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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
110/2942

110. 鎧工房ルシャー・ブラタ

 

 朝は早く立つことにした。


 早朝、二人とも目が早く覚めた。落ち着かないので長居は出来ないということで、身支度を整えた。


 ドルドレンは鎧を付け、イーアンの細い剣と自分の長剣を腰に下げた。イーアンも昨日の衣服を着てから、ベルトに白いナイフと巻いたソカを下げて、青い布を羽織った。


「ソカを携えるのか」 「最近の授業でギアッチが教えてくれました。少しは役に立てると思います」


 ギアッチめ。その思いが顔に出たか『ギアッチは、ソカの有用性を広めたいようです』と言われた。真面目なことを言えばイーアンに何でも出来ると思うなよ、とドルドレンは苦く思ったが、顔に出すのは止めた。



 おばさんに挨拶に行くと、彼女は台所で朝食を作っていた。もう立つ、と話すと『朝のお茶だけでも』とお茶を淹れてくれた。そしてお茶を飲んでいる間に袋に朝の食事を詰めて持たせてくれた。


「お世話になりました。思いがけず有難い時間を頂きました。あの弟さんにもどうぞお礼を宜しくお伝えください」


 イーアンがおばさんにお辞儀をすると、おばさんは『あんたは礼儀正しいね』と笑って『これからどこ行くの』と訊いた。

 イーアンはちょっと考えて『鎧工房を探してここへ来ましたが、デナハ・デアラに断られているので、今日は他を当たるのです』と答えると、おばさんは『あら』と驚いた様子だった。


「デナハ・デアラは王都の騎士団ばかり相手にしているから。もう一軒のルシャー・ブラタへは行かないの?そこは駄目なの?」


 ドルドレンが眉根を寄せて首を傾げた。『ルシャー・ブラタ』と鸚鵡返しに言うと、おばさんは『ああ、知らないのね』と頷いた。



 おばさんの話では、ルシャー・ブラタは、ここから一度南へ少し進み、街道を逸れた左手の丘陵沿いにあるという。昔からの古い技法で鎧や防具を作っている工房で、職人が2人だけだから、大きい仕事は出来ないだろう、と。ただ腕は良いし、デナハ・デアラのような派手さはないが、伝統的で頑丈第一の鎧作りをしているから、信頼は出来る、と教えてくれた。


「あたしが手紙を書くから持って行きなさい」


 おばさんのお父さんが存命だった頃、狼から家畜を守るため、よく鎧や防具を作ってもらった知り合いだそうだ。

 おばさんはその場で短い手紙を書いて、『あんた達、名前は』と訊いたので、二人はそれぞれ名乗った。その名前を手紙に書き込み、イーアンに畳んだ紙を持たせた。



 玄関で何度も感謝を伝えた後。おばさんは『近くへ来たら、また寄って』と笑顔でイーアンの背中を叩き、送り出してくれた。イーアンは馬上から手を振ってお別れした。



 ウィアドに乗って、おばさんの持たせてくれた朝食を食べる。まだ訪問には早い時間だから、と南へ向かいながら工房近くまで来たところで、馬を下りて草の上に座り寛いだ。


「あれが工房か」


 ドルドレンが見つめた先に、なだらかに上がる丘陵手前、横に長い一軒の建物が見える。背中に山を背負っている感じの一軒屋。手前に背の低い柵があり、中に牛や馬がいる。


「偶然でしたが、おばさんのお宅へ泊まったことが幸運でしたね」


 イーアンが手紙を革袋から出して見つめる。ドルドレンはその手紙を開かせて横から読み、『本当に紹介状を書いてくれたのか』と呟いた。なんて書いてあるのか分からないイーアンは、おばさんが書いた自分の名前を見つけようとしていた。それに気が付いたドルドレン。


「ギアッチはソカの使い方を教えて、イーアンに自分の名前を書けるようにしていないのか」


 一週間も何していたんだ、とドルドレンが渋い顔をして、イーアンの名前を指差す。『ここに、イーアンと書いてある』そう示した真横に『俺の名前はここだ』と指をずらす。


「ドルドレンの名前」


 早く書けるようになりたいな、と思った。そう呟くと、ドルドレンの灰色の瞳がふわっと優しい色に光った。朝の穏やかな日差しに、眩い美丈夫。朝から幸せに照れてしまうイーアンだった。



 そろそろどうだろう、とドルドレンが立ち上がり、イーアンの手を握って立ち上がらせる。


 ウィアドを引いて、工房へ出向くと表の家畜の世話をしているオシーンくらいの男性がこっちを見た。オシーンと雰囲気が似ている。少し恐い感じの表情で、『何か用か』と訊いてきた。


 ドルドレンがイーアンから手紙を受け取り、『自分たちは鎧を作る相談をしたくて、この町へ来た』と手紙を渡した。ドルドレンを見上げ、その鎧を見た後、手紙を受け取った男性は『中へ』と工房の中に通してくれた。



 工房は革の匂いがした。いくつかの鎧がかけてある壁と、籠手や脛当てなどが置いてある。どれも黒や赤や茶色といった、基本的な色だった。イーアンはこの工房の革のものが気に入った。厚さはどれも1cm以上ある革で、それが石のように硬い。デナハ・デアラの鎧も硬かったが、中に何か別のものを入れてある合わせ鎧で、革自体は装飾用に硬さが軽減されていた。


 ドルドレンが男性に名乗った。


「騎士修道会北西の支部所属の総長ドルドレン・ダヴァートだ。こちらはイーアン。主に魔物を加工する制作者だ」


 その紹介に男性の目が一瞬、驚いた開き方をした。そしてイーアンの格好をさっと見回し、腰に付けたナイフの鞘とソカに目が留まる。


「そんな人が来たのは初めてだ。座ってくれ。話を聞こう」



 ドルドレンはイーアンと顔を見合わせて、微笑んだ。男性は『俺はラウフ・オークロイだ。息子のガニエールと一緒にここを営んでいる』そういって手を差し出した。ドルドレンは握手し、イーアンも握手した。


「女の手とは思えない力強さだ」


 オークロイは嬉しそうに微笑んだ。銀色に変わった豊かな口髭が、強面を強調しているが、オシーン同様の雰囲気を持っている。


 それを見せてくれないか、とソカを指差したので、イーアンは腰から外して渡した。説明を求められ、ソカには魔物の腸を使ったことを話す。刃の部分には別の魔物の皮を使ったと教えると、オークロイは眉根を寄せながら、ハハハと短く笑った。


「他にも何か持ってきてるか」


 イーアンは嬉しくなって、袋を解いて鎧と手袋を出し、ドルドレンの細い剣とギアッチが持たせた資料を机に並べた。オークロイは声を立てて豪快に笑った。


「何て女だ!こんなものを作る人間が女だとは」


 それが誉め言葉であることをイーアンは承知していたが、ドルドレンは複雑そうだった。


「イーアンと言ったか。それは名か姓か」 「姓です。名を名乗る暇がなく、それが通り名です」


『そうか、ならイーアンで良いな』とオークロイが返したので、イーアンはつくづくオシーンを思い出した。ドルドレンはいつか名前を聞こう、と思っていただけに、この話題があっさり終わって残念だった。



「イーアン。面白い。見ての通り、俺の工房は時代遅れに見えるくらい無骨だ。だが本物の、古来の知恵を守り続ける工房であることに自信はある。見た目や形などは鎧の役に立たん。命を守るのが鎧の役目だ。分かるな」



 イーアンは職人魂に尊敬が募る。


 ひや~ん、格好良い~・・・と拍手を贈る。ドルドレンの目が据わっているのは気がついているけれど気にしない。『はい』と頭を垂れる。そうなの。こういう人が良いの、私。とイーアンは出会いに感謝した。この人なら大丈夫、と信用している自分がいる。



 横でドルドレンは気が付いていた。――まずい。イーアンが溶けている。メロメロじゃないか。多分、今の『はい』には愛情が入っている。

 彼女に、ものづくりの話だけでも危険だと言うのに、この親父の言っていることが、恐らくイーアンのドツボに嵌っている。ぬぅ。しかし親父の言うことは大事だ。どうすれば良いんだ。



 オークロイはシワの寄った目元を細めて、しかし少年のような目つきでイーアンの鎧や手袋を手に持ってみている。ダビの資料を読みながら、額を掻いて何やら独り言を呟いていたが、徐に後ろを振り返り、奥の工房に向かって大声を出した。


「おい。ガニエール、茶を出せ」


『ああ、持ってくよ』と奥から声がして『4杯だ。お前も来い』とオークロイがその声に答えた。間もなくして、盆に4杯の茶を淹れた息子が来た。


「横に座れ」


 オークロイが自分の横に手を置いただけで、目は片手に持った資料を見ている。ガニエールと呼ばれた息子は朝からやって来た客を見て『いらっしゃい』とだけ声をかけた。


 ドルドレンが頷き、立ち上がってガニエールに手を伸ばした。『俺は騎士修道会の北西支部所属、総長ドルドレン・ダヴァートだ。依頼をしたくてここへ来た』立ち上がった背の高いドルドレンを見上げながら、ガニエールは握手をした。

『ありがとうございます。僕はガニエール・オークロイです』と緊張した様子で自己紹介すると、イーアンをちらっと見た。


 イーアンも立ち上がって、会釈した。『イーアンです。お願いをしたくてお邪魔しました』と短く挨拶する。イーアンの挨拶と同時に、オークロイが『ガニエール、座れ。イーアンがこれを作った』と机のものを見せた。



 ガニエールも父親同様に驚いていた。イーアンを見て、机に置かれた鎧と武器を見て、『あなたは・・・』と呟いた。イーアンは微笑んだ。


「見ての通りだ。イーアンは魔物を材料に、こうした騎士の命を守る防具や武器をもっと作りたいと考えている。それには彼女だけでは手数が足りないのだ」


「少しずつ作りためていくことは出来ないのですか?」


 ガニエールが質問するとドルドレンは即答で『イーアンは北西支部の軍師だ。戦闘時は必ず遠征に出る。時間が足りないのだ』と伝えた。それを聞いた二人は余計に驚く。

 イーアンも『いつ軍師』と囁いたが、ドルドレンの咳払いでかき消された。イーアンは黙った。


「引き受けてほしいのは、今後イーアンが持ち込む材料で鎧を作る協力だ。引き受ける前提であれば、この話をここで説明したい」


 オークロイは目を細めて口角を吊り上げた。『言えよ、総長。生きてると面白いことが起こるもんだな。引き受けよう』そう言って、ちらっとイーアンを見た。『なかなかやるじゃないか』と笑う。



 ・・・・・ カッコイイ~ イーアンが困ったように俯くが、顔が微笑んでいる。


 ドルドレンの眉間のシワが深くなるが、仕事なので続ける。しかし健康に悪いので、イーアンを窓から見える位置――牛と馬のいる外に――出すことにした。


「出てなさい」 「どうしてですか」 「大事な話だから」 「私も」 「牛と仲良くしているんだ」


 ドルドレンがイーアンを無理やり戸の外に出す。ふくれっ面のイーアンの機嫌は、後で頑張って取る。アレ(※皮を引ん剥く割に)で動物が好きだから仲良くするだろう、とドルドレンは室内に戻って親子に計画を話した。



 オークロイ親子は神妙な顔で計画を聞き、ダビの資料と実際に用意された試作を見つめ、了解した。


「ここで作り始めて、それは騎士修道会に卸すんだな?そのうち、国が買う時まで」


「そういうことだ。国が買うようになれば、希少価値の高い名産にもなるだろう。魔物が消えればそれはその時。それまで魔物を・・・イーアンの言葉を借りれば活用するわけだ」


 男たちは、窓の外で牛に草を食べさせて笑っている、イーアンの顔を見つめた。


「どこで見つけたんだ」 「魔物の森の泉で」


「総長。総長はイーアンが好きなんだな」 「そうだ」


 オークロイは笑った。『正直な男だ』と笑って頭を振った。ドルドレンは口の端を少し吊り上げ、『俺の宝だ』と立ち上がった。


「彼女がいれば、魔物を怖れなくて済む。彼女は騎士の命を救う。俺の仲間を、国民を守る」


「良いだろう。この工房は騎士修道会の鎧を作る。魔物が使われる鎧を。この国を守ってくれ」


 ドルドレンが頷く。遠征以外で月に一度は持ち込みに来る、と約束し、後で使いの者に契約金を持たせることを伝えた。契約書はその場で交わした。ドルドレンがイーアンを呼ぶ。


 イーアンが入ってきて、ちらっとドルドレンを見るが微笑まない。



 オークロイ親子が契約したことを話し、握手を交わして御礼を伝えると、試作を袋に収めて鎧の資料だけは彼らに渡した。


「良いのか」 「はい。最初の記録です。私は実物を見れば思い出せます」


「そうか。ではちょっと待ってろ」


 オークロイが紙に何かを走り書きし、簡単な鎧の絵を描いて線を引っ張りながら、イーアンに即興で教えた。

『イーアンは字が読めない』とドルドレンが急いで言うと、オークロイは少し驚いた顔をしたが、『わかった』と答えて、イーアンに自分の作品の鎧をモデルに説明しながら、改良するときの注意と必要なことを一気に喋った。そしてそれを紙に書き、『誰かに読んでもらうんだ』とイーアンに渡した。



『その鎧の試作は大したものだ。だからもっと良くしたやつを、次は持って来い。待っている』とオークロイはニヤッと笑った。職人の仕事を貫く姿勢にくらっとするイーアン。丁寧にお辞儀をして『今しばらくお待ち下さい』と笑みを浮かべ、オークロイは頷いた。



 イーアンとドルドレンは帰って行った。ドルドレンが表で一生懸命謝っているのを聞いて、親子は扉を閉めてからしばし笑っていた。

お読み頂き有難うございます。

これを書きながら、『Counting Stars』( ~OneRepublic) の曲が流れていました。お金じゃないのよ、世界って、と思いつつ。いやお金は大事なんですけれど。でもお金とほかの事も大事なんですね。それを思いながら、二つの対照的な工房デナハ・デアラとルシャー・ブラタを書いています。

良い曲です。良かったら聞いてみて下さい!

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