1097. アギルナン地区魔物応戦 ~剣職人・騎士
ミレイオを探しに行ってくれと、総長が頼んだ言葉。
タンクラッドには、どうしようもなかった。それを無視している動きに、彼の頼んだ言葉がずっと気にはなっていたが、この降って湧いた『災難』にさえ思える相手―― ザハージャング ――付きでは。
イーアンは『後でお話します』と言っただけで、この奇獣・ザハージャングの経緯も何も、何で死骸(※親方目線⇒死骸扱い)が大量の龍気を使うのか、何で自分だけしか乗れないのか、何で龍族以外も含む、他の誰も近寄れないのか・・・何も知らされない。
訊きたいが、確かに現状それどころではないので、タンクラッドはもやもやしながらも、前に飛ぶ女龍の、白い光を見つめるだけだった。
とはいえ、こんな時間も僅かで終わる。一旦、龍気を取り戻した女龍の速度は、相当な速さ。
あっという間に最初の目的地、イーアンが『あの亀裂をまず抑えなければ』と言った、地域の大地を割った亀裂に到着した。
振り向いた女龍は止まるように腕を上げる。『ザハージャング、ここだ』タンクラッドが止まると、奇獣の体が、ぐうっとうねって空中に停止した。
この奇妙な具合に、何とも言えない気味悪さを感じるタンクラッド。この感覚は自分のものなのか、それとも、過去の魂の記憶なのか。具合が悪くなりそうな状態で、剣職人は剣を抜いた。
「タンクラッド。見えますか。私には魔物気配だけしか分かりませんが、あの亀裂、何kmにも続く全てに・・・出ていますね。出てきた、あれ。
亀裂から出てくる全てを倒しますよ。ここを最初に終えて、すぐに近隣の集落も行かないと」
「分かった。お前は俺から離れろ。俺がやろう」
タンクラッドの金色の剣が、彼の意識を伴って煌々と光り始める。ザハージャングがぶるっと震え、また声ともつかぬ咆哮を大気に放つ。
イーアンは親方から、すぐに距離を取り、龍気を取り込まれない場所まで離れた。きっと、ザハージャングの龍気を使う。それは親方に教えておいた。
――ザハージャングの龍気の源は、本体ではない。
あの仔はイヌァエル・テレンの寝床と繋がれている。
変な話、ザハージャングの龍気は、イヌァエル・テレンから本体へ、直通で移動しているのだ。途切れることはないが、側にある龍気は何でも吸い込むので、呼応が小さい龍や、もとの龍気が不安定な対象は、ザハージャングに取られてしまう。
そして、この仔は、変わったことに龍でもない。常に龍気を使うのに、側に来た・・・例えば、精霊でも妖精でもサブパメントゥでも、使える気は綯い交ぜで取り込んでしまう。その相手が例え、魔物でも・・・・・
この仔には生きている体がないので、影響がない。存在はあるから、存在を保持する『罰』のため、永遠の龍気を注がれるが、それは実は何でも、誰かの気であれば使えてしまうという――
「だから。親方の中和する力に、この仔だけは影響しません。親方が、龍気と他の気を混ぜて消し去るなら、皮肉な話だけれど、ザハージャングは最適かも知れない」
ザハージャングの龍気は、イヌァエル・テレンから引き込んでいるようなもの。どんなに使っても、消えることはない。ザハージャングも動けないなんてことは、絶対に起こらないのだ。
しかし、だとしても乗り回すことも出来ない。
元々、永遠に死ぬことのない罰を受けた体は、イヌァエル・テレンにこそ、居なければいけないし、中間の地に通うなんてなれば、近づくものは何でも、気力を取られてしまう。
「可哀相にも思います。でも。そこまでの罪を。ザハージャングの意識はありませんけれど」
悲しそうに見つめるイーアン。タムズにあらすじだけ教えてもらって、注意事項とその理由を、簡略で聞いた時に、何とも悲しい運命だと思った。
遠目に映る、棘だらけの金属的な奇獣と、その背中に乗るタンクラッドは、澄んだ水色が金の光に縁取られた、力の塊の中にいる。
タンクラッドの腕が思いっきり振り上げられ、勢い良く金の光が飛び放つ時。それと同時に、ザハージャングが宙を疾走した。
*****
ドルドレンたちはこの時、ギールッフの町に出てきた魔物を相手に、戦闘に入っていた。
「アジーズの・・・あの時の魔物みたいだ」
今のドルドレンの敵ではないが、年末に倒したハイザンジェル南西に出てきた魔物(※231話参照)と、よく似ていることに気がついて、こうした魔物を倒した経験値に、ある意味感謝した。
あの時、一緒にいたのは、今の面々ではない。目の前の魔物の、動きや倒し方を知るのは自分だけ。
ドルドレンはそれを思い出してすぐ、部下にその話を聞かせ、注意点と、倒す要領を教えると、各自に分かれて退治に取り掛かった。
そして思い出したことにもう一つ感謝したのは、馬車に積んでおいたアオファの鱗だった。思い出してすぐ、総長は鱗を取りに行き、宿屋の人に使い方を教えて、他の人たちと使うように持たせた。
こうして、少しは備えがある状態で、改めて戦闘に入ったドルドレン。
開始して間もなく、オーリンが手伝いに来た。ドルドレンは『イーアンが一人では』と驚き、事情を聞き、とりあえず・・・よく分からないなりに、了解した。
「オーリンは。早い話がそこにいるとマズイわけだな?」
「そう。多分あれ、俺だけじゃない。イーアン以外は無理だ。コルステインなんかもヤバイだろうし」
ドルドレンはこの事態に驚いて、気が昂っているところに、更に別の驚きを受け、何とも理解が追いつかないが、兎にも角にも、自分たちの現状すべきことは変わっていないので、オーリンにも応戦を頼むことにした。
弓は持って来たと見せる弓職人。向かう相手・魔物の特徴を教え、別の場所に出ているものを任せた。
「継ぎ目ね。そういう系統、大体が継ぎ目で攻撃だよな」
「そうだな。イーアンが見たら、きっと殻を使いたがる。壊すと後で困るかも」
「あ、そっち。ハハハ、それもそうか。じゃ、せいぜい頑張ってくるよ」
何とも気の抜けた返事を返し、弓職人は、襲われている町の空の上をひゅーっと飛んで行った。
自分の担当する場所に出た魔物を見つけ、急いで龍を向けるドルドレンは、どんな時でもすぐに、普段と同じように変われる龍の民を、少し羨ましく思った。
「緊張感がないのは、イーアンも同じだし、怒ると彼らは、一つ仮面でも落ちるかのように、人格も変わるが。
しかしなぜか。いつでも。イーアンの側にいてもホッとするし、オーリンがいるだけでもホッとする。
彼らなりに、慌てたり何なりあるにしても、人間のそれとは少し違うのかな。
余裕があるように見えるのは、俺には羨ましい部分だ」
引き抜いた長剣で、魔物を斬りつける総長。イーアンが使うと思えば、気をつけて斬らないといけない。
「うむ、こんなことを考えて戦うようになったのも、一種の余裕かも知れん」
ふと気がついて、ちょっと笑うドルドレンは、飛び上がった魔物の足を切り落とし、すぐに反対側へ回った龍の背から跳躍しすると、魔物の落ちてゆく体に、剣を目一杯、突き刺して切り裂いた。
旋回して戻るショレイヤの首に腕を伸ばし、地面に叩き付けられる前に、龍に掴まって飛び乗る。
斜めに体を向け、次の魔物へ一直線に向かうショレイヤ。その背中から、自分たちの範囲にいる魔物へ飛び移り、斬って倒しては蹴り跳びながら、ドルドレンは次々、自分を襲う魔物を討ち続けた。
総長の戦う場所の左側では、ザッカリアがソスルコに乗って、総長と同じように魔物を切り捨てる。ただ、ザッカリアの剣は長剣でもないし、彼自身もまだ筋力が付いていないので、ソスルコにかなり頼る。
「ごめんね。俺が力が弱いから」
ソスルコは勇敢で、ザッカリアが剣で斬ろうとする相手に接近する。ザッカリアの剣を振るえば、ざっくり切れるほどに魔物の側へ寄るので、ソスルコも全開の速度で空を飛び回る。
斬っては離れ、離れては突っ込んで斬り。何度も繰り返すそれは、硬い相手に剣が滑ることも度々。
開始して1時間も経つ頃には、ザッカリアは息切れと腕の痛みで、目を瞑るくらいに疲れていた。
ソスルコはまだまだ大丈夫。乗り手の疲れは分かるけれど、自分の役目は果たす龍。
震え始める剣持つ腕を掴み、ザッカリアが両手で構えると、ソスルコはそれを合図とばかりに、魔物へ向かう。
硬い魔物が相手で、何度も手から剣が落ちそうになった。
何度も空振りして、何度も硬質の殻の上を、剣は横に滑った。それでも斬る時は、ざっくり魔物の体の半分くらいの深さまで剣が入る。
入ったら入ったで、しっかり握っていないと、全力で飛行する龍の勢いに乗って剣がすっぽ抜けそう。
座る足も痛い。腿の内側の筋肉が、段々震えてきている。馬に乗る練習が短かったザッカリアは、他の騎士のように腿の筋力が付いていない。
滅多に長引かない戦闘に、ザッカリアは本当に疲れていた。
『早く大人になりたい』情けない一言を呟き、手袋の中の手が痛むのを気にしないようにして、ぐっと気を引き締める。『イーアンだって。血まみれでも戦ったんだ』俺だって!と魔物を睨む。
「タンクラッドおじさんの剣。イーアンが作った鎧。負けるはずがない。俺は騎士だ。こんなくらい、何てことない」
力の抜けかける手を叱咤して、両手でしっかり剣の柄を握りしめ、ザッカリアはソスルコの次の攻撃に合わせ、向かう魔物へ剣を振り下ろした。
反対側でそれを見ているフォラヴ。フォラヴの武器は遠くまで届くので、皆から距離を置いて、広い場所を担当している。そのだだっ広い場所から見えているザッカリアの姿は、小さな虫くらいの様子。
「大丈夫かな。もう彼には」
あんなに長く戦うのは、まずないこと。魔物相手に数時間も続いた大津波戦では、シャンガマックが側にいてくれた。『今、彼には誰もいない』そして彼の龍が容赦ない(※ソスルコ頑張る)。
「私の場所が終われば、手伝えるのに」
とはいえ、眼下に広がる魔物の群れは、倒しても倒しても続く。『これは。どこか目の届かないところに親がいるのでしょう・・・私が分からないとなると』フォラヴも、魔物の気配くらいは分かるのに。
親玉の気配があれば、恐らくそれを倒して終わる。
逆を言えば、幾ら倒したところで、親玉がいる以上は減らない可能性もある。
妖精の騎士は自分の龍に『あなたは何か感じ取っていますか』と訊ねる。質問しながら、両腕の武器を振るって、緑色の剣のような光を振り放し、魔物の列を砕き散らす。が、また出てくるので嫌になるフォラヴ。
フォラヴの龍・イーニッドはすっと後ろを向き『ううん』といったような顔で、頭を横に振った(※素直な龍)。
「そうですか・・・あなたも分からないとなると。親がいるにせよ、よほど離れた場所にいるのか。それとも親は」
『いないのか』と、呟いたすぐ、妖精の騎士はぞくっとした。イーニッドもぐわっと突然上昇した。
驚いたフォラヴが、真下から上がってきた気持ちの悪い気配に顔を向けると、土の色がどんどん干からびて白く乾き、あっという間に『出た!』乗り手の声に、急いで上昇する水色の龍。
フォラヴたちの下から、嘘みたいな大きさの虫がボンと土を弾けて、空へ跳び上がる。龍は真上に加速し、魔物の攻撃を交わす。
「イーニッド!これがそうです」
そうだね、といった具合に、水色の龍もさっとフォラヴを見て頷き(※緊急でも優しい)ぐるんと尾を振ると、イーニッドは思いっきり体を捻って滑空。
フォラヴは龍の背で腰を浮かせ、両腕の武器に集中して気力を移す。『良いですよ。あの魔物の腹を討ちます』妖精の騎士が言い終わる前に、跳び上がって落ちてゆく魔物の下に、龍は滑り込んだ。
その一瞬をフォラヴは逃さない。魔物の体の影に入った瞬間、空へ向けて両腕を突き出し、大きな虫の魔物を、腹から背にまで閃光で切り開いた。
水色の龍は騎士を乗せ、倒した魔物の体が降り注ぐ前に、加速して宙を駆け抜けた。
だが―― 龍は気が付いた。これは違った、と。大きな邪気だったけれど、これが本物ではない・・・本当に倒すべき相手ではなく、手前に何千もある一頭でしかない、と。
お読み頂き有難うございます。




