1093. 今日はグィードに会いに
翌朝。朝食後に、イーアンはファドゥと連絡を取る。
『おはようございます。少しの間、イヌァエル・テレンへは行けないのですが』
『おはよう。聞いているよ。イーアンはどうして、一人で戻ったのか。私が少し怒っているのが、伝わるだろうか』
『あら。ファドゥに知られていますか。反省しています』
『イーアンは強い。だけど龍気が消えたら、幾ら強くても、落ちたら怪我どころではなかったと思う。
そんな無様な龍の姿はあってはいけないよ。あなたは無茶をすると知っているから、厳しく言う』
常に穏やかで優しい、銀色のファドゥから、あまりに厳しい『無様な龍』発言を、朝っぱらから食らったイーアンは、目に涙が浮ぶ(※反省×∞)。
龍族に恥をかかせるようなことを選んだ自分に、何も言い返せず、イーアンはしくしく泣く。
泣いていそうな様子に気が付いたファドゥは、少し言葉を考えて『会いにいけないから』と、前置きして、ちゃんと教えた。
『泣かせてしまったのに、慰めることも出来ないけれど。でも無様な龍と呼んだのは、あなたがそれほどの位置にいることを、知ってほしかったからだ。母はいつも無理は避けていたと思う(※性格だけど)。
それに、あなたほどの強い女龍が力尽きるなんて、私たちがどれほど恐れると思うか。それを理解してほしい』
きちんと。ぴしっと。注意も含めて、簡潔に伝えられた言葉に、イーアンはしくしく泣きながら謝り『もう、しません』と約束した(※ズィーリーとも比べられた)。
それから本題。
初っ端・衝撃注意により、忘れるところだった、龍の容態を訊ねる。
『ふむ。バーハラーはまだだよ。でもガルホブラフがさっき飛んでいた。ショレイヤたちも動ける気がするね』
『そうでしたか。私はショレイヤとガルホブラフに来て頂きたいのです』
理由はグィードに会いに行くから、と言うと、ファドゥはすぐに了解して『見てきてあげる』と少し待つようにイーアンに伝え、5分ほどでまた『動ける』と確認してくれた。
『イヌァエル・テレンに来るよりも早いね。グィードに会って、もう少し守りを固めてもらうのも良いかも』
不思議なことを聞き、イーアンは『守りを固めるとは何ですか』と意味を訊ねる。
『あなたはグィードに近いようだから、グィードも皮をくれた。またグィードの何かを、貰えると良いと思う。中間の地で龍気の消耗が防ぎやすくなるよ』
『そうですか。ではそれも相談します』
ファドゥはもう、いつもの穏やかで細かい配慮の男龍に戻っていて、10分前の厳しさはなかった。イーアンは彼にそこまで怒らせて、本当にすまなく思い、最後にもう一度謝ってから連絡を終えた。
「どうだった?ガルホブラフ・・・あ。イーアン、泣いているのだ。どうしたの」
お手洗いから戻ったドルドレンが、涙に濡れた奥さんを見て驚き、急いで顔を拭いてあげる。『何か悲しいことがあったのか』心配するのは龍のこと。でも奥さんは首を振って『ファドゥに怒られた』と答えた。
聞けば、あのファドゥがと思うような『無様』との強烈な一言に、ドルドレンも少なからず驚いたが、そこはドルドレンもイーアンと同じで、そんな言葉を使うくらいに、彼が今回の件を気にしたのだと理解した。
「皆がきっと、ファドゥ同様に君を心配している。グィードに会って龍気が戻ったら、イヌァエル・テレンに行って安心させてきなさい」
え。イーアンは、伴侶の思い遣り提案に固まる。そんなことしたら・・・ファドゥであれなのに(←『お前、無様』って)ビルガメスなんて何を言うか。
怯えるように止まるイーアンに、彼女が何を考えているか察したドルドレンは、誠実な眼差しで、しっかりと頷くと『行きなさい』と決定(?)。
渋々イヤイヤ、イーアンは伴侶と約束し『元気になったら、謝りに行く』命令に従うことになった。
*****
「気をつけて行くんだよ」
渋々はドルドレンも同じ。ドルドレンの方がもっとかも知れない。
朝食後。呼んだ藍色の龍は、来るなり『あれ?』みたいな顔を向けて、背中に乗ってきた、なぜか親方と女龍に、目を見開いた。
事情を説明し、ドルドレンが悲しそうに『頼むよ』とお願いすると、ショレイヤも悲しそうに頭を下げて頷いた(※乗り主に似る)。
そして横にも、オーリンとガルホブラフが並び、総長から『この組み合わせは』の理由を聞かされて、自分の役目を了解する。
「ああ、そういうこと。いいよ。付き添いって言うよりな。見張りだな」
アハハハと笑うオーリンに、親方が面白くなさそうな目を向けるが、親方は何も言わなかった。
背鰭の細いショレイヤに、掴まるところはない。イーアンは仕方なし親方の前に座って、お腹に手を回してもらうことで固定してもらう。
タンクラッドとしては、これはこれでオイシイので、出発前、この状態を取り上げられそうな問答は控えた(※天然確信犯)。
「行ってきます。どのくらい掛かるか分かりませんが、お昼などは気にせず食べて下さい」
「ごめんね、イーアン。そいつに何かされそうだったら、すぐに落とすのよ」
こんな結果になってごめん、と朝から謝り続けるミレイオも、伴侶と同じようなことを言い、イーアンは苦笑いで頷いた(※頷いてすぐ、後ろから『何、了解しているんだ』と叱られる)。
「大丈夫よ。コイツ、落ちたって死にゃしないんだから。本当に気をつけてね(※親方に)!」
オーリンの笑い声が響く中、3人は二頭の龍に乗って空高く上がる。そして皆に見送られて、目指す海へ向かった。
海へ向かう、空の道。
青空を抜ける風に吹かれて、オーリンは久しぶりにガルホブラフと地上の空を楽しむ。
その様子を見ていたイーアンは、自分が乗せてもらっている藍色の龍に『お前は大丈夫ですか』と、今更だけどの質問。龍は少し振り向いて、ちょっと笑うように見せた。
「シャンガマックたちの龍も大変でした。ジョハインやイーニッド、ソスルコも。元気になっているなら良いけれど」
騎士たちの龍を気に掛けつつ。やっぱりどうしても、バーハラーが心配でならない。バーハラーのためにも、自分は早く龍気を回復して、早くあの仔の側へ行こうと思う。
「ビルガメスに何を説教されるか分からないけれど」
それは不安だが、バーハラーを治すのが先決。呟いたイーアンに、後ろの親方が『何を説教って』と訊ね、イーアンは彼に今朝のファドゥの話をした。
「そうか。俺も笑ってはいたが、内心、同じようなものだったぞ。
コルステインがな。お前を助けただろう。あの時、コルステインはお前の後ろに・・・要は、上だ。空方向に『もう一つ、龍気があった気がした』と、話していた。
俺もそうかなと思ったが、多分、誰かしらお前の後を追っていただろう。いくら何でも、男龍が気が付きもしないとか、まして龍気の少ないお前の単独行動を、知っていて見放すとも思えん」
親方は、コルステインから先に話を聞いていたので、一瞬驚いたものの、見当を付けていたから、そこまで怒らなかったようだった。
「そうだったのですか。だからファドゥも知っていて」
「だろうな。ただ、男龍としても『大型の龍を動かせないから、小型の龍を急いで集めて、お前の後を追う』ような、そうまではしなかったんじゃないのか。
小型の龍も、地上に強い弱いあるだろう。個体差があるのは普通だ。選別してから、一昨日も連れて出したんだ。
それを思えば、選んでいる時間のない状況で。お前を急いで、追いかけることの出来るのは、地上によく来ていたタムズくらいだと俺は思う」
親方推察に、イーアンは脱帽・・・・・ そこまで考えなかった(※自分一人だと思ってた)。
じーっと見ている女龍に、親方はちょっとその目を見つめ返してから、片腕を動かして長い角先をクリクリ。目の据わる女龍に『俺も。お前の動きは、どれだけ一緒にいても心配が尽きない』と伝えた。
「何を考えて、一番弱っている時に。一番、龍気に気づき難いお前が。あんな行動を取るのかと思うと。
『誰もが疲れているなら、自分が頑張ろう』とするな。多分、そんなことだろう、お前は。
それはお前らしいとは思うが、しかし『自覚が足りない』ことを、ミレイオが怒ったのも無理はないだろう」
イーアンは口答えしない(※大当たり)。しょんぼりして、親方に角をクリクリされる(※伸びたから摘まみ易くなった)。
笑う親方は角クリを続けながら『だから、お前は。一人にする気になれない』と頭の上で呟いた。
「見えてきたな。もう海だ。どうする、海岸はどこか指定があるのか」
前を飛ぶオーリンが振り向いて、二人に指差すその先。青い水平線がキラキラ光っているのが見えた。
「指定はないが。綱が届くところだな。崖っぷちでもどこでも」
「そうか。それもそうだ。人もいない場所で、岩礁の先が良いな」
あまり浅いとグィードも困るだろうと、オーリンは言い、ショレイヤに並んで飛びながら『こっちへ行くぞ』と声をかける。
藍色の龍は理解したように、龍の民の指示に従って、下方に広がる砂地の浜を迂回し、遠くに見える突き出た崖へ向かった。
やって来たのは崖の列が、じぐざぐに海へ張り出す場所。長さで言えば1km近く続く。
両端は少しずつ崖が減り、崖の高さは下がって小山に変わる。そこから斜形に、砂浜へなだらかに下りるような、そんな状態なので、崖の列の近くには民家もなかった。
「誰でも、住みやすい方へ家を建てるからな。浜は小船も出しやすいだろうし」
上空から見下ろす風景に、親方は、崖そのものに人っ気がない理由をイーアンに伝える。イーアンは、朝であることから『グィードが目立つだろう』とそれも懸念がある。
「漁師さんが見ていないと良いですが」
この女龍の心配に答えたのは、親方ではなくてオーリン。振り返って『大丈夫だろう。だって、龍は有難いんだから』見たとしても大したことにならない、と笑顔を向ける。
「まぁ、そうだろうな。大騒ぎするにしても、グィードは攻撃する気にもならん大きさだ。喚いたって、5分もすれば、拝み始めるかもな」
そんなものだ・・・親方も笑っているので、イーアンも『そうかな』と思い始める。
民間人を驚かせては気の毒だと、思ったけれど。でも。有難いと思う対象なら。それもそれで・・・『分かりました』頷く女龍。
ということで。気持ちを引き締めて、3人は岩礁の先にある、海面から突き出た立岩の上に、龍を降ろす。
「ここ。そこそこ広いけど。俺は離れている方が良い?」
「構わんだろう。前もお前はいたんだし。お前は龍の民だ。特に支障もないと思うが」
「じゃ。ガルホブラフ。俺たちもここで観客だ」
ガルホブラフに無理をさせたくない、オーリン。龍を降りて、一緒に岩の上に立つ。イーアンたちもショレイヤを降りて、持って来た金輪付きの綱を出した。
「ええっと。どうすればね」
「前はこんなだったろう。お前が、引っ張っていたからだが」
イーアンが綱を解いて、輪っかを垂らしたところで、親方はイーアンの背側に回り、彼女の後ろから腕を伸ばしてイーアンの両腕を支える。
二人を背後から見ているオーリンは、何となく羨ましく思った(※オイシイ役だなと思う瞬間)。
「これで海面を打てば良いでしょうか」
「そうだな。他に思いつかん」
だらーんと垂れた、先っちょに金輪の付いた綱。
この綱、二人で持つようなものかね・・・と、イーアンも可笑しく思うが、これは始祖の龍の、時を超えた願いなので、これは彼女のためと割り切る。
「はい。では、呼びますよ」
まずは笛を吹いたイーアン。それから右腕を引くと、タンクラッドが女龍の腕を、思いっきり後ろに引いた。
驚いたイーアンは、二人羽織りのような勢いで、自分の力ではない腕力を以ってして、綱をぶんっと海面に打ちつけた(※後ろに金輪が来て、オーリンびっくりして屈む)。
後ろで、危ないだろう!と叫んでいる、龍の民の声が響くものの。笑っているタンクラッドと、びっくりしているイーアンの前、穏やかな波をうねらせていた海面に、あっという間に波紋が広がる。
「来るぞ、イーアン」
「はい。早いですね」
海はどんどん波紋を広げ、その大きな水の輪が波を関係ないほどに、はっきり現われた時――
「グィード!」
海面の下に、大きな大きな黒い影が揺らぎ、イーアンの笑顔の前に。その頭がゆっくりと浮かび上がった。
『来たか。イーアン』
『はい。会いに来ました。素晴らしい。あなたが来てすぐに龍気が満ちています』
水が流れる音が、三人の頭に響き渡る。大きな大きな海龍は笑いながら、女龍の望みを叶え始めた。
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