1076. 職人の魔物退治と戦利品・空に伸びた筒
人間を見つけると、襲いに来る。だから引き寄せたのかもね・・・森から戻る帰り道に、ミレイオは二人に話す。二人も荷物を引きずり、ミレイオの話を聞いている。
あの後、3人は奥から迫ってきた魔物を、その場で倒し続けた。
イェライドが想像以上に動けると知った、ミレイオとオーリンは、彼を自由に戦わせるために援護に回った。倒した数は、二人で7頭。イェライドは4頭だった。
さすがに疲れていそうな若い職人に、ちょっと労いをかけてから『これ。回収しようか』と笑いかけたミレイオ。
言葉も出ないほど、息が上がっているイェライドが苦笑いで頷いたので、『もう一頑張りよ』と励まし、3人は休むことなく、魔物の体を解体した。
そして、回収したのは奇妙な背骨。肋骨は貧弱で取る価値がなさそうだったが、背骨は青っぽい灰色の金属質。それに網目のような筒状だった。
見るからに『これにしない?』の奇妙さ抜群の様子から、頭を切り離して肋骨を外し、取った背骨を戦利品とした帰り道。
「魔物にもいろいろあるけどさ。ほとんど頭みたいなヤツだったな」
オーリンは引きずる何本かの背骨を見ながら、魔物の外見を思い出す。
「正体、なんだろうね。頭が3分の1くらい占めてさ、体も手も大きくないじゃない。走ったり跳んだりするから、足は太かったけど。変なトカゲみたいな形。
背骨が異様にがっしりしてるから、頭支えるのは、ここだけだったんでしょうね」
帰ったらイーアンに訊いてみようと、ミレイオは思う。炉場を出てからの時間があまり分からないが、イェライドは疲れたのか、口数が少ないので、訊き難い。
「大丈夫?もう、工房見えてきたわよ。これ、炉場に運んであげるから、あんたは今日はもう」
「いや、いい。俺も炉場へ行く。折角倒したんだ、皆に見せてやらないと」
疲労した笑顔を向ける若い職人に、ミレイオも微笑んで『そう』と答えて頷いた。彼は本当に頼もしい。こんな人たちがいる町は、安心かもしれないと思えた。
こうして、3人は一度工房へ入って、水を飲んで数分休むと、イェライドが馬車を出してきて、回収した背骨を積み込み、歩いてすぐのはずの炉場へ馬車で戻った(※お疲れ)。
ミレイオもオーリンも。一つ、気になっていることがあったが、この時それを口にはしなかった。
炉場へ戻ると、時間は3時半を過ぎたくらいだった。
馬車から降ろした背骨を持って、3人は職人たちが作業する場所へ入る。『戻ったか』一人の職人が立ち上がり、帰ってきたのが人間だけじゃないことに、眉を寄せて笑い始める。
「何だそれは。魔物か?」
「どうした、魔物がいたのか」
最初に声をかけた50代くらいの職人の『魔物』の一言に驚いた、他の職人も反応して、戻った3人を見て驚く。
「何を持ち込んだ。これ、骨?倒してきたのか」
「そうだ。親父を襲ったやつだ。探したわけじゃないが、こっちが見つかったらしい」
だから倒したよと、疲れながらも皆に説明するイェライドは、口々に質問を浴びせる仲間に答えつつ、ミレイオとオーリンを見て『この人たち。凄い強いぞ』と誉めた。
そこからは、ミレイオが炉場の裏でも見せた、威力ある『銃』の話と、オーリンの小さな弓の話を続け、イェライドは彼らの力がなかったら、自分だけでは無理だったと仲間に伝えた。
「でも、ないわよ。この子、かなり動けるもの。充分、戦えるの。ちょっと驚いた・・・変わった方法使うのね」
気になっていたことを差し挟み、イェライドの言葉を誉め返すミレイオ。見上げた金髪の職人は、前歯のない笑顔で『あれか』と頷く。オーリンも、彼の使ったあの正体を知りたいので、黙って聞いている。
「あれは俺の工房で出る屑だ」
「屑。屑って?何の」
「研ぐ時にさ、ナイフとか剣とかな。研ぎ方によっては、粉が出るんだ。あんたたちなら知ってそうだけどな、それだよ」
『袋の中は、屑だけじゃなくて』と、あっさり教えてくれるイェライドの説明によると、魔物に投げつけた袋の中には、金属の粉と火打石の欠片が入っているらしかった。
それを聞いて、ミレイオもオーリンも納得。二人とも経験がある。材料は違うだろうが、そうした現象は何度か、自工房でも見ていた。でもそれを、武器の一つとするとは。
オーリンは少し心配が過ぎる。これは、イーアンにも知らせておこうと思う話だった。
イーアンが懸念していた『火薬』。
この世界、一般に存在していないもので、オーリンは偶然に作って使っていた。それに気が付いたのはイーアンだけで、彼女は『誰にも存在を知らせない方が良い』と言っていた。オーリンもそう思う。
今回、イェライドが用いたのは『発火』だったが。
あれにもう少し手を加えれば。材料を加えてしまえば、ミレイオの教える『肋骨さん(銃)』に応用するだろう予測は、そう、突飛でもない気がした。
これをすぐに、この場で言う気になれないオーリンは、正直に教えてくれた若い職人に『それ。凄いことだけど、扱うの難しそうだから気をつけろ』とだけ伝えた。彼は笑顔で『そうだね』と頷いていた。
それから、イェライドが仲間に聞かせる話の横、ミレイオとオーリンは、戦利品を拭きにかかる。
オーリンが以前、北西支部のイーアンの工房で『イーアンは、持ち帰ると全部拭く』それを手伝ったことがあるらしく(※581話参照)ミレイオも何度かそうした場面を見ているので、これは拭いておこうとなった。
ふと、ミレイオは前に聞いたことを思い出す。オーリンには言わないでおくが、これも帰ったら確認しようと思う―― 魔物って。イーアンが触ると聖別みたいな状態・・・とか。聞いたような。
それを思い出し、もしそうだとしたら、他の誰かが折角、集めても無理な話で。
「どうなんだろう」
呟く独り言に、オーリンが顔を向ける。ミレイオはすぐ『何でもない』と微笑み、とりあえず拭くだけ拭くに専念した。
この日。ミレイオたちは、4時過ぎまで炉場で過ごした。
4時を回ったので、オーリンと一緒に『今日は町営宿へ戻る』とイェライドに挨拶し(※いいよ、と許可を受ける)二人はギールッフの職人たちと、明日の約束を交わし、馬車で宿へ戻った。
*****
町営の宿に着いた荷馬車。馬車置き場に預け、ミレイオとオーリンが宿に入ると、まだ誰も戻っていなかった。二人は宿の従業員にそれを聞いて、顔を見合わせる。
「遅くない?バイラは・・・まぁ。警護団の仕事だろうけれど」
「もう5時回ってるな。イーアンたちも、ちょっと遅いか。ミンティンとイーアンなら、もう戻っても良さそうな時間だ。館長に捕まったか。
分からないのは総長たちだな。見回りって、ミレイオ言ってたよな」
「朝、話した時はね。警護団に相談して、地区回るようなことだったけれど」
オーリン、少し黙る。ミレイオも同じ。二人は黙ったまま、外へ出て空を見上げる。薄い雲が張った空は所々、夕焼けの色が見える。
「魔物、出てるか」
「ここからだと分からないわ。私、そこまで遠くは感じないもの」
「俺も。どうする、手伝い欲しいかも知れないぞ。探すか」
黄色い目で、並ぶミレイオを見るオーリン。ミレイオも小さく頷いて、馬車に戻ってお皿ちゃんを出すと、すぐに乗った。オーリンも裏庭で、ガルホブラフを呼ぶ。
「続くな。さっきもだし」
「まだ、そうと決まってはいないでしょ」
ミレイオはそう言いながら、何か気になったのか、お皿ちゃんに乗ったまま、すっと馬車に入ると大きな鞘を持ち出した。
ガルホブラフが来たオーリンは龍に乗り、ミレイオも、大きな武器の鞘のベルトを体にかけると、龍に続いて空へ上がる。
「それか。マーシュライ」
「そう。普通に戦うなら、盾か、これか。肋骨さんも良いんだけど、相手によるじゃない」
やけにデカイ武器を背負った刺青パンクに、オーリンは『この人に敵おうと思わない』と心の中で呟いた(※無理はしないタイプ)。
空へ上がってから『ガルホブラフ、総長たちは』オーリンが訊ねると、龍はちらっと背中の友達を見て、すぐに向きを変えた。
「いるぞ。ショレイヤたちを出しているんだ。すぐに見つけるだろう」
「ね、でも。魔物の気配が全然・・・私が変なのかしら」
騎士たちが龍を出しているままとすれば、それはこの時間。魔物退治中だろうと判断したミレイオは、それでも魔物の気配を感じないことに、怪訝に思う。それを言うと、オーリンも首を振って『俺もだ』と答えた。
「魔物退治じゃないのかな。何か問題があったとか」
「うーん・・・そんな感じだな」
オーリンの答えに、さっと彼の顔の向く方を見たミレイオは、前方の集落上空に龍がウロウロしている姿が見えた。
『あらやだ、いるじゃないの』気が付かなかった・・・と、言い続けられないミレイオ。口を半開きにして、その場で急いで止まる。
「何。何なの、どうしたの」
ミレイオは凝視する。オーリンも一旦、龍を空中で止め、黙って見つめる。
「俺、彼らと連絡取れないんだ。ミレイオもか?」
「無理ね。イーアンがドルドレンと繋がるけれど、私たちはイーアンとしか」
二人の前。上空に浮ぶ龍数頭と、その背中に乗る騎士。しかし、集落の真上にいる彼らは、集落ごと、何かに包まれていた。
さながら、地面から空に向かう、透ける筒が伸びたよう。そこだけ色が薄い。
龍は何度も何度も、筒の中を行ったり来たりして、騎士たちも心なしか焦っている様子。とはいえ、ミレイオたちが見える向きでも、気が付いていない。
「近づくの。やめた方が良いよな」
「でしょうね。この前の・・・そうか、あんた、いなかったんだ。砂漠の次元がこんな感じだったわ」
ギョッとした顔で見る龍の民に、目の前の奇妙な様子を見つめるミレイオは頷く。『似てる』何だろうねと、苦虫を噛み潰したような表情で溜め息を付いた。
「どうする。イーアンに連絡するか」
「うーん。そうよね、とりあえず。彼女に知らせて。ドルドレンたちは、私たちにも気が付いていないでしょ?彼らの龍も」
ミレイオの言葉に、オーリンも首を傾げる。『龍が閉ざされる・・・なんて』どんな状態だろうと呟いた。まだ、総長たちなら分かる。人間だったり何だったり。完璧、違う種族ではないから。
でも、龍は――
ちょっと横を見ると、ミレイオは既に交信しているようで、手に珠を持って頷いている。少しすると、明るい金色の瞳を、さっとオーリンへ向け『もう近いみたい』と教えた。
何も出来ない状態で、二人はただ、目の前の騎士たちを見守る。龍が右往左往する様子は、ガルホブラフも複雑そうだった。
夕暮れは、徐々に空を暗く染めてゆく。雲の多い空に、暗さが増すと、どんよりと気持ちも重くなる。
イーアンたちが来るまで、どうも動けない二人。考えてはみたが、あの空気の筒の理由なんて分かるはずなかった。
「ホーミットは?」
「来てるなら、とっくでしょ。中に、シャンガマックがいるんだもの。
でも来てないのよ。ってことは、アイツの範囲とは違うんだと思う」
砂漠の時は、彼が助けに来たと聞いているので、オーリンは『もしや』と思ったが、ミレイオはあっさり否定する。
ミレイオもホーミットが『こういう場面に来そうなのに、何でだろう』と疑問はあるが、どうにかなるなら、とうに来ているはずである。
暗くなる辺りに心配する二人は、ようやく、後ろから近づく大きな龍気を感じる。
「来た!イーアンだ」
「ミンティンと、タンクラッドもいるから。ああ、良かった!とりあえず」
と、ミレイオはまた言いかけて、これも中断する(※最後まで言えない3度目)。
ぐんぐん近づく白い光。ハッとするミレイオ。『あ、やばい』この状態はと、オーリンに顔を向ける。オーリンも後ろを見て、目を丸くした。
「怒ってるぞ」
二人は慌てて、道を譲る。真っ白い光は猛速で突っ込んできて、二人の真上をかっ飛んで抜ける。
「今の見た?すごい怒ってたわよ!」
「総長が閉じ込められたからだ」
ものすごい怖い顔してた、と二人で怯え合っていると、後ろから青い龍に乗った親方が到着。
「何だ、あれは。また、けったいな」
『暢気ね、あんた』まったりした親方に、ぼやくミレイオ。
親方は前を見ながら『イーアンがな。何か知っているようだから』安心するようにと、二人に言う。
『あの子が?』筒に突っ込んだ女龍に、顔を向けたミレイオ。見てすぐ、ゲッと声を漏らす。
白い光のイーアンは、筒の周りを高速で何周か飛んだと思ったら、あっという間に地上へ滑空し、筒の出ている地面の輪っかに向かって、もうもうと白い光を渡し始めていた。
「何してるの?白いの、龍気?」
ミレイオが眉間にシワを寄せて、横の親方に聞いた途端、親方も『うわっ』の叫びを残して、突然動いた青い龍に連れて行かれた。
残されたミレイオとオーリン。何が起こっているのか、分からず、ただ見守る。
青い龍はイーアンの白い光の塊の後ろに入り、イーアンが地面に注ぐ龍気を、呼応でどんどん増やす。
龍の背中の親方は、降りるに降りられない。何だ、何だ、と分からずに叫ぶが、イーアンも龍も無視。
分かるのは、イーアンの顔が非常に怒っていることと、『必死だ・・・ 』その横顔が、焦りに包まれているのを見て取った。もしや、と気が付けば、青い龍も金色の目が光るほどに力を出している。
「何が起こったんだ。そんな、とんでもない事態なのか」
誰より間近で見ている親方は、ハッと上を見上げて『ガルホブラフ!手伝え』と叫んだ。
言われたガルホブラフも、状況を知ったようで、乗り手の止めるのも聞かずに一気に降下し、女龍の龍気に呼応を手伝い始める。
「どうしたんだ、何してる。お前も龍気が」
慌てるオーリンは親方を見て『どうしたんだよ』と大声で訊いたが、親方は首を振って『とにかく龍気がいるんだ』と、それだけは分かることを伝えた。
二人の前。二頭の龍と女龍は、集落を包む大きな輪に、どんどん立ち上がる白い光を増やす。それはもうもうと上がる煙にも似て、しかし眩く夜を照らす地上の星のようだった。
曇り空に伸びた筒は光り輝き、白い龍気に覆われて、雲に反射するそれは、遠くから見るギールッフの町でも騒ぎになるほど、異様な輝き方だった。
こうして。この動きが始まって、1時間もする頃には、筒状のそれは白い龍気に包まれて消えて行った。
消えたと分かったのは、ショレイヤたちが飛び出してきたからで、それを見たミレイオは、大急ぎで彼らを抱き締める。
騎士たち皆が無事に出てすぐ、地上に突っ伏す龍を見て焦り、その名を叫んで降りた時には、イーアンとミンティン、ガルホブラフは力尽きたように、その場で動けなくなっていた。
親方とオーリンは、龍気を使い果たしたイーアンと龍たちに、必死に呼びかけていた。
お読み頂き有難うございます。
今日。ミレイオの絵を活動報告に載せました。でもまだ、刺青や彼らしい雰囲気のない、土台の鉛筆画です。
もしご関心がありましたら、どうぞいらして下さい。
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皆様に心より・・・・・他の言い方はないのか。もっと感謝しているのに、言葉が単調で歯がゆいです。
皆様。それはでも、これを召して下さった数名の、あなたですため。何と申せば良いのか。
実名で感謝出来ないことを、この場において了承下さい。心より、毎日感謝して。




