1082. 待機時間 ~勇者の冠推察・イーアンと海龍
ドルドレンは疲れた顔で、今や体を前屈みに倒し、座った膝に両肘を垂れた格好で『何で』と、親方に質問。その態度の悪さに、ザッカリアは注意した(※さっき俺にも言ったのに、と)。
渋々、子供に指摘されて姿勢を正すが、顔は仏頂面のドルドレン。親方の補助って・・・俺は勇者なのに。
大袈裟でもなさそうな、腹の底から流れてくる、総長の溜め息に、タンクラッドは苦笑いして頷く。
「お前の立場を思えば、そうなるだろう。だが対策を取ると言うなら、俺が知っていることと、俺が思う案は伝えた方が良さそうだぞ。やめておくか?」
「いい。言ってくれ。お前の補助で俺とは。何だか居た堪れないが(※自分が)。これも、皆の平和のためである」
さすが勇者、と思う一言を添えた総長に、皆は胸を打たれる。勇者らしいその発言に、せめてもの賞賛の眼差しを贈った(※ドルは不機嫌)。
「心構えが立派なのは、お前が勇者だからだな。そんな目で俺を見るな、ドルドレン。皮肉じゃない。
お前が俺の補助としたのは、その勇者たる気質と冠の相乗効果だ。『お前の愛情は、どの種族の力にも行き渡る』」
え、と目を見開くドルドレン。親方の言葉に、忘れていた―― タムズの言葉が蘇った。
その勇者の目を見つめた鳶色の瞳は、優しい光を湛える。『それは、お前だけの力』と教える。
タンクラッドは、不思議そうに聴き入る皆にも目を向けて、ドルドレンがどうして自分の力の補佐に付くのかを説明した。
「稀有な力だ。だから『勇者』なんだろうが。
似たような力はあるにせよ、ドルドレンだけは何を基にしているわけでもない。人間の体で『ただの冠付き』ってだけなんだ。
この冠は、俺が思うに拡張と同じ。イーアンで言うところの『呼応』とか『増幅』の相手だろう。イーアンたちは、龍気を持つ者同士で行うが、ドルドレンはこの冠で充分。
サブパメントゥも、力の補充は地下に戻らないと出来ないだろう?」
いきなり振られたミレイオは、少しびっくりしながら、ああ、そうねと頷く。その答えに、タンクラッドは続ける。
「サブパメントゥの場合は、補充すれば、本人だけで暫く動ける。それは俺が思うに、龍族よりも時間が長い。とはいえ。力の基と切り離すことは、無論、出来ない。
俺の場合は、時の剣だ。俺自身の力はどこに付属しているのか、それはまだ知らんが、恐らく『剣』だろう。
だが、ドルドレンは違う。単体だ。ドルドレンは、彼そのものが基なんだ」
何だろう・・・ドルドレンは照れる(※単純)。何でいきなり、タンクラッドに誉められてるんだろう・・・少し恥ずかしくなって、うん、と頷く(?)。
そんな総長に少し笑って、親方は自分の考えを伝えた。
「ティティダックの時。俺は詳細を知らないが、イーアンが龍気を使い切った後、復活した話。それが『ドルドレンの愛』だったと聞いた。彼の愛は、全ての種族の・・・力の源なんだ。
相手が龍でも、サブパメントゥでも、精霊でも、妖精でも。彼の前に、種族は関係ないということだ」
だから、俺の特殊な力の補助に回れるのは『ドルドレンだけ』と言った――
親方の解説(※親方はドラマチック)に、ドルドレンはすっかり癒された。
それは見て分かるくらいに顔に出ていて、非常に満たされた表情。ドルドレンは立ち上がると、話し終えた親方に両腕を伸ばし、感謝を伝えながら抱き締めていた(※イーアンはガン見)。
この話の最後の方。親方は、自分で説明しながら、もう一人の珍しい存在を思い出していた。
それは、自分と同じような結果を生む力を持ち、そして与えるドルドレンの真逆で『対戦する相手の力を奪い、自分の力と混ぜる』という、その男。
親方がその男のことを、まざまざ考えている間、イーアンも同じように『サブパメントゥの強敵』を思っていた。
ドルドレンの感謝の抱擁が終わり、親方が彼をもう一度座らせると(※落ち着け、と)『そういうことだから』改めて要点を言う。
「もし、次がどこかで起こったら。率先して対処に回るのは、龍族以外にいない。それを覚えておけ。
そして、彼らの手伝いに、俺が動く時があれば、その時は」
「俺が、お前の側で」
ニコッと笑うドルドレンに、親方は複雑な笑顔を返した(※コイツは男色系と認めている)。
「愛を捧げるのですね」
うん、と頷き、満面の笑みで大切なことを添えるイーアンに、ドルドレンはちょっと赤くなりながら『そうだね』と答えていた(※似たもの夫婦)。
周囲は彼らを、優しく見守るのみ。親方は目を閉じていた(※逃避中)。
こうして午前は過ぎ、一旦戻ってきたバイラを迎えて、皆は昼食にする。バイラにも心配されながら、イーアンは『午後に試みる』と話し、お昼の後は部屋に戻ると、いざ龍気補充へ。
タンクラッドがすぐに来て『俺はどこにいたら良い』と訊かれたので、イーアンも分からないけれど『室内ではないか』と答え、そこにいてもらう(※テキトー)。
親方が見守る中、イーアンは指輪のトワォを呼ぶため、まずは水を桶に注ぐ。
「それ。そこに出るのか?ショショウィみたいだな」
「ちょっとお静かにね」
話すな、とばかりに注意され、親方の目が据わるが、イーアンはそっちを見ないで続行(※真剣)。龍気補充初回なので、仕方なし。言い返したいけれど、黙るタンクラッド。
桶に注いだ水に、指輪を嵌めた右手を沈め、イーアンはトワォの名前を呼ぶ。『おいでおいで。海の仔トワォ。お前の対がここにいる』口に出さずに呼び続けること3度。
水は揺らぎ、イーアンの水に沈めた腕に、ひゅるひゅると水が巻きつき始める。親方凝視。
ニコーッと笑ったイーアンは、水の中にトワォの顔を見て頷く。腕を上った水は、腕から離れて、桶より多くの水量と共に部屋の天井へ立ち上がる。
水飛沫は飛んでいるが、不思議とどこも濡れない。桶から上がる水の柱は、その形を小型のトワォに変えた。
『イーアン』
『トワォ。よく来てくれました!あなたに会えると嬉しいですね』
『トワォ。イーアン。ヨブ、来る』
はーよしよし、あーよしよし・・・イーアンは、桶からにょきっと出ている、海龍もどきちゃんの長い首を抱えて、笑顔でナデナデ。トワォも小さな頭を擦り付けて、笑っているような顔をしている。
この光景を見ている親方も、触りたい。透き通った体は、さすがに『水』といった登場だなぁ、と感心する。よーく見れば、トワォの額に指輪がある。そのまま埋め込んだような、小さな輪が薄っすら。
この前。海で練習に呼び出した時は、周囲も水ばかりだから、ここまで気にならなかった。だが場所が普通の部屋となると、感じ方が違う。
親方は、目の前に出てきた貴重な海の仔に、羨ましい視線を注いでいた(※基本、動物好き)。
『さて、トワォ。あなたに訊きたいです』
『何。うん』
『私の友達、グィードを知っていますか』
びっくりしたような目を向けて、トワォは少し固まる。それから頷いた。
『そうですか。あのね、グィードを呼びたいのです。出来ますか』
トワォは明らかに動揺していて、うーんうーん悩んでいる。イーアンが思うに、きっとグィードは別格なんだろうと思う(※女龍はさておき)。
『大丈夫です。イーアンが呼んでいる、と言うの。後はグィードが』
『コワイ』
『怖くありません。グィードは大きいけれど大丈夫。私と同じ龍です』
うーんと悩んで、イーアンが何度も『イーアンが呼んでいる』そう言うように、とお願いすると、トワォは頑張って了解してくれた。
イーアンは、トワォをたくさん誉めて『イーアン、って言えば平気ですからね』と念を押した。トワォは意志を固めたように、再び水を散らして桶に消えた。
やり取りが終わったらしい様子に、親方はベッドの向かいに座ったまま、イーアンを見つめる。
物言いたそうな目に笑ったイーアンは『これからグィードです』と教えた。親方は、何が起こっているのか、説明を求める。
「分からないですね。あの仔自体、本体がどこに居るのか。それとも本体と思っているのは、全て本当は、ああした変幻自在な状態なのか。
とにかく、ビルガメスに聞いたとおりにしていますから、グィードに繋がるでしょう」
「グィードはあの大きさだぞ。いくら何でも」
「前にですね。これもビルガメスに聞いたのですが、グィードの体の仕組みと言うか。それを教えて頂きました。タムズが体を縮めたりするでしょう?ああいうことらしいですよ」
親方、一瞬沈黙。少し考えてから『ああいうことって』それじゃ分からん、と続けた。
「私だって、ちゃんとは知りません。そう思っておこう、とその程度。グィードが海を泳いでいても、波一つ立てなかったではありませんか。だけど海を飲み込むと、体の外に・・・エラ?かな。通過したように海水が」
「覚えている。不思議な感じだったな。あれは、お前が今言ったように。つまりは肉体ではないと」
「そうとしか思えませんけれど、これまた不思議で、私が着用しているのはグィードの皮です。タムズも触れますし、体温もあります。どうなっているのでしょうね」
親方は女龍をじーっと見つめ『分からん』と言う。笑うイーアンも頷きながら『私も』と同意。二人で笑い合って入ると、水面が揺れる。ハッとしたイーアンが水を見ると、中に居る。
「来ましたよ。タンクラッドは、この部屋の中の、龍気以外を」
「いや、そうは言うが。俺だって、最近知らされて何をどうすりゃ良いのか」
「あら!来た!んまー、グィード。お元気でしたか」
急いで水に手を入れたイーアンの腕に、青黒い水が蛇のようにぐるぐると立ち上がり、腕を上がって、どんっと勢いよく離れると、部屋中にひしめくような青黒い透き通った水の龍が現れた。
半身どころか、首だけ出ているような姿。
それでも、実際のグィードに比べれば『超小さめ』イーアンは随分小振りになったグィードに驚く(※10kmくらいありそうな体⇒室内に首だけでも見える)。
そして桶の端っこにトワォもいる。水の色が違うから、別個の存在として水を介していると分かった。
『素晴らしい、トワォ!有難うございます。グィードは優しかったでしょう?』
『うん』
トワォはグィードの邪魔にならないように、小さく桶の端に引っかかっている。トワォの頭をナデナデしながら、イーアンは現われたグィードに顔を向けた。
『イーアン。なぜここに居るのか』
『龍気がありません。それで、あなたにお願いしたくてトワォに呼んで頂きました』
『龍気もないのに、中間の地に降りたか。変化が』
『はい。でもそれは、私の一存でもなく』
グィードは何かに気がついたように、それ以上は訊かず、後ろのタンクラッドに話しかける。
『時の剣を持つ男。今生、時の剣の主となった男』
驚くタンクラッドは、すぐに『そうなのか?』貴重な助言に訊ね返す。グィードは続ける。
『剣はお前。お前は剣。離れることは出来ないだろう。オリチェルザムを探し、役目の続きを果たしなさい』
「役目の。続き」
声として落とした呟きに、グィードを模した水は、静かに流れるような音を立てる。この音は『グィードが笑っている時』と二人は記憶していたので『今の助言は、ほんの触り』と察した。
『イーアン。私の龍気を渡そう。だが繰り返しなさい。その内に生きる水、その巡る分だけ受け取るだろう』
『繰り返すとは。今も、あなたの龍気を得ているのか。私は自然と体が楽に』
『イーアンは私の側。託された祈りの形』
答えが答えとも分かり難い、グィードの返事にイーアンは黙る。
部屋を覆う水の龍は、ゆらりと左右に揺れた後、頭の部分をイーアンの頭にジャボンと被る。上半身丸ごと、水の中に入ったイーアン。海龍の意外な方法に、固まる(※龍気渡す方法=まさか水被るとは)。
親方も、びっくりして腰を浮かせかけたが、近づくわけにもいかず。ハラハラしながら、水に包まれるイーアンを見守る。
この時。親方の心配一直線の気持ちは、見える形になって、部屋の壁も床も天井も伝っていたが、本人はそれどころではなく、全く気が付かない。
これに気が付いたのは、水の中から見ていたイーアンで、金色を含んだ水色のような光が、壁紙のように部屋中を伝ったことに、目だけ動かして驚いていた。
無論、グィードも、トワォも気が付いている。何も言わないが、彼らの感覚が親方に動いたのは、イーアンに感じ取れた。
感じ取れた・・・感じ取れた? あら、とイーアンがハッとすると、グィードの形の水はジャボジャボ音を立てて、イーアンから離れた。
『繰り返しなさい』
グィードの声が響き、イーアンが慌ててお礼を言おうとしたら、海龍はあっという間に桶の中へ入って消えた。トワォが残っていて、イーアンを見上げ『トワォ。グィード。リュ。ヘキ』そう言った。
龍気が戻ったのを感じながら、イーアンはトワォを撫でて『本当に有難う』とお礼を伝え、またお願いしますよと言った。トワォは了解してくれて、水に戻って消えた。
水を張った桶は、揺れた水面も僅か。ベッドの上に置いた桶を、そっと台に戻すと、イーアンはボーっとしている親方を見て、『終わりました』と微笑む。
「ああ。終わったのか・・・お前。大丈夫か、龍気は」
「はい。万全ではないですけれど、体の中に足りなかった分は戻った気がします。グィードも、その分だけと言っていました」
「グィードは強いだろう?お前にも近いとか、そんな話も聞いたことがある。それで、僅かしか龍気が戻らないのか?」
イーアンは首を捻って『直にグィードではない』と答える。本当のところは、イーアンも分からないのだが、こんなホログラフィー的な状態ではなく、直に会ってみれば違うような。
「でも私は、龍気をあまり敏感に取れないようなので、どうなのか。
とはいえ、かなり回復しました。普通に動けます。そして、きっと夜も光ります」
ハハハと笑う女龍に、呆然としていたタンクラッドも、思い出したようにちょっと笑う。
「驚きの連続だ。まさか、本当にグィードが来るとは。あんな形で来るなんて想像も出来なかったな」
「ショショウィは、そう思うと。少し小さくなっているだけで、毛並みなんかも、そのままに見えます」
女龍だけは触れもせず、近づくことも出来ないので、地霊の話は控え目に。
タンクラッドは頷いて『ショショウィの場合は、現物とほとんど差がない』とだけ教えた。実際にそう思う。しかし、水の相手は違うようで、水に身を模した状態で現われていると理解した。
「それにしても。初、ではないでしょうけれど。時の剣の力なのか。
あなたの力は私たちを、しっかり外から守って下さったようで。有難うございました」
イーアンはニッコリ笑って、タンクラッドに頭を下げた。親方は、またきょとんとして『何が』と訊ね返した。
分かってなさそうな親方に、イーアンはアハハと笑って『後で』と話を終える。知りたがるタンクラッドを往なしながら、扉を開けるイーアンは、親方の背中を押して部屋を出た。




