1098. アギルナン地区魔物応戦 ~ミレイオと町の職人
人口の多い町の、家屋倒壊が酷い場所へ回された、シャンガマック。
総長はそれを知らなかったが、『亀裂が酷い。あっちは亀裂から出てくる魔物が多いかも知れない。店屋や民家を襲う可能性が』とシャンガマックに伝えたので、褐色の騎士は頷いたと同時に、龍でその方向へ飛んだ。
地上戦は望むところ。シャンガマックは、体力に自信がある。龍を飛ばして、魔物を追わせ、魔物を一つ所にまとめさせた時、そこへ踊り込んで魔物を斬り続けた。
何度も何度も同じことを繰り返し、民間人が襲われる一歩手前で救い出し、任された場所を走り回るシャンガマック。鎧で走り、大顎の剣を振り回し、久しぶりの大暴れに戦闘心が高揚する。
町民を守りながら、魔物を倒し、自分が出来る限りの動きで応戦する騎士。
「こんな俺を見たら。ヨーマイテスは何て言うだろう」
ばっさばっさと切り裂いては、ガンガン踏み倒して、龍に乗り、魔物を追い回して集めたところに、また飛び下りて、ざくざく切り倒す自分は(※実戦得意)。
「俺が、二重人格のように見えるだろうか」
ちょっと心配になる騎士。心配しつつ、亀裂から出てくる魔物を見つけては、すかさず襲い掛かり、自慢の剣で一気に薙ぎ払う。
この場所を担当して1時間。民間人も20人以上助けたが、お礼を言われる側から(※女性に限る)褐色の騎士は魔物に走って行くので、誰も彼を引き止めることは出来ず。
白銀に、赤紫の混じる鎧を煌かせ、白い骨のような武器を振り回し戦い続ける、圧倒的な強さ(※無心夢中)の褐色の騎士。町の人たちは、彼に一切をお任せし、急いで逃げるだけだった。
そんな、殺戮的な騎士の動きを見ていた、町の男は眉を寄せる。
「あれ、あれ。おい、あいつ!騎士じゃないのか」
「え?誰って?やだ、シャンガマックじゃないの!」
職人の一人に大声で教えられて、振り向いたミレイオはびっくりする。『やだわ、あの子。こんなところ一人で』とは思ったが・・・平気そうだから良いのか、と思い直す。
「ちょっと、あんたたちで頑張ってて!私、あの子に教えてくる」
「こっちに入らないように、それだけ言ってくれ!こっちも、騎士のいる方に撃たないから」
お皿ちゃんに乗り、了解したミレイオは、シャンガマックの龍の近くへ向かった。すぐに龍が、自分を見て気が付いたので『ジョハイン』とその名を呼ぶと、龍はミレイオを認識。
「あんたと、シャンガマックだけ?」
ジョハインは、うん。と頷く(※これも正直者)。ミレイオは大きな声で騎士の名を呼び、聞こえていなさそうなので(※夢中)少し高度を下げ、もう一回、大声で彼を呼んだ。
空を振り返った騎士は、顔つきが違う。げっ、と引いたミレイオの表情は見えていないのか、褐色の騎士はいつもの顔に戻って『どうしてここに』と目を丸くした。
ミレイオはすぐに降りて、目の前に飛び出した魔物を、騎士より早く地下の力で潰して落とすと、驚く騎士に『すぐそこが炉場なの』と教えた。
「え。どこへ行ったのかと思ったら。炉場にいたんですか」
「あの人たち、昨日の時点で、飛び道具作れるような話していたのよ。
昼の地震、魔物が出ることを教えに行こうと思ったの。私は魔物が出るって気付いたから。
魔物が出たら、絶対、試作の武器を使うでしょ?もし、試作が『暴発』したら、使い手が死んじゃうもの」
「ああ・・・それで。ミレイオはそんなことまで」
シャンガマックに『暴発』の言葉の意味は、ピンと来ない。試作の武器が、思うに未完成という意味かな、と解釈。
暴発の言葉を使ったミレイオとすれば、昨日のディモの『バネで引いた空間に、空気を引き込む』考案を聞いていて、破裂とかないのかしら?とそんな懸念。それはともかく。
「あんたたちは自分で戦えるし、魔物相手に慣れもあるけど。
この人たちはまだまだ、だもの。武器の作り方教えておいて、放っておけないじゃない」
ミレイオの咄嗟の動きが、こんなところまで気を配っていることに、シャンガマックは脱帽。
『すごい気遣いだ』ぼそっと落とした感想に、ミレイオは少し笑って首を振る。『違う、責任』あるでしょ、と答えた。
「結果、やっぱり使ってるわけ。試作が出来ていてさ。
飛び道具だから、あんたがここにいたら、もしかしたら危ないじゃない。だから、『こっちには来ないでね』って言いに来たの」
「そうだったんですか。分かりました。そっちは入らないようにします。ミレイオは、職人たちと一緒に?」
「そう。彼らも手分けしてるけど、炉場の近くの地面も割れてて。そこからウジャウジャ出るのよ」
「俺、行きましょうか?」
やる気のシャンガマックの手伝い発言。ミレイオはすぐに首を振って『大丈夫。私もいるし』と断る(※騎士の人格変わってそうに見えて心配)。
少し残念そうな騎士に『きっと大玉が近くにいるから、それが出てきたら絶対に気をつけて』大玉の存在を教え、注意するように言うと、ミレイオは『また後で』とお皿ちゃんで戻って行った。
「そうか。大玉・・・タンクラッドさんもイーアンも、前に話していた。オーリンも。異様に大きい奴だと思うが。ふん、俺の敵ではない(※来るなら来いって感じ)」
一頭残らず、倒してやる。ニヤッと笑ったシャンガマックは、亀裂からまた出てきた魔物を見つけ、踊りかかって倒し始めた。
*****
ミレイオと炉場の職人3人は、炉場のすぐ裏手にある、倉庫の並びで魔物を相手にしていた。
他の職人は、炉場の先へ向かう小道に入り、道沿いの亀裂が目立つ場所で、魔物退治。家族がいる者は、一時帰宅で戻っていた。
ディモは独り身。自信作の銃を使い、何度も魔物を攻撃している。ミレイオはとりあえず、彼の武器を監視・・・ではないが、事態が事態だけに、作りをじっくり見せてもらう時間もなく。
せめて、危なくないようにと、心配も落ち着かずに、側に付いている次第。
ギールッフで出会った職人10人の内、結婚していない・もしくは家族がいないのは、ロプトンと、ディモ、ガーレニーだけ。
バーウィーは離婚しているが、両親と同居。60代の職人3人は家族持ち。
イェライドやフィリッカ、レングロは、若い年で結婚しているので、親もいれば妻子もある。彼らの住まいは引っ込んだ場所なので、一旦、この7人は帰宅した。
この内、バーウィー、レングロはすぐに戻ってきて、炉場の付近に出た魔物を引き受けた。レングロの家は、親戚が近所にいるので、家族を預けたそうだった。
バーウィーは『親は丈夫だ』と、思い切りの良いことを言っていた(※『お前たちで頑張れ』的な意味)。
ミレイオとしては、個人の事情に口挟む気はないにしても『お父さんとお母さん、年でしょ』一瞬、気になって訊いてしまった。放っといて大丈夫なのかと、他人ながらに気にしたが。
バーウィーは頷いて『いい人生だっただろう』と、とんでもない答えを、普通の顔で答えた(※完全個人主義)。ミレイオはそれ以上、彼に聞かなかった(※いろいろあるんだ、と思うことにする)。
そんな斧職人は、作り立ての武器を使いたくて仕方なかったらしく、魔物が大きくて硬く、そして飛び跳ねたり、襲い掛かる時には、大きなモグラのような手で相手を潰すと知ると、勢い勇んで突っ込んで行った。
駆け出した彼の背に、ミレイオが援護に回ろうとしたが、バーウィーは歴戦の戦士くらいの勢いで、魔物2頭を、瞬く間に両刃斧で叩き潰した。
これには、ミレイオも顎が外れそうなほど驚いた。あまりに恐れなさ過ぎる。
「魔物。倒したことあるの?」
「この前、倒した」
一回だけ?嘘でしょと、彼を見上げると、彼は頷き『近くで出くわした』口数少なく教えて、『この斧は使える』と、作ったばかりの魔物用武器に満足そうに微笑んだ。
とりあえず、こんな人(※果敢)だから任せておこう・・・と。ミレイオはそちらを預け、炉場の裏をディモたちと担当していた。
しかし、悲しいかな。担当する直前に、炉場の職員が一人、亡くなった後。
『魔物に直に』ではなく、地震で慌てて外へ出た時、地面から跳び出した魔物を見て、恐れ驚き過ぎて、心臓が止まってしまった。
ミレイオたちを最初に職人に案内してくれた、おじさんだった。おじさんが倒れているのに気が付いた時には、もう遅く。
彼が倒れて、5分以上経った頃だったのか。見つけた職人が駆け寄ったすぐ、魔物が飛び掛ってきたのでおじさんは他の人の手で炉場へ運ばれたが、その時には亡くなっていた。
他の職員は女性で、外に出る前に、給仕場の火の始末をしていて、おじさんとは時間差があったようだった。
「だから、ってのもあるかな」
亀裂の先から上がる魔物を潰し、ミレイオは眉を寄せ呟く。
炉場のおじさんが亡くなったのが、直接的な魔物の原因じゃないにしても。
バーウィーがすぐに戻ってきたり(※自分の親は放置)独身とはいえ、ディモたちが炉場を守ろうと戦ったり。彼らは、この炉場を襲う魔物に、怯みもしない。躊躇いもしない。
おじさんが死んでしまったことが、彼らの中で『魔物を倒すのは、自分たちの使命』と決まる引き金だったのかもと、ミレイオは感じていた。
こうしている間にも、家族の元へ戻っていた職人たちは戻り、60代後半の2人を除いて、職人8人は現場で魔物退治に挑んでいた。
皆、武器はある。魔物の金属も叩いたと、数名はその剣も腰に帯びていた。
ロプトンがティヤー出身の親だそうで、向こうの剣を使う。『海の剣』と呼ばれる、片刃反身で、ヨライデの剣とも似ている形だが、違うのは、牙のように刻んだ背中を持つ。昔、大きく凶暴な魚を相手にする武器としての由来で、今も伝統的に作られている。
硬質の殻を持つ、羽のない虫のような相手に、ロプトンの剣はガリガリ引っかかっては、その殻を捲り上げていた。
魔物の方が断然、力も強く体も大きいが、ロプトンの攻撃と他の職人の攻撃の組み合わせが良いのか、意外にも早く倒していた。
ディモの銃も、威力は相当なもの。ミレイオは彼の安全のために側にいたが、武器はディモに合っているようでもあり、発射する弾は、魔物の殻と殻の繋ぎ目を打ち抜き、何度も魔物を止めた。
イェライドたちも、武器だけではなく。イーアンと相談した『屑粉』を使って、応戦していた。
あの時に話を聞けたイェライドは、イーアンに『恐らく、このくらい』の配合と条件、注意すべき点を教わり、自分の思い当たる体験や、事故未満の出来事も細かく話していた。
イーアンが答えられる範囲で、理由を説明していたのもあり、イェライドは『武器としての道具』を作った。
それは、ミレイオもそうだし、金属を使う職人の殆どが見たことのある現象で、イェライドは効果を高めた『屑』を、ここぞとばかりに使い、亀裂にいる魔物の多くを倒すに至る。
相当な数が一度に打撃を受けるので、彼の道具の使用も手伝って、上がってくる魔物を倒すのに振り回されずに済んでいた。
これほど成果がある時点で、ミレイオの中に『ギールッフの職人の今後』を期待するものが生まれる。ミレイオは彼らを見守りながら、自分の力を使って、職人たちの手の届かない魔物を倒し続けた。
職人たちと一緒に応戦して、2時間ほど経ったのか。ミレイオは延々と続く魔物の数に、自分も親玉を探さないといけないと感じ、彼らにその場を任せて、お皿ちゃんで宙へ上がった。
せいぜい30mほどの上から見た光景は、『いやだ・・・』ミレイオの心を絞るように苦しめる。
魔物はどこもかしこも出ていて、倒れた人々が集中的に見えるところもあり、龍と騎士が応戦している場所は、逃げることが叶ったのか、人影はなかった。
至る所で火事の煙が上がり、完全に全焼している建物と、風向きで燃え移ってしまった家屋を焼く炎が、そこら中に煙を出している。
倒壊した建物の下敷きになった人もいるだろう。救出しようと集まっている場所もあるが、魔物が出るとすぐに逃げて、それを繰り返していた。
道にも建物の下にも亀裂が出来ていて、そこは多くの蠢く影を見せる。
「ドルドレンたちが間に合わなかったところか。それか、もう早い段階で、こんなことに」
応戦しても。龍がいても、一人ずつが倒すのだ。ミレイオたちも連続で倒しているが、この職人たちのように集って応戦している人々は見えない。『戦えるのは、彼らだけなのかしら』首を振って呟くミレイオは、犠牲者の数に胸が痛んだ。
「早く。何とかしなきゃ」
空には小さな影で、飛び回る龍たちの姿が見える。彼らもきっと、親玉の存在を考えているだろう。
「犠牲者・・・どれくらいなんだろう。アギルナン一帯じゃないわよね」
ミレイオは昼の地震以降、すぐに、ずっと炉場にいたので、外の状況を知らない。嫌な予感はするが、集落を見に行くのも、この町を置いていくのかと思うと、それも出来なかった。
「ミレイオ!」
名を呼ばれて、さっとそっちを見ると龍気が近づく。『あ、オーリン』片腕をさっと上げるミレイオに、すぐ『大丈夫?』と龍の民が叫んだ。
彼はミレイオの横に龍を停め『キリがねぇんだよ』とぼやいた。『どうにかしないと』これじゃ夜中も明日もこのままだ、と言う龍の民に、ミレイオは自分が炉場にいたことと、他はどうなのかを急いで訊ねた。
聞いて驚く、オーリンの報告。『何で?全部なの?』さっと見渡す、広がる地域。オーリンは右手を伸ばして、180度ぐるっと回す。
「この辺、一帯だ。集落は俺が見たところでは、この近くじゃないけど、多分同じ地区だろう。2つ全滅だった。誰も生きていなかった」
冷たいような言い方だが、オーリンが真顔で静かに、その目で確認したことを伝えると、ミレイオは目を閉じて額に手を当てる。『酷いわ。どうして』信じられないと呟くミレイオに、オーリンは続ける。
「イーアンたちが、集落の方と言うか。町じゃない場所を回ってるけれど。大玉が見つからないんだ。
似たヤツは出てくるんだけど、デカイの倒しても『その一部だけ、魔物がいなくなるだけ』ってさ。
俺も何体か倒したけど。あれじゃないなって分かる。
元凶がどこかにいるんだよ。でも龍気の戻ったイーアンと、ちょっと・・・今は特別な状態のタンクラッドでも、まだ探せてない。二人とも必死に駆けずり回ってるよ」
弓職人はそう言うと、小さな溜め息をつき『俺たちじゃ、無理かもな』とミレイオに教えた。
「どうして」
聞き返したミレイオに、オーリンはちょっと鼻を掻いてから黙ると、答えを待つ相手に黄色い目を向けた。
「どっか。破壊することになるからだ。俺たちじゃ無理だろ?」




