1083. 職人たちの午後の相談
回復したイーアンと、付き添い親方が1階に下りてきた時、皆は外の馬車にいて、ホールには居なかった。
「馬車か」
「そうですね。バイラがお昼時にミレイオに話をしていたから、それかも」
馬車のある裏庭に向かいながら、イーアンは『炉場の人の伝言では』と親方に言う。親方も思い出して、そうかもしれないと答えた。
外へ出て馬車へ行くとすぐ、ドルドレンが気が付いてイーアンに容態を訊ねる。
「どうだ。来たの、グィード」
「はい。でも条件付です。完全回復ではなくて、少しずつ龍気を受け取るのを、繰り返すみたいです」
『ビルガメスもそう言っていたから、地上で龍気を直に回復は難しいのかも』と奥さんに聞き、ドルドレンは頷いた。親方を見ると、いつもなら自慢げに何か言いそうなところ、ボーっとしている。
「タンクラッドは。何かしたのか?いると違うことが起きるとか」
「それが分からないままだ。イーアンは気付いたようだが、ちゃんと教えてくれない」
親方の言い方に笑うイーアンは、親方を見上げて『教えてくれない、んじゃなくて』と言い直す。タンクラッドも、ちょっと笑って頭を掻くと『訊いているのに、言わないじゃないか』と言い返した。
「説明し難いのですよ。あなた自身が、どう力を使ったか。まるで分からない様子ですから」
「だから、俺が何をしたのか。お前にさっきから訊いているのに」
二人の会話に、ドルドレンはイーアンの顔を見て『何か見えたのか』それを訊くと、奥さんは頷いて『壁が覆われた』と言う。
「光のようですが、膜のようでもあり。薄い壁紙が部屋の6面全てに張られたようでした。
しかしタンクラッドは、自分がいつ、そうしたのかも知らないし、起こったこと自体、理解していません」
「タンクラッド。お前にはその光の壁紙?見えなかったか」
「見えていたら困っていない。俺は、グィードとイーアンの状態を見ていただけで」
ドルドレンも、剣職人が本当に分からない様子に首を傾げる。
どんな時でも、小さな変化を見逃さない男なのに。自分のことが分からないのは、彼らしいと言えばそうだが。しかし視覚化された『光』の現象にも気付かないとは。
とりあえず、奥さんの言うことでは『親方はそうした形で、部屋の中の空間を守ってくれた』らしいし、まぁ役には立ったんだなと、思うことにした。
それを親方にも言うと(※『いいんでないの』って)彼は情けなさそうに笑って『困ったもんだ』と呟き、荷台に上がった。
ミレイオもイーアンと挨拶し、おいで、と抱えると、顔を覗きこんで『どうよ。龍気』と詳しく状態を訊く。ドルドレンは、寝台馬車のザッカリアに呼ばれて、そちらへ。
「体の中に、必要な分。という印象です。いつもが10だとすれば、今は5未満でしょうか。だけど戻ってきた時は、3もありませんでした」
「そんなだったんだ。今は?普通に・・・っていうか。
龍気がないのは、どんな不調なのか分からないけど。眩暈とか立ちくらみとか頭痛とか(※それは生理)あったの?」
イーアンは、龍気のない状態は、疲れやすいことと、ほとんど無防備に近い気がすると教える。
「あんまり試したくないですが。この状態だと怪我をするかもしれないし、そういう意味で無防備に感じます。
龍気満タンの時でも、意識しないでぶつかれば、それは少し痛かったりするのです。怪我をしないだけで、痛みは鈍くても残ります。
打撃衝撃に意識すると、体に当たる前に、対象が避けられることもあります。
だけど、それは『10の状態』ですため、今はどうなるか」
「あらやだ。そうなのか。疲れやすいのは分かる気がする。私も『サブパメントゥ寄り』になる時、人間っぽい感覚、少なくなるの。体が疲れにくくなるんだよね」
そういうの慣れるのイヤだから、いつもこの人間の状態でいるんだけど・・・ミレイオが自分のことを話してくれたので、イーアンは貴重な話にお礼を言う。
「タンクラッドも、ドルドレンに話していましたが。
龍族の方が、サブパメントゥよりも、地上の耐久時間は短いかも知れないです。サブパメントゥの方が、地上に強いですね」
「上がってくる奴もいるからねぇ。私もそうだけど。オーリンって龍の民でしょ?龍の民がそういう意味では、一番・・・龍族の中では地上に強いってことよね?」
イーアンは真顔で頷く。
ミレイオに座布団で抱え込まれ、角をナデナデされながら、今更―― 身を以って、『ファドゥと交わした、最初の時の会話』を理解する(※490話最後参照)。
「まだ『龍の子』だった時のファドゥに、初めて聞いた話を思い出します。
『龍の民』は、地上で龍気を上げるのに最適な種族。そして『龍の子』は地上無理、だそうです。龍に変わる体を持っていても。
そして次が私たち、女龍・男龍の龍族です。3つの龍族中、最強と呼ばれるけれど。女龍は最強。男龍は手伝いに向かない、と言われたその理由を、今。実感しています」
「そうか。女龍は元々人間だから、地上に強いんだ。そういうのもあるのね。
男龍は、空育ちでそのまんまだから、大きな龍気があっても、地上だと龍気の消耗が」
「そうだと思います。『男龍は人の姿だけど、龍の方が近い』と最初にニヌルタだったか。話してくれました。だけど、龍そのものではありません。
龍の姿に変わるのは、地上では大変に龍気を使うから、ここに長居出来ません。
赤ちゃんたちは、生まれた時が龍のままですから、赤ちゃんは強いのです。地上、来ませんけれど。
『完璧・龍』であるミンティンたちは、地上にいる時間が長くても全然平気で・・・ショレイヤたち小型の龍は、強いにしても、龍気云々では、男龍たちと変わらない条件かもです」
ミレイオも少し驚いたように、理解した顔を向ける。イーアンも解説しながら、しみじみ。『そういうことだったのですね』と他人事のように頷いた。
「男龍は気紛れだから、とか。手伝いに向かないのは、最初そんな理由じゃなかったか?」
話を聞いていた親方が、可笑しそうに口を挟み、イーアンは笑って『それもそうでした』親方に同意。ミレイオも笑っていて『今の男龍。皆、あんたが心配で助かったわ』と付け加えた。
「ところでな。今日は待機にはなったが、炉場はどうする。お前、伝言を頼んだそうだが」
親方は、言っていなかったけれどと、こっちを見たミレイオに『シャンガマックと館長の約束』を教える。
「そうなの?じゃ、もう出発しないとダメじゃないの」
「そうも行かんだろう。俺たちにも用事が出来た。この町で教えていくべきだ」
それをちゃんと話しておかないと、任務で出された騎士たちも仕事放棄になるぞと、親方。イーアンもミレイオも顔を見合わせて『どうしたものか』と考える数秒。
「炉場はね。私、バイラにお願いして、もし向こうで動ける人がいたら、町営宿・・・ここ。ここに来て、って伝えたの。私たちはいつまで動けないか、分からないでしょ?」
「彼らが来てどうするんだ。加工出来ないだろう」
「質問に答えることは出来るでしょ。作りかけ、持ってきてもらうことも出来るし、こっちが留守でも預けてもらうとか」
イーアンは、ミレイオと親方の会話を聞きながら、龍のことを考えていた。シャンガマックたちの龍は、1週間もあれば復帰するような気がする・・・・・
「あまり、望まないかも知れませんが」
二人の会話に、イーアンは入って『龍が来たら』の提案をする。
職人組はこの町に残って、龍で南の遺跡へ向かうシャンガマックと誰かをお願いしたらどうだろう?とした内容。
「本音で言えば、離れ離れは避けたいですが。馬車で、皆が移動することには、懸念があります。
魔物材料での製作に積極的な『ギールッフの職人』たちを置いていくのは、私も『魔物資源活用機構』の任務に、沿っていない動きに思います」
「そうだよな。これは、ドルドレンと話すか。シャンガマックだけ、行かせる訳にはいかないが。
しかし、俺たちは少し滞在しないと、テイワグナに普及できる取っ掛かりを、見す見す、失うわけにいかん」
ミレイオも賛成する。少し考えて『うん。それが良いかも』と白い角を撫でた(※皆さんに撫でられるアイテム)。
ドルドレンはまだ、寝台馬車で話しているのか、戻ってこないので、タンクラッドたちは炉場の話を続ける。
話している矢先から、宿の人が来て『お客さんです』とミレイオに手紙を渡した。
「客?私に」
「はい、これを見て頂けたら分かる、と。今、いらしています」
イーアンとタンクラッドが、ミレイオの手にある紙に視線を移す。宿の人は頭を下げて、建物へ戻った。
何だろうねと呟いて、ミレイオが手紙を広げてすぐ笑う。『畏怖の職人ミレイオ』の短い文。
さっと立ち上がった笑顔のミレイオに、タンクラッドが『誰だ』と訊ねると『一緒に来て』ミレイオは、タンクラッドとイーアンも来てと答え、宿の中へ急いだ。
「おお。ミレイオ!来いと言うから、来たぞ」
「有難う!動けないのよ、今」
建物に入ったミレイオに声をかけた人が、ミレイオの背中で見えないイーアンは、ちょっと顔を横に出して納得。タンクラッドは背が高いので、建物に入るなり訪問者が見えて笑った。
来客は炉場の職人。おじいちゃん職人を除いた7人が、ホールに待っている光景。
ミレイオは手紙を書いたイェライドを抱き寄せて『誉め過ぎだわ』と笑う。イェライドも前歯のない笑顔で『本当のことだろ』と返した。
「何だ、こんな大勢で」
タンクラッドはそう挨拶したが、笑顔なので喜んでいる。イーアンも皆さんに挨拶して、イェライドに角をナデナデされた(※最初の遠慮は終わる)。
「炉場で出来ることは、一通りやってみた。試作を持って来た。午前に上がったから」
「見せて頂戴」
嬉しそうなミレイオは、職人たちの持ち込んだ荷物を見たがり、ホールの一角で試作お披露目となる。
イーアンはちょっと席を外し、お宿の人に『お茶を10人分もらえませんか』とお願いした。それから用意してもらったお茶のお盆を持って、皆さんの座る場所に戻ると、お茶を回す(※接客に動く龍)。
「どれどれ。何を作られましたか」
「イーアンも作るのか。これは手甲だ」
ああ、手甲!と、笑顔で受け取るイーアンに、その防具を渡した人―― 親方の目がちらっと動いた彼は、ガーレニー。イーアンに鎖帷子を相談しようとしている職人。
「手甲もあるのですか。あなたは武器ではなく、防具」
「俺はガーレニー。鎖帷子を作るが、こういった小物も製作の内だ」
イーアンも笑顔を引っ込めて、ハッとする。それから親方を見ると、親方とミレイオがイーアンを見て、何か言いたげに首をちょっと傾げた。イーアンも頷いて『ガーレニー』と自己紹介した職人に向き直る。
「あなたが。タンクラッドから聞きました。私がお手伝い出来る範囲を考えたら、製作の様子を伺ってから、使用する材質を一緒に考えることが出来そうに思えました」
先に。一気に伝えておく、『自分の出来る範囲』。さっと話したイーアンの鳶色の目を見つめ、ガーレニーは静かに微笑んだ。
「それで充分だ。鎖帷子は見たことがないと聞いたし、作るのは俺の範囲。
イーアンは俺に、魔物を使う特性が生きるよう、どう魔物を使うのかを考えてくれたら良い」
この言葉。どこかで聞いた、とイーアンは一瞬真顔に戻る。そして、あっと思って振り向く。親方が、どことなく嫌そうに目を閉じていた。
そうだ、と思い出す。タンクラッドと私が、最初に会話した時。彼も同じことを言ったのだ(※251話参照)。
「んまー」
「うん?何か問題か?持ち込んだのだから、特性を聞かせてくれたら、一緒に考えられるだろう。他に何かあるのか?」
イーアンはじっと、質問で確認するガーレニーを見て『いいえ。以前、あなたと同じことを仰った方を思い出したのです』それだけ、と笑った。ガーレニーも笑って『そうだったのか』と頷く。
親方は、とっても不満。
俺の言葉だ、それは俺の・・・と思いつつ、何か嫌な感じあったんだよなぁコイツ~(※自分に似てる気がする)とか何とか。
そんなことを考えながら、試作品を手に唸っていた(※試作した人、不安になる)。
こんな午後のホールの一角。職人10名が膝を付き合わせ、専門用語の飛び交う場所と変わる。
持ち込んだ試作は、さすが本職と納得するほどきちんとしていて、教えていない加工も取り込んであり、ミレイオもタンクラッドも見応え充分の試作に、腰を入れて彼らの相談に応じた。
イーアンも、ガーレニーが持って来た『肩から胸を覆う』短いタイプの、鎖帷子を説明してもらい、使っている金輪の作り方なども参考にしながら、ああだこうだと魔物別の材料を話し合った。
最初は少しと思っていたのに、時間は瞬く間に過ぎてゆく。職人たちの夢中で話す内容は、過熱する一方。
鎖帷子の話途中で、ミレイオが『イーアンにそう言えば』と、イェライドの使った『屑』による発火を教え、今度はイーアン、イェライドと話し合う。
「イェライドのは武器ではないだろう。道具だ。また次の時にしたらどうだ」
ガーレニーは放ったらかされ(※充分喋ったはず)たのが面白くないのか、イェライドと話すイーアンに、やんわり止めに入る。
イェライドはさっと顔を上げて『でもないぞ。武器になりえる』好奇心旺盛な笑みを、仲間に見せた。
「はい。武器になりますでしょう。だからこそ、小さなことでも注意しなければ。
何が理由で、化学反応・・・っていうかな。えー(※科学の言葉ない世界に悩む)・・・別の効果が起こるか分からないので、早めに形を決定しておかないと」
イーアンは、ミレイオが教えてくれたことに感謝する。
イェライドの使った発火方法は、下手をすると、水でも起こす可能性がある。
水素が上がってしまうと、発火の際に思いがけない炎の広がりを見せる。それを思うと、イェライドが使う『屑』の攻撃は、出来るだけ早く、正確な対処が必要と考えた。
どう説明するべきか、久しぶりにこの手の話なので、イーアンも頭を働かせながらの会話だが。これがガーレニーには、ピンと来ない様子。
彼は灰色の髪を片手でかき上げ、赤みがかった瞳で、少し不満そうにイーアンの答える顔を見つめた。
「もうじき俺たちは炉場へ戻る。イーアンたちがこの町に、何日居るかも知れないのに。貴重な時間を、鎖帷子の相談に持ち込めないのは嫌だ」
『嫌だ』と、ざっくり言う男の人はあんまりいない・・・イーアンは、ふぅんと感心して頷く(※正直だなぁと)。
向かいで聞いている親方は、眉間にシワが寄る。何だ、コイツはと、不愉快な顔で鎖帷子職人を睨むが、彼は全く、親方を見なかった(※眼中なし)。ミレイオも何やら感じたのか、苦笑い。
ガーレニーは鎖帷子の金輪を2つ3つ、大きさと種類別に用意して、イーアンの手に乗せた。
「夜。時間があったら、考えてくれ。出来ればまた、時間を空けずに相談出来るように願う」
「はい。そうしましょう。これをお預かりして、これまで使った魔物を参考に考えます」
ニコッと笑う女龍に、何かとても満足そうに見つめてから、ゆっくり微笑むガーレニー。
イーアンの手に手を重ねて『頼んだ』と重ねてお願いした。イーアンも、うんと、頷いて『努力します』の返事。
親方イライラ。そんなタンクラッドを見て、イェライドは少し考えたらしく、イーアンに『さっきの話。教えてくれよ』と、さっくり切り込んだ(※イェライド的配慮)。
イーアンも、するっとイェライドに向き直り、そうでした、と話を戻す。
ガーレニーは表情に出にくいので、あっさり話を終えたイーアンにどう思っているか、親方には読めなかったが、この後、彼は黙っていたので良しとした(?)。
夕方に入る前。午後も3時半を過ぎた頃。
裏庭にいた騎士たちは、ホールに集まった職人たちを見つけ、急いで走ってきた。
「イーアン!ハイザンジェルが」
イーアンの名を呼んだドルドレンの顔は、何を見たのかと思うほどに、恐れを浮かべていた。
お読み頂き有難うございます。




