109. 宴会の夜
魔物を倒したと分かると、遠巻きにしていた人たちが近づいてきて、二人を褒め称える。
ドルドレンが騎士だと分かるものの、同行していた女性も2頭を倒したのは見ていたので、町の人たちは口々に感心していた。
家が壊れた男性は、あの程度で済んで良かった、とドルドレンに礼を言った。
『しかし、家の横に積みあがった魔物は気持ち悪い』と首をすくめたので、ドルドレンが『切り分けて少し離れたところに放り投げておこう』と言うと、それだけでも助かる、とお願いしていた。
ドルドレンは町の人に、町にいる憲兵の所在を尋ね、憲兵を通して今回のことを騎士修道会の管轄(南か南西)に報告するように、と伝えた。
馬を引いていた一人の町民がすぐにそれに従い、憲兵の下へ馬を走らせた。
イーアンは、町の人を下がらせてほしいとドルドレンに小声で頼んだ。
「どうした」 「材料を回収したいのですが、気持ち悪がられては」
宿も取らないといけないし、と困ったように呟いた。はて?とドルドレンはイーアンを見つめた。そして取り巻きの人々に、普通に質問する。
「あの毛皮を回収するが異論はないか」
ビックリするイーアンをよそに、町民は老若男女、一瞬反応しなかったものの『ああどうぞ』と返事をした。ドルドレンがイーアンを振り返って微笑む。『急がないと夜になる』と言うと、イーアンは急いでソカをしまって、魔物の死体の方へ走っていった。
町民に、空の袋の手配を頼み、町の問屋で使う配送業者と同じ場所を指定すると、察してくれた民家のものが馬車を出してきてくれた。
イーアンは白いナイフでいそいそと毛皮を剥ぐ。死んで数日後でも、死に立てでも、結局は魔物は皮を剥ぎやすいと知る。
大体は首より上の位置で頭が取れているので、出来るだけ金色の襟毛を含む位置でせっせと剥いだ。べりべり剥けるので、大きくても5分くらいで済む。毛皮を取る作業は、夕闇が深くなる前には終わった。角はドルドレンに頼むと、自分の長剣の柄頭で根元から叩いて折ってくれた。
筋肉丸出しになった魔物を何分割かして、ドルドレンが民家の壁から草原に向かって放る。側で見ていた町民の何人かがやってきて、ドルドレン一人に任せるのは、と一緒に放り投げてくれた。
夕闇が夜に変わる頃。死体は敷地から消え、毛皮を入れた10の袋と厚手の布で巻いた32本の角が、馬車に詰まれた。
「これから宿か」 「ええ。急ぎませんと」
二人は近くの人にウィアドを預け、馬車を出してもらって、そこから5~6分の場所にある町の配送業者に荷物の配送を頼んだ。
配送業者は『さっき問屋にも同じ行き先を言われたけど、そこ?』と質問してきたので、同じであると答え、角と毛皮も北西の支部へ届けてもらうことにした。
そしてウィアドを預けた人のところで下ろしてもらってから、ウィアドを受け取った。
「あなた達はこれからどこへ行くんです?」
最初に家を壊された男性が待っていてくれて、気がかりそうに訊ねるので『これから宿を探しに』とドルドレンが答えると、男性は『もし良ければ』と一緒に一軒の家を訪ねた。
大きな平屋の玄関で、男性が声をかけると、中から若い女性と年配の女性が出てきた。
「さっき助けてくれた騎士とお連れさんだ。宿がこれからなんだと」
「ああ、こんな夜になっちゃったからね。さあ、良かったら上がって」
年配の女性がドルドレンとイーアンを招く。男性の顔を見ると『俺の姉さん宅だ。俺の家は壁に穴が開いて寒そうだからね』と笑った。
若い20代くらいの女性は、ドルドレンを見て顔を赤くした。その後イーアンを見て、ちょっと寂しそうな顔をした。すみません、と心の中で謝るイーアン。気持ちは分かるのよ、と女の子に目だけで微笑んだ。
女の子は、ドルドレンの後ろを歩くイーアンの横に来て『彼氏ですか』と小声で聞いた。彼氏と考えたことがないので、ちょっと答えに悩んでいると、ドルドレンが肩越しに少し振り向いて『夫だ』と答えた。
重ね重ねすみません、とイーアンは心の中で謝る(2回目)。
女の子はもっと小さな声で『格好良いですね』と言ったので、イーアンはちょっと笑って『そう思います』と返事をした。『いいな。私もあんな格好良い人と結婚したい』と彼女はイーアンに微笑んだ。
可愛い顔の女の子だったので、彼女には、フォラヴやシャンガマックのような真面目なイケメンと是非結ばれてほしいと願った。クローハルは顔は良いが苦労しそうなので、ああいうタイプにだけは気をつけて、と強く願う。
通された部屋では食事の支度をしている最中だった。自分たちは邪魔ではないか、とドルドレンが訊ねると、年配の女性が『何言ってるんですか。魔物を倒してくれたんだから、今日は食べて泊まって行って』と笑ってくれた。
大きな家なので、食卓も広かった。家族は多くなさそうだが、よく知り合いが集まるという。この日は特に集まった。
家を壊された男性と、彼が一旦声をかけに行った近所の人たちが来て、知らない間に宴会状態になっていた。ドルドレンがイーアンに硬貨を渡し、おばさんに支払うように伝える。イーアンは台所へ行って、おばさんに『突然お世話になるので』と硬貨を差し出すと、おばさんが少し睨んだ。
「そんなことされたら、お礼じゃなくなってしまうじゃない。気持ちだけで充分よ」
すみません、とイーアンが謝る。おばさんはイーアンに優しい笑顔で『気にしないで食べなさい』と肩を叩いた。
席へ戻ると、不快指数の上がった仏頂面のドルドレンが、近所のおばさんと娘に囲まれていた。近づくことが出来そうにない、と思って、空いている席を探すと、気が付いたドルドレンが立ち上がってイーアンの横に来た。
「なぜ助けに来ない」 「あの輪に入ったら私、殺されます」
ドルドレンが苦笑して、俺の気持ちが少し分かってもらえたか、とイーアンを抱き寄せた。『俺は殺されはしないが、いつもイーアンが囲まれているとがっかりする』と笑った。
二人の仲が良いので、来客が冷やかす。女性は本気も混じった冷やかし方に聞こえるが、おじさんたちはただの酔っ払い状態でからかうだけだった。
料理を頂戴し、お酒を頂戴し、何かにつけて魔物を倒したことでワァワァ沸いた。
「兄さんは強いねぇ。どこの騎士だよ。南じゃないな」 「南の連中もあんくらい強いと安心だが」
「一人で倒す人なんて見たことないよ」 「お姉さんもカッコ良かったねぇ。お姉さんは騎士じゃないだろ」
「お兄さんの奥さんだから強いのか」 「あの武器なんて言うの?初めて見たよ」
「お姉さんは皮も取るんだね。慣れてるから驚いたよ」 「魔物が出たらまた皮取りにおいでよ」
答えを待たない質問のような、町の人の言いたい放題を、二人は『ああ』『はい』で通した。
ドルドレンがイーアンに小声で『今のを聞いたか』と言うので、イーアンも頷いた。『皮を取ることはここでは大して不思議ではない。それが普通の生業にあるからだ』イーアンはそれであっさり了解されたと知った。言われてみればここはそうした町だった、と思い出した。
この後は、イーアンには時々女の人達が付いて、『どこで彼を捕まえたのか』と訊かれた。
若い女の人には、『彼のような格好良い人は南支部に居ない』とぼやかれ、北西の支部は恵まれているのかも、とイーアンは思った。
イーアンの顔つきについてはあまり訊かれず、ただ『あなた、個性的だから魅力がある』と言われた。そして着用している服がとても素敵、と誉めそやされた。北の町で買ったことを話すと、やはり『南には良い店がない』とぼやいていた。南は不景気でイケメンが居ないのか、とイーアンは悩んだ。そんなに違うのか。
支部に格好良い人いたら紹介して、と本気で頼む人が何人かいたので、『今後、こちらに来ることがあったら同行を頼んでみます』と答えておいた。結婚すると騎士を辞めるのかどうか、その辺が分からないので曖昧にしておいた。
こんな感じで夜も9時を過ぎ、場はお開きになった。
おばさんが客人の部屋を用意してくれた。案内された部屋は、立派な大きなベッドのある素敵な部屋で、思いがけず素晴らしい宿泊場所が出来たことにイーアンは喜んだ。
『お風呂入って』と体を拭く布を渡された時は、ドルドレンが、いつも自分が見張りをしていることを告げ、椅子を借りたいと伝えたので、おばさんは本気で驚いていた。
「誰もお客さんのお風呂を覗かないわよ」
そうおばさんが言っても、ドルドレンは真面目な顔で『習慣だ』と手短に答え、椅子をもぎ取った。ドルドレンはちょっと考えてから、イーアンにも自分の風呂が終わるまでここで待ってほしい、と伝えた。イーアンは『そうします』と引き受けた。
二人が風呂を済ませて、おばさんに就寝の挨拶と食事のお礼をすると、ゆっくり休んでと言われた。
部屋へ入って鍵をかけ、ドルドレンがベッドに座る。両腕を広げ、イーアンを誘う。
イーアンはドルドレンの腕の中に身を預け、二人は抱き合った。ベッドはふかふかしていて、真っ白でとても気持ちよい弾力だった。
「イーアン。寝よう」
ドルドレンがキスをする。イーアンも疲れたので早く眠ろうと頷く。
「ここは招かれた場所です。分かりますね?」
キスをちょっと離して、イーアンが訊いてみると『何が?』と返ってきた。イーアンは咳払いしてから、『人様のお宅です』ともう一度確認させた。
蝋燭を消してベッドに入り、ドルドレンは何も言わずにイーアンの体を抱き寄せてキスをする。その手が服の中に入ったので、イーアンは服の上から手を押さえて『言いましたよ』と止めた。
「大丈夫だと思う」 「そうではありません」 「イーアン。たまらなく好きだ」 「私もです」
じゃあ、と手が動くのを、ばちっと押さえて『いけません』と嗜める。ドルドレンが大袈裟な溜息をついたので、イーアンは笑って『明日ね』と抱き締めた。
駄々を捏ねても無駄、と分かり、ドルドレンは諦めて渋々眠りにつくことにした。
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