1099. アギルナン地区の被害
※人によって。少々きつい場面があります。
民間を巻き込む戦闘ですので、抵抗のあると思われる方は明日の回をお待ち下さい。
「壊すか」
5つめの集落を見た時、タンクラッドが呟いた。目の前には、火事で焼けた、燻る煙を上げる家の集まりと、外に倒れた人たちの姿。
小さな煉瓦で造った集落の花壇も畑も、中から出てきた魔物に見る影もないほど壊され、集落にいた人々が―― 死因は様々 ――そこかしこに倒れている。
体を壊された姿もあれば、そのまま肉体に損傷なく息を引き取った姿も。イーアンは、子供たちが親と一緒に庭に倒れているのを見て、目を閉じた。
「イーアン。大丈夫か」
「タンクラッド」
ザハージャングを降ろした剣職人が、立ち尽くす女龍の側に来て肩を抱く。声が出てこないイーアンは、涙をこぼさないように目を瞑ったまま、親方の体に頭を寄せた。
「さっきも。誰も」
「そうだな。言うな。イーアン。俺たちに出来ることをしよう」
誰も生きていなかった、と言い続けられないイーアン。涙がこみ上げて、ぎゅっと目を瞑り手で拭う。『はい』絞り出した声で、親方に返事をして頷いた角に、チリリと鈴が揺れた。
鈴の音が聞こえたのか。誰かが呻く。ハッとして二人は顔を見合わせ、急いで倒れた人々に駆け寄る。死んでいると思っていたら!
「どなたですか!どなた?助けに」
「この、子・・・助け」
人の声に、壊れた花壇の横に転がる、女性が顔を動かした。
慌てた親方とイーアンが、その女性の脇に跪くと、女性は倒れた体の下に守った・・・既に息絶えた子供を見せ、そのまま力尽きた。
イーアンの目から、涙がボロボロ落ちる。ぶるぶる震えて、そのお母さんの、子供の上に重なる手を撫で、歯を食いしばって涙を落とした。
タンクラッドも辛い。小さな子は何の衝撃でか、傷は見えないが、もう死んでいた。胸が抉られるような苦しさを、ぐっと堪える。
ふーふー悔しそうに息を漏らして、体を震わせて泣く女龍の肩を引き寄せて、腕に包んで頭を撫でた。
「私は。私は、龍のくせに」
「違う。イーアン。龍だからって、誰の命も助けられるわけじゃない。行くぞ。倒すんだ」
親方の胸にしがみ付いて涙を落とす、悔しくて堪らないイーアン。何だ、龍の力って!と、自分の間に合わなかった酷い状況に歯軋りする。それを聞きながら、タンクラッドも、滲む涙を落とさないように、空を見上げる。
「総長たちも。俺たちと同じように。こうした現場を今、見ている。ハイザンジェルで・・・散々、見続けた世界を」
自分を包む親方の腕の中で、イーアンはその言葉に目を開ける。そうだ、伴侶たちも。
ゆっくり顔を上げると、同じように悲しみで一杯の表情を向ける親方が、小さく頷く。『お前が来るまでの間。彼らは。ずっと』低い親方の声に、イーアンは鼻をすすって、苦い唾を飲み込む。
「どんなにな。どんなに、大きな力を持っていても。使える場所も時間も、限られているものだ。
俺の力だって、この数時間で数え切れないくらいの、魔物を倒したが・・・死の縁から飛び出した、ザハージャングのような強烈な存在もいてくれるが。
しかし、俺たちの回った内、3つの集落の誰一人、助けられなかった。
遅過ぎたんだ。俺たちが強かろうが、人知を越えた存在だろうが、守れるはずの場所にいなかった・・・それだけのことで、助けられなかった。
イーアン。俺たちは、決して万能じゃない」
イーアンとタンクラッドが見に行った集落は、生き残っている人たちの方が少なかった。
5つの集落を回って、3つは全滅。最初に向かった集落と、その近くの集落は、人が生き残っていて、そこで『助けが来た』話を聞いた。
どちらも『龍に乗った男の人が助けてくれた』と集落の人が言い、特徴から、彼はオーリンと分かった。それでも、それぞれの集落に数名の死者は出ていた。
そして3番目の集落へ向かう際、オーリンが近くにいるのかと探そうとした二人に、オーリンから会いに来て、『他も見たけど、あっちにある、2つの集落はもう無理だ。誰も生きていなかった』辛い報告を聞かされた。
オーリンもガルホブラフも、ザハージャングを恐れ、必要なことだけを教えると『町に戻って、様子を見る』と二人に言い、ギールッフへ飛んだ。
イーアンとタンクラッドは、オーリンの話していた2つの集落へ行き、全滅してしまった光景に愕然としてから、5つめの集落へ来て、ここで心が壊れそうになった。
「イーアン。顔を上げろ。俺たちが通った場所は倒しているが、まだ」
「はい。行きます」
「もう。壊すしかないぞ。お前のさっきの予想。それくらいだろう、手が打てるとしたら」
タンクラッドはイーアンの顔を見るために、角をちょっと押して体を離す。イーアンは大きく息を吸い込み、涙まみれの顔を腕で拭うと、大きく頷いた。
「私がやります。グィードに頂いた龍気、全部使って」
「ザハージャングは離れた場所の方が良いな?お前の側だと」
親方は、奇獣・ザハージャングが、女龍の膨れる龍気を吸い取るだろうと心配し、全力が無駄にならないよう、移動すると伝えた。
イーアンは少し考えてから了解し『タンクラッドは、ドルドレンたちから離れた場所の魔物を』と町の周囲へ向かってもらうよう、お願いする。
「お前は。一人だ。どうしたら良い?」
「どうも出来ません。でも。私は幾つかの地面を壊すでしょう。それを行う間、龍気は出しっ放しです。もし、私が倒れたら。あなたは気がつくはずです」
イーアンはそう言うと、グィードを呼んだ時に使った金輪を見せた。
「私が倒れる時。あなたを呼ぶでしょう」
タンクラッドは、女龍の手に持った腕輪を見て、何が起こるかはお互いに分からずとも、始祖の龍が見守っている、そのことをイーアンが含んでいると理解した。
「それを持ってお前は俺を呼ぶのか。腕輪は一つ。俺が反応しなかったら」
「それはないでしょう。始祖の龍は私の代わりに、あなたを呼ぶはずです。もし、私が相手を倒せていなかったら、その時はあなたがザハージャングと」
一人で挑む、龍の姿。龍の姿でイーアンは、そこら中の地面を壊す気でいる。
出てきた魔物を退治出来れば、良いが。もしそれが出来ない時は。
総長たちと、彼らの回復し立ての龍では、力も時間も間に合わないかも知れない。
イーアンは、無限龍気のザハージャングと、この奇獣の力を利用する自分に賭けている、と分かったタンクラッド。
「イーアン。お前が見える位置にいよう。無理はするなよ」
「いいえ。無理は私の特権」
いつもなら少しの笑みでも浮ぶ顔に、怒りと悲しみが満ちる。涙を湛えた怒りの顔で、イーアンはタンクラッドの目を見つめ『頼みましたよ』一言告げると、6翼で宙を叩いて、一気に飛び去った。
タンクラッドは、彼女の白い光の後を見送り、自分もザハージャングに乗ると『イーアンの飛んだ方向へ』と行き先を指示した。
「ただ。ずっと手前で止まる。近づくなよ」
銀に光る棘だらけの体を浮ばせた奇獣は、タンクラッドの言葉に従って空を走り、咆哮を吐き出しながら、町の外に広がる地上に延々と出る魔物を、乗り手と共に再び倒し始めた。
*****
町で応戦しているドルドレンたちは、オーリンが動いてくれたことで、仲間の状況を確認した。
疲れたザッカリアを側に付けて、フォラヴとドルドレンは、町の3分の一の面積を飛び回る。
別の3分の一は、ミレイオと職人、シャンガマックが居ると分かったことと、残った3分の一部分は『守ることがない』と知ったから。
オーリンは言った。『魔物が陥没させた』その地域は、総長たちのいる場所からだと見えないと、方向だけ指差して教えた。相当な範囲で、果樹園から続く町の出入り口辺りだと分かった。
「民家は少なかったから、もしかしたら逃げたかも知れないし。その場所の全員が犠牲になったわけじゃないと思う」
オーリンの見解だが、その言葉の可能性は半々、と頷いたドルドレン。イーアンたちの状況と、壊滅した集落のことも聞き、ドルドレンの胸が息を吸えなくなりそうなほどに締め付けられた。
だが、ここで止まっている時間はない。今は一秒でも早く、皆の安全を取り戻す。
オーリンに『バイラたちがこの方向の先、広い場所にいると思う』そこへ現状を伝えてくれと頼み、出来ればオーリンはそこを守ってほしいと言うと、彼は了解してすぐに動いた。
「何ということだ。ここでも、悪夢が。何と恐ろしいことが」
灰色の瞳に燃え上がる怒りと悔しさを含み、総長は疲れてきていた体を奮い立たせる。『俺がここを守る。俺が倒れようと、必ず後に続く』この言葉を意識するようになったのは、3度目。
自分が死を覚悟して挑む時。必ず今以上の力を動かせると信じ、ドルドレンは、地面を裂いた憎き魔物の群れの中へ、龍と共に飛び込んだ。
*****
オーリンがいなくなった後、ミレイオは職人たちと一緒に、範囲を広げて魔物退治を続けていた。
2回ほど、大玉らしき大きさの魔物を引きずり出したが、それを倒したとしても、別の場所から出てくる魔物までは止まらなかった。一つの亀裂に、一つの『大玉紛い』がいるような気がした。
それを繰り返して3箇所目。3頭めの紛い物をミレイオが倒し、ぱかっと開いた真下を向くような亀裂の魔物が消えた。
「奥に。亀裂一つに、紛い物一頭かな。夕方近くなってきたけど、町中・・・地区全体でどれくらいこの亀裂ってあるんだろう」
亀裂がいくつか繋がっている場所もあるし、長屋のように連結した町中、その長屋の下に開いて建物を傾けてしまった亀裂もある。
どうやって全ての場所の『紛い物』を退治するべきか、さっきから考えているが、これといって名案はない。
ふと。真下に向かって開いた亀裂ではなく、斜めに切り込んだように口を開けた地面の影を見て、考えた。
『これだけ影が深ければ・・・こうした亀裂なら、中からもしかして』午後の日差しと傾く地面の影が、深い黒を生んでいる様子に、ミレイオがもしやと、思い出した名を呼んでみると。
上がってくる魔物の後ろ、その亀裂の中に、一瞬弾け散るような光が見舞われ、亀裂を駆け抜けた。影の中の魔物が一瞬で消え、その勢いにミレイオの顔は笑う。性質は気に食わないが、強さは半端ない。
「来たわね、ヨーマイテス」
「お前か。バニザットじゃなくて」
「そこで引っかかるな!とんでもないことになってるのよ、あんたも手伝いなさいよ。暗い場所なら動けるでしょ?中から、今みたい魔物の、ちょっとデカイやつ狙って」
「バニザットはどこだ」
倒す対象を早口で告げるミレイオを遮り、大事な息子(←バニザット)の行方を、遠慮なく実の息子に訊ねるヨーマイテス。
「ああ、もう!いるわよ、その辺に!あの子も一人で頑張ってる・・・って、待て!こら!待ちなさいよっ、最後まで聞けっ! ダメよ、今あの子、龍と一緒にいるんだから」
「龍。ちっ。仕方ない、どうするんだ。この辺の場所、開いた地面にいるやつ、倒すのか」
分かってるなら、さっさと何とかしてよ!キレるミレイオ(※親相手だと裏声で喚く)。
ヨーマイテスは苦虫を噛み潰したような顔で『早く呼べ』と自分の都合でケチを付けると、『こんなに増えるまで、お前は何をしていたんだ』とまで嫌味を言い、その答えを聞かずに(※実の息子は喚く)地面の影へ戻った。
親父とは相性は悪いが、旅の仲間の上に(※ミレイオの立場は同行)強さは問題ない。
とはいえ『性格ワル』眉を寄せて、怒鳴った後の溜め息を吐き出すミレイオ。何でシャンガマックは、あんなやつで大丈夫なのかしら・・・・?あの子、大人しいから無理矢理だったかもねとぼやきつつ。
「とりあえず、ヨーマイテスの動く範囲はどうにかなるはず」
これでちょっとは魔物退治も進むかな、と頭を振って、職人たちのもとへ戻ろうと振り向くと、バーウィーとイェライドがぼうっとミレイオを見ていた。
「あ・・・え。いつからいたの。気がつかなかった、そっちは」
「今の。誰だ」
バーウィーは、一瞬見えた亀裂の中の男の顔を思い出す。『誰と話していたんだ、あいつが魔物を』彼の言い方と表情に、ミレイオはまずいと気付いた。彼らが勘違いしていると分かり、急いで『あれは私の親』とうっかり言ってしまった。
「何て?親?ミレイオ・・・・・ 」
「あ、えー。うっかりした。うーん、あのね。敵じゃないの、そう言いたかった」
「『親』って言っただろ?地面が光って魔物が消えて」
「だからね。ええっと、何て言えばいいのかしら。私もさっきから、あんたたちに見せてるでしょ?顔の色光ったりとか、ああいうことよ(※余計に複雑)」
イェライドは飲み込みも早い。柔軟さもある。ミレイオの人となりも知った上で、すぐに頷き、驚いた顔を引っ込めた。
「そうか。違う世界の。あんたも、あの・・・親の人も。違う力で魔物を倒せるんだな?」
「そう。そういうことなの。別に地面から出てきたからって、敵じゃないのよ。人間と違・・・」
言いたくなさそうに、最後の言葉を言えずに顔を背けた、辛そうなミレイオに、バーウィーは歩み寄って肩に手を置いた。イェライドも側に立つ。
見上げたミレイオの苦しそうな表情に、バーウィーは小さく首を振って『もう言わなくて良い』と伝えた。
「ミレイオは仲間だ。俺たちに知恵を与え、一緒にここで戦い続けている。どこで生まれても、ミレイオはミレイオだ」
「そうだ。ミレイオは偉大な畏怖の力を持って、人間と一緒に生きてくれる職人だ。その理解で充分だ」
「ありがとう」
ミレイオは微笑んで、二人にお礼を呟いた。
言う気もなければ、気付いてもほしくなかったが、こんな状況で力の出し惜しみなんて出来なかった。
だから、戦闘中はずっと地下の力を使い続けた。見えると分かっていても出来るだけ、彼らの目に触れないように離れていたが、ヨーマイテスを見られて誤解をされてはと、結局、言わざるを得なかった。
でも、二人は受け入れてくれた。それ以上は聞かない、心の広い彼らに、ミレイオはそれどころではない状況だけど、心から感謝した。
「さっきのあんたの親。ここの亀裂から出たやつ、一瞬だったろ?他でもああして、倒してくれるのかな」
イェライドは早速、それを訊ねる。バーウィーもイェライドも、彼らに限らず、炉場を守る職人たちは、かれこれ3時間くらい武器を振り回して動いている。
皆、疲れが来ているので、いつ終わるのかと心配はあった。
「多分。どこまで出来るか分からないけど、私なんかよりも強いから、マトモに私たちが応戦するより、成果は出してくれると思う。性格に問題があるから、何とも言えないけど」
ミレイオのうんざりした言い方に、バーウィーがちょっと笑う。
さっと自分を見た明るい金色の目に『すまん』と返して『親の性格に問題がある、と言うから』そこが、人間のようで親しく感じたと、彼は話した。
「そうだね。言われなきゃ、ミレイオは人間だ。それに龍の女も鈴が付いてるし、見た目が違ってもイーアンだって、ふとすると『龍の女』なんて、忘れて話してる時があるくらいだ。
そんな畏怖の存在に会えて、俺たちは嬉しいんだ。本当だよ」
イェライドが続けて言ってくれた言葉に、ミレイオは微笑を深める。温かで寛容な、バーウィーもイェライドも・・・『ありがとうね。そう言ってくれて嬉しいわ』魔物退治じゃなかったら、抱き締めてるわよと笑った。
見れば。ミレイオは怪我もないが、二人は手足や頭に怪我もしている。ミレイオは彼らの自分を省みない強さに『もうちょっと頑張るか』と笑顔を向けて、彼らを守る決意を固めた。
そして3人は、他の職人の戦っている場所へ向かった。
お読み頂き有難うございます。
体験に基づいた記述も幾分入ったため、読まれる方の中には辛く思う方もいらっしゃったと思います。
あまり細かく描写を出さないように気をつけていますが、時にはこうした場面も出てまいりますため、その時には前書きにご案内いたします。どうぞ遠慮なく次の回まで飛ばして下さい。




