1103. アギルナン荒廃の夜 ~退治完了
バイラとオーリン、そして別の区画で、町民を保護していたフォラヴとザッカリアは、一箇所に避難を呼びかけた町役場の連絡で、町中に散らばった人々を集めていた。
動けない人を連れて龍で何往復もし、出来る限りの救助を続けていた最中。
龍の咆哮、大揺れ、すぐに空気を伝った轟音と、光った空に白く輝く龍、その体に絡み付くような化け物の両者が、空に浮んだ光景に釘付けになった。
「イーアンが魔物と対戦・・・勝ってくれ!」
願うバイラの声に、側にいたオーリンは空を見たまま『大丈夫だ。絶対に勝つ』と頷く。
自分が側に行けたら。オーリンは手伝えないことを悔しく思うが、ガルホブラフのことを考えると、あの奇獣の存在が危険で近づけない。
フォラヴとザッカリアも、人々を町役場に運び、その最中で見た光景に驚き『総長たちも、あそこにいるのか』と不安を抱いた。
「イーアン、大丈夫だよね?」
あんまりにも長い体で暴れる、魔物の影。白い龍は夕暮れの光に輝きながら、ガァガァ吼え叫んで応戦している様子。
不安になったザッカリアが、フォラヴに訊ねる。妖精の騎士も、息を吸い込んで頷き『大丈夫です』と答えるが、声が震える。
「あの方は。いつでも、勝ってきたのです。どんな時も。絶対に諦めないです。大丈夫」
「イーアンより、全然大きいよ。まだ地面にくっついている」
「ザッカリア。大丈夫です。あなたのお母さんですよ、大丈夫。彼女は言いました。『自分は勝つまで戦う』と。あの魔物相手にも、必ず・・・イーアン!」
空色の瞳は、子供を見て励ますように伝えていたが、目端に揺れた白い光を見て慌てる。ザッカリアも大きな目を見開いて、びっくりして叫ぶ。
「イーアンが!」
慌ててイーアンの側へ飛ぼうと、ソスルコを動かしかけた子供に、フォラヴが急いで止める。『ダメです、ザッカリア!行ってはいけません』彼を止めて、フォラヴもまた空で戦う龍を見る。
「何が・・・もしかして、龍気?」
白い龍は突然、ぐらりと揺れて、魔物を真上に引っ張り飛んだものの。
その猛烈な加速する勢いで、最後の最後、魔物の全体が引きずり出された途端。光が減り、落下し始めた。
*****
イーアン、もう無理だと悟った瞬間。
自分の龍気だけでどうにか持ち堪えて、必死に急いだが、魔物が長過ぎる上に、暴れるし、絡むし、振り払っても噛んでいる場所は崩れるしで、悪戦苦闘しながらの攻防を繰り返し、とうとう『龍気が尽きる』と感じた。
それならと最後の力を振り絞り、使い切ることを覚悟した龍。目一杯噛み付き、目一杯魔物を鷲掴み、残る全ての力を注いで、一気に上昇した。
上昇する際、どこにタンクラッドがいるか分からないので、腕輪を撫でた。
大きな女龍の腕には、小さすぎるその腕輪なのに。それでも、始祖の龍の思いか、彼女の壁画にあったように、イーアンの腕にもその輪が付いていた。タンクラッドへ・・・頼む、懇願を送った一瞬。
力を籠めたら、あっという間に、崩れ始める魔物の体に、早く!早く、と焦って目を瞑り、風を切って上昇した結果、イーアンに手応えはあった。
がくんと軽くなった気がして、さっと下を見たら。魔物の全身が出たと知り、イーアンは、後をタンクラッドに託す。
白い体は光をぐんぐん減らし、銜えた顎は力なく開く。既に、銜えた場所も掴んだ場所も崩れ、上の方が千切れた魔物と一緒に、イーアンは落下し始めた。
「おお!イーアン!」
いきなり空に翔け出した、白い龍の動きに不安を持ったタンクラッドは、続く数秒で、魔物が全て出された姿に、喜びを浮かべたのも束の間。落下し出した、力尽きる龍に叫ぶ。
「行け、ザハージャング!今こそ、お前の動く時だ」
落下する魔物は凄い勢いで地上へ向かう。イーアンの白い体も、徐々に失う光と共に小さく変わって行く。
乗り手に命令を受け、疾風のように急発進で突っ込む奇獣は、魔物相手に体が動き始めた。タンクラッドは落ちてくるイーアンをまず、と思ったが、魔物の方が落下が早い。
その時、目の前から『俺が』と声が聞こえ、藍色の龍と鎧の騎士が凄い速度で向かってくるのが見えた。
「ドルドレン!来ていたか」
「イーアンっ」
親方の声に答えるより早く、ショレイヤは最高速度で突っ込み、その速度に合わせた鎧の騎士は、落ちてくる、白い角の女の体をガッチリ受け止め、その場を一瞬で飛び去った。
「よくやった。後は俺だ」
心配は消えた。地面に残り数秒で落ちる魔物相手に、タンクラッドは、時の剣を振り上げる。
「ザハージャング!あれを倒せっ」
時の剣は光の輪を放つ。タンクラッドの腕を包み込んだ金色の光は、あっという間にザハージャングの龍気を取り込み、振り下ろした相手の邪気を奪い取る。
タンクラッドの腕から放たれた光の刃は、魔物が地表に触れる前に、その体をボロボロと崩し、あれよあれよと言う間に、光の粒子をまとって塵に変わった。
崩れる魔物を食らい尽くす勢いで、ぐるぐるとその周りを飛ぶザハージャングの動きと共に、剣を振るう腕は、金の光を飛ばし続ける。
光が触れるその一瞬で、消滅してゆく魔物の体。ザハージャングは、残る邪気を余すことなく取り込み続け、時の剣は、混じる邪気と龍気どちらの力も消し去った。
タンクラッドとザハージャングが、落下する魔物の周囲を高速で飛びまわりながら、見る見るうちに、光の刃で消し続ける様子を、ミレイオも、イーアンを抱きかかえたドルドレンも最後まで見守る。
「恐ろしい力である。この前見た時も驚かされたが、比べる力が思いつかない分、何と言って良いか。
しかしあの奇獣・・・何と奇妙な姿だろう。あれの意味もあるのだろうが、オーリンが逃げた理由も、ショレイヤが嫌がるのも、感覚的に理解出来る。
気味が悪い相手だが、タンクラッドだけがあれに乗るのかと思うと、彼も不思議な男だ」
俺はお前で良かった、と呟く勇者に、ショレイヤはちょっと顔を向けて頷く。
それから、彼の腕に抱えられた龍の女を見つめると、ショレイヤは長い尻尾を回して、龍の女の上に添えた。
「お前。イーアンを癒してくれるのか」
龍気を分けてくれようとしていると分かり、ドルドレンはお礼を言う。
『でも、お前が足りなくなっては困る。イーアンはこの後、空に連れて行ってもらうから』そう言われて、ショレイヤは気にしつつも、了解した。
そう。早く連れて行かなければ。でも、タンクラッドが終わるまでは、タムズを呼べない気がして、ドルドレンは親方の完了を、急ぐ気持ちで待った。
腕の中のイーアンは、目を閉じて眠るように動かない。
しかし眠っているのとは違うのは、彼女の息遣いが、あまり分からないことだった。
それはとても不安で、ドルドレンは腕に抱いた奥さんをぎゅっと包むと『有難う』とお礼を伝えた。
「君はいつも、こうして。この前も、俺たちを助け出すために」
今回。皆が戦った。皆が必死だった、このアギルナン地区の魔物応戦。
多くの人が亡くなり、多くの人々が傷つき、多くの人たちの日常が壊れた。町は、崩壊も甚だしい状況に陥った。オーリンの話では、集落は全滅させられたところもある。
自分たちも必死だったし、民間人の皆も、大切な人を守るために命からがら、逃げ惑う恐怖の時間だった。
だから、イーアンだけが頑張ったわけではないにしても・・・
「そう。だけど。だけどね、君は皆がしたくても出来ないことを、自分が受け取った力と知って、全開で挑むから」
それに、俺の奥さんだ。ドルドレンは涙が出そうになるが、それはどうにか堪えた。
イオライの時もそうだった。大事な愛する人が、死ぬんじゃないかと思うくらいに、大怪我を負っていても。
総長の自分は、彼女よりも重傷の仲間を優先して、治癒場に連れて行った。イーアンなら、そうしてくれ、と言うから。
『今回もね。そうなのだが。だけど想いは・・・一番なんだよ』一番、君が頑張ったと言いたいし、一番イーアンが無理をしていると思うし、一番先に助けたい。
それなのに、すぐに助けてあげられないことを、済まなく思う。両腕に包んだ、意識のないイーアンに顔を埋めて、涙を我慢するドルドレンは震えていた。
「終わったわよ!」
ドルドレンが、早く早く、とイーアンの髪に顔を埋めて祈っていると、ミレイオの声がして、ハッと顔を上げる。『ドルドレン、終わった!』近づいてくるミレイオが、タンクラッドの方を指差した。
「本当だ。魔物が全部消えた」
「もう、大丈夫じゃないかしら。あの気色悪い、変な銀色のやつが、地面に下りたから」
タンクラッドも下りたわよと、ミレイオは抉れた地面を見下ろす。言われて見てみると、棘だらけの銀色の体は地面に着いて、何かしている。タンクラッドも横に立っていた。
「終わったのか・・・・・ 」
「ドルドレン、イーアンを早くっ」
ミレイオも気にしていたようで、空を見上げる。そうだ、と一声上げて、ドルドレンはすぐに男龍を呼んだ。
それは何度も呼ぶ必要はなく、ドルドレンが、2度目を繰り返えそうとした矢先、夕暮れの空が眩しく光った。
やってきたタムズは、ビルガメスと一緒だった。
夕暮れの暗がりを照らしながら、二人の男龍は、後ろに10頭近くの小型の龍を付けて地上へ降り、全てを知っているように、ドルドレンの側へ来た。
「彼女を」
「勿論だ」
ビルガメスはイーアンを受け取り、悲しそうに目を一度瞑ってから、すぐにミレイオとドルドレンを見て『ミレイオは良いが』と言い、ドルドレンや騎士たちに龍を早く戻すように伝えた。
「お前たちの都合もあるだろう。分かっている。だが、龍を一度戻せ。今日は休ませてやれ。そばにあれがいたんだから」
大きな男龍は、地面に降りている銀色の奇獣を見て、静かにそう言うと、タムズに顔を向けて『タムズ。ザハージャングを先に連れろ』と命じた。
タムズは頷き、ドルドレンを見て『君たちは頑張った。不自由があると思うけれど、夜の間は休みなさい。その間に龍を癒してあげないと』と伝える。
総長は了解して『龍がいて助かった』と答えると、ショレイヤを撫でて『すぐに戻すよ』と声をかけた。
「シャンガマックたちにも言う。きっと少ししたら、龍は全部戻る」
「そうしてくれ・・・でもね、ジョハインだけは帰って来ている。他の龍を頼むよ。もし龍のいない間、何かあれば私を呼びなさい。魔物はもう、いそうにないが」
タムズはドルドレンの額に上げられた、龍のマスクを見て微笑み『君は本当に忠実』と頭を撫でると、そのまま銀色の奇獣へ飛んだ。
「あ。でも、あの変なの連れて行かれたら。タンクラッド、どうやって動くの?」
タムズの背中を見ていたミレイオは、思いだしたように『足がない』とドルドレンに言う。
ビルガメスがそれに答え『ショレイヤと一緒に寝る場所へ戻れ』と教え、その後に龍を戻すように指示。
「お前たちが今日以降、どう動くか。それはお前たちが考えろ。龍に無理が多い。それも考慮する必要があることを忘れてはいけない」
ビルガメスは二人にそう言って、タムズが銀色の奇獣と白い光に包まれ、空へ戻るのを見てから『ではまただ』と挨拶する。大きな男龍は、イーアンと背後の龍と共に、瞬く間に光となって空へ消えた。
お読み頂き有難うございます。
昨日。とても驚くPVがありましたことに心より感謝します。
ご関心を向けて頂いたこと。読もうと思って下さいますこと。本当に嬉しいです。本当に頑張れます
今回のお話には、ちょっと合わない絵なのですが・・・驚くほどのPVを頂戴して、浮かれて励んで、朝一番で描いた絵がありますので、こちらに貼ることにしました。
シャンガマックとヨーマイテスです。二人が一緒に、朝の草っぱらで寝転がっている時。
別のお話の挿絵でも良いのですが、今日描いた絵なので、こちらに出しました。
本日の活動報告にも載せました(↓)。お時間がありましたら、宜しければいらして下さい。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1714731/blogkey/2653138/
○昨日今日、所用が立て込んでしまいまして、明日は朝1回の投稿です。夕方の投稿はありません。
いつもお立ち寄り下さいますことに、心から感謝して!
どうぞ宜しくお願い致します。




