1079. 旅の五十六日目 ~騎士たちとミレイオの待機
何度も起きる夜を過ごしたドルドレンの朝は、シャンガマックに起こされる。
「お。あれ?ああ、シャンガマック・・・朝か」
「はい。おはようございます。もうそろそろ朝食です」
疲れていそうな総長に、褐色の騎士は少し遠慮がちに、時計を振り返って『ええっと。後10分くらいで食事処へ』と伝える。
ドルドレンは起こしてくれた部下にお礼を言い、すぐに行くと答えて彼を先に出した。
「夜明けに眠ってしまったか。夜中は、1時間ごとに目が覚めたから」
欠伸をして、洗面器代わりの桶に水を張り、ざぶっと顔に水を当てた後、顔を拭うと、ドルドレンは大きく息を吐き出す。
「イーアンは大丈夫だろうか。今日、連絡があれば良いのだが」
タムズの言い方では、何日も休むような感じだった。『何日だろう』ドルドレンに堪えるのは、毎日一緒にいる奥さんが、側にいないこと。
止むを得ないと分かっていても、一日一回は顔を見たいと思う。一回じゃ困るが(※本音)全く見ることも出来ないのは、心に重く圧し掛かる我慢の時間。
「心配だ。強い人だけど、顔を見れないと心配で仕方ない。会いたいなぁ」
のろのろと着替えて、1階へ下り、ホールで立って待っていた皆に挨拶すると、朝食へ出た。
「ミレイオは?」
いないな、とドルドレンが訊ねると、ザッカリアが答える。『昨日の夜、地下に帰るって言ってた』らしいので、先に食事にする騎士たちとバイラ、親方。
食事が運ばれてきたのを見て、親方がドルドレンに話しかける。
「あのな。さっきイーアンから連絡珠で」
「何?イーアン?もう回復・・・って、待て。何で俺じゃない」
「お前が『寝ているんじゃないか』と言っていたぞ。連絡しても出ないから」
えええ~~~~!!! ドルドレンは目をぎゅーっと瞑って、うんうん苦しむ(※奥さん逃した)。
同情したバイラに背中を撫でてもらいながら、苦しむ総長は、タンクラッドに奥さんからの報告を聞く(←イヤ)。
「回復したと言ってもな。まだまだ、戻ってこれる様子ではなさそうだ。
『明け方に意識が戻った』と話していた。おい、聞いてるのか。まだ戻らないぞ、イーアン」
「わ。分かってる。でも。こんな大事態に俺じゃないなんて」
はーはー息切れするドルドレンに眉を寄せた親方は、『お前は』と一言ぼやく。
「俺は3人目だぞ。イーアンはお前に連絡して、次にミレイオへ連絡したらしい。ミレイオも出ないもんだから、それで俺だ。順番で考えたら、俺が一番気の毒だ(※最後の手段的使い方)」
不満そうに言う親方は、首をちょっと振って『ヤなもんだ。親方なのに』と、文句を言って、運ばれた料理を頬張った。
「あー。それでな、後で。俺だけ空に上がるから」
少し言い難そうではあるが、親方はざくっと総長に切り込む。疲労した顔でハッとする総長に、ちらっと鳶色の目を向けて小さく頷く。もぐもぐする口を止めず、手をちょっとかざして『待ってろ』と言った具合。
「何でだ。お前は、炉場へ」
「仕方ないだろう。ビルガメスに呼ばれたんだから。俺が連絡に出たから、俺だ」
「お。俺、俺でも」
「でも、総長がいないと困ると思います」
ささっと口を挟む、褐色の騎士。あんまり人数がいなくなると、不安が募る。少人数になった時、大体困り事が起こる印象しかない。
横のシャンガマックに、視線を向けた総長は『お前まで』と言いかけて黙る。仔犬のような漆黒の瞳が、とても困っていそうな視線を返してきた(※仔犬ビーム弱い)
反対側に座るバイラも、言葉を選びつつ、総長を慰めるように『タンクラッドさんはきっとすぐに戻りますよ』やんわり、彼を行かせる方面へ話を続けた。バイラの言葉に、頷く親方。
「俺もな。イーアンもオーリンも抜けているこの状態で、放って行くのも気が引ける。用を聞いたら、早めに戻る。首都よりは近い(※真上)」
「そうか・・・呼ばれたのはタンクラッドか。
俺は昨日、勇者の冠を被っていても、役に立たなかったのに。そんな俺でも、地上に残っている意味があるのだろうか」
何やら思い出して凹み始める総長に、理由も分からないことが相手では、親方は声をかけられない。
それは他の者も同じだが、騎士たちもバイラも『勇者の冠付き・勇者』が無力さを嘆く朝に、別の方向で励ますしか出来なかった(※皆に愛される勇者)。
「タンクラッドさんは、どうやって上に?バーハラーもいないでしょう」
ハッと気が付いたバイラは、昨日の夜、彼の龍も戻ってしまったことを教える。タンクラッドは『ああ』と頷き『それは問題ない』そう答えた。どうも迎えが来るらしい(※更にドル凹む)。
食の進まない総長に、シャンガマックは自分も食べながら、せっせと彼にも食べさせて(※匙を口に寄せると食べる)とりあえず世話しながら朝食を進める。
こんな具合で始まった、誰にも原因の分からない、一大事の翌朝。
朝食を終えたあたりで、ミレイオが通りを渡ってくるのが見え、店の扉を開けたミレイオに『私、包んでもらう』と先に言われたので、皆は食事を済ませて表へ出た。ミレイオは、お店の人に料理を頼む。
「良いわよ。30分ぐらいで、宿に届けてもらえるみたいだから。それで?今日はどうするの」
すぐに店を出てきたミレイオは、皆と一緒に馬車のある裏庭へ向かう。バイラが、昨日の予定をもう一度お浚いし『私は報告書』と伝えると、タンクラッドを見て『彼は、呼ばれたので空へ』と教える。
意外そうなミレイオの目に、肩をすくめるタンクラッド。『イーアンとビルガメスの呼び出しだ』短く答えて、何か言いたそうな明るい金色の瞳を、無視。
「イーアンの意識が回復したようです。動くのはまだ先みたいで」
「そうなの?何でこいつなのよ。私は」
「ミレイオ。お前が出なかったんだとよ。イーアンがそう言っていた」
嫌味っぽい言い方に、ムカーッとした顔を向けるミレイオ。親方は『俺が出たから良いようなものを』と、面倒そうにも聞こえる、皮肉で呟く。
「はー。そう。私だって洗濯物抱えて戻ってきたのよ。あんたの臭うやつキレイにしてさ。珠取れるわけないでしょっ!
もういい、で?タンクラッドがいなくて?バイラは駐在所。で、私たちね」
「そうです。ミレイオは炉場へ行くと思いますが、今、単独行動は懸念もあります」
バイラの心配そうな声に、ミレイオも少し考える。『そうよね』騎士たちを見て、彼らを放っておくのもと額をかく。
『この子たちも、強い子たちなんだけどね。昨日みたいになっても、困るか』私がいても何も出来ないだろうけど・・・そう言ったすぐ、ザッカリアにくっ付かれて微笑む。見下ろすザッカリアの顔が困っている。
「ミレイオは一緒に居ようよ。タンクラッドおじさんも『すぐ戻る』って言うけど、その時間は人数がいないよ」
「そうだね。騎士4人、龍もいないし。動けるの、私くらいだものね」
分かった、一緒にいようかと笑顔を向けると、ザッカリアも嬉しそうに頷いた。
背丈は大きくなったけれど、中身は子供。得体の知れない現象に、何を見たわけでもなさそうだし、正体不明が一番薄気味悪いのは、大人だってそうなんだから、子供じゃもっとかと、ミレイオも思う。
さっと見た、騎士たち。フォラヴとシャンガマックも、同じように感じている気がした。ドルドレンはさっきから口数が少ないけれど、何となく、それは『イーアン』だろうなと(※当)見当を付けた。
この流れで、ミレイオと騎士たちは一緒に行動。今日はとりあえず、町の中で待機。バイラは駐在所へ行く前に、炉場へ向かい、伝言を伝えてくれることになった。
「じゃ。俺は先に行くぞ。早めに戻る」
タンクラッドは皆に軽く挨拶し、イーアンの連絡珠を握る。複雑そうな目で見つめる総長を見ないようにしながら、さっと腰袋に珠を戻すと『迎えが来る』短くそう言って、そそくさ裏庭へ出た。
「嫌な感じ。あいつっぽいけど」
「仕方ない。俺が起きなかったのだ。そして俺は役立たず」
げんなりする総長の言葉に、思わず笑いそうになったミレイオは、急いで真顔を決め込んで『そんなこと言っちゃだめよ』と彼の頭を引っ張り寄せ、よしよし撫でてやった(※顔笑ってるけど)。
間もなく、お迎え登場。『あ。バーハラーだ』ザッカリアは、空を見て指差す。
普通に、バーハラーが来た。
無表情だが、親方も『何でだろう?』と思いつつ(※男龍が来ると思ってた)とりあえず迎えに来た龍に乗り、さーっと手を一振りし、空へ上がって行った(※予想と違ったから静か)。
「いつもと同じじゃないのさ。何よ、『迎えに来る』とか言っちゃって。男龍でも来るみたいに」
ミレイオはちょっとケチを付け、フフンと笑って総長を見ると『普通だったわね』と、彼を安心させるように言った。総長も、少し微笑んで頷いた(※見透かされてる)。
それから、バイラが出かけ、騎士たちは宿に残る。
ミレイオの朝食が届いたので、ミレイオはホールで食事。椅子に掛けた5人は、昨日のことを誰ともなく話し始め、これまでにない奇妙さに不安を感じていた。
ここで、ミレイオ気が付く。『ドルドレン。さっきあいつ、イーアンと連絡してたでしょ』ボケッとしていた皆。一様に、ハッとした顔を見合わせた。
「そうだ。今ならイーアンと」
「そうよ、うっかり見てたけど、そうじゃないの。早く連絡してご覧」
ドルドレンは精気が出てきたように少し笑顔が浮ぶ顔で、いそいそ腰袋の玉を取り出すと、早速イーアンを呼ぶ。
皆が見守る数秒間。パッと総長の顔が明るくなって、元気な灰色の瞳が仲間を見渡した。皆も笑顔で、小さく拍手(※良かった、良かった)。
ドルドレンはずっと笑顔で、時々、心配そうな顔をしたけれど、連絡を終える頃には元気になっていた。
「イーアンも、同じように思ったようだ。タンクラッドが動いたから、俺がもう起きたと思ったらしく、同時に連絡を取った」
以心伝心に喜ぶドルドレン。満面の笑みで、会話の内容を皆に伝えた。皆、びっくり。『え。大丈夫なんだ』『でも朝は』ミレイオとフォラヴが声に心配を出す。ドルドレンは遮って頷いた。
「戻って来てくれる。龍気は低い状態らしいが、本人が言うには『知恵で乗り切れる場面はそうしよう』と。龍気はこっちでどうにかするそうだ」
「どうにか。なるの?龍がいないのに」
「いる。中間の地であるここに、一頭だけ。巨大なのが」
あ、と声を上げるミレイオ。ドルドレンも少し笑顔を控えて『グィード』と名を伝えた。
「グィードに会えば、イーアンは早く回復すると言っていた。『私と同じような龍』と、自分でも話していたから」
「でも、どうやって行くんですか。グィードは海にいますよ」
シャンガマックが移動手段のことを気に掛ける。早々、海に辿り着けるわけもない。肝心の移動手段は使えない現状。総長は頷く。
「それが。この前の、何だっけ。トワォ?トワォか。あれに頼むらしい」
「トワォ!あの仔にどうにか出来るの?」
驚いたミレイオに、そうみたいだよ、と笑うドルドレン。『俺も分からないが。イーアンがそう言っていた。彼女は留守の方が心配らしいし』とにかく帰って来てくれるよと微笑む。
「無理をしないと良いですが」
心配そうに呟く妖精の騎士に、ドルドレンも同じように思うと伝える。
「だが。思い出せ、フォラヴ。シャンガマック。ザッカリア。
イーアンが無理をしてでも動く時、必ず立ち向かうだけの何かを持っている。戦う意志だけではなく、何かを打ち負かす策や準備を整えていた。
彼女が自分から来る、と言ったのだ。絶対に大丈夫だ」
そして、思う続きは控えた。イーアンが無理をしてでも動く、それは―― その後に何かが起こると、彼女が予想している時でもある。
ニコーッと笑ったザッカリアは、心底ホッとしたように『良かった!イーアンが来る』と喜んでいた。
フォラヴとシャンガマックも顔を見合わせ、微笑んだ。しかし彼らの胸中には、総長と同じ記憶が蘇ってもいた。
ミレイオは一人。はっきりと、昨日の出来事が終わっていないであろうことを感じ取っていた。
お読み頂き有難うございます。




