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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
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1078. イヌァエル・テレンと空の子

 

 イヌァエル・テレンで眠るイーアン。昏々と眠り続ける女龍は、多頭龍の背中の上。(ついで)にミンティンも背中の上。


 ミンティンとイーアンが眠るアオファの背の上に、男龍も一人寝そべって二人を見ていた。



「君はいつも、どうして。その龍気を授けられた運命だろうか」


 タムズは肘を突いた上に頭を乗せて、眠る女龍と青い龍を眺め、それから下方の離れた場所にいる、オーリンとガルホブラフを見た。


「彼らも一生懸命だった。これから・・・もう少し()()()を増やしておいた方が良いだろうか」



 一緒に戻ったショレイヤたちは、また別の場所。

 タムズは龍の島に、イーアンたちを連れて戻り、ファドゥはタムズに後を任せ、自宅へ帰った。


 正確には、タムズが『ジェーナイがいるんだから』と説得して帰らせたのだが。ファドゥはとても心配そうで、最後まで『自分も一緒に』と言い続けていた。


「ビルガメスとルガルバンダも・・・ああ、また来た」



 イヌァエル・テレンに入ってすぐ、彼らも気に掛けて側に来たが、タムズは『皆がいても意味がない』と追い返した。


 ビルガメスは案の定『うちに』と言い始めたが、タムズがじーっと見ていると、言わんとすることを理解したようで、不服そうに帰って行った。


「子供も男龍になったばかり。一緒にいるのに。この状態のイーアンを家に連れるなんて。

 龍の島でもないと、ここまで減ったら()()()()()()()にもならないくらい、ビルガメスだって分かりそうなものだ」


 面倒そうにぼやいたタムズの目に、さっきから感じていた大きな龍気が、形をとって映った。


「大人しくしていれば良いのに」


 一晩に何回来る気なんだろう・・・さっきも追い返した。その前も。面倒だと思いつつ、寝そべる体をそのままに、やってきたビルガメスとルガルバンダを迎える。


 彼らは、アオファの背中に降りると、タムズをちらっと見てからイーアンの様子を話し合い、ミンティンを撫でて、それからタムズ(※嫌味言うって知ってるから最後)。


「何だね。そう簡単に回復しないよ」


「お前のその態度。何て面倒そうなんだ」


「実に面倒だよ。何回来るんだ。同じことばかり言わせて」


 タムズの態度に、ビルガメス、ムスッとする。ルガルバンダも一度目を瞑ってから、静かに深呼吸して、寝そべったままのタムズに一言注意する。


「お前はまだ若いのに。どうしてそう」


「若さなんか、この状況に関係ないだろう。何を言い出すのかね。とにかく今夜は私がここにいるんだから、二人は戻っていてくれ」


 明日の朝にでも来れば、と聞こえるようにぼやくタムズ。もう、二人を見てもいない。嫌味を交えてタムズは続ける。


「ビルガメスもルガルバンダも。分かっているくせに。

 以前とは違うじゃないか。イーアンはもう、最初の頃の龍気の比ではない。私たちが何人かいたところで、ここまでカラっぽに使い切ったら、目を覚ますまでどれくらいかかるやら」


「彼女は強い。龍の島にいれば、もう」


「今、そこで寝ている。寝てるんだ。見て分かるだろう?少しは、待っていられないのか。

 強くたって、島にいたって、回復しなければ眠り続けるだけだ。()()()()()()()なんか、ないぞ」


 目を覚ますまで、島で寝かせてあげれば? 

 少し怒ったようなタムズの言い方に、ビルガメスの目が据わる。『早く帰れ』と、言われている気がしてならない(※当)。



 ルガルバンダは、イーアンを見つめ『手伝いに行けたなら』と、終わったことを寂しそうに呟く(※貴重な、後悔する男龍)。

 さっと彼を見たビルガメスは『俺だって思いは同じ』しかし無理があると、すぐに加えた。タムズも黙っている。


「分かっている。でも、ここまで」


「それも。俺も同じように思う。ルガルバンダ。

 しかしもし、俺たちが行っていたら・・・俺たちの分の龍気を、誰が支える。アオファくらいだぞ。

 イーアンが倒れるまで、ミンティンがこれほどまで龍気を使うことが、()()()()()()()()()()ら。それは誰が」


「理解している。()()だと」


 ビルガメスを遮ったルガルバンダは、大きな男龍を見上げて、『分かってるよ』と頷いた。


「あの反応のガドゥグ・ィッダンは『連動』する。ニヌルタが押さえに行っているが、シムも出たし。どうなったか」


 タムズはそれも気になる。ビルガメスとルガルバンダが、ここにいるということは、恐れはないのだろうが。ビルガメスは空を見上げて『何も。大丈夫だろう』とだけ答えた。


「ニヌルタの力を得た、シムも一緒だ。二人いれば、どうにかなる。

 イーアンが()()()()は、調べた方が良いだろうな。()()帰って来ているかもしれない」


 タムズは黙る。イーアンを見つめてから『私たちよりも大きな龍気を』あんなに長い時間、放出し続けた、と呟いた。


「ミンティンもいたから。ガルホブラフも3日は眠るだろうな」


 会話が同じ部分を繰り返すので、タムズは二人を見上げて『もう戻るように』と告げた。不満そうな二人に『朝になったら、交代してくれ』と譲歩すると、彼らは不承不承従い、この夜は諦めて戻った。



 一人残ったタムズ。頭を乗せていた肘を伸ばし、いつも眠るように横向きに体を倒し、目の前にイーアンとミンティンを見る形に落ち着く。

 上になった方の翼を大きく広げると、自分とイーアンを包むように、翼を乗せる。


「君は。()()()と、ビルガメスが前に言っていたけれど。今はもう、大丈夫なのか・・・でも一応ね」


 無敵に近い女龍と知っていて『冷える』なんて。そう思うと可笑しくて、自分で言いながら少し笑った。


「ゆっくり眠りなさい。君の体は、私たちよりも早く。老いて・・・いや。言うまい」


 タムズは金色の瞳に長い睫を伏せて、小さな吐息をつくと、そのまま眠りに就いた。彼女にあまり、負担をかけないようにと、心から願いながら。



 *****



 イヌァエル・テレンの、その上。ニヌルタとシムのいる場所は、ガドゥグ・ィッダン。魔物も決して、入り込めない別の場所。


「シム。この場所は問題ないだろう。次の階へ上がる。俺は行けるが、お前は」


「うむ。俺も次は知らん。ニヌルタと同じ力なら、俺も()()のか」


 行かないと分からんと答えるニヌルタに、シムは大きな遺跡の中で立ち止まり『ここから上がるのか』と彼に訊ねた。


「そうだ。この上は俺もまず。いや、ほぼ行ったことがない。上がってすぐ、会えれば問題ない」


「待とう。俺に影響があるかも知れない」


 シムは遠慮する。ニヌルタが若い頃に、このガドゥグ・ィッダンに居続けた話は知っているが、その上の続きまでは、今日初めて耳にした。シムは『自分の範囲ではない』と判断する。


「よし。じゃ、お前は戻れ。俺は上がる」


「気をつけろ、ニヌルタ」


 そうだなと笑顔を向けたニヌルタは、シムと一緒に立った部屋の、中央に進み出る。大きな空間の真ん中に孤立した島状の床が浮いていて、続く橋はそこにない。

 ニヌルタが浮かび上がって、その中央にある床に乗ると、床の下の淡い光は青白く噴き上がり、彼を包んですぐに消えた。


()()を守る男龍。ニヌルタ。お前の帰りを戻って待とう」


 シムは消えた床に乗った友達に挨拶すると、そのまま大きな遺跡を出た。




『上がった』男龍は、光が静まるのを待ち、落ち着いた時に周囲を見渡した。


「何度見ても、美しいことと、恐ろしいことを感じる」


 限られた回数しか見ていないが、着いてすぐに目に付くのは、うねる龍のように、大きな光の取り巻く世界。輝く色は赤も青も黄色も緑も、全ての色を縁取りに動き回り、耳に届く全ての音は、大気を震わす声が満たす。


「ニヌルタ」


「俺だ」


 入ってきた男龍の名を呼ぶ、大気中に散る声。ニヌルタは目を閉じる。ここにいると、全ての感覚が混ざる。音が見え、見えたものが聞こえ、感じたものが外から戻る。


「空の子。ガドゥグ・ィッダンが動いた。ここへ戻ったか」


「戻った。そして戻る」


「ふむ。一度帰ったものを、また戻すのか」


「一つになる時は先」


「そうか。俺の続きは」


「龍王を待て」


 おお、と声が漏れるニヌルタ。空の子に告げられるとは。頷いた男龍に声はもう一度掛かる。


「ニヌルタ。ガドゥグィッダンの最後の守り手。制止と破壊の男龍。時はまだ流れる。進めよ、先へ」


 声は体に触り、目を開けた見える全てに色が散る。ニヌルタは『俺も戻ろう』と告げると、彼の足元は光に包まれ、瞬く間にその体を消した。



 *****



 夜明け前。風が吹く音に、女龍の目が少し開く。ボーっと、自分が何をしているのかを思い浮かべる。


『イーアン。恐れることはない。龍王を望め』


 急に頭に響いた声に、ぱちっと目を開けるイーアン。声は続く。


『眠る力を呼べ。魂は龍王のある道へ』


 誰、と思うイーアンは動かないまま、目だけを動かす。自分に掛かる大きな銀色の翼を見て、真横にいるタムズを感じる。タムズは眠っている。そして反対にミンティンが眠る。背中の下はアオファ。


 誰の声?頭の中で呟く声は、返事を受け取らないまま途絶えた。不思議な声だった。



 体は動かないが、意識は戻ったイーアン。そっとタムズに顔を向ける。夜明け前の吹き渡る穏やかな風に、彼の長髪が遊ぶようになびく。ここはイヌァエル・テレンと理解した。


 イーアンは、彼が連れて来てくれたのかと分かり、静かに片手を動かすと、眠るタムズの顔に触れた。

 ふっと上がった長い睫を見て、奥に輝く金色の瞳と目が合う。イーアンが微笑むと、タムズの目がすーっと開いて彼も微笑んだ。


「イーアン・・・もう」


「体はまだです」


「喋らなくても良いよ。良かった」


 タムズの大きな手がゆったりと動いて、小さな女龍の顔を撫でる。タムズは嬉しそうに一層微笑み『龍気が』最低限の龍気が戻っていると教えた。



「タムズ。今・・・声が」


「うん。何だろう。ビルガメスたちが朝に君を迎えに」


 冗談めかして囁くタムズは、遮った言葉の続きを言いたそうなイーアンを見て、黙って頷く。


「頭に。『龍王を望め』と。『眠る力を呼び、魂は龍王の道へ』」


 タムズは女龍の静かな声に、心臓がどくんと動く。『龍王』小さな声で聞き返した、大きな言葉。イーアンは、仰向けに寝かせた体をそのまま、顔だけタムズに向けた状態で少し頷いて見せた。


「誰が?」


「分からないです。頭に響いて。目が覚めました」


 忘れないように、あなたに伝えたと言う女龍にタムズは少し考えてから、彼女のお腹に置いていた手を浮かせ、また彼女の頬を撫でた。


「もしかすると。まだ、君に話すかどうかは、私の独断では言えないが」


「はい。待ちます。急ぎません」


 タムズの言う『もしかすると』の意味に、今回の()()()()()が絡んでいそうな予感を得たイーアンは、いずれ自分も知るのだろうと、どこかで理解していた。


「君は」


 タムズが言いかけてすぐ、さっと頭を浮かせ、足が向く方の空を見た。『もう来た』嫌そうな言い方に、イーアンは大きな龍気を感じたのもあって、その意味にちょっと笑う。


 笑う女龍に目を戻したタムズも笑っていて、首を傾げながら『待ちきれなかったみたいだ』と呆れたように伝える。



 そうして、あっという間にビルガメス到着。


「お前たち。笑っているが。俺がどれほど待っていたか」


 少し機嫌が悪そうな顔つきで、タムズを跨ぐと、イーアンの頭の上に屈みこみ、目を開けた女龍の笑顔に微笑む。顔を撫でて『龍気が戻ったか』と訊ねた。


「まだ、体は」


「良い。話せれば良い。もう少しこのままでいろ」


 ビルガメスはタムズを見て、イーアンの上を覆った翼をぺしっと叩くと、嫌そうな顔のタムズはさっと翼を畳んだ。


「お前たちに知らせる。ニヌルタが戻った。彼の伝言だ」


 タムズの目が光る。イーアンも何か分からないなりに、その言葉に緊張した。大きな美しい男龍は、朝の輝きに体を照らしながら、揺れる髪の毛に包まれて、静かに伝える。荘厳な音楽のような声で。


「龍王だ。『空の子』が龍王を求めるように、俺たちに伝えた」


「空の子・・・・・ 」


 呟くタムズの声が、驚きに満ちている。イーアンは彼を見てから、ビルガメスを見た。



「イヌァエル・テレン。ここは龍の世界」


 女龍の言葉に、奥のある意味を感じ取ったビルガメスは頷く。


「そうだ。俺たちとお前の守る世界。この世界に龍王を」


お読み頂き有難うございます。

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