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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1101/2956

1101. アギルナン地区悲劇の元凶を探して

 

「ミレイオ!」


「ヨー・・・ホーミット」


「獅子?!」


 職人が武器を構える場面で、大急ぎでミレイオが彼らに『攻撃しないで』と叫び、背中に騎士を乗せたホーミットに走る。



「何てカッコで来るのよ!攻撃され」


「それどころじゃないっ、バニザットを守って逃げろ!」


「え」


 ミレイオが注意し、それに答えたヨーマイテスの言葉に、背中に乗っていたシャンガマックは驚く。『どうして』ヨーマイテスは?と聞き返す前に、獅子は体を捻って、シャンガマックをミレイオに放った。


 びっくりしたミレイオが、地面を蹴って跳び、宙に放られた騎士を抱き止める。


『あんたぁ!』何てことすんのよ!と獅子に怒鳴るが(※騎士は抱っこされた)獅子は無視して走り出していた(※バニザットが無事なら良い)。


「ちょっ!あんた、どこ行くの」


「イーアンだっ、俺が大物をおびき出す!()()()()()()()全てを壊す・・・・・! 」


 走り去った獅子は、長い影の落ちる場所へ飛び込み、あっという間に姿を消した。


 ぽかんとするミレイオ。その腕に抱えられるシャンガマック。後ろで驚愕し続ける職人たち・・・を置いて。ヨーマイテスは、イーアンの攻撃する大地の側へ急ぐ。


 唖然とした皆の背後の空、次の地面の振動と共に、白い光がどんっと膨れて夕方の空に飛び散った。ハッとして振り向いたミレイオは、それが『龍の白さ』と空を見つめ恐れた。


「あの子。()()()


 イーアン!名を叫んだ戦慄(わなな)くミレイオは、シャンガマックを下ろして空に叫ぶ。


『イーアン、あんた!龍もなしで一人で・・・』ダメよ、無理よ、とミレイオは気が狂ったように喚くと、驚いているシャンガマックの両肩を掴んで『私も行く。あんた、この人たちと逃げて!』そう急いで伝え、お皿ちゃんに飛び乗って白い空へ飛び出した。




 *****




 同じ頃。ずっと、龍の背と魔物を跳躍で行き来し、地上に足を付けないで戦っていたドルドレンたちも、倒した魔物がドォンと響いた振動で浮び、崩れかけた建物が倒れたのを見て、眉を寄せる。


 時は夕方に入る。今からまたか!と舌打ちし、総長は疲労した体に、喝を入れた。


 マスクを上げて振り向いた総長は、フォラヴとザッカリアに『お前たちは休め』と大声で命じる。冠を深く被り、ドルドレンは気合を入れ、更なる戦闘を覚悟した。


「これ以上。誰も死なせん。俺が守る」



 戦いながら、人々の悲鳴を聞きつけては助け、間に合わなかった人の死ぬ間際も何度も見て、死体になったばかりの人を見送り、昼からこの時間までの短く僅かな間で、凄まじい死者と負傷者をその目に焼き付けたドルドレン。


 逃げ場のない人や動けない人を、フォラヴとザッカリアに頼んで、緊急避難場所の広場へ運んでもらい、彼ら部下には、そこと自分のいる場所を往復させていた。



「もう。俺が生きている時間に、誰一人死なせはしない」


 誰に聞こえるわけでもない覚悟を唇に上らせ、ドルドレンは龍のマスクを下ろした。


「イーアン。君もどこかで・・・きっと。俺は感じる。君が命懸けの行為を始めたことを。俺は死なない。君も死なない。皆を守るんだ」


 イーアンはいつも『誰も死なせない』と言い続けた。どんな遠征でも、どんなに絶望的でも、絶対に引かなかった。皆を逃がして、自分だけは戦い続けた。意識が消えて、その体が事切れる手前まで。


「俺は。俺は君といて、絶対に君を超えると決めたんだ」


 その勇姿。目に焼き付けたのは数え切れない。

 自分も他人から見ればそうだっただろうが、ドルドレンの心に、自分たちを守るために、いつでも命を投げ出して全力で立ち向かうイーアンは、戦う女神だった。


 イーアンの作った龍のマスク。イーアンの描いた俺の剣。イーアンの倒した魔物で作った鎧。


()よ。俺を護り給え」


 両手で柄を握り締め、ドルドレンは低く空気に響く声で祈りを捧げた。ショレイヤも疲れていたが、勇者の祈りに咆哮を上げる。



 そして。少なくなった魔物を見つけようと、ドルドレンが宙を振り返った時。


「何だあれは!」


 ドルドレンの言葉と同時に、ショレイヤも突然、全速力で加速した。投げ出されそうになったドルドレンが、慌ててショレイヤの背鰭を掴む。


「ショレイヤ、あれを知って」


「待て!ドルドレン!」


「え?タンクラッド」


 逃げるショレイヤに『待ってくれ、タンクラッドだ』と大声で頼み、嫌がりながらも速度を落とす龍に掴まりながら、ドルドレンも目を見開いて後ろを見る。『何だ、あれ』とんでもない化け物が近づいてくる。


「俺だ、タンクラッドだ」


「どうした、それ何だ?!」



 声はするけれど、相手が大きくて剣職人が見えない。

 銀色の棘だらけの塊はどこか奇妙で、生きていないような気持ち悪い雰囲気がある。近づくと、足は何本もあるし、振られているのかと思っていた首は2本。


「それ、それ、何なのだ。龍じゃない、お前は」


「待てよ、そこで待っていてくれ。俺は・・・おい、ザハージャング!止まれ」


 剣職人の声が大きくなり、気味悪い銀色の生き物は、ぐーっと体を捻って横に向けた。その大きな首元に、剣職人が跨っているのを見て、勇者は目が落ちそうなくらいに見開いた。


「タ、タン。タンクラッド」


「落ち着いてくれ。ショレイヤも。すぐに離れる。これはバーハラーの代わりだ。そして龍気を奪い取る。龍気だけじゃないんだが・・・それは良いにして(※良くない)。

 お前たちに教えに来た。見えないが、フォラヴたちにも伝えておけよ。イーアンは今、一人で龍になった。そして、地中にいる魔物の親玉を探して、大地を破壊し続けている」


「何だと。イーアンが」


「そうだ。長くは話せないが、イーアンは『力尽きるまでそれをする』と言った。俺は彼女が倒れた時、このザハージャングと一緒に、彼女の続きを行う。


 おっと、待て。お前の言いたいことは分かるが、それは考えろ。

 お前たちの龍は、回復して間もない。そして、戦い続けたお前たちが、彼女の倒しそびれた親玉を()()()()()があるかどうか。


 ドルドレン。お前なら分かるはずだ。俺はこのザハージャングの力を使って、残りを片付ける。

 もし。もし、それでダメなら。ザハージャングは俺を置いて空へ戻る。お前に頼むのはその後だ。タムズを呼べ。俺でも倒れたなら、タムズに頼むんだ」


 剣職人は告げること全て言うと、勇者に『()()手出しする前に、終わることを祈ってくれ』と頼んだ。その目は、ドルドレンの不安と同じ色を湛えていた。


『イーアンが』呟く勇者に、タンクラッドは彼の呟きをしっかり受け止めて頷くと、それを合図に奇獣を引き離し、反対方向へ飛び去った。



「いつも彼女は。自分を捨てて」


 ドルドレンは、タンクラッドに言われた言葉を辿る。もう一度辿らないと、体がイーアンの元へ駆け出しそうだった。


 行ってはいけない・・・ショレイヤを見れば。見なくても分かるけれど、もう疲れている。元気になってすぐ、呼ばれてから戦いっ放しなのだ。ドルドレンが離れた時は、ショレイヤも攻撃してくれた。


 倒れたバーハラーを思い出すと、ショレイヤたちにまで、身を削って動かすようなことを、させるわけに行かなかった。


「ああ、ああ・・・イーアン・・・君だって。ミンティンもアオファもいないのに。戻ったばかりの龍気を全部使う気だ。

 あの人は、それを選ぶ。いつだって、皆のために捨て身で、全力で挑むのだ」


 龍のマスクの下、涙が頬を伝うドルドレン。ショレイヤの藍色の鱗に、勇者の落とした涙が伝う。



 勇者(自分)の力『全ての種族に通じる愛』を、こんな時こそイーアンに捧げたいと、切実に願うのに。自分のため、身を削って動く龍たちを思えば、それも出来ない時があるとは。


 例え、ここでショレイヤにその力を注げたとしても、ショレイヤに、イーアンを支えるよう仕向けることになる。そんなことは選べない。

 イーアン龍の龍気を支えるには、ミンティンくらいの龍でなければ無理なことくらい、ドルドレンも分かっていた。



 自分に伝わる悲しみと、鱗に落ちた涙を知ったショレイヤが、長い首を動かして、悲しそうに乗り手を見つめる。


 マスクの下で涙を流す勇者の、灰色の宝石のような目を見つめた龍は、彼の頭に顔を寄せて目を閉じた。


「ごめんな。気を遣わせて。お前はよくやってくれているのだ。でも、でも。イーアンが。泣くことを許してほしい」



 ショレイヤも分かっている。ドルドレンが自分を思い遣って動けないことを。

 ショレイヤも動いてあげたいけれど、女龍の勢いを支えるには、自分だけでは追いつかないとも知っていた。


 出来ることは、彼の気持ちに寄り添うくらい。ショレイヤはドルドレンの抱き締める腕に頭を預け、泣いている勇者がせめて、彼の愛する女龍を見ることができるように、女龍の近くへ行くしか出来なかった。


 それを実行するために――


 藍色の龍は自分の首を抱き締める勇者の腕を、少し動かして解き、困惑した目で見つめる勇者をそのままに、仲間の龍のいる場所へ飛んだ。


「どこへ、どこ行くのだ、ショレイヤ。まだ魔物も残っているのに」


 急に動いた龍の行動に、ドルドレンが訊ねる。ショレイヤは迷うことなくフォラヴたちの龍を見つけ、短く何度か声を出すと、向きを変えて、再び来た道を飛んで戻る。


「今のは?フォラヴたちがいたのだ。お前は」


 ドルドレンの問いに、答えられない龍。答えは、見てもらうしか。



 ショレイヤは気が付いていた。魔物はもう、殆どいない。何かを境に、魔物の気配はほぼ消えた。ドルドレンにそれは分からなかったが、龍は町の中の魔物に関しては『いなくなった』と判断していた。


「ショレイヤ!魔物がまだいるかも知れない。さっきの場所に戻らなければ」


 心配する乗り手の声に、龍は一度だけ振り向いて、思いっきり首を横に振った。『え。違うのか?いないと言っているのか?』戸惑うドルドレンに、答える言葉を発することは出来ないショレイヤ。


 龍の唐突な動きから、ドルドレンは現場を離れる心配は残るにしても、今は自分よりも多くを知る、龍のことを信じた。



 藍色の龍は夕方の空を飛び、町の上を過ぎてすぐ目の前に、白い光が膨れ始める光景の広がる、その場所まで来て止まる。


「あ!イーアン」


 ようやく理解したドルドレンは、ショレイヤに『お前。俺を連れてきて・・・見えるように』そう言うと、龍が自分を見たので、ドルドレンは龍の首にしがみ付いて泣いた。


『お前は何て優しい』有難う・・・何度もお礼を言って、顔を上げて見た目の前。遠いそこに、遠近感の狂う大きさの白い龍が浮ぶ。白い龍の下の大地は、亀裂どころではない抉られ方をした長大な溝が。


「見守ることは出来る。近づけないが、何があっても俺はイーアンから目を逸らさない。ショレイヤ、有難う」


 煌々と光を放つ白い龍を見つめ、その恐ろしいまでの力を目に焼き付けようと、ドルドレンはしっかり、彼女の前の空に向かい合った。



 *****



 龍になったイーアンは、龍気を自分だけで呼応する試みを続け、自分の中で動かすという新たな動作を覚えた。


 少しは。減る一方ではない龍気の使い方を知り、それを何度も繰り返しながら、地面を打ち壊し、龍気を上げ、また溜めた力で、地面を(えぐ)ることを続けていた。


『被害』を考えたら、絶対に動けないと思う、攻撃。

 果樹園は当たらないように気をつけているが、龍気が大地にどう伝わって、どう、木々の根や土壌に影響するのかも分からない。


 お金の話じゃなくても、この農産物の町に、自分は魔物に続く大打撃を与えているのではないかと思うと、地面を抉りながらも、他に何かなかったかと悔やむ。バイラに聞いた話『30年前の大雨で、苗を一から育てた』その話を思い出すイーアンは、胸が張り裂けそうだった。


 魔物の大発生で集落の人々が殺され、何百人もの死傷者が出て、町が壊滅に近いほど壊された。その上、町の収入源である郊外の果樹園付近は、龍の自分が壊しているのかと。

 そんなこと考えたくもないが、他にどうやって止めれば良いかも、散々悩んで見つけられなかった。



「今は。今は、皆さんを一刻も早く、魔物から守るだけ」


 そのために来たんだ、とイーアンは自分を叱咤する。弱気になるな、まずは助けなければ、と。


 数十分前くらいから始めて、(えぐ)り返した地面はもう、何kmにも及ぶ。抉った土は消してしまった。

 龍気を打ち込む土に、土と魔物以外は狙わないよう・・・()()()()()()()()の、一番大きい魔物の気配を辿って、打ち込んでは、引きずるように地面を割る。その様子はまるで、大きな匙でアイスクリームをこじり取ったような風景だった。


 イーアンは別のことも感じていた。自分の力が想像以上に大きいことを。アイスクリームを思い出すほど、呆気なく、地面は削れる。そのことが苦しいほどに自分を責めた。


 始祖の龍もこんな気持ちだっただろうか?と何度も思う。

 人間だった自分が、違う世界で信じられないほどの力を得たと知った時、その力で何をしているのだろうと、人間の感覚が苦しんだだろうか。



 龍になった自分は、自分の中で龍気を呼応し、自分の中で増幅する。限りはあるが、この方法で可能な限りの地面を消すつもりだった。

 もし力尽きても、後は、きっとタンクラッドが。ザハージャングが。私が魔物を倒せれば一番だけど、それが無理でも攻撃しやすい状態を導ければ――


 白い龍イーアンは、龍気を引き絞る。

 自分の増幅を極限まで高めて、爆発するニヌルタのように、龍気に膜を張るイメージで、ゴウゴウと音を立てるような光の塊の中にいながら・・・・・はたと、イーアンの目が何かに反応した。


「今のは」


 もう一度、地表に目を走らせる。『あ、え?え!』何であんなところにと、慌てて下を向いていた顔を上げた。


「イーアン!!」


 叫んだのは紛れもなくホーミット。


 地表から上がってきたサブパメントゥの獅子が、自分の名を叫ぶ。イーアンは龍の状態では喋れない。ただ、なぜ彼がこんな危険な場所に出たのかと焦る。


 サブパメントゥの獅子は真下から再び名を叫び、自分を見下ろす白い龍の龍気に、苦しげな様子を見せながらも、続けて伝えた。



「聞け、イーアン。お前の探す魔物をここまで連れて来てやる。異様な長さの魔物だ。全体が飛び出すまで、攻撃するなよ。

 お前は『全部が見えた時点』で、そいつを倒せ!もう無駄に地面を抉るな!」


 何ですって?とイーアンが首を動かすと、それが理解と分かったようで、獅子は大きく一声吼えて抉られた地面の影に消えた。

お読み頂き有難うございます。

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