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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1104/2959

1104. アギルナン地区荒廃の夜 ~瓦礫の中

 

 大きく溝状に削れた大地に立つ親方は、龍で降りてきたドルドレンとミレイオに『俺はコルステインを呼ぶ』と言うと、二人を町へ帰した。とりあえず、皆に声をかけて、宿へ集まろうと決めて。


 夕暮れの、暗くなってきた空に飛んで消える二人を見送り、タンクラッドは大きく息を吐き出す。

 動いた時間はそう長くない気がしたのに、思ったよりも疲れていた。



「俺の力。どこから出ているのか・・・・・ 」


 龍気を吸い続けるザハージャング。魔物の気力。その二つを混ぜて消す、この()()()()()力で倒したわけだが。


 原動力は、剣そのものか、自分か。


 両方だとしても、剣の力の限界も分からないし、自分の気力や体力の限度も、この力に対してどれほど値しているのか、全く掴めていない。


「強さはそこそこだ。しかし、限界が分からないとは・・・これは不利だ」


 タンクラッドはそう呟いて、『限界を知る』そのことを今後の課題とし、コルステインを呼び出す。


 呼ぶとすぐに、フワフワと青黒い霧が現われ、それは近くへ来て大きな黒い鳥に変わる。この姿を久しぶりに見た親方。意外だが、彼女の行動に何か意味があると判断する。


『コルステイン。疲れたよ』


 弱音混じりに少し笑うタンクラッドは、大きな黒い鷲のような姿、その背中に乗せてもらう。

 鳥は振り向いて『行く。する。馬車?』と訊ねた。頷いてお願いすると『馬車。近い。壊れる。する』と答えてきた。


『え・・・馬車が壊れたのか』


『違う。馬車。近い。寝る。そこ。壊れる。する』


 その言い方だと、宿では?と驚くタンクラッドに、鳥はカクカク頷く。『そこ。壊れる。する。行く?』壊れているが、そこで良いのかと確認され、タンクラッドは急いで宿へ向かうように頼んだ。



 上空から見ると、もう暗くなっているのではっきりはしないが『酷い』こんなに、とタンクラッドの呟きが落ちる。


 焼ける臭いがそこかしこに漂い、暗くなる町の中にも、何十箇所からも煙が立ち上っていた。


 まとまった場所にある家屋のほとんどは倒壊し、通りに沿って連結で並んだ店屋や会社は、重なるように倒れた瓦礫と化している。通りだけではなく、建物の真下からも魔物が出たので、裂けた地面の黒い線が建物を呑み込み、線は幾重にも町の中を走る。

 見ているだけで胸が潰される、苦しい光景が、町全部を埋め尽くしていた。


『宿屋はどこだろう』


 黒い鳥の背中からタンクラッドは、突き刺さる光景の中に目的地を探す。『寝る。する。そこ』鳥は答えて、翼の片方を斜めに傾ける。尾羽を広げてゆっくりと下へ向かい、人影の動く場所へ来ると振り返った。


『ああ、そうか。お前はどうするかと言うことか』


『そう。人間。近い。そこ。コルステイン。どう?』


『そうだな、ちょっと俺だけ下ろして、影に入っていてくれ。俺は多分、人と話すことになる』


 コルステインは了解し、少し旋回した後、瓦礫の多い場所の影へ降りて、タンクラッドを下ろすと、自分もそのまま影に消えた。



 タンクラッドが宿屋の敷地に入ると、町営宿の半分は削れて、面した通りの亀裂に崩れ込んでいた。

 入った裏庭は、庭に植えられた木々は倒れていたけれど、馬も馬車も無事だった。

 馬は繋がれていたから、暴れた跡があり、怪我は恐れから付いたもののようだった。


 馬車の馬、センとヴェリミルの口に付いた血を見て、親方は彼らを慰める。


 親方が戻ったことで、2頭は少し落ち着いたようだったが、足元の土は何回となく蹴られ掻かれた様子が残っていて、親方は2頭に怖い思いをさせたことを謝った。


「ごめんな。お前たちにまで気が回らないなんて。いつも世話になっているのに」


 水を探して、どうにか井戸が使えると分かって汲んだが、酷い濁り方をしているので、親方は馬車の中からノクワボの水を出し(※987話最後参照)濁った井戸に一滴垂らして、澄んだ水を変え、馬に与えた。


「少しだけどな。少しでも。お前たちの腹も満ちるはずだ。こんな時に、ノクワボの水に助けられるとはな」


 ノクワボの水は、馬車の中で転がってはいなかった。馬車の荷物の隙間にきっちり挟んでおいた壷は、馬車が横転していなかったことで守られていた。



 他の馬を見ると、恐れから死んでしまった馬も一頭見えた。宿泊客が乗って逃げた馬は、馬房が開いていたが、乗り主がいないままの馬も3頭いて、親方はその馬たちにも水をあげた。


 それから宿に入る。裏庭に通じる扉は開け放されていたが、中は、いつ崩れてもおかしくないくらいに傾いていて、明かりのない宿の中で、とりあえず人がいないかと呼びかけてみた。しかし、声は返らなかったので、親方は外へ出る。


「凄まじい破壊だ。どれくらいの被害が出たのか」


 タンクラッドは馬車へ戻り、置きっぱなしにしたのは自分たちの馬車だけと知る。他の宿泊客の馬車が連続して出て行った轍が残り、逃げた彼らが無事であるように祈った。



「タンクラッド」


 頭上から声がかかり、上を見ると、煙で燻る星空に龍の影。『ドルドレン、馬車は無事だ』手を振って、裏庭へ呼ぶと、次々に龍が来て・・・と言っても3頭の龍で、ドルドレンとフォラヴ、ザッカリアだった。


「シャンガマックは、ミレイオが探している。ミレイオが職人たちに預けたと言っていた」


「オーリンは?バイラはどうしてる」


「オーリンは『一度帰る』と。先に空だ。俺たちの龍も、もう返さないといけない。

 バイラはここから、数十分先の緊急避難所にいるが・・・馬車では無理だろうな。道が()()()いるから」


 ドルドレンは龍を降り、部下二人も降りる。龍にお礼を言って、すぐに空へ帰すと、それまで発光していた龍の光もなくなり、あたりは真っ暗に見えた。


「馬は?」


 総長は馬車へ向かって、厩を見る。親方は状態を話し『怪我をしているから、すぐに繋がない方が良い』と教えた。ドルドレンは馬2頭に会いに行き、その首を抱き締めて謝っていた。


 名付け親のフォラヴも、ザッカリアも、可哀相な馬のお腹を撫でて謝り、『今日は自分たちだけでも、ここで休もう』と馬車を見る。

 宿には一人もいない様子で、誰もが避難所へ移動していることを、フォラヴたちは話した。


「連絡は取れるんだな?バイラに、俺たちが宿にいることを伝えろ」


「そうしよう。彼は警護団だから、町民と一緒だ。本来なら、俺たちも騎士だから保護や手当てに回るのだが」


「気持ちだけで良いだろう。お前たちは身に染み付いた動きだろうが、ここはテイワグナで騎士の範囲じゃないし、お前たちは前線で戦い続けたんだ。休め」


 タンクラッドは、疲れている総長と、二人の騎士を見て、暗がりの馬車の荷台を開ける。


「鎧を脱げ。まずは水だ。俺がノクワボの水を持っている。井戸の水は『満ちる水』に変えた。とにかく、体を休めるんだ。バイラに連絡して、水の確保をするぞ。俺が動く」


「タンクラッド。お前だって疲れて」


「そうだな。だが、イオライセオダが襲われた時も、こんな感じだったんだ。

 イオライセオダは。ハイザンジェルは、町に駐在がないから民間人しかいないだろ?

 襲われてボロボロになった町で、戦った後に水をな。配って回れるのなんか、女子供じゃ無理だ。旦那も家族を守ってヘトヘトだしな。

 俺みたいな、動けるやつが動いたんだよ。サージとか・・・・・ 」


 親方はそんな話をしながら、同情の眼差しを向ける黒髪の騎士に微笑んで、その肩を上から押し、荷台に座らせる。後ろに立っていたフォラヴの腕を引いて総長の横に座らせ、子供を抱え上げ、荷台に乗せた。


「休めよ。行ってくる」


 時の剣を背負ったまま、親方は片手に小さな水の壷を持った。


「今はな。地下の最強が一緒だ。すぐ帰ってくる。お前はバイラに、俺が行くことを連絡しておいてくれ」


 ちょっと笑った顔を向け、タンクラッドはコルステインを呼ぶと、大きな黒い鳥がタンクラッドの前に現われる。振り向いた親方は『お前たちも水を飲むんだ』と言い、黒い鳥の背中に乗って避難所へ向かった。



「タンクラッドは。騎士でもないのに、勇敢である」


「そしてとても優しい人です。心の温かい」


「タンクラッドおじさんは、どうして結婚しないのかな」


 煙の流れる星空に飛んだ、黒い鳥の影を見送った騎士たちは、タンクラッドの温もりに心が癒される。


 ザッカリアの疑問。聞いた二人は『どうしてだろうな』と笑って答えるしかなかったが。

 子供なりに、彼が優しいから、お父さんだと良いのにと考えたのかも、と思った。


 疲れた騎士たち。剣職人にすまなく思いつつ、装備を解いて鎧を外し、灯したランタンを掲げて水を汲むと、3人はそれを回して飲む。


 ようやく。人心地ついた安心に、まだ勢い昂る体を馬車に横たえ、気持ちを休めながら、3人の騎士は煙の漂う夜の空気に、明日からのことを思った。明日以降。もっと大変になる。それは分かりきった事だった。



 *****



 コルステインに頼んで、バイラのいる場所を探し、タンクラッドは町役場へ降りた。焚き火とランタンを灯した役場は、建物も外も解放して、町民を集めていた。


 人目のない場所でコルステインに下ろしてもらうと『少し待っていて』と頼み、彼女に影に入ってもらった剣職人は、バイラを探して人混みを歩いた。


 当然なのだが、ごった返す町役場と、敷地、その周辺の施設全てに、怪我人や逃れた人々が集まっていて、泣き声も聞こえれば怒鳴り声や、配給の大声が飛び交う。


 親方は暫く探して、全くどこにいるか分からないので、役場の人間に『警護団員のバイラ』と尋ねると、彼は『警護団員は裏手の建物の庭で、被害聴取をしている』と教えてくれた。


 言われた場所へ向かうと、簡易テントの明かりに、行列が出来ていて、その中にバイラがいた。


「バイラ!」


「あ、タンクラッドさん。ちょっと、ちょっとすみません。私の仲間です、少し代わって下さい」


 バイラは横にいる警護団員に急いで紙とペンを任せ、すぐさまタンクラッドの側に来た。見上げた剣職人の顔が疲労していて、バイラは微笑を浮かべかけたものの『戦ったんですね』と労った。


「そうだな。イーアン任せだったが。しかしな、俺たちだけが戦ったわけじゃない。皆が恐怖と戦って生き延びた。失った命も多いんだ。俺だけを労うことはない」


 微笑んだ剣職人は、バイラに手短に用件を伝える。水の話を聞いたバイラは、ハッとして思い出したことを喜び『有難うございます!そうだった、それがあったんだ』と大きく頭を下げた。


「井戸が。この近くの井戸は何箇所も潰されてしまって。水が全然ありません。役場近くの公園広場に池がある程度ですが、それも水は漏れていないものの、池ですから飲むわけにも行かないし」


「池でも何でも良い。近くの水を飲料水にしよう」


 はい、と答えたバイラの顔は、本当に泣き出しそうな笑顔で、その顔に、人々の水や食料に悩んでいたと分かるタンクラッドは、彼の背中を軽く叩くと『バイラも頑張ったな』と労った。


 バイラは小刻みに頭を振り『私は何も出来なかった』と言うと、タンクラッドの背中を押して『行きましょう』と池へ案内した。


 二人は夜の公園広場へ行き、そこでも緊急で張ったテントのひしめく様子に胸を痛めながら、中央に配置されている池に着いた。

 池は黒々していて、濁っているのかどうかも、夜の影の中では分からない。しかし飲めるはずもないので、タンクラッドは持っている壷から、少しだけ水を落とした。


「どうでしょう。もう大丈夫かな」


「すぐだと思うぞ。前もそうだった」


 カヤビンジアの町で、水が濁っていたのを、僅か数秒できれいにしたのを見た、と親方が言うと、バイラは池の水を手で掬って、口に運んだ。『大丈夫です。何も・・・違和感ありません』石も砂も入っていない!と、バイラはホッとしたように笑顔を向けた。


「タンクラッドさん、有難うございます!この池の話をすぐにしますが・・・どうなのかな。やはり、量がないから配給は難しいでしょうか」


「それは何とも言えないな。動いている水なら、問題ないが。この池は、湧き水でもないだろうし・・・これは人工だろう?とりあえず今夜は、この池の水で飲料水を得るようにしろ。

 朝まで待てるなら、朝に、役場から近い使える井戸を探す。そこで同じようにすれば良いだろう。

 皆が水を求める。こうした時は、排尿さえ飲もうとするんだ。渇きから、病気になっても敵わん。バイラたちが管理して、水場として今夜ここを使うと良い」


 剣職人の言葉に、バイラは彼の手を両手で握り締め、何度もお礼を言った。この町の人間でもないのに、ひたすら頭を下げるバイラに、親方は微笑んで、彼の顔に手を添えて自分を見させた。


「本当にお前は、いいやつだな。自分だって、水の一口も飲んでいないだろう?バイラは『護衛時代に鍛えたから』と、自分はどこまでも耐える。無理をするな。

 朝。また来るからな。ちゃんと眠ってくれ。出発はいつか分からないが、バイラもちゃんと休むんだ」


「タンクラッドさん。あなたは・・・本当に・・・有難う」


 ぐっと堪えた涙の顔を下に向け、バイラはもう一度顔を上げると、『明日連絡します』と親方を送り出した。彼も疲れている、と思って。



 剣職人はバイラに手を振って別れると、コルステインに乗って宿屋へ戻った。


 その背中で、『ホーミット。ミレイオ。バニザット。一緒。する。平気』と聞いたので、とりあえず褐色の騎士は無事で安全と分かり、これで旅の仲間全員の安否は確認出来た。


 タンクラッドにとっても、長い長い一日だった。もう、黒い羽毛の中に突っ伏して眠りそうなくらいに――

お読み頂き有難うございます。

本日は夕方の投稿がありません。どうぞよろしくお願い致します。

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