1092. 魔物製品取り組み・ヨーマイテスの憂い
「ってことでね。イーアンは暫く席外すわ」
機嫌の斜めな、ムスッとしているミレイオは、バイラと話していたガーレニーと、午後一で到着した職人たちに『タンクラッドが連れてった(※ウソじゃないけど)』ことを伝えた。
「タンクラッドもいないのか」
「まー。でも30分とか40分くらいよ。それまで私だけ。で、イーアンはちょっと休憩しないと、体が弱ってるから。あの子はそのまま、1~2時間は休ませないとダメね」
女龍の体調が悪いと聞き、『龍の女が体調不良?』それも新鮮な驚きらしく、職人たちは意外そうに、あれこれ思うところを話し合っていた(※無敵だと思ってたのに、体調不良って)。
ガーレニーは午前丸々、龍の女を一人占め出来たので、皆の様子を傍観していた。
こうしたことで、無理は言わない職人たち。午後はミレイオ相談室と了解し、昨日同様、ミレイオ一人を囲んで、ああだこうだと意見交換を始めた。
ミレイオは馬車に連れて行って、彼らに『これ現物ね』と、大きいまま収納してある魔物材料を見せてやった。
それから、騎士たちの鎧と剣、盾を(※誰のか分かってない)ミレイオはちょっと出して『こんな感じ』と見せる。
魔物製の剣と鎧と盾を、実際に手にし、職人たちの集中は一気に高まる。
ミレイオは、この防具も剣も聖別後と知ってはいたが、とりあえず『基は魔物』なので、そのへんは黙っておいた。要は、彼らの参考になれば良い話。
直に剣を手にした、イェライドとバーウィーは『タンクラッドが作ったのか』と訊く。そうだと答えるミレイオに、タンクラッドの話を聞きたいと彼らは頼んだ。
「俺の知り合いが。ギールッフより海に進んだ、一つ先の町にいる。彼も剣を作る。この剣を見たら、きっと作りたがるぞ」
バーウィーは、ほぼ斧専門で、他に山林で使う刃物を作るが、海に近い町の知り合いは、古いテイワグナの剣ばかり作るという。その話に『きっとタンクラッドが興味を示す』とミレイオは頷く。
他の職人たちも、武器と防具に取り込まれた魔物の材料に、意見を交わしながら、馬車の後ろで賑やかな時間が過ぎる。
ミレイオは、彼らとまた宿の中に戻り、訊かれることに丁寧に答え続け、40分後くらいに下りてきたタンクラッド(※イーアンの後、地霊と一人で遊んだ)も加わると、ホールの一角は今日もまた、職人が集まる場所となった。
タンクラッドは、バーウィーに紹介状代わりの手紙をもらい、『行くことがあれば寄ると良い』と、知り合いの剣職人を訪ねるように言われた。
きっと力を貸してくれる・・・バーウィーの言葉に、タンクラッドも楽しみが増える。
旅して他の国の職人と話すなんて、若い時の旅以来。こんなこともあるから面白いもんだと、タンクラッドは感慨深い。
バーウィーもイェライドも、彼と似たような刃物を作るフィリッカ、そして親方の作品に関心のあるロプトンも、魔物別で、金属を重ねた時の叩き方や、切り出して整形するに合う部分など、今後使うに当たって、倒した魔物のどの辺を意識するかせっせと質問した。
こうしたやり取りを楽しむのはミレイオも同じで、レングロとディモと名乗った、飛び道具に乗り気な30後半~40前半くらいの若い職人二人と、イーアン待ち・防具のガーレニーを相手に、自分の作った盾と銃(※『肋骨さん』)を参考に、使い方の工夫を紹介して楽しんだ。
ミレイオは、ガーレニーが午前に話していたことも会話に含めて、自分の制作に置き換えて説明する。
ガーレニーはその話も身を乗り出して聞き、何回も質問をして、鎖帷子の工程に使えるかどうかを一緒に考えた。
こうして午後は過ぎ、3時を回る頃にイーアンも来て、鈴付き龍の女に、ちょっと会話が逸れたものの(※『庶民的』と歓迎された)すぐに話は、魔物材料に戻り、職人たちは5時過ぎまで、ホールで製作談義を続けた。
イーアンは馬車へ行って、取って置いてある魔物の皮を分けたり、使える金属をタンクラッドが持たせたり、職人たちは帰るぎりぎりまで夢中になる時間だった。
騎士たちは午後、どうしていたかと言えば。今日はバイラもいることだしと、昼食後に駐在所へ出かけていた(※待機忘れてる)。
そこで、ハイザンジェルから届けられる、武器・防具の資料を確認し、次に向かう町での警護団の話を聞く。
この日は、近隣のどこにも魔物の出現はなく、最近の魔物事情などの情報を受け取り、対策案の相談も応じた。ドルドレンたちは知らなかったが、小数だと、既にあちこちで被害がある様子だった。
結論から言えば、『やはり、警護団の装備を固めるのが最初』で、話は落ち着くのだが、バイラは『本部のように、演習取り組みや戦法指導が必要』と、装備以外に視点を向けていた。
騎士たちも職人たちも、この日は対人の時間が長く、特に何をするわけではなくても、一日が終わるのは早く感じる。
宿に戻ったドルドレンたちとすれ違いで、ギールッフの職人が馬車で出発し、騎士たちも彼らに手を振ってお別れした。
「もう夜である」
ドルドレンは、1階のホール一部を陣取っている、仲間の職人たちに笑って『随分、話し込んだな?』彼らの成果を確認。
ミレイオがいるので、ドルドレンは一先ず安心(※奥さんの虫除け)。ミレイオは『次の町の炉場も借りられる』と答えた。
「それに。明日は彼らは来ないの。炉場で昨日今日の話から、出来ることをやるみたい」
「すぐにでも、取り掛かりたそうだったな。ここが炉場じゃないことを惜しんでいた」
ハハハと笑った親方に、騎士たちも頼もしい。
この人たちが一緒に動いていることで、『守りの流れ』が生まれる。それは総長だけではなく、シャンガマックもフォラヴも、よく思うことだった。
「そうなのか。今日はうっかり出てしまったが、俺たちも出先の駐在所で、魔物製品の話をした。
資料を見れば、ハイザンジェルから取り寄せ、もうじき配達予定日らしい。だが、本部のあるウム・デヤガに到着してから、地方へとなると」
「いつまでも、揃わない状態が長引くだろうな」
親方が口を挟み、ドルドレンも椅子に座って頷いた。『だから。やっぱり、国内で製造が一番』それは広いテイワグナだからこそ、そう思う。
皆も同意見で、そのためにも、ギールッフの町から発信した方が良いだろうと、改めてこの町の重要さを認識する。
一行は、少し話し合った後、夕食へ移動。今日一日、何事もなかったことを感謝し、オーリンはいないものの、久しぶりに皆が顔を揃えて、食事の出来る夕食に安心した。
そしてドルドレンは、昨日の晩、一人で祝った酒の話をし『イーアンも一緒にいる。皆で祝おう』と、夕食の後半で少量ながら、各自一杯の酒を頼み、皆で西の壁が終わったことを祝った。
場所はテイワグナ。ハイザンジェルの喜びとはいえ、魔物の出ている最中の国なので、乾杯は控え目だったが、バイラもこれには喜んでくれて、静かな乾杯に『きっとテイワグナも助かります』と続けた。
「もちろんだ。必ず助かる。俺たちも尽力する」
総長の力強い笑みに、バイラは恭しく頭を下げて、心からのお礼を述べた。
*****
「イーアンは今日。どうなのだ。もう体は大丈夫?」
部屋に戻ったドルドレンが訊ねたので、イーアンは少し考えてから、体力は問題ないと思うことを伝える。
「龍気は、減り過ぎると体力にも支障ありますが。体力充満しても、龍気は戻っていない・・・ような。私、鈍いので分からないのです。だけど、普通の人間として動く分には、全く。今は平気です」
「そうなの。さっきね。不穏なことをまた、タンクラッドが話していたのだ。お風呂で」
一緒に風呂に入る、男性陣。お風呂で親方に『明日はイーアンと、海だな』と言われたそうで、伴侶はぐったりしていた。イーアンは頭を抱え『あの方はどうして、毎度毎度・・・』むぅ、と悩む。
「毎日。宿にグィードが来る程度では、龍気は少ししか戻らないのだろう?ミレイオが直接、海へ会いに行くように言ったらしいが」
「そうですね。ミレイオもそんなつもり(←親方)ではなかったのです。
私も忘れていましたが、グィードを呼び出すのは、私と親方の二人じゃないと呼べないのです。これは始祖の龍が、そう決めているので」
「イーアン。どうしてなの。君の夫で、世界の勇者はここにいるのに」
悲しそうな伴侶を抱き寄せて、貼り付くドルドレンを撫でながら『こればかりは、私にどうにも出来ない』と慰める。
始祖の龍の愛の矛先・・・それは『時の剣を持つ男』。
この話。ドルドレンにするには、あまりに酷なので、さすがにイーアンも『香炉で見ると分かりますよ』とは言えない(※見たら泣くし、立ち直れないと思う)。
嫌がりはしないが、ドルドレンはただただ寂しそう。『でも、バーハラーが動けないので』とイーアンが言いかけると、灰色の瞳をさっと向けて『ショレイヤを貸せ、と言われた』後だった。
苦笑いも見せ難い。イーアンは、うーんうーん悩みながらも、さめざめと悲しむ伴侶を撫でて『申し訳ないですけれど、行くのは思うに、一度ですから』とお願いした。
「オーリンも連れて行くのだ。きっと、ショレイヤが動けるなら、ガルホブラフも動けるだろう。タンクラッドが暴走したら、敵わん。
ショレイヤは気が利く。あれは、誠実で生真面目だ。俺のためと思えば、きっとタンクラッドを、さり気なく振り落としてもくれるだろうが(※危)それはそれで、後から何を言われるか(※何か言われるだけで済むと思ってる)」
振り落とす、って!笑うイーアン(※物騒)。『そんなことになる前に、オーリンを頼む』と、ドルドレンはお願いした。
そしてドルドレンは、自分が一緒に行けないことを悲しみながら、奥さんをぎゅうぎゅう抱き締めて眠った。
*****
悲しくないのはシャンガマック。
『夜来る』約束だからと、早めに風呂から上がって、早めに部屋へ戻り、まだ姿が見えなかった時は、扉を開けたと同時でガッカリした(※超楽しみだった)。が、直後にその悲しそうな顔は、真っ暗な影に覆われる。
目の前が真っ暗になったと驚いたのは一瞬で、すぐにそれが自分を包む大きな体と分かり、喜んだ。
「ヨーマイテス!来てくれた」
「約束した」
ヨーマイテスは、褐色の騎士をしっかり抱き締めて『お前が来るのを待った』と伝える。廊下の明かりが気になったシャンガマックは、後ろ手で扉を押して閉めると、大きなサブパメントゥを見上げる。
暗さに目が慣れないが、夜の僅かな明かりを拾う碧の目が、ちゃんと自分を見下ろしているのを見て、ニコッと笑った。
ヨーマイテスはもう、自分のベッド(←箱)を並べておいたので、そこへ寝そべって獅子に変わる。
シャンガマックは、獅子の姿も大好き。大きな獅子の豊かな鬣に手を入れて、よしよし撫でる(※お父さんだけど)。
「でも、この姿も好きだが。人の姿でもう少し、話がしたい」
「そうか。構わない」
ふかふかの鬣を堪能したシャンガマックが頼むと、獅子はゆっくりと人の姿に戻り、微笑む顔を向けて『これでいいか』と訊ねた。騎士はお礼を言って、向かい合って座り、じっとその顔を見つめる。
「何だ。どうした」
「二日間会わなかった。俺はとても寂しかった。それに心配だった。だから、ヨーマイテスが目の前にいることの嬉しさを、今、味わっている」
ニコニコしている騎士に、ヨーマイテスはうんうん頷き(※ちょーカワイイと思ってる)腕を伸ばして彼の頭を撫でた。
・・・・・ミレイオ相手じゃ、永遠に有り得ない言葉を聞かせてくれる、バニザット。本っ当にコイツを息子にして良かったと、自分を誉める(※顔つき変わらない)。
「お前には話せないことが、まだ多いが。それでも俺を受け入れるお前に、俺が出来ることは、いつもしよう」
「朝も言ったけれど、俺は気にしない。ヨーマイテスが言えないことは、そのままで良い。
そうだ、聞いてほしい。ハイザンジェルの西の壁の・・・知っているだろうか?リーヤンカイという名前の山脈があって、そこに開いていた恐ろしい穴が閉じた。
タンクラッドさんが、総長と一緒に、魔物の穴を閉じてくれたんだ」
これがどれほど嬉しいか、と喜びを伝える息子に、ヨーマイテスは胸が痛む。その出来事は、自分に直に関係ないが、発端は俺だと言えるはずもなく。
黙るヨーマイテスに、シャンガマックは『あれ?人の付けた名前では分からないか。テイワグナとハイザンジェルの、境目にある山脈なんだ』彼が分からないものと思い、場所を説明し始める。
獅子の姿ではないヨーマイテス。顔に少しずつ、表情で曇りが生まれ、その変化にシャンガマックが気が付いた。
「どうしたんだ。何か、この事でヨーマイテスが気になること」
「いや。そうじゃない。違う」
騎士の問いを遮って、何でもないと答えるが、シャンガマックは彼を見つめて『ヨーマイテス。俺は困らせたのか』と、理由は分からないにしても、喜びを知ってもらいたかった話を止めた。
大男は自分を見つめる黒い瞳から、何度か目を逸らし、考える。『そうじゃない。そうじゃないが』同じことを繰り返し、続く言葉が言えない。
シャンガマックは眉を寄せて、大男の躊躇うような言い方に、自分の話が何か彼に負担だったと気が付く。
下を向いて、髪をかき上げると、騎士は小さな溜め息をついて謝った。
「すまなかった。きっと、ヨーマイテスが言えないことの範囲だったんだろう。俺は、ハイザンジェルで、ずっとあの場所に苦しめられたから。それで」
「違う。バニザット、お前が謝るな。違うんだ。俺が。俺は」
ヨーマイテスの大きな手が、騎士の頭を撫でた。その頭を包むほど大きな手の平が、そっと顔に動いて、困惑する騎士を自分に向けさせる。『お前が謝ることじゃない。だが』言えないことをこんなに苦しく思うとは――
シャンガマックは彼の辛そうな表情に、自分が知らない世界を感じる。自分の顔に添えられた、彼の大きな手に有難く思いながら『いいんだ』と呟く。
「いいんだ。ヨーマイテス。俺とヨーマイテスは違う世界を生きている。ヨーマイテスはずっと昔から生きているし。俺が知らないことだらけなんだ。この話は止めよう」
理解してくれる騎士に、大きな体のサブパメントゥは項垂れる。
いつも。ずっと、自分よりもずっと若く、子供のような顔の相手に、理解してもらってばかり。いつも受け入れてくれて、何も言わずに微笑む騎士に。
「俺は何をしているんだ」
堪らなくなるぼやきが、口をついて出た。サブパメントゥの大男の言葉に、シャンガマックは不安そうな目で、彼がどうしてそんなことを言うのか、少し悩んだ。
「ヨーマイテス。今日、俺は無理に来てもらったのか。何か言えないことで、あなたは苦しんでいる」
「バニザット。お前は俺の理解者。過去も、今も。俺を支える。だが、もう言うな。俺はお前にどれくらい、譲歩させているのか」
言葉が足りなくなって、ヨーマイテスはバニザットに両腕を伸ばし、抱きかかえて髪を撫でる。
――何も言えない。何も、話せない。話したら、恐れられるだろう。
それを思うと、どうにも出来ない痛みがヨーマイテスの、痛むことを知らなかった心臓を締め上げる。
バニザット・・・過去のバニザットは、屈強で貪欲、そして偉大だった。人生をかけて世界の真髄を求め、常に荒々しく、常に繊細に、方法と手段を見分けながら、一生を突き進んだ男だった。
そのバニザットに、自分はどれほど面白く過ごしただろう。
だが、今のバニザットは。守ってやらねばならないくらいに、若く、探究心や知恵に貪欲とはいえ、まだまだ優しく、心も柔らかく、人の温もりや微笑を持つ。
出会った時から、死の間際まで、険しい顔で皮肉な笑みを浮かべた老バニザットとは、かけ離れた存在だった。
太い筋肉の盛り上がる両腕の内に、すっぽり収まる騎士。自分がこうしても、決して抵抗しない(※実の息子と女龍は、物凄く反抗的)。この大人しいバニザットに(※比較対象が派手)俺は無理をさせて。
「ごめんな。バニザット」
小さな、絞り出す声に、腕の中の騎士が見上げた。彼はいつものように微笑んで『いいや。何も』と答えた。
お前を、俺は死なせかけたんだ、と。絶対に言えない苦しさを呑み込んで。
ヨーマイテスは、大事な大事な息子に『あのな。お前を連れて行ってやろうと思う場所があるぞ』と別の話に換えた。騎士は笑顔を向けて、嬉しそうに続きを聞く。
その笑顔に、大男は救われていると感じながら、次の遺跡の話をした。
この夜は、少し遅くまで遺跡の話をしてやり、土産に持ち帰れるものもあると、騎士が喜ぶ顔を止めないように、ヨーマイテスは気遣った。
いつか。全てを話す日が来るだろう。その時まで、バニザットを笑顔でいさせたいと、ひしひし胸に寄せる想いを閉じ込めて、騎士が眠くなるまで楽しい話を続けた。
お読み頂き有難うございます。




