1074. イーアンと親方のお使い ~首都資料館
やってきたイーアンは、ミンティンと一緒に町から離れた場所へ降り、そこで待っていたタンクラッドにご挨拶。
親方がミンティンに乗ったのを見てすぐ、イーアンは『これを持っていて下さい』手に持っていた篭を渡す。
「何だ、これは。お前も座れ」
「いいえ。私、飛べますので。疲れていないし。でも荷物があると飛びにくいから、すまないのですが、それを宜しくお願いします」
イーアンはニッコリ笑って、座布団の入った篭を押し付けると、目の据わっている親方をそのままに『首都へ急ぎますよ』の一声で向きを変えて飛び立つ。
イーアンめ・・・(※読まれたと知る)心の中で思うものの。ミンティンもイーアン側なので、ドルドレンの最近の話も思い出しつつ(※青い龍に攻撃受けた)。とりあえず親方は、黙って従うことにした。
首都への道のり。飛んでしまえば、わけもない距離で、イーアンはミンティンに頼んで急ぐ。
現在地まで、日数だけで見れば20日使って首都から移動しているが、その間、同じ場所に滞在している日々もあるし、足止めを食うこともあった。
遠回りというほどではないにしても、途中、別の場所へ立ち寄りもするし、そう考えれば『直接だと・・・もう少し、短縮しています』改めて日にちを思う、イーアン。
それに飛ぶとなれば直行便である。『道関係ありません』これが実に早いと、毎度実感する。遮るもののない空で、せいぜい魔物くらいが、時間に揺さぶりをかける存在でしかない。
――馬車で動く一日の距離は、8~9時間で40~50kmくらいだと思う。休憩時間を入れたら、一日/40kmちょっとが平均か。
20日間全部が動いていないとなれば、想像するに600~650km程度のような。
それさえ、道に沿っていない距離を含む。警護団へ寄ったり、冷泉へ移動したりの例外も入れると、街道から出たり、戻ったりもある。
実際に、首都からギールッフまでどれくらいか、知る由無くても、『直線距離=半分以下の距離』と考えても良さそうだった――
「こうして飛ぶ分には。山も、川も、回り道しませんもの。
そう思うと、ぐるーーー・・・っと、山や岩壁を回って、道を進む馬車の距離は、かなりの長さです。日数が掛かっても仕方ない」
「イーアン」
独り言をずーっと喋っている女龍の横に付いた、青い龍。その背中のタンクラッドは、イーアンに『お前はさっきから距離のことを』と言われる(※独り言がデカイ)。
「あら。聞こえていましたか」
「俺に話しかけていると思って、返事をしていたが、一向に気付かないから、違うと知った」
アハハと笑うイーアンに、親方も笑う。『お前はいつもそうだ。独り言も夢中になって』そう言うと、少し黙る。
親方が何かを言いたそうにしているので、イーアンは『独り言はもう大丈夫』と笑顔で、会話を促す。
「うむ。さっきな、炉場で。鎖帷子を作る男が、魔物の材料をどう使おうかと相談してきた」
「鎖帷子ですか。バイラにちょっと、見せて頂いたくらいですね」
「そうだろう?俺も特に気に掛けたことがないから、言えることは少なくてな。ミレイオが盾なもんだから、そいつはミレイオに使い方を訊いたんだ」
「ミレイオは何て」
親方は、一度控え目な溜め息をついてから、女龍を見て『ミレイオはお前の名前を出したが』続く言葉に、専門じゃないから、あれこれ知恵はあるにせよ、期待してくれるなと断っていた・・・と、教えた。
イーアンも、少し眉を寄せて頷き『鎧は。私も旅に出る前から気になっていた』と打ち明ける。
「鎧作りだけは、この仲間に居ません。するなら私でしょうが、私も補修程度の知識しかありません。それも、習ってもいないのです。
この国の鎖帷子となれば、もう、全く作りが異なりますから、私はミレイオの配慮に従います」
「うむ、お前はそう言うと思った。ミレイオもやんわりだが、相手に断ったがな。彼は『知識があるなら、一緒に考えてくれ』と伝言を頼んだ」
イーアンは親方に向けていた顔を前へ戻し、何やら懸命に考えている。親方が見るに、自分の知識を探って、何かしら、役に立とうとしていると見て取った。
「無理するなよ。命を守る防具だ。下手なことでお前の善良な手助けが、何かの折、裏目に出されても困る」
「ええ。私もそれは避けたい。ただ・・・製作過程最初、魔物の材料の扱いくらいであれば、お伝え出来そうです。どんなに考えても、鎖帷子は手が出せませんから」
金輪を繋いだだけの防具、と言えばそこまで。しかし繋ぎ方もあれば、使う金輪の材質や、太さや径で、柔軟な鎧と化すものでもある。
金輪は2~3万個を使うのが普通。古代の方法と現代の方法、いずれもイーアンがいた世界基準で、その時代による変化しか記憶にないが、バイラの使用する鎖帷子のような品を、その職人が警護団に卸している話(※でもバイラが言うには、団員はほぼ使わない様子だけど)なので・・・・・
「ふーむ、とすれば。ここは金抜きでしょうか。あれもまた、私が手出しした経験がありません」
「イーアン、無理はするなよ」
「はい。しません。でも、提案手前の試しに『材料を調整する』、そこはお手伝い出来るかもと思いまして」
タンクラッドはイーアンの知識に、時々本当に恐れ入る。イーアンが言うには、以前の世界が情報の開かれた場所だったお陰らしいが、それでも記憶している量が膨大に思える。
「お前は、女龍として生きることになったが。それでも、一端の職人だとつくづく感じる」
「素晴らしい誉め言葉です。有難うございます。しかし龍ですため、この世界では、職人業に精も出せません」
二人でハハハと笑い合って、時間があったら一緒に炉場へ行こうと親方が言うと、イーアンは了解した。
「首都への道、半分くらいは進みましたか」
下方に見える景色に見覚えがあるので、イーアンは飛びながら訊ねる。『そうだな、もう半分』話しているとあっという間に感じるが、1時間は経ったようで、太陽も午後の日差しを投げる。
「俺もだが、お前も食事をしていないだろう。首都へ着いたら、何か食べよう」
「店頭販売や、お店屋さんの前に長椅子があるところも多いです。そこで簡単に食べてしまいましょう」
イーアンは、以前オーリンと一緒に魚の串を買った話をして、シャンガマックからも聞いた『館長が奢ってくれたヨライデ料理』の話もする。
聞いているだけで、腹が鳴るタンクラッド(※腹ペコ)。早く到着して、早く食べようと決定。
「採石に行く時は、全然腹なんて減らないんだが。最近は怠けたもんだ」
笑うタンクラッドに、イーアンも笑って『ミレイオが食事を大切にするから』と、いつも3食作ってもらえる有難さを誉めた。
食欲に負けた二人は、急ごう、早く、と速度を上げて、笑顔で首都の食事を目指して飛んだ(※時速150km以上)。
急いで飛んだお陰もあり、イーアンとタンクラッドは首都の見える場所まで来た。『2時くらいかな』親方は体内時計で、時間を感じる。
「早くしないと、食事処が休憩に入るな。どうする。ここから資料館へ、龍じゃ目立つだろう」
「ミンティンは大きいですからねぇ。仕方ない。資料館の近くで私があなたを支えて降りるか・・・その方がまだ、目立たないかしら」
前、それでオーリンを降ろしたけれど、そこまで騒がれなかったと話すと、親方は『そっちの方が良い』と言うので、とりあえず資料館の上を目指した。
こういう時は役に立つ、親方センサー。『あれが、そうだろう。あの館長が居そうな気がする(※レーダー)』親方がミンティンに教え、イーアンも横に付いて飛ぶ。すぐに鄙びた素っ気無い建物が見えてきた。
「素晴らしい。よくまぁ、すぐに見つけられて。そうですね、あの建物」
「何となくだ。あの癖のある男が居るに、打ってつけのように感じる」
二人で笑いつつ、資料館の上まで来て、イーアンは親方を背中から支える。親方も篭を持って『じゃあな、ミンティン。後でだ』青い龍に挨拶すると、二人はそのまま真下へひゅーっと降りた。
ちょっとだけ、人目が付いて驚かれたけれど。でもまだ都民にも記憶に新しい『龍』の話で思い出してくれたのか、二人が逃げねばならないほどの騒ぎはなかった。
「ここが資料館だが。とにかく食事だ」
親方はイーアンに篭を返し、翼を仕舞ったイーアンを振り返る。イーアンもニコニコして『何食べよう』と嬉しそうにしている。
少し考えた親方は、『一緒に来るか』と訊ねた。はて、と思ったイーアンが見上げると、『お前。首都にいた時、まだその姿じゃなかっただろう。ここだと目立つな』と言う。
「そうでした。でも、はい。一人になる方が、万が一の時、上手く対処出来ない気がします(※逃げるしか出来ない)」
「そうだな・・・隠れるにも、怪しいしな(※木陰に人影状態)。じゃ、『何が食べたい』と探さないで、そこらの店で調達するか。俺の側にいろ」
思い遣りとはいえ、イーアンを保護する親方は、真横にイーアンを並べて歩く、その二人時間に微笑む。
東の町・ブリャシュでも、こうして一緒に魚を買いに行ったな・・・・・(※506話参照)
あの時、俺が金の数え方を教えて、イーアンは初めて、自分で買い物したんだ。
そんな思い出も遠く感じる。俺の幸せな時間は短かったと、しみじみ思う親方。
ちらっと真横を見て、大きな白い角が輝く頭にちょっと笑うと、その角を一撫でし、見上げた女龍に『お前はすっかり龍らしくなって』と伝える。イーアンもニッコリ笑って頷き『中身は一緒』と答えた。
その答えに親方は『そうだな』と笑いながら、資料館の路地裏を出たすぐにある、屋台じみた店へ向かい、イーアンに驚く店主に『こいつは肉が好きだから』それを先に言い、続けて『龍の女だ』あっさり暴露。
え、暴露。イーアンがびっくりしていると、お店のおじさんは、しげしげイーアンを見つめて『本当だね。龍の人じゃないか!』驚きつつも、嬉しそうに笑顔を向けた。
そして親方が思ったとおり。イーアン用に、大きな肉の刺さった串をこんがり焼いてくれた。
「龍の女が、うちに食べに来たよ」
笑顔で喜ぶおじさんは、親方とイーアンに肉の串をそれぞれ渡し、親方がお金を支払うとすぐに『こんなの食べれる?』と、調理台をごそごそして、ボウルに山盛りにした揚げたエビを見せた。
即、イーアンが喜んだので、おじさんも喜ぶ。
そして親方に『半額でいい(※商売)』と告げ、苦笑いする親方がお金を払い、イーアンは、揚げたエビのボウルも受け取った。おじさんは、揚げた芋もちょっと付けてくれた。
そこに座って食べなよ、と長椅子を勧められて、満面の笑みで、肉とエビと芋を食べるイーアン。親方も笑顔のまま、美味しく全部を食べ切った(※この間、おじさんは近所に自慢する)。
「行くか。しっかり食べたしな」
「はい。お腹一杯」
おじさんにボウルを返して、お礼を言って手を振り振り、イーアンと親方は資料館へ戻る。
「お前と一緒だと、何かしらもらうな」
「それは皆さんが、龍の女に肖ろうと思うからかも」
龍になる前からそうだったぞと、親方が言うので、イーアンはそうかなぁと思いつつ、『それは皆さんが、良い人だからだ』と答えた。
親方は、そんなイーアンを見つめ、確かにこの顔を見ていると、何か食べ物をあげたくなるなと思った(※角はあっても顔はワンちゃん的)。
資料館は5分も歩かない場所だったので、二人はそのまま玄関へ向かう。
玄関に入る前。親方はイーアンを見て『俺の後ろにいるか、屋根の上にでもいるか』と、イーアンに選ばせた。
「お前は観察対象だ。今や、お前の姿は」
親方が言いかけた直後、ハッとして顔を暗い館内に向けた時には、もう遅かった。
肉眼で見えないくらいに暗い館内(←照明ケチる)から『ああ!』の一声が聞こえ、ビビったイーアンは、同じく慌てた親方の腕で、彼の背中に押しやられる。
「イーアンじゃないか!あ、タンクラッドさんも(※こっちが手前なのに見えてない)。どうしたの」
館長は素早く駆け出てきて、背中に隠されるイーアンを見ようと、親方の左右にウロウロする。親方も困って『そんなに追い詰めるな』と注意するが、館長は『おいでおいで』と誘き出すのに必死。
「凄い進化したでしょう!ちょっとしか見えてないけど、角と体の色が変わって(※がっちり観察)」
「ちょっと落ち着いて聞け。用事があって来たが、イーアンは付き添いだ。狙うな」
「爪は?あの長い爪はどうなの」
「話を聞けっ!」
親方の体にまで手を伸ばし、後ろ手に回されたイーアンを捕まえようとする館長に、親方も叱る。
館長は不服そうに(?)背の高い男を見上げると、『いいから、俺の体を離せ』と命じられるまま、親方のお腹から手をどかした。
「まだ、ここに居てくれて何よりだ。バニザット・・・シャンガマックのことで来た。彼との約束で、南の遺跡へ行くんだろ?ここから出発すると」
「明日明後日に出るつもりです。今日から閉館で。護衛の人が夕方に来たら、打ち合わせですよ。
明日だったら出発していたけれど、道は単純ですから。海までそれほどでもないかな」
館長の発言に、親方とイーアンは少々考える。
「海まで。相当あるだろう。普通に馬で2週間くらい掛かるんじゃないのか」
ちょっと簡単に計算されている気がして、親方は言い直すと、館長は後ろのイーアンを見たくて気にしつつも、中へ入って地図を見るようにと言う。
親方にがっちり守られながら、二人は暗い館内で地図を見せてもらう。壁に掛かった大きなテイワグナの地図は、人の背丈くらいの位置から天井までの高さに伸びている。
「今。首都ですから、ここ。で、シャンガマックと約束したのは、ここ」
「結構あるぞ。あっさり着くわけない」
「タンクラッドさん、見えるかな。これ、分かりますか?ここね、約束の場所まで山というかさ。崖ばかりなんだけど、ギザギザした・・・こんなのあるでしょ」
タンクラッドもイーアンも、ゲッと思う。
まさかこの人、また危険な道を行くのかと館長を見ると(※この前、怪我した)館長は二人の顔を見て笑った。
「馬車じゃないから。私と護衛は。ここはね。細いけれど道があるんですよ。この中をずーっと下りて行くと、海に出るんです。海って言うかな、南のこの辺に。だから2週間も要らないんだね」
「だが一週間程度でもなさそうだぞ」
「そうだねぇ・・・えーっと。8~10日程度じゃないのかな。あなた方は今は?どの辺まで行ってるの?」
大体、ここまでどうやって戻ったと言われて、親方はちょっと躊躇った後『手伝いがいた』とだけ答える。それから現在、総長たちはこの辺にいると教えた。
「え。ギールッフか。そうなんだ、ゆっくりだね。やっぱり馬車だと、大回りしないといけないから」
「急ぐ旅でもないし、目的はこの国の、魔物退治と魔物の製品の普及促進だ。ちょくちょく滞在もする」
あーそー・・・館長はうんうん、頷いてから、馬車で通るだろう道を指差して『南の遺跡まで6日くらいじゃないか』と話す。
「皆さんが、もう少し先かと思っていました。だから、ちょっと待たせる気とは、考えていたけれど。
シャンガマックには『到着したら、一週間近くは見ておいてほしい』と伝えてあったんですよ」
親方に隠れて聞いているイーアンは、この館長さんはマイペースなんだなと思った(※相手、一週間待たせるつもり)。それは親方も思ったようで、軽く咳払いして『そうか』とだけ答えていた。
この後、親方はイーアンを館長に見せないように頑張りながら、必要な話をある程度確認し、館長さんの手紙を預かる。
そして、用事が済んだので帰ると告げた途端。イーアンを見ようと迅速に回り込んだ(※俊足)館長から、イーアンを抱え上げて守ると、急いで逃げた。
イーアンも怖くて、大急ぎで外に出たタンクラッドに『飛びます』と言うと同時に翼を出して、飛びかかろうとする館長(※研究者は諦めない)を間一髪で交わし、親方に掴まらせる状態で、お空へ飛ぶ。
遠ざかる資料館から、負け惜しみのように叫ぶ館長の声がいつまでも聞こえていた(※『翼があるのか!』『次に会ったら!』『待っていなさいよ!』その他いろいろ)。
お読み頂き有難うございます。




