1088. 静かな区切り
一仕事済んだ、タンクラッドとドルドレンは、この夜は早く休むことにした。
夕食時。ほとんど今日の午後の話一色で、ギアッチに聞いた報告は『また明日連絡』を待つとして、とにかく二人の活躍に、騎士たちとバイラは詳しく聞きたがる時間を過ごした。
騎士たちも、事情を知らないバイラでさえ――
ハイザンジェルに、地獄を落とした恐ろしい場所『西の壁』。その穴が完全に消えたことは、感無量以外の何ものでもない。話は終わることなく、どれほど嬉しいかを話し続けた。
こうしたことで、普段よりも長引いた夕食。
一番頑張った親方は『食べ放題』なので、許可したドルドレンが後悔するくらい頼み(※一人で7人分くらい)これもまた、時間を食う理由になったが、長引いたとはいえ、夕食自体が早かったので、宿に戻ったのは夕方7時過ぎだった。
皆で風呂に入り『話し忘れたことがあっても、それは朝食の時』と、笑顔で解散。
イーアンは、空。ミレイオは、ハイザンジェルの家。オーリンは聞いていないけれど、まだ恐らく、ガルホブラフと一緒に空。
毎日誰かが抜けているし、今日もそうなのだが。それでも今日は、格別な『完了』を味わった夜。宿に残る6人は、それぞれの部屋に、9時前に入った。
ドルドレンは部屋に戻り、宿でさっき買った、小さな瓶の酒を一人で飲む。
「イーアンがいれば、もっと良い。でも今日は、俺だけでも祝おう。ハイザンジェルがやっと」
黒髪の騎士は総長として、一人祝杯を味わう。イーアンも一緒なら、と何度も思い、窓際に椅子を寄せて、窓を開けて空を見つめる。
満足と喜びを噛みしめる今、一つだけ気になっていることが、あるとすれば。
「あの人影」
ドルドレンの小さな呟き。ニヌルタが消した山脈の上部に、まるで中に部屋でもあったかのように、現われた窪み。その中に見えた、何十人もの人影・・・『何だったのだろう』あの後、それどころではなくて。
ふとした時、思い出すのだが、『あれは生きていない。死んでもいない』とニヌルタに言われたこともあって、誰にも言わずにいた。戻って来てから、タンクラッドも話さなかった。
考えても仕方ないし、確認したいにしても暫くは身動き取れない。その間に消えるかもしれない。
気にはなるが、自分にどうにも出来ないドルドレンは、イーアンが戻ったら話そうと決め、気持ちを切り替えた。
「明日。一緒に酒を飲もう。乾杯するんだ。イーアンも、喜んで乾杯してくれる」
微笑んで夜空に呟き、空に酒の容器を掲げると『龍よ。偉大な空の力よ。有難う』と感謝する。
ハイザンジェル騎士修道会総長は、テイワグナの旅の宿で、故郷の平和の訪れにようやく心から安心した。
*****
タンクラッドはコルステインが待っていてくれた部屋に入り、少し遅くなったことを詫びるが、話題はすぐに逸れる。
『タンクラッド。何?どう。どうして』
『うん?何って、何だ・・・ああ、ミレイオも言っていたな。俺は分からん。何か違うか』
コルステインは、タンクラッドをよいしょと自分の膝の上に座らせ(※大きさからこうなる)じーっと青い大きな目で、剣職人の見上げる顔を見つめると、カクッと首を傾げる。
ぱさーっと揺れる、月の光のような髪が顔にかかり、タンクラッドは笑う。笑ってコルステインの頬に手を伸ばし、夜空の色の肌を撫でながら『そんなに変か』と訊ねると、コルステインは眉を寄せて悩む。
『変。違う。何?強い。する。ヘルレンドフ。違う。うーん』
どうやら、ヘルレンドフとも違う・・・と、思い出している様子。
タンクラッドは、何だか分からないが、とりあえずコルステインに『お前に問題ないなら、それでいい』それが一番大事、と伝えた。
コルステインは理解したそうに、この後もしばらく、タンクラッドを間近で見つめては『うーん』を繰り返していたが、笑うタンクラッドにとうとう寝かされて『今日な』と本日のイベントの話を聞かされる。
タンクラッドの話を聞きながら、ベッドに片肘を突いたコルステインは頷き『分かる。魔物。ずっと。ずっと。向こう。でも。魔物。いる。する。お前?』お前が倒したのか?と、コルステインはちょっと驚いているように確認。
この反応には、嬉しいタンクラッド。
地下の最強に驚かれた! そうだ、俺だ、と満面の笑みで答えると、コルステインはじーっと見てからニコッと笑い『お前。ドルドレン。一緒』さっくり見抜かれた(※親方真顔に戻る)。
どっちにしろ、コルステインは誉めてくれて、少々喜びが減った親方を片腕に抱えて寄せると『タンクラッド。強い。もっと。強い。お前。好き』と何度も言ってくれ、この夜はここで就寝(※親方疲れた)。
コルステインにはよく分からなかったが、タンクラッドはこれまでの彼ではない、それだけは理解した。
眠ったタンクラッドをナデナデして、それが彼の持つ剣と近い力と感じ、同時にタンクラッドに課せられるであろう、今後の大きな役目を思わずにはいられなかった。
『お前。強い。嬉しい。でも。コルステイン。お前。守る。する』
彼がどれほど強くなっても。自分とは違う、強さ。自分が動ける時は、タンクラッドを出来るだけ守ろうと、今、コルステインは強く決めた。
それは、サブパメントゥ最強の力の持ち主だからこそ、気がついた『未来』への決心でもあった。
*****
今日はどうだろう・・・シャンガマックはベッドに腰掛け、暗い部屋で、彼の大切なサブパメントゥを待つ。
昨日は来なかった。今日もまだ。二日連続となると『何かあったのだろうか』余計なことを想像し、心配も生まれる。
コルステインは気配がするので、来ているのだ。『タンクラッドさんに聞いてみようか』気になって、親方頼みも考える。
「でも。コルステインと一緒にいるわけじゃないのか。ヨーマイテスは、サブパメントゥにいないような話だった」
この前の質問で、ヨーマイテスがどんな生活をしているかを訊ねた時。『部屋じゃないし、サブパメントゥでもない場所にいる』らしいことを、本人に聞いた。
そうなると、コルステインに聞いても、きっと知らない。ヨーマイテスは、サブパメントゥの一人なのに、いつもどうしているのだろう?と首を捻るシャンガマック。
「今日の話。したいなぁ。ハイザンジェルを苦しめた『西の壁』が終わったこと」
きっと。きっとヨーマイテスも喜んでくれるのでは、と褐色の騎士は思う。ハイザンジェルのことを知らないにしても、彼は世界中を動くから、西の壁の魔物は知っているだろう。
そう思うと、早く来てほしい気持ちが募る。開け放した窓の向こうを見つめ、シャンガマックは大きな溜め息をついた。
「ヨーマイテス。今日も来ないのか。俺は待っているのに」
寂しいし、心配だし。たった二日いないだけでも、楽しかった連日が、とても遠い過去に思える。
そのまま1時間くらい起きていたが、待ち人は来ない。シャンガマックは仕方なし、今日も窓を開けたまま眠りに就いた。
窓の外。裏庭の暗い影には、今日もヨーマイテスがいた。
見上げる部屋の窓が開いていて、それを見ながら『お前に。話すことは出来ない』と苦しげに呻く。暫く経って、騎士が眠ったのを知ってから、ヨーマイテスは影の中に消えた。
*****
お空のイーアン。ビルガメスが来て、タムズが帰ってきて。
この二人と、シム、ニヌルタで、離れた場所に行って話し合い、一人戻ったビルガメスに『今は無理』とはっきり告げられた。その後すぐ、ビルガメスとタムズは家に戻った。
ビルガメスは女龍に『お前の負担が増える。バーハラーは、一ヶ月から数ヶ月の休眠で戻るだろう。お前がその間に龍気を回復したら、時々、バーハラーに分ければ良い』そう言った。
そして彼も、そう言ってからバーハラーに龍気を注ぎ、ベイベの待つ家へ帰ったのだ。
「すみません。私、今はあなたの役に立てません。せめてここで、一緒に横になるだけ」
バーハラーのお腹の横に寝そべって、イーアンは眠る龍をナデナデするのみ。ニヌルタとシムもその辺にいるが、ビルガメスに何を言われたか、イーアンの近くに来ないまま、夜を過ごす。
「あの二人は、こちらを気にしているのでしょうか。
彼らも、お前が心配ですよ。きっと、側で容態を見守るとか、龍気を分けてあげたいと思います」
龍に話しかけるような声の大きさで、イーアンは独り言(※バーハラー、聞こえているけど無視)。ニヌルタたちもしっかり聞こえるが、近くへは行かなかった。
女龍の大きな独り言を聞きながら、苦笑いしてシムもニヌルタも、別の龍の側で休む。
「イーアンは。話しかけられているのかと、思うような声で」
「そうだな。彼女の癖なんだろう。さっきから返事をしたくなるよ」
二人は、タムズが連れて戻った3頭の側に寝そべる。
少し離れたところに、ショレイヤたちやガルホブラフもいるが、初めて中間の地へ飛んだ、この3頭を見守ることにした。
「ビルガメスに言わない方が良かったのか」
呼び出したビルガメスに『余計なことを言うな』そう、注意された。離れた場所で休めと命じられ、二人はイーアンの近くで休む。
怒っていたように見えたビルガメスを思い出し、シムは少し困ったように微笑む。ニヌルタは気にしない。『そんなことはない』友達に答えて、彼を見た。
「いつかはビルガメスだって、連れて行くだろう。だがそれは彼の思う、彼の丁度良いと判断した時だ。
俺たちに言われたくなかったんだろう。イーアンがあの状態でもあるから、その心配も彼にはあった」
ニヌルタの答えに、シムは彼を見つめ『ビルガメスは、無理をさせる、と言ったが』お前はそう思わなかったのか、と訊ねた。
「シム。お前は最初に『保証はないな?』と俺に訊いた。俺は『ない』と答えたはずだ。無理をさせるだろうとは思っていた。
だが、イーアンなら超えられる気もする。そっちの方が俺の中に大きかった」
「あれだけ龍気がなくても、か」
「そうだ。彼女は受け取っている龍気の大きさが、俺たちを平気で凌ぐ。容量があれば、ガドゥグ・ィッダンの中で、始祖の龍に導かれるはずだ。イーアンなら、今だって受け取れたのではと俺は思う」
白赤に金色の美しい模様が浮ぶ、10本角を頭に堂々生やした男龍の横顔。その、何かを知っているような雰囲気に、シムは黙った。彼の言葉の続きを待つ、シム。
そんなシムをちらっと見たニヌルタは、静かに微笑み『そうじゃなきゃ、龍王の話なんか出てこないぞ』と囁いた。
「龍王。お前が聞いたという、空の子の」
「他にないだろう。ビルガメスだって分かっている。だが、彼は自分の采配で決めたいんだ」
「ニヌルタ。お前は、空の子が伝えたなら大丈夫と判断して、それでイーアンに」
「俺は時を見分ける。ルガルバンダのようではなく、ビルガメスのようでもなく。俺の感覚で」
そう言うと、ニヌルタは寝そべる龍に頭を乗せて、目を閉じた。白く柔らかな光を放つ龍族は、イヌァエル・テレンの穏やかな夜風に身を任せる。
「ニヌルタ」
「シム。もう眠れ。お前も今日は龍気を減らしたんだ。明日も、明後日もと中間の地に呼ばれたら、幾ら俺たちでも休眠しないと」
ハハハと笑ったニヌルタに、シムは笑い返すことは出来ず、ただ、彼の余裕ある笑顔を見つめ微笑むだけだった。
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