっ、と声を上げて、何かと顔を向ける獅子に『鎧が』と言うと、急いで鎧を外し始めた。


「ごめん。こんな硬いものを。こんな格好では、ヨーマイテスが痛い」


「何だ。そんなことか。痛くも何ともない。その辺の動物じゃあるまいし」


 でも、と気持ち的にすまなく思うシャンガマックは、時間をかけて鎧を外し、どうにか衣服と靴だけになると、軽くなった体に一気に安心した。

 汗をかいた衣服にも夜風が渡り、へたり込むように座った騎士は、前屈みに体を折ると『ああ』と疲れた声を出した。


 獅子は、とても疲れていそうな息子を見つめると、大きな体を丸めてから、この中で休むように言い、自分に倒れこんだ騎士が寝やすいようにしてやった。


 大きな獅子の豊かな(たてがみ)に、シャンガマックは両腕を伸ばし、その首に抱きつくようにして目を閉じる。

 同じサブパメントゥでも、人に近いミレイオのような体温はないが、騎士の体が沈み隠れるほどに、豊かな(たてがみ)は温かく、ヨーマイテスの全身を包む、金茶色の毛もフカフカして温かかった。


 シャンガマックは金色の深い草原に埋もれたように、目を閉じた側から寝息を立てる。

 強く大きな体に守られて、一時(ひととき)の安心を得た騎士は、何も恐れることのない守りのお陰で、深く深く意識を消した。


 首に両腕を回して眠った騎士に、獅子は少し笑う。

 夜に眠らないヨーマイテスは、いつも騎士が寝た後には、その顔を見ながら、あれこれ考えて過ごすが、今日は(たてがみ)に埋もれて顔が見れない。


「でもな。お前が()()()()寝ている方が、良いな」


 眠りはしないが、ヨーマイテスも頭をそのままに目を瞑る。獅子と眠る騎士の夜は、少しずつ戻ってきた夜鳥の声が響く谷間で、ゆっくりと過ぎて行った。



 *****



 イヌァエル・テレンに連れられた、イーアン。そして、側にはオーリンがいる。


 今日は、ルガルバンダ付きの夜を過ごす。


 ビルガメスが一緒にいたがったが、彼には、体を変えて間もない子供がいる。ファドゥも、ジェーナイがいるから同じ。

 実はタムズの子供も、ここ二日前から、うんうん、体を変えようと頑張っている。そのため、タムズも長時間、離れることは出来ない。

 残る二人、ニヌルタとシムは『余計なことを言う恐れ』から、イーアンの側にいないように命じられた。



 中間の地から、龍の島に連れ戻り、ああだこうだと男龍が決め合った結果。『用事のない・特に有害な情報を与えない』ルガルバンダが付き添いに決定し、他の男龍は『時々見に来る』と後を任せ、戻って行った。


 残っているのがルガルバンダならと、男龍の中でも、若干近寄れる相手と認めているオーリンは、今夜はイーアンの近くにいる。



 ルガルバンダは、草の柔らかい場所に集まる、小型の龍たちの中へイーアンを連れて入り、龍たちの真ん中に女龍を寝かせると、自分も横に座り、小型の龍に寄りかかった。


「お前はいつもそうだな」


 顔が笑ってない男龍は、身動きしない、小さな女龍の角を撫でて呟く。


 オーリンもガルホブラフと一緒に側で休み、うとうとしながら、ふとイーアンを気にして見て。それを繰り返した。


 何度か繰り返した時、金色の瞳が自分に向けられているのに気が付いたオーリンは、男龍を見つめる。


「何?」


「お前は眠いだろう。寝ていろ」


「うん・・・そうだな。眠いよ。だけど、この前は側に来れなかったからな。今日は近いし、様子を見ていようと思う」


「俺が見ている。この前もそうだが、イーアンがここまで龍気を減らすと、夜明けまでは無理だ」


 夜明けでも無理だがと思うところ。


 つい、この前。バーハラーと付き添ってここに眠ったイーアンだが、龍気も少ない状態で、夜明けに無理して帰ってしまった。そして、今日。グィードを呼び出して世話になったばかり。


『お前は学ばない』ぼそっと呟く、女龍を見つめる男龍の悲しげな言い方に、笑うに笑えず、オーリンは黙って頷いた。



「オーリン。お前は知っているのか。イーアンはいつでもこう・・・なぜ、()()()その場で、失うくらいの勢いで動くのだろう」


「全てを?ああ、無茶を選ぶってことか。そうだね。俺も会ってそんなに経たないから、詳しく知らないけれど。そういう性格なんじゃないの?どうして」


 いい加減。男龍たちも慣れていそうなものなのに、今更何を疑問に思うのかなと、オーリンは聞き返す。

 白く発光するルガルバンダは、女龍の頭の上に手を添えて、彼女を見つめてからゆっくりと答える。


「ズィーリーはこうじゃなかった。違う人間だと分かっていても、似ている部分もある。内面が似ていると感じる時、表し方が違うのかと感じる」


 ルガルバンダの独り言のような声に、オーリンは黙って耳を傾けた。


 少し間を置いて、薄緑色の体を、龍の横に寝そべらせたルガルバンダは、イーアンと添い寝するような姿勢で話を続ける。



「ズィーリーも。抑圧された場所に暮らしていた、と聞いたことがある。

 彼女の静かな性格。求めることをせず、受け取るものを何でも受け入れた、あの性格もまた、抑圧された世界の名残だったのだろう。

 イーアンもそうだ。以前、ファドゥに話を聞いたが・・・ファドゥが、イーアンとお前を相手に話を聞いた、最初の日のことを教えてくれた。


 イーアンも傷つけられて生きてきた。彼女もズィーリーも、内から昂る龍の魂を、理解も出来ない、愚かな人間に押さえ付けられて生きた。

 ズィーリーはひたすら受け取り、我慢することを選び、イーアンは攻撃して、撥ね付けることを選んだ。


 もしこれが。イーアンの寿命に関わることだと、俺が言ったら。お前、どうする?」


「え」


 寿命の話に変わり、オーリンは肘を付いて、上半身を起こした。


『何でだ?イーアンがまるで』言葉を続けたくない、ぞくっとする瞬間。ルガルバンダは、ちらっと龍の民を見ただけで、すぐに女龍に顔を向けた。


「これほどの龍気を与るのに、一度も体にきちんと蓄積したことがない。こんな中途半端な使い方を繰り返していたら、龍気だけじゃなくて精気も使う。精気が消えたら死ぬぞ」


「それって」


「龍気だけを動かすことを覚えていないんだ。イーアンは。

 ズィーリーは、こんなに龍気がなかったのもあるが、基本的に無理をしない性質だった。そして物分りも良いし、自分から無茶をしてまで戦おうとは、まず、しなかった。

 説明したら、それを理解し、どんな場面でも自分の責任を果たしつつ、手を出さないことも選べる人だったんだ」


「イーアンは無理だろ。『手を出すな』って、言ったって聞かないんだから」


 だから、とルガルバンダは悲しそうに、イーアンの顔を撫でた。『寿命が気になるんだ』男龍の横顔が、本当に悲しそうで、オーリンも戸惑う。


「命を削る戦い方をする。手を出さないことが、彼女には冷酷に映るのか・・・そうしたことで、選べないのだろうが。

 しかし、この動き。()()()()()()()選択肢を、求め続けているように見える」


 ルガルバンダはそれ以上、喋ろうとしなかった。



 悲しい顔は、一度失った女龍(ズィーリー)を重ねているようにも見えて、オーリンも話しかけにくく、この夜はこの話が長引くことはなかった。

お読み頂き有難うございます。

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