1090. イーアン帰宅裏話・熱心なガーレニー
「一人で戻って」
ビルガメスは、自分の子供を見ながら呟いた。まだ名前のない、可愛い可愛い小さな男龍は、人の姿から龍の姿に戻り、ん?といった具合でお父さんを見る。
「お前じゃない。お前は良いんだ。続けろ(※基本、命令系)」
ビルガメスは、龍になって休憩している息子を誉め、外の空に顔を向けた。
「言えば良いのに」
困ったもんだなと苦笑いして、ベッドに寝そべる(※男龍基本形:たらーん)。
今日の朝。イーアンの龍気が動いたのを、ビルガメスは知っている。ビルガメスどころか、龍の島にいる龍も、男龍の全員も知っていた。
その龍気の少なさに、ビルガメスは家に結界を張ってから、すぐに後を追いかけ、イーアンがイヌァエル・テレンを出るのを見たが。龍が側にいないことで、彼女を支えようと思ったビルガメスも一瞬、留まった。
ふと、後ろにタムズが来たのを見て『お前が』と急いで言うと、タムズは『そのつもり』そう、短く答えて、中間の地へ向かってくれた。
「ああなると。タムズだけだな。龍がいなくても、往復くらいなら一人でどうにかなるのは」
行って行けないことはない。ビルガメスも今なら、特に辛くもないと思う。
以前、シムだったかニヌルタが、一人で往復したことがある。
だから、無理とまではならないにしても、やはりタムズほどに、負担を減らせるわけでもない。
それでも、行きと帰りはタムズだって、龍を付ける。今朝に限っては、それもなく、タムズは一人で後を追った。
イーアンの龍気が急に消え、慌てたタムズが助けようと加速した時、サブパメントゥの力が空に向いたのを感じ、タムズは察して止まったと言う。
「コルステインが運良く・・・かな。コルステインに助けられるのも、まぁ。悪くはないだろう」
タムズは、相手がコルステインと分かった時点で、イーアンを任せた。
そして思ったとおり、龍気を別の力に換えたタムズには気が付くことなく、コルステインは落ちてゆくイーアンを受け止め、戻って行ったこと。タムズは確認してから、イヌァエル・テレンへ帰った。
帰ってきたタムズに報告を受けると、ビルガメスは礼を言って『次に来たら叱る』とタムズに約束した。
タムズは笑っていて『君の叱るは、せいぜいちょっと何か言うくらい』と半ばバカにしたように答え、彼は家に戻った。
「何が『せいぜいちょっと』だ。ちゃんと言うぞ(※『こら』って)」
お前たちも、そうやって躾けたんだ・・・ビルガメスは不満そうに、思い出してぼやく(※おじいちゃんが皆の子供時代を躾けている)。
寄ってきた息子を両腕に抱え、まだまだ甘えん坊の龍の息子をあやしながら『俺はお前も時々、叱るよな』と訊いてみたが、息子はよく分からないので、お父さんをじーっと見て、アハハハと笑うだけだった(※叱られている自覚はない)。
「とりあえず。イーアンは少し、そっとしておくか。子供たちも、今のところは落ち着いている」
最近は、卵部屋で生まれる子供たちに、角などは見えない。
あれは『龍の子』だろうと、男龍たちは判断し、イーアンが孵していない時は、普通に『龍の子』が生まれてくるのかもと話し合った。
だとしても、孵化する率は圧倒的に増えた。子供部屋に毎日、イーアンが来ているのもあるのだと、皆が同じことを感じている。
これだけでも、充分。充分過ぎるほどに、彼女は『女龍の役目』を果たしている。
そう思えば、毎日来させてはいるが、少しばかり・・・イーアンを、中間の地に居させても良いかなと思える。
「まぁな。だとしても、2~3日だが。な、お前の名前もあるし」
ビルガメスはあやしている息子を覗き込んで、ニッコリ笑う。息子もエヘッと笑って、お父さんにちゅーっとした。
幸せそうに微笑む男龍は、息子を撫でながら静かに頷く。
「ニヌルタは、イーアンに・・・『始祖の龍の力を』と言ったが。それはまだだ。そんなことをしたら、イーアンは身動き取れなくなる」
まだ。まだだな。独り言を落として、大きな男龍は空を見た。
『俺もそうしたいが。一度に全ては、可哀相だな』少しずつならと。そこまで言うと、ビルガメスは子供を抱え、今日の予定『一日・子供部屋』のため、青く輝く空へ飛んだ。
*****
朝食を終えた一行は、馬車に戻り、ドルドレンが横倒れのイーアンを抱え、皆で宿に入る。
龍気自体は減っていても、体力は少し回復したので、イーアンは伴侶に『もう歩ける』と伝えたが、ドルドレンは聞かなかった(※甘やかしてはいけないと思うドル)。
食事処で包んでもらった朝食を、宿のホールで頂戴し、イーアンはお腹一杯になったことで、また少し元気になる(※気持ちの問題大きめ)。
でも、食べ終わってそれを言おうとした奥さんの向けた顔に、ドルドレンは先手を打つ。
「今日は歩いてもいけない。俺と居なさい」
「歩くのは良い気がします。でも、はい。でもドルドレンは、お仕事で見回りがありますか」
「あるかもしれない。だけどそういう時は、ミレイオに預ける」
「ミレイオもどなたか来客があったら」
「イーアン。大人しくするのだ。そして、一人になっていはいけない(※愛妻すぐどこか行く)」
口答えしているつもりはないが、もしものためにと訊ね返していたら、伴侶に注意を受け、イーアンは黙って頷いた(※これが一番最良の返事)。
「俺。良いもの持ってるよ」
二人の会話を聞きながら、笑っている仲間の中で、ザッカリアが思い出したように、腰袋から何か取り出す。ドルドレンはそれを見せられて笑う。
「鈴か。この前の菓子の箱に」
「うん。結んであった紐に付いてたでしょ。きれいだから、とっておいたの。これをイーアンに付ければ良いよ。そうしたら、イーアンが一人でどこかに行っても、音で分かるでしょ」
イーアンも苦笑い。伴侶は鈴を受け取って、ニヤニヤしながらイーアンを見て『付けなさい』と一言。
仕方なし。イーアンは腰袋に入れてあった、水色のリボンを引っ張って、それに鈴を付ける。
「そのリボン。キンキートのおばあちゃんがくれたやつだな(※731話後半参照)」
「そうです。『角に結べ』と言われた、あれです」
皆で笑いながら見守る中。ミレイオが立ち上がって、鈴付きリボンを受け取り、イーアンの太く立派な長い角に、水色のリボンを結ぶ。
「可愛いじゃないの。でも。龍の角にこんなことする人、いなかったでしょうねぇ」
アハハと笑うミレイオも、白い角に付いた鈴とリボンに、何とも言えない可笑しさを伝える。イーアンは謹んで、反省と共に、このお仕置きにも似た鈴付きリボンを受け入れた。
「イーアン」
タンクラッドに呼ばれ、イーアンがそっちを向く。チリチリとなる鈴に、親方が笑う。そのためかと、イーアンが苦笑すると、伴侶も『イーアン』と呼ぶので、伴侶にも睨むように笑顔を向けると、頭を撫でられた。
「これでもう。動く度に鈴の音が教えてくれる。今日といわず、暫くそうしていなさい」
ええ~~~ イメージ違うんだけど~ 嫌がる女龍に、皆が笑って『似合う』とおだて、兎にも角にも、お空最強の女龍は、鈴付きリボンを付けて歩きまわることに決定。
「お客さん。面会の方が」
談笑している一行(※イーアンはどうすりゃ良いのか分からない状態)に、お宿の人が声をかける。
一斉に振り向くと、お宿の人は『表にいらしていますよ』と言う。ミレイオは職人たちかな、と思って了解し、お宿の人にお礼を言って下がってもらう。
「職人?」
ドルドレンが訊ねたので、ミレイオはそうじゃないかと答え、表を見る。が、特に人影はない。
「早いな。炉場じゃなくて、今日は直に来たのかもな」
タンクラッドが立ち上がり、自分が見てくると行って、外へ向かう。ミレイオは少し疲れていて、眠っていないという話を朝食の時に聞いていたので、親方は休ませてやりたかった。
「ミレイオ。家は無事だったようだが」
「うん。さっきも言ったけど、結界は張ってあるから、見た目は問題なかったのね。
ただ、自然災害とかはさ・・・やっぱり受けるもので。墓も無事だったから、それは良いにしても。
ちょっとね。中が、散らかっていたから片付けてたら、朝になっちゃって」
家の中に装飾品の多いミレイオの自宅は、物が落ちて壊れたり割れたり。それが家中だったそうで、全部片付けたら夜明けになったという。
「少しでも眠った方が良いですね」
心配そうにバイラが言うと、ミレイオも『ちょっと眠る』と頷いた。『でも。タンクラッド一人に頼むのも悪い』ミレイオは表を気にして、ちらっと見た。まだタンクラッドも戻らない。
「誰だろうね」
ザッカリアも首を動かして、反対側の玄関の外に目を凝らすが、誰も見えない。『昨日みたいに大勢じゃないのかしら』ミレイオも体を少し傾けて外を伺うが、どうも分かり難い。
「いいわ、行ってくる。皆はもう、今日の動きに入って頂戴。イーアンはドルドレンと一緒ね」
職人の相談があったら呼ぶからと、ミレイオに言われ、騎士たちとバイラは、それぞれの午前の予定に入る。
バイラは『今日はこちらにいます』らしいので、騎士たちと一緒。
「予定と言っても。待機なのですよね」
フォラヴに訊ねられた総長は、頷いて少し黙る。
『もう少ししたら、ギアッチと連絡する』そのくらいかなと答えた。見周りに出て、また何かあっても困る。別々に動かないで、数日様子を見ようと話していると。
あっさりミレイオが戻って来て、鈴付きイーアンを見て困ったように笑う。何だろう?と、イーアンがミレイオに顔を向ける。
「あんた。あんたに用だってさ」
「誰ですか」
「タンクラッドが追い返そうとしてるわよ。帰らないけど」
それを聞いて、ドルドレンの目が据わる。もしかして。あの人じゃないの?と頭に浮ぶ職人。
イーアンも何とな~く誰か分かった。ミレイオは、可笑しそうに首を傾げて『どうするよ』と訊ねた。
「帰らせても良いんだけど。彼一人で来たし」
「お一人で。そうですか」
「あんた、不調だから。私も無理はさせたくないの。だけど彼、表情が少ないから。本当に鎖帷子のことで本気ってだけの、熱心な人かも知れないのよね」
やっぱ、あの人だ~ ドルドレンは眉を寄せて、奥さんの肩をぎゅーっと抱き寄せる。また、俺の奥さんが~ 龍になってから、ちょっとは虫が減ったと思ったのに~~~(※男龍は特別許可)
チリチリと鈴を鳴らし、イーアンは伴侶を見上げる。寂しそうな灰色の瞳を見て『ドルドレンの側で聞きましょうか』と相談。ドルドレンは『それが良い』と答えた。
「でも。ギアッチ、どうするの?」
さっと入る質問。ザッカリアは『ギアッチとの連絡は大事だよ』と総長に言う。後30分くらいで連絡する時間だよ・・・それを言われると、総長は仕事をすっぽかすわけにも行かない。
泣く泣く。総長は奥さんをミレイオに預け『守ってやって』と頼んだ。ミレイオも笑いながら『大丈夫よ』とイーアンを引き取る。
「体に無理ないようにさ。昨日みたいに、ここで話そう。長椅子にちょっと楽に掛けて」
騎士たちが2階へ上がるのを見送り、ミレイオはイーアンを長椅子に座らせる。『呼んでくる』そう言って、イーアンに微笑んでからミレイオは外へ。
間もなく、ミレイオと親方、その後ろに背の高いガーレニーが続いて、宿のホールに入ってきた。
「あの方。絶対に『別の意識』ではありません」
イーアンは、入ってきた彼を見て、すぐに呟いた。彼の腕には、何着分なのか。積まれるほどの鎖帷子が乗っていて、それは明るい午前の光にキラキラと輝いていた。
ガーレニーは、伴侶が心配する相手ではない・・・この来訪の姿を見たら安心しただろうと、今ここに伴侶がいないのを勿体無く感じるイーアン。
側へ来たギールッフの職人に笑顔で挨拶し、彼が持参した鎖帷子に嬉しく思った。
「おはよう。具合が悪いと聞いた。帰っても良いのだが、これを見せたかった」
「おはようございます。確かに元気ではないのです。でもお話は出来ます」
「角。音が。それは鈴か」
イーアンが彼に笑顔を向けた時、チリリリと鈴が鳴った。ガーレニーは不思議そうな顔で、でも少し微笑んで、立派な龍の白い角にある水色のリボンと鈴を見た。
「はい。私は見張りが必要です。それで」
「ハハハ。イーアンのことは知らないが。鈴は良いな。龍の女が身近に感じる。良い音だし、人間に寄り添うようだ。そんな龍の女に会えて嬉しい」
ガーレニーの言葉に笑ったイーアンは、『どうぞ』と横に着席を勧め、机の上に鎖帷子を置いてもらう。
「体調が良くない。話せる時間を教えてくれ。その時間に合わせる」
「いいえ。ここまで来て下さいました。それにこうして、作品も持参されて。体力が持つ限り、お話に時間を使いましょう」
イーアンはこの大事な時間と相手の心意気を汲む。ガーレニーは満足そうに笑みを深め、ゆっくり頷くとイーアンを見て『鎖帷子は』と説明し始めた。イーアンはそれを真剣に聞き、前日に渡された金輪を出して、確認しながら、彼の説明に自分の経験談を重ねて伝えた。
ガーレニーとイーアンの会話は、最初から最後―― 昼前まで。そんな具合で続いたのだが。
二人の並びに座った、無口を決め込んだ親方は終始、仏頂面だった。
ミレイオは何かを気が付いているのか、時々、苦笑いを含んだ沈黙を持ったが、イーアンは別に、ガーレニーには本当に何とも思わなかった。
お読み頂き有難うございます。




