1100. アギルナン地区悲劇終止符
離れた通りの向こうでは、シャンガマックがジョハインと魔物を斬り続ける。シャンガマックは連続で5~6時間は戦いっ放しでも持つが、回復したばかりのジョハインが気になっていた。
「ジョハイン。俺が下にいる間、どこかで座っていても」
人間のように休むわけには行かないと分かっていて、言えることはそれくらい。
シャンガマックの龍は、乗り手を振り返らず、少し傾けた顔を笑って見せた。そんな気遣いをする龍に、シャンガマックはすまなく思う。
「ごめん。俺が一人では動けないから・・・疲れただろう。今日また、ジョハインが疲れ切るなんて避けたい。どうすれば良いのか」
自分はこのくらいの時間だったら、まだ。まだ、どうにかなる。相手は終わる気がしないが、大玉に近いものも何頭か倒して、少しは担当している場所の魔物も減っていると思う。
でも龍は。龍気がないと、イーアンさえ落ちてくる(※皆さんに不名誉な記憶として残る)。ジョハインをこのまま動かすことに、シャンガマックは悩む。
そして、うん、と決意。『ジョハイン。俺は暫く、一人で戦う。お前は一旦、イヌァエル・テレンへ』それが良い、と覚悟を決めて伝えると、ジョハインは首を振って断る。
「また呼ぶ。だから、それまで。まだ暗くないし、俺だけでもどうにか戦える。ジョハインがいてくれたら、俺一人と比べ物にならないくらいに動けるにしても、だ。
龍気を得てきてくれ。そっちの方が良い。後、1~2時間は・・・きっと日も沈まないから」
龍は、乗り手を置いていく気になれず、暫くこのやり取りが続いたが、結果はジョハインが折れてくれた。
ジョハインは乗り手が『時間がまだある』と何度も言うので、彼の気持ちを汲む(※出来た龍)。
シャンガマックを少し高い位置にある倒壊家屋の屋根に下ろすと、顔を見つめてゆっくり首を振った。
騎士も龍の顔に手を添えて、自分と同じような黒目がちの目を見つめ『大丈夫だ。きっとまた、夜にでも呼ぶから』そう言って、空を見た。
「行ってくれ。ジョハインが疲れる方が嫌だ」
ジョハインも空を見た。それからシャンガマックをもう一度見ると、翼を広げてイヌァエル・テレンへ飛んだ。
見送るシャンガマックは、大切な龍の消える姿を見届ける前に、魔物に気が付き、剣を抜いて飛び掛った。
が。大顎の剣で、ばっさり斬ったすぐ後、魔物の下からまた、魔物が上がってきて、急いで飛び退く。
自分を見つけて跳び上がる魔物に、褐色の騎士は背を屈めて魔物の下を走り抜け、魔物の死体を踏み台に跳躍し、上にいる魔物の腹と足を、思いっ切り剣で斬り飛ばした。
着地して再び、向こうに落ちた魔物の死体と、同じものが足元で動く。まだ死んでいなかったか、と剣を振り上げた瞬間。『俺だよ』と耳に聞こえ、ハッとして止まる。
止まったシャンガマックの腕の後ろで、裂け目から跳んだ魔物が襲い掛かったが、それは騎士が振り向く前に煙と煤になって消えた。
後ろを振り向き、すぐに前を向くと、目の前に金茶色の髪をなびかせた焦げ茶の体が立っていた。
「ヨーマイテス・・・・・ 」
こんな状況で会うなんて、と笑顔が出たシャンガマック。突然、安心して力が抜ける。驚いたヨーマイテスが急いで彼の体を掴み『大丈夫か。どうした』と支えると、騎士は情けなさそうに笑う。
「いや。だって、まさか現われると思わず」
「魔物退治を手伝えと、ミレイオに呼び出された。お前の所在を訊いたら、龍と一緒だと言われた。お前の戦う場所を見つけたから、この辺りは俺が片付けた。いつまで掛かるかと思っていれば、龍が帰ったから」
「有難う」
支えてくれた父親の体に頭を付けて、ホッとしたシャンガマックはお礼を言う。俺が戦うよりも何百倍も早く、何百倍も強い。呼び出してくれたミレイオに感謝して(※仲悪いとは気付いていない)剣を下ろす。
「疲れたか。俺が倒してやる。待ってろ」
「俺もまだ戦える。大丈夫だ、それより俺が行けない範囲を助けてやって」
「バニザット。お前はずっと剣を振りかざして。何て勇ましい騎士だ。魔法に頼りもせず、肉体だけで戦い続けたお前は、誇らしい」
ちゃんと誉めてくれる、桁違いの強さのヨーマイテスに、シャンガマックは恥ずかしくなる。『俺は人間だから』魔法も結界ばかりだし、と赤くなって答えた。
すぐに照れて赤くなる息子にちょっと笑って、ヨーマイテスは彼の両肩を上からゆっくり押す。
無理に座らされていると知ったシャンガマックは、『俺は』と言いかけたが、見下ろす大男の顔が、何も言うなとばかりに見えて、黙った。
「ここにいろ。お前は人間だから疲れるんだろ?俺は影の中を動く。サブパメントゥと繋がりながら動いている分には、消耗もない」
そう言うと、ヨーマイテスは騎士の頭を撫でて『ここにいるんだぞ』もう一度言ってから、亀裂の影へ滑り消えた。
「ヨーマイテスがいてくれたのか・・・ジョハインは気が付いていたのかな」
張っていた気が緩み、シャンガマックは瓦礫の上に座って、大きく息を吐く。『ミレイオたち・・・大丈夫かな。総長たちも』町の中の様子は、全く分からない不安。
自分の代わりに魔物を倒しに動いたヨーマイテスが戻ったら、何か知っているか訊こうと思った。
「まだ暗くないのに。優しい」
ハハッと笑った疲れた騎士は、疲れがどっと襲ってきても、夜でもない時間に、父親が来てくれたことに感動していて、心は満たされていた。
シャンガマックの担当した場所では、運良くと言うべきか。
町民が命を失った場面はなく、怪我をしたり、襲われかけた人を助けることはあっても、人の死を見なかった分、騎士の精神的な疲労は少なかった。
地面の下から魔物を探して倒し続けるヨーマイテスも、これに関してはもう『俺の発端とはいえ』と気持ちを切り替えていた。
ミレイオに呼び出された時は、自分の動きが齎したことではと渋る気持ちもあったが、ミレイオは自分でどうにかなるにしても(※一応サブパメントゥ)バニザットが心配で仕方なかったため、呼ばれたのも、ある意味都合が良いと思えた。
応じる形で参戦したが、肝心のバニザットは意外にも、龍にあまり頼らず、剣一本で戦い続けるし、そこそこ強さはあると分かったので、暫く様子を見ることに。
その間、彼の周囲の魔物は先に倒し、続いて地下から、ぐんぐん倒し進めたので、町に出る魔物の『紛い物』は、地中でサブパメントゥに襲われ、ほぼ消えた。
「地面の上からじゃ・・・終わりようもないだろうに」
『紛い物』は、一定の時間で置いていかれる。
残った魔物を探し倒すヨーマイテスは、頭の中で呟く。騎士たちには見えていない、今回の魔物の状態。
教えてやったところで、『気が滅入るだけだろう』滅入った気持ちで怪我でもされたら、意味もない。余計な手間を増やす気はない。
強力な親玉が動いている。この魔物たちの素を作り出しては、ぐるぐると広域で周回し続け『紛い物』を置いていく。倒しても倒しても、どこからか現われる理由はそれ。
『紛い物』は土中の成分を魔物に変えて、変えた魔物が地表に上がってくる。
親玉は頭が悪いのか、同じ巡回しかしないので、先回りしてしまえば、ヨーマイテスかコルステインでも、倒せそうではあるが。
「長過ぎる」
その体が異常な長さ。全部を消滅させるには、かなりの距離を一度に消さないと、どこかで千切れて、別の動きをされても迷惑。
『それこそ、俺のせいになりかねん』イル・シド集落のガドゥグ・ィッダン発動を思い出せば、二度とそんなの御免だと、ヨーマイテスは思った。
バニザットを、死なせかけるような目に遭わせたなんて、冗談じゃない――
コルステインなら間に合うかも知れないが、如何せん、全体が見えない分にはコルステインに倒させるのも懸念がある。
「攻撃し残して、最後の尻だけ残しても、コルステインは気が付かなさそうだからな(※コルステインは小さいことを気にしない)」
頼むには難しい相手。地下の最強ではあるが、『だだっ広い場所で』『大量の魔物や大型の魔物を相手』に、『好き放題、攻撃出来るなら』の条件付き。
「考えなくて済む場合じゃないと、コルステインたち家族には頼めん」
頼んでしくじったら、それだって俺のせいになる気がする。
ヨーマイテスは、全体像が見れないほど、長さのある魔物の親玉を知っても、身動き取れないでいた。
だから。せいぜい、小物だけ。また『紛い物』が置いていかれたら、それは退治してやるが(※息子のため)。
突き進む暗闇の場所に、サブパメントゥの力を伴いながら、大男は魔物を倒しつつ思う。
「あれは。引っ張り出して、龍にやらせるのが良いだろう」
引っ張り出すなら、と考えてみる。それなら俺でもコルステインでも良い。あの妙な長さの魔物の道をずらせば良い。
「相当深いからな。イーアンは気がついても、無理がありそうだ。とんでもない力で、この辺の地面全部、抉りかね」
地中の魔物を倒しながら呟いた言葉尻は、振動で消える。
ッゴオオオオオン・・・・・ ドォォォォン・・・・・・・
『とんでもない力』そのものが、ぶち込まれたような衝撃が地面を揺らし、それが龍気と、すぐに分かったヨーマイテスは、急いで地表へ上がった。
「バニザット!」
慌てて褐色の騎士を探し、座らせた場所で驚いて立っている姿に走り寄ると、有無も言わさず片腕に騎士を抱える。びっくりしている騎士に『逃げるぞ』とだけ言い、ザッとその身を獅子に変えて駆け出した。
「ヨーマイテス、今のは。地震では」
「違うっ。イーアンだ!あれだけの龍気はイーアンくらいだ、龍の姿だ」
「イーアン?そんな、だって」
彼女は龍になれないはず、とシャンガマックは獅子の背中で、声にする。ヨーマイテスは走りながら『龍だ。龍の状態のイーアンの気の大きさ』息子の驚く声に答えると『ミレイオのいる場所へ』と続けた。
「ミレイオは人間と一緒だ。恐らくその場を動かない」
ミレイオにもどこかへ逃げるように言わなければ、と焦るヨーマイテス。
実の親だから当たり前の行動とも言えるのだが、ミレイオの安全をすぐに気に掛けたヨーマイテスに、彼らの関係を全く知らないシャンガマックは、少なからず意外に感じた。
呼ばれた近くにいたからかな、と思ったが、シャンガマックもミレイオたちに危険を知らせたいので、ヨーマイテスの言葉に気になるものがあっても、それは今は考えないことにした。
*****
「今のは」
バイラが避難場所の空き地で、魔物と応戦していたのも終わった、十数分後。
上を飛ぶ龍が下りてきて『イーアンだ』と弓職人が教える。
バイラは駐在の警護団と、一区画の町の人々を集めた避難場所で、来てくれたオーリンと一緒に、魔物を相手に戦っていたが、ようやく終わりが見えてきたと安心した矢先。
「イーアンですか?彼女は何を」
「破壊するんだ。地面を」
息切れを落ち着かせたと思いきや、また驚くような言葉に、バイラも周囲の人々も怯える。『破壊』他の人たちは、イーアンの名前も知らない。『何かが破壊をしようとしている』と、それに恐れを抱く。
怯えで騒ぎ出す人々に、バイラは急いで『龍の女です』と教えてから、オーリンを振り返り『どうして』その破壊の意味を訊く。弓職人は彼を見てから、人々を見て、龍の背に乗ったまま答えた。
「足元に。意味が分からないくらいの数か、意味が分からないくらいの大きさの魔物の親玉がいるなら、穿り返すしかないだろ?」
「そんな・・・そんなのがいたんですか」
「分からないよ。でも気配だけはな。動いているのか、全部がそうなのか。突き止めることは出来なかった。多分、探し続けたんだ、イーアンも。それでも探し当てられなかったから、最後の手段に出たんだ」
あのイーアンが。むやみやたらに、人の住む場所を壊すことを選ぶわけがない。
アクスエク戦で、彼女がオーリンを呼んで、質問をした時を思い出す(※575話参照)。アクスエクの自然を壊しかねないことと、人々が住む場所に影響の出ない戦法と、頭を悩ませていたのだ。
テイワグナで、フィギの魔物を倒した時もそうだったという(※779話参照)。
イーアンは戦法をいくつか考え付いて、それでもすぐに実行しないのだ。周囲を考えるから、今回のような。畑や人が多い場所は尚更。
「彼女は悩んだと思う。早くしなければ被害が増えるし、しかし一旦、龍が行動に移せば、人力の範囲を超えるほどの事を起こさないといけない、と・・・分かっていたから」
静かなオーリンの思いを聞いて、バイラは黙る。分かる気がする。
もし、彼女しか動けないなら。『龍の女』とテイワグナで語り継がれる御伽噺を、もし本当に実行するなら。何が起こるのか。それを、いつも笑っているイーアンが実行するのかと思うと――
「あの人が。女の人なのに・・・何て責任の大きい」
「だろ?そうなんだ。いつも、彼女にはそういう巡りばっかり」
オーリンが寂しそうに微笑んだので、バイラは彼らが常に、イーアンの過酷な面を見守ってきたと感じた。
そして。次の振動が大地を走り、皆の足元を揺らした。
お読み頂き有難うございます。




