1075. 海蛇お仲間情報・剣職人イェライドと魔物退治
抱え込まれた姿勢で、翼を出して飛んだイーアン。親方にしっかり掴まるように言ってから、笛を出してミンティンを呼んだ。
「体勢がきついでしょうが、もう暫くお待ち下さい。今動くと危険です」
「お前に抱えてもらうと、なんとも思わんが。お前を腕に包んだまま飛んでいると、二の腕が・・・痛い」
格好としては。親方は、イーアンをひょいと抱え上げたので、お姫様抱っこ。
で、丸められた背中から、翼を出したイーアンに驚いた親方は、急いでもっと丸め込む(※イーアン、むぎゅうって感じ)。
つまり、親方は懸垂状態で自分の体重(※100kg近い)を支えて、抱えたイーアンに、しがみ付く形で浮んでいる姿。
もう『女龍を抱き締めてる』とか、そんな喜びも、余裕もない。胸筋と二の腕が、痛くて仕方ない数分。
ハハハと笑う辛そうな親方に(※笑顔が強張ってる)イーアンは『もうちょっとだ』と励まし、やってきた青い龍の上に、ぽいっと親方を任せた。
「お疲れ様でした。ミンティンに乗って休んで下さい。はい、篭を」
片手に通していた篭を渡し、腕を揉んでいる親方を労う。『年だな、こういう思ってもない筋肉の使い方すると、いきなり痛む』困ったもんだと、苦笑いするタンクラッド。
「館長が。思ったよりも、動きが素早くて。私もびっくりして」
「本当だな。彼はミレイオよりも、10くらいは年上に思うが。さすがに、好奇心が強いと侮れない」
二人でアハハハと笑って、帰りはのんびり戻る、空の道。
帰りは2時間くらいを目安に、無理せず戻ろうと話していた時、親方はふと思い出したことがあり、それをイーアンに教える。
「館長と俺が、ショショウィのいた谷の神殿で。お前に話していなかったな」
なんだろう、と思ったイーアンは、知らないと答えると、親方は頷いた。
『トワォだ。お前の指輪にいる・・・ 』そう言って、自分の右手中指にある指輪に視線を動かしたイーアンに『実は』と話し始める。
話を聞いたイーアンはちょっと驚いた。親方も、この前に言おうと思っていたけれど、宝とトワォで時間が一杯だったため、今になったようだった。
「では、館長は。トワォのような種類を見ていると」
「そう話していたな。現地では『海蛇』とかな、その噂が恐れられていて。調査をしたい彼は、一週間かけて、そこまで行く船を捜さないといけなかった・・・と、言っていた。
着いた矢先で、中から出てきた『海蛇』に驚いて、小船は転覆。大慌てで海面に浮かんだ時には」
「既に消えていたと。それからはもう、その仔は戻らなかったのですね」
「らしいな。特徴は、最初に話したとおりだ。少しトワォと異なるから、やはり別のものだろうが、種類は同じ気がするな。ビルガメスは、龍の端くれは一頭ではないような言い方だったんだろ?」
そうです、と答えるイーアン。青い指輪を見つめて『きっと。何か理由があってその仔たちは、そうした遺跡に』と呟く。
「海にいる、とビルガメスが言ったなら、海にある遺跡で会う可能性は今後もある。
ミレイオは今まで見たことがないと話していた。あいつも、海の遺跡を調べた回数は多いらしいのに、地域もあるのか」
親方の話を聞きながら、イーアンは不思議そうに指輪を見ていた。
――私は龍だから、お友達もつるっつる(※毛ない)。出会う仔、皆がつるっつる・・・ウロコちゃんがお友達の自分は、きっとこれからもウロコちゃん系の出会いなんだろう――
黙るイーアンは、じーっと指を見たまま、そんなどうでも良いことを考えていた(※毛が生えてるお友達もほしい)。
なにやら考え込んでいる女龍を眺め、親方は思う。彼女は自分の出会いが、どんどん龍たる立場を固める気がしているのかも知れない、と(※違)。
『空』という、重い責任を背負う彼女に、自分は少しでも力になれるように、いつでも側にいよう・・・そう、改めて思う親方(※違×2)。
考え込んでいるイーアンをそっと見守り、暫く無言の飛行時間を過ごした(※イーアンは、フサフサのお友達を想像中)。
*****
二人が外出している頃。炉場の職人の一人に、昼休み後、連れられたミレイオとオーリンは、彼の工房を見に行っていた。
昼食中の話。
『親方とイーアンは、どこへ行くのか』を訊ねられた二人は、少し考えた後に『龍で首都まで』と、距離を無視した、移動手段つきの短い返答をした。
ギールッフの町の中だと思い込んでいた職人たちは、少々の時間『行き先が首都&龍で移動』の返事に騒いだものの、落ち着きを取り戻した2分後。
首都にも自分の親戚がいると、言い始めた職人がいて、ミレイオはハッとする。
急いで腰袋から、住所の書いてある紙を出し、彼にそれを見せると『ああ、これ。俺の伯父さんだ』あっさり笑顔で教えてもらえた。
ミレイオは、首都で炉場を訪ねた時、ここと同じように関心を持ってくれた職人たちに受け入れてもらい、滞在中は良くしてもらったことと、別れ際に『近くへ行ったら訪ねて』それで、紙を渡されたことを話す。
『そうだったんだ。じゃあ、良いじゃないか。『泊まりは町営宿』って言っているけど、ミレイオたちだけでもうちに泊まれよ。
俺の家はここから近いし、わざわざ朝夕、時間をかけて炉場に来なくても済む』
え、それは。ミレイオとオーリンはちょっと固まる(※積極的)。
戸惑っていそうな間合いに、相手の職人は笑顔で『食べ終わったら、工房を見に行かないか』と誘い、答えを悩むミレイオたちに、自分の工房で寝泊り出来ることや、帰ってからも気になっている工程は、すぐに作業できる様子を教えていた。
そうしたことで、彼の押しの強さに負けた二人は、昼食後。お宅へ、お邪魔することに決まり(※断り切れなかった)お昼過ぎに徒歩で向かって、お宅拝見。
首都で親戚も気に入ったなら、それはもう、友達みたいなもんだから――
そうは言ってくれるけれど。
ミレイオは遠慮がちに『この前。あんたじゃない人たちが、宿泊の話していたから』あんたじゃないと思っていた、と言ってみると、彼は振り向いて、『フィリッカは俺の従兄弟』と笑顔。
「フィリッカも俺の工房を使う。彼の工房は近くだ。同じような造りだから、俺も彼も工房に人を泊めることは出来るよ。フィリッカが引き受けたら、うちにも余った人を呼べばいいやと思っていた」
彼は気さくに笑顔で話しながら、もう言えることも消えた、ぎこちない二人の来客を家へ通し、家族にさらっと説明し(※オーリンとミレイオは恐縮)母屋から距離のある林へ進むと、木々の中に建てた大型の工房へ入れた。
「俺の工房は、昔は樵の家だったんだ。樵のおっさんが住んでいたけど、年取ったもんだから、町に移ってさ。
だから俺が工房にしたんだよ。家は今、紹介したあっちだけど、家族は専らあっちで生活。俺はこっちばっかり入り浸りだ」
ハハハと笑って、素朴な丸太小屋に客人を入れた職人は、続く奥の部屋も招く。
「こっちが本業だ。表の見えるところは木で作ってあるが、俺は火を使う。石造りの工房じゃないとな」
ミレイオたちが入った部屋は、床も壁も全部が煉瓦。天井は高く、長く使っているのが感じられる、大きな部屋だった。
「見える?ほら」
職人は扉をくぐったすぐ、後ろを見上げるように二人に言う。そこには高い天井だからこその、吹き抜けにした空間に作った2階があった。
「あれ。ベッド?あそこで寝るの?」
「そう。広いんだぜ。友達も来るからさ。4台くらいはベッド運んだんだ。ミレイオもオーリンも・・・タンクラッドも、あそこで寝れる」
俺は良いや、と小さい声で呟くオーリンに、咳払いで被せたミレイオは『素敵だわ』と笑顔で誉める。
さっきからフレンドリーな、この職人はイェライド。前歯が一本折れていて、唇の怪我も黒く残った、まだ生々しい傷を持つ、威勢の良い男。
彼の説明を聞きながら、工房を案内してもらったミレイオは、ちょっと聞きにくかったことを訊ねた。
「話。少し変わるんだけど。お父さん、魔物の被害に遭った人。この近くで?」
「ん?ああ、親父?いや、殺されたのは、うちのもっと向こうだよ。
親父は、ここらの山の手入れが仕事だったからさ。手前は森だけど、ここを抜けると鉱山に続くんだ。
鉱山の方から出た魔物だろうな。俺は用があったから、その近くにいたら親父に会って。そしたら、話している最中で」
イェライドは何てことなさそうに、片手を動物の口のように形作ると、自分の顔に被せる真似をした。
それを見ているミレイオとオーリンは、笑えない。彼はちょっと笑っていたが、二人とも何て言えば良いのか難しく『そうだったの』と答えるのが精一杯だった。
「うん、まぁ。俺はナイフや剣を作ってるし、いつも持っていたからさ。その場で倒したけど。
手斧くらいの武器じゃ、あの魔物には間合いに無理がある。『民家にも剣は置くべき』と思ったね」
困ったように言葉少なくなった来客に、イェライドは壁の時計を見上げて『行ってみる?』と誘った。ミレイオたちがハッとすると『魔物が出たところ』と屈託なく言う。
「平気なのか。嫌いだったみたいだけど『やっぱり親だから』ってことで、倒したんだろ。同じ場所に行くの、無理するな」
「俺はそういうの、全然ないよ。気にしなくて良いよ。魔物がどこから出たのか、まだいるのか知らないけど。あんたたちが倒しているなら、連れて行くのも無責任じゃないだろ?」
オーリンの気遣いをさらっと往なして、イェライドは笑みを浮かべたまま、煉瓦の壁に手を置いて続ける。
「これから。あんたたちが町を出た後も。きっと魔物が襲うだろう。いつが終わりか分からないんだ。
俺は戦う。死ぬ気で戦えるんだ。戦えない人間もたくさんいるが、俺は彼らも守れるようにしたい。俺の剣は戦うためにある。
今、教えてくれる人たちに会えたんだから、この機会に、しこたま学んでおきたいと思う」
だから、親がどうとか小さいこと言ってる場合じゃないよ・・・本当に気にしていないような、彼のすっきりした言い方。
思うところあっても。
オーリンは頷き『分かった。じゃ、行くか』と受け入れる。横に立つミレイオを見て『何かあったら、宜しく(※持って授かった力でどうにかして)!』そう頼むと、ミレイオは苦笑いで了解してくれた。
そして3人は、イェライドの父が襲われた現場、森の奥へ向かった。
魔物が出る地点まで、歩いてもそれほど長い距離ではなかったが、それは現場へ到着する前に立ち止まることになったからだった。
ミレイオは気がついた。すぐ、そこにいることに。
「オーリン。魔物見ておく?」
「何だ、そうかよ。やっぱそうか」
前を進んでいたイェライドは、二人の会話に振り向き、目を見開く。ミレイオとオーリンは、立ち止まった彼の前に進み、若い職人に『魔物が側にいる』とだけ教えた。
「分かるのか?どこだ。何匹」
「どうなんだろ。分かるだけだと2~3頭じゃないの」
「向こうから来てそうだな。まだ増えるかも」
イェライドの質問に、ミレイオは『近くには2~3頭』と答え、オーリンは『もっと奥から近づいてくるのもいそうだ』と教えた。
「どうするんだ。もう倒すのか」
イェライドはちょっと彼らの格好を気にした。二人とも武器が。オーリンは弓を持っているが、ミレイオは『銃』と呼んでいたあの小さいものだけ(←肋骨さん)。
この至近距離で、イェライドが見た大きさの魔物を、小さな打撃の武器でどうにかする気なのかと、若干心配もあり、遠回しに訊く。
「ミレイオも、オーリンも。飛び道具だろう、今持っているの」
「うん?ええ、そうね。マーシュライは持ち歩かないから」
「何それ・・・ああ、何だっけ。バイラと総長を痛めつけた武器か」
オーリンの『マーシュライ』への説明に、やめてよ、と笑うミレイオ。とりあえず、後ろを向いて『大丈夫よ』とイェライドに言う。
「彼が心配そうだから。最初の一頭は、もう倒すわよ」
若い職人の気にしている顔を見たミレイオは、安心させるために微笑む。
その言葉にオーリンが答える前に、足元の石をちょいちょい拾ったミレイオはすぐ、肋骨さんに石を装填し、片手に構えて枝茂るそこへ向けて撃った。
引き金の音が響くと同時に、飛び出てきた巨大な口。耳を劈くような吼え声に、ミレイオは片目を瞑って『煩い!』ともう一発撃つ。
飛びかかった魔物の勢いか、急所で死んだその重さでか。
魔物はミレイオに襲い掛かる形で、口を開けたままミレイオの頭を飲み込む。『ミレイオ!』上半身が魔物の口に入った、それを目の前にしたイェライドが、叫んですぐ。
音もなく一面を照らす青白い光と共に、魔物が撥ね散る。一秒後の光景に、イェライドは息が止まりそうになった。
「潰したか」
オーリンが笑う言葉に、青白い模様を顔と体に浮ばせたミレイオがちらっと見て『仕方ねぇだろう』低い声でぼやき、体の光が戻る。
「潰しちゃったら、材料取れないのに」
「あの口のヨダレまみれなんか、冗談じゃないわよ」
危なかったわよ!と、服を気にするミレイオ(※服にヨダレはイヤ)。オーリンは、地下の力って怖いなぁと思いつつ、苦笑いで『後は俺がやるよ』と前に出た。
2mほど後ろで見ているイェライドは、何がなんだか。今の光は。今のミレイオは。何者だ、この人はと頭の中で混乱中。はーはー息切れして見つめる相手が、ちょっと振り向いて目が合い、どきっとする。
「今の、他の人に言わないでね。いつもは普通だから(?)」
「い、いわない、言わない。誰にも、でも。何で?ミレイオは何」
「イーアンも龍でしょ。いろいろあるのよ、世界は(※濁す)」
ミレイオは魔物を倒す前と同様、少し困ったように笑って、それだけ言うとオーリンに向き直る。
短い会話の後で教えてもらったにしても、イェライドはまだ胸がドキドキする。
『人以上の力の持ち主』と理解した、その畏れも消しきれなかったが、ミレイオが味方であることを必死に意識して、自分を落ち着かせた。
若い職人が、初めて見た、畏れ多い力に気持ちを翻弄されている中、オーリンは小さな弓を構える。
「俺が分かるところで、こっちと・・・その奥。合ってる?」
弓職人が指差した木々の方向に、合ってる、とミレイオが頷く。オーリンは弾用の腰袋に手を突っ込んで、弓に幾つか乗せると、連射で撃ち始めた。
オーリンの弓の弾き方があまりに早くて、イェライドは目を丸くする。
彼が放って飛んだ矢の石も見えない側から、さっきと同じ吼える声が弾けるように響き、あっという間に大口を開けた魔物が突っ込んできた。
牙が何列にも並ぶ口。それしかないような魔物と向かい合うオーリンは、目を逸らさない。
片手に持った石をガンガン放って、凄まじい勢いの連射で顔が砕ける魔物が、彼の寸前で止まるのを見ると、すぐに真横から走ってきた同じ魔物にも、石礫を連射し、魔物の足がもつれ、オーリンの足元に滑り倒れるのを踏みつけて止めた。
「ここにはこれだけだ」
弓職人が構えた弓を下ろす。イェライドは、彼の弓を心配した自分が甘かったと反省。こんなヤツもいるのかと驚く。そして――
ミレイオとオーリンがハッと気が付き、イェライドを振り返った時。若い職人も、自分のすべきことに気が付いていた。
ぐるっと真後ろを向いたイェライド。彼がやるんだ、と分かったミレイオたちは動かない。
頭上の枝を駆け抜けて飛びかかる姿を現した魔物に、イェライドは腰の剣を鞘から抜き払い、もう片手に持った何かを投げつけ、それを剣で切り飛ばした。
飲み込む勢いで開いた口の手前、イェライドが最初に振った一撃は、魔物ではなく何かを切り裂き、それと同時にバッと赤い炎が燃え上がる。
魔物が叫ぶ瞬間に、若い職人は魔物に跳び上がり、目一杯、剣を突き立てると、一気にその首を切り裂いた。
「わーお」
ミレイオびっくり。『へぇ、マジかよ』オーリンも小声でちょっと笑って首を振る。
ずしんと落ちた魔物の巨大な首の上。イェライドもそれを蹴って、横の草むらに着地した。荒い息を整え、自分を見ている二人に顔を向けると、前歯の折れた笑顔を送る。
「俺も。そこそこイケるだろ?」
ハハハと笑った若い職人に、ミレイオたちも笑って頷いた。




