1102. アギルナンの魔物と女龍対戦
「ホーミット・・・あなたが魔物を誘導?」
龍の体の中で、驚き呟くイーアン。獅子の姿で現れ、急いで用件を伝えたホーミットは『自分が』と言ったのだ。これだけの被害を与えてしまったイーアンに『もう無駄に抉るな』とも。
「無駄。って。だって」
『お前なんかに言われたくない』と、すぐに思うが、言われてしまうと辛くなる。自分だってそんなこと、したかったわけじゃないのだ。
だけど、どんなに考えても被害を食い止めるには、これしか・・・・・
苦しい気持ちを募らせた時、ふと、もう一つの気を感じて頭を動かすと、向こうの空に『ミレイオ』人の姿が宙を飛んでくるのを見て、驚いた。どうして、と言いたいけれど、何も喋れない。
あっという間に近くへ来て、顔の目の前に止まったミレイオは、泣き出しそうな顔で首を振った。
「あんたったら・・・どうしてそんなに、一人で何でもしようとして。また倒れたらどうするのよ」
ミレイオは、大きな白い龍の龍気の中には入れない。でも声が聞こえる。イーアンも少しじわっと来る。溜め息をついたミレイオが、イーアンを見つめて『あのね』と語りかけた。
「これから、ホーミットが何かすると思う。『大物をおびき出す』って言っていたの。
私はそれをあんたに伝えに・・・何も出来ないけど、側にいるからね。あんたが倒れても何しても、私はすぐにあんたを連れて帰るから」
そこまで言うと、ミレイオは目に溜まった涙を拭いて、自分を見つめる鳶色の瞳もまた潤んでいることに微笑み『大丈夫よ、側にいる』と自分のためにもそう呟いてから、イーアンと離れた。
ミレイオは離れた場所の空に浮び、そこで止まる。イーアンの心に、大きな大きな愛情が渡されて満ちる。
ふと、その愛情に何かが触れた気がして、別の方角の空を見た時、イーアンは気が付いた。伴侶がいることに。
ショレイヤに乗った伴侶が、ミレイオと同じくらいの距離を置いた空に見える。
いつからか。彼が自分を見守ってくれていると分かり、イーアンは溜まらず吼えた。泣き出しそうだけど、泣くに泣けない龍の姿。
テイワグナの夕暮れ空を振るわせる女龍の咆哮は、魔物襲撃を受けたこの場所を奮い起こすように、空を走り、鳴り響いた。
ミレイオもドルドレンも、女龍の咆哮が自分に向けられていると分かる。ただ見守るしか出来ないけれど、側にはいようと決めた、空に佇む二人。
ドルドレンに向かい合う反対側には、タンクラッド。タンクラッドも、イーアンから距離を置いて見守るのみ。
『ホーミットが来たな。何か展開が変わるのか』誰よりも距離を置かないといけないザハージャングに乗って、タンクラッドは呟く。ホーミットはなぜか、イーアンの真下に現われて、何かを告げるとすぐに消えた。
「あれは・・・・・ はて。彼に妙案でもあるのか」
大地を壊し続けても出てこない、元凶の魔物。それが本当にいるのかといえば『いる』としか言えない。いるには、いる。
だがどんな形でどんな大きさか、そこまで確認しようがないから、こうなっているだけで。
「サブパメントゥに、頼れる部分なのか。コルステインもマースも、もしかしたら力になってくれた・・・のだろうか。いや、しかし。まだ明るさがある内は」
親方も悩んだ。彼らに頼れたらと何回か過ぎったが、時間が―― 明るさがある以上、いくら最強でも呼び出す条件があるため、どうとも出来なかった。ホーミットはまだ、明るさに耐えられるように思う。
そんなことを考えていると、親方の目に何かが映るより早く、ザハージャングが『グゥ・・・グゥ・・・』と、おかしな音を立て始める。
カラッポの体に渡る肋骨が、ゆっくり開いたり閉じたりし始め、2本の首が大振りに揺れ出した。
親方に、その理由は知る由無いが、感覚で理解したのは『この動き。さっきも。もしやお前が反応している?』そのこと。
「お前は、この動きの時に何かを取り込むのか?今まで大人しかったんだから、イーアンじゃないな。何・・・あ!魔物か?魔物が近くに来たってことか?」
イーアンが龍になった時も、似たような動きをしたので、何とは分からずとも面倒は困ると、慌てて親方は、ザハージャングを遠ざからせるよう距離を置いたのだ。
離れた後、イーアンが龍気を溜めても、ザハージャングが動かなかったので、その位置にいたのだが。
今また同じようなことをしているとなれば、これは一つ。『大量に取り込める時の反応だとすれば』
さっと地面を見たタンクラッド、イーアンよりも地表の方が自分たちに距離が短い。
「来たな?上がってきたんだな、元凶が」
これはと思い、ザハージャングを近づけようと思ったが、ハッと止まる。『さっきホーミットがいたのは、まさか』回転の良いタンクラッド。地面の下でホーミットが、魔物を誘き寄せている可能性がある。
「ちょっと、ちょっと待て。待て、ザハージャング。もう少し待とう」
声を理解するような脳みそはない相手だが、タンクラッドはとりあえず、また地表から離れ、うっかりホーミットから奪うことのないように注意した。
そして、地面からも離れた親方が、もう一度、白い龍の下に視線を動かした、その先に――
「ホーミット!」
青白い炎のような閃きが抉れた地面の影に輝く。タンクラッドが思わず叫んだ、すぐ。
それはパッと散るように消え、次の瞬間、見える大地全体が、ゴワッと大きく揺れ上がる。
皆の見ている前で、削れた地面が、勢い良く膨れるような膨張を見せ、2秒目には轟音と共に、大きな溝を吹き飛ばした魔物が飛び出てきた。
飛び出した魔物の、大きさたるや、例えがない。
ただ大きいだけでなく、体が長い。出てきた部分は立ち上がって、白い龍のいる場所へ勢いで跳びかかろうとするが、体の残りがまだ地中と分かる。
タンクラッドはザハージャングが動き始めたので、もしやと考えはしたが、また後退を選ぶ。『まだだ、今お前が動けばイーアンが』イーアンと魔物の両方から、その気力を取ってしまう。
引き下がってザハージャングの動きを留めた親方は、目を疑うくらいに長い魔物が、虫に似た頭をもたげて振り回し、白い龍がカーッと口を開けるのを見守る。
『イーアン、潰せ・・・』願う気持ちは強い。彼女なら、一瞬で消せるだろうと期待するが、懸念はホーミット同様。
いっぺんに全部片付けないと、どうなるか―― その長い体は、繋いだような節と、両脇に足が一対ずつ付いていた。あれが地下に残っては、単体で動くんじゃないかと、気になる部分。
片や、白い龍。ぱんぱんに膨れ上がった龍気の塊の中にいながら、少し気を抜いたら、弾けそうな状態で、目の前にいる魔物に攻撃する機会を狙う。
ホーミットは『全体が』と言っていた。これのことか、と分かった、相手の体。
どこまであるんだろうと、驚くほどに大きな体は、太い胴の続きが地中に入っている様子。
『ムカデ。ムカデみたい』倒し続けた亀裂から出てきた魔物は、オケラの巨大版のようだった。アジーズの仇で倒した、あの魔物に似て。
親玉も、近い形だろうかと思っていたら。向かい合っているこれが、親玉以外の何者でもないにしても、全然、形が違うことに困った。
「これは。体節で分かれても、暫く動くやつです。普通のムカデでもそうなのに」
千切れたら厄介。ってことは、引っ張り出すしか・・・『そうですよ、引っ張り出せば』待ってる場合じゃなかったと、イーアンは動きを変える。龍気を一度、体に出来るだけ戻して、ぐうっと弾けそうな量を閉じ込めた。
すごく嫌だけど。それに、噛んで千切れても、本末転倒だけれど。
ぐっと歯を食いしばる。自分相手に、何百もあるであろう足を動かして頭を振り回している魔物に、イーアンは一度真上へ翔け上がり、それから旋回して、地中へ引っ込み始めた魔物を襲いに降下した。
思いっ切り早く、魔物の首の下に近づき、思ったとおり、魔物の足が自分の首と肩に引っかかった瞬間。
龍は、自分の顔のすぐ横にある魔物の体を銜える。千切らない程度の力で噛み付くと、ビクッと逃げかけた魔物を、土中から引きずり出すために、目一杯の力で空へ飛んだ。
自分の顎に挟まれた、魔物の胴体が崩れ始めるのに慌て、龍は両手で魔物の体を手繰りながら、触れた側から削れ始める魔物の体を、大急ぎで、次々に手で押し流す。
ずるずる出てくる体は、暴れてうねり、イーアンも翻弄される。力をこめれば、龍気でそこが壊れる。壊れたら千切れてしまう。
全部の体を出し切るまで、どこも壊すわけに行かないイーアンは、必死に魔物を手繰り引きながら、上へ上へと魔物を連れて空へ上がる。
「何て長さだ」
ドルドレンは開いた口が塞がらない。ショレイヤも困惑して見ている。
マスクを額に押し上げ、龍になった愛妻が慌てている様子に、ドルドレンもハラハラしながら、彼女のしようとしていることを応援する。
白い龍は、暴れる魔物に絡み付かれるのを振り払いながら、何とかして全部を引っ張り出そうと、躍起になっている。
「あれ。イーアンが触っているところは、壊れかけているのだ。銜えた場所も、脆く落ちかけて。早くしないと、千切れてしまう。千切れたら戻ってしまうかも。だからイーアンも必死なのだ。
恐ろしい長さよ・・・まだ伸びている。まだ、体が地の下に入っているのか。あんなのが・・・この地区の下にいたのか」
間違いなくあれが親玉だ、と嫌でも納得する。ミレイオもお皿ちゃんの上で、目の前の空の様子に呆然と見つめる。
「何よ、あれ。気持ち悪い・・・あんなのがいたの?」
龍も大きいのに、龍の体の長さなんて小さく見えるくらいに、ズルズル、ズルズル、出てくる。『まだ、あんの?』口に手を当てて、凝視する魔物の体の長さ。
地上に全部が出ていないから、うねってくねっての体が幾つもの輪を作り、捻り続けた針金みたいな奇妙な形で暴れている。
「イーアン。可哀相に。全部出す気なんだわ」
下手に触り続けられないと見て分かる、白い龍の触れ方。何度も手で叩いたり、押したりしながら、銜えた口もずらして、別の場所を噛んで押さえることを繰り返している。
それでもどうにか、空へ引き上げようと、もがいて暴れる魔物に翻弄されつつも、白い龍は必死。
「持つのかしら。龍気」
頑張って!と応援するしか出来ない、ミレイオ。ああなっては、手出し出来ない。全部が出たら、その時はと思うが―― 『頑張って!イーアン、もうちょっとよ』多分ね・・・と、ミレイオは祈るように希望を呟いた。
*****
町で見ていたシャンガマックと職人たちも、唖然とした顔で夕暮れの空を見つめるのみ。
「あれは。あれが?あんな魔物を相手に、俺たちは」
「あれが親だったんです。きっと」
シャンガマックは職人たちと、魔物が終わった様子の亀裂を調べていたが、一人の職人が龍の咆哮に驚き、その後の激しい地震と、すぐに轟いた音の続きで、空を見て叫んだ。そこに白い光と、異様な長さの魔物が浮ぶ姿を、目を丸くして見た面々。
騎士はすぐに『イーアン』その名を呼び、彼の一言で、その場にいた職人全員が『あれが?あれがイーアン』と畏れの声を口々に上げた。
「そうか、龍の女・・・本当だ。本当に、何て大きさ。何て強さだ」
フィリッカは信仰心の篤い気持ちを胸に、空に浮ぶ戦う龍に手を組んだ。その横にいるディモやレングロ、イェライドも同じように胸に手を当て、祈るように龍を見つめる。
「テイワグナを守りに来てくれて。俺が話したあの人は、あんな凄い龍だったのか」
「魔物の親を引きずり出している。空へ連れて行って倒すんだろうか」
「頑張れ!あんだけ出ているんだ、もうすぐ全体を捕まえる。頑張れ、イーアン」
「イーアン・・・鈴なんか付けて。可愛いと思っていたら、何て神々しいのか」
皆が応援する中。最後の一言を耳にして、さっと、そっちを見たシャンガマック。
昨日、一緒にお昼を食べた、ガーレニーの呟きと分かり、この事態では気にしないことにした(※忘れても良いと思う)。
シャンガマックも、空で暴れる魔物相手に、豪快に戦うイーアン龍を見つめ、無事に勝ってくれと願う。
そして、あの魔物を出すまでに、尽力したであろう、ヨーマイテスも。どうか無事で。今夜、無事にその笑顔に会えるようにと、彼の体に無茶がなかったことを、ひたすら祈った。




