1073. 旅の五十五日目 ~魔物製品の輸入と製作と
翌日から、ドルドレンたち騎士は、職人組の滞在期間中『魔物退治専門の騎士』として、アギルナン地区の集落も含め、警護団員と一緒に、地域の見回り業務をすることにした(※騎士、特にやることない)。
それはバイラにも相談し、昨日の魔物退治報告の際に、駐在所の団員とも話そうと決まる。
「警護団は大歓迎でしょうね。龍に乗った、百戦錬磨の騎士が味方について、一緒に地域の安全を見てくれるんですから、断るとは思えません」
バイラは朝食の席でそう言うと、フォラヴたちを見て『この際だから、駐在所に来る団員たちを、指導しても』と提案する。
「どこまで私の意見が通るか、分からないですが。
本部でもそうだったように、指導も必要だと思うんです。龍に任せられると勘違いしたら、今の警護団じゃ何もしなくなるし。
総長たちがいる臨時の期間に、今だからこそ学べると知ってほしいですね」
そう言いながらも、バイラは懸念もある。総長たちの装備は魔物製品で、現時点で警護団の装備とは桁違いの強さを誇る。
それを理由に『騎士には装備が整っているから自分たちと違う』と、魔物退治に腰の引ける団員もいそうで。
ここの駐在所に来る団員は、あの砂漠の餌食になった警護団施設の団員で、まだまだ人任せな態度が否めない上、魔物の話を遠ざけたがる様子も、あの日の書類に目を通して知った。
ギールッフの逞しい人々のように、団員も少しは、自分たちで戦おうとしてくれると良いのだが。
「バイラ。警護団はハイザンジェルから輸入したのだろうか」
幾らかの懸念を思い浮かべていたバイラに、総長が遠慮がちな質問をする。ハッとしたバイラは、すぐに頷く。
「輸入の手続きは終えた様子です。だけどまだ、届いていないような」
「輸送経路は山越えだろう?海を通すほどの遠回りはないと思うが」
「私も経路までは知らなくて。でも、本部に通った、あの一週間近い日々の間に、魔物資源活用機構に手紙を出していましたから。手続きの完了も、数週間前に報告書類で回っていますし、恐らく、動いているとは」
「どれだけの数がくるか。それは分からないにしても、早めに入ると良いな」
総長も了解して微笑む。オーリンを抜いた職人組の3人は、その話を聞きながら、口は挟まないものの、自分たちが出来ることは急ごうと考えていた。
最初に輸入した時は、一週間くらいで到着した。旅に出て20日目辺りで、ギアッチが『出せる』と連絡をくれた、その一週間後。首都で受け取ったのだ。
だが今回の数。どれくらいの量を、頼んだのか分からない。初回は、すぐに出荷可能な数だけを頼んだのだ。
改めて注文したとなれば、10そこらの数ではないだろうことは、分かる。
首都で過ごした時から、もう3週間ほど経つが。しかし作っていると擦れば、3週間で、どれくらいの数が揃うのか――
「作ったほうが早そうね」
食事を終えるミレイオは、ぼそっと落とす。タンクラッドも静かに頷いて『俺もそう思った』と返した。
向かいに座るイーアンも聞こえている、二人の会話。
作ったほうが早い・・・自分の担当は『鎧』か~と思うと、これはどうしたら良いのか、まだ答えが出なかった。
でもイーアンも同じことを思う。急場しのぎなら、作り慣れたハイザンジェルから取り寄せた方が、よほどしっかりした品を手に出来るが。
ばんばん、輸入出来るのかと言うと、テイワグナで作り始めた方が早いのだ。それも、ミレイオたちがいる間に。
皆の朝食が済んだ後、イーアンは出発。
『空に上がったら、すぐにオーリンに来るように言う』とミレイオに約束し、皆に見送られ、イヌァエル・テレンへ向かう。
「やれやれ。今日は午後も動きます。親方と首都とは・・・あの方は、コルステインがいるというのに、まだまだ何かが引っかかるのか。始祖の龍に、解決法を教えて頂きたいものです(※投げる)」
ドルドレンも昨晩は消沈していた。
やきもちではないにしても、そりゃ、奥さんが横恋慕(※生まれ変わっても横恋慕)と出かけるのだから当然と思う。
早めに行って早めに帰る、と言ったら『そうではない。タンクラッドは、イーアンを股間の上に乗せるのだ。あれは慣れない』と嘆かれた。
イーアンは『ああ、それ』と思う程度まで、どうでも良くなっていたが(※親方股間座席<男龍皆さん・常に全裸)伴侶が嫌がるのは分かる。
自分は飛べるから・・・と前置きし、『一緒には座らないと思うが、万が一、座るとしたら座布団挟む』と提案しておいた。
ということで。イーアンは、今日の荷物に座布団も持っている(※万が一用)。
「使わないことを祈りますよ。私が飛べれば良いだけです」
赤ちゃんsに、龍気を補充して頂きましょう・・・それ大事、と頷く女龍は、ぎゅーんと元気に、今日もお空へ飛んだ。
*****
親方と一緒に炉場へ到着したミレイオ。イーアンと連絡して『オーリンはもうちょっとかかりそう』とタンクラッドに伝え、今日も炉場へ入る。
昨日の職人たちは全員、もう先に来ていたので、挨拶をして続きを早速行う二人。
剣と飛び道具を作る様子から、刃物に適した状態の、魔物製金属の重ね方を話し合っている中で、ガーレニーと呼ばれる、一際目立つ職人が、初めてミレイオに質問した。
彼は灰色の髪に、薄い赤みがかった茶色の瞳で、肌は褐色という変わった雰囲気。
背もそこそこ高く、整った顔つきに漂う雰囲気が、どことなくホーミットを思い出すような厳しさを持つが、喋り方は丁寧で、ホーミットの高圧的な態度とは正反対。
ミレイオはホーミット(※親父)を思い出すので、彼は何となく話しにくかったが、別に口数少ないわけでもなく、仲間内では会話をしている様子に、性格は全然重ねることなさそう・・・とは思っていた。
ガーレニーは、ミレイオの仕事は本来『盾を作る』と聞いた後ですぐに話しかけて『少し訊きたい』と言うので、ミレイオは、どうぞと促した。
「鎧だろう?ハイザンジェルは。俺は防具を作る。テイワグナは鎖帷子が普通なんだ。警護団に卸す防具は、鎖帷子と腕覆いと、脛当てや腿の上のほうに使う防具だ。
その場合は魔物をどう使えば良い?盾と同じような使い方だと、腕や脚の防具だが、それはミレイオが作れるのか」
ああ、と了解したミレイオ。タンクラッドが振り向いて『お前も出来るだろうが』と、続けないで先を任せる。ミレイオは頷いて『それは私じゃないねぇ』と彼に答える。
「鎧作りは、うちにいないのよ。要領で、一緒に考えることが出来るくらいか。どうだろ、イーアンでも無理じゃない?」
ミレイオはタンクラッドに、イーアンも鎧系統は難しいよね?と振る。親方も首を傾けたまま唸って『うーん、どうだろうな。あいつは器用だけど』と眉を寄せる。
イーアンの名が出たので、ガーレニーは少し目つきが変わる。『龍の女が?作れるというのか』ちょっと意外そうな問いかけに、ミレイオはこれまでの彼女の試みを少し伝えた。
「期待するほどじゃないと思う。鎖帷子は、テイワグナで初めて、見たし。
あの子も鎧の補修とかは、やってるけど・・・どうなんだろ。専門じゃないわよ、いろいろ知識があるにしても」
専門と知識の差はでかい、とミレイオは言う。
それでも、イーアンが良い物を頑張って作っているのは分かるので、自分としては認めているが、他の職人が認めるように後押しするほど、無責任なことは言えなかった。
それは、イーアンも嫌がるだろうと、分かっている。だから『期待するな』としか言えない。
親方は微妙。ガーレニーが、イーアンに近づくのが。
『龍の女』が、まさか職人的な技を持つとは、思いもしないだろうに。それが、自分の範囲と分かれば、習う・学ぶ・共に作業する、その特別勘も増す。
ガーレニーの目つきが正に、親方にはそう見えた(※横恋慕は鋭い)。
そのガーレニー。ミレイオの言葉に少し止まり、2~3秒黙った後、再度質問する。
「今。イーアンは『知識があるにしても、期待するほどじゃない』と言ったな」
「そうだけど。そこだけ覚えないでくれる?私がイーアンを、否定しているみたいに聞こえるでしょ。そうじゃないわよ、私は、あの子の専門でもないことを」
「違う。そうは言っていない。俺が聞きたいのは、彼女の知識がある範囲だ。期待するほどじゃないのは、鎖帷子を『この国に来て、初めて見た』から、それが理由なんだろ?」
ミレイオは小さく頷いたが、如何せん自分の問答じゃない。イーアンに変な負担を掛けたくはなかったので『聞かないと分からない』として、彼女の代弁は出来ないことをすぐに伝えた。
ガーレニーは頷いて『イーアンは今日、来るか』と訊いた。それには、ミレイオが答えるより早く、親方が口を挟む。
「来ない。俺と出かける。今日はミレイオと、もうじき来るオーリンがここで作業だ」
すぐに口出しした親方を見ないで、ミレイオも『そうなの。あの子、毎日用事があるから』だから専門じゃないの、とばかりに距離を取ろうとした。
「そうか。じゃ、伝えてくれ。『鎖帷子を作る職人が、魔物の材料をどう使えば良いか考えている』と」
それだけでも、いろいろ作ってきた人間の意見は聞ける・・・ガーレニーはあっさり引き下がる。親方は彼の言葉に『イーアンは人間じゃない。龍だ』ときちんと訂正しておいた(※ガーレニー、頷くだけ)。
それから、暫くの間はまた皆が作業を続けた。
結局、すぐに来るはずのオーリンは、1時間後くらいに来て『ちょっと揉めてた』と笑って(←彼女)ミレイオと一緒に、午前の残り時間を過ごす。
二人は、魔物の肋骨から得られる金属の性質と、加工工程で見つけた特性の活かし方について、ギールッフの職人たちにも体験させながら教え、彼らのうち、勘の良い者は、ミレイオの真似をしながら、丁寧な作業で、一つ二つ近い部品を作れた。
親方も持ち込んだ材料を元に、『魔物を倒した後、金属に変わるかどうか』自分がこれまで、どうやって見分けてきたかを話しながら、丸のままの切っただけという魔物の材料を参考に、実際に目の前で変化する様子を教えた。
ギールッフの職人の刃物を扱うバーウィーと、ロプトンと名乗った若い職人、それからイェライドの3人は、親方の教えてくれる様子を見て、質問を度々挟んでは、自分でも試し、手応えを得たと理解した後、親方の持ち込んだ魔物材料で、小さい試作を作り始めていた。
相手が職人なので理解が早い。ミレイオもタンクラッドも、オーリンも、説明に言葉を探すこともなく、淡々と教えることに専念した時間。
あっという間に午前は過ぎて、昼に近くなる頃。
「俺はそろそろだな。ショショウィもあるし」
親方が立ち上がって、皆に挨拶した。それからミレイオたちに『馬車を置いていくから、帰りは気をつけろ』と注意し、さっさと炉場を出て行った。
ミレイオとオーリンは、親方の動きの無駄のなさに『彼はめげない(←横恋慕)』と思う。
二人が顔を見合わせて、笑ったすぐ。バーウィーが話しかけてきて『一緒に昼にしよう』と誘ってくれたので、二人はそれを受け入れ、炉場の職人たちで昼の時間を迎えた。
*****
一先ず、外に出た親方は、炉場の敷地でバーハラーを呼び、勢い良くやってきた龍に飛び乗ると、そのまま町の外へ向かった。
それから町の人間も、往来の人間も見えない場所へ降りると、ここでバーハラーを空へ戻す。龍は『もう良いのかよ』みたいな目でみたが、戻って良いならと、すんなり帰って行く。
それから親方は、ショショウィを呼び出し、せっせと『良い子、良い子』と可愛がった(※昨日は時間がなかった)。
ショショウィに会えば、どう過ごしてたかを訊ねるが、答えはいつも『歩いてた』か『力もらった』か。
そうか、そうか、と愛でて、親方はナデナデを続ける。
だがこの日。ショショウィはいつもの答えを伝えてから、何かを思い出している。
どうしたのかと思って『他にも何かあったのか』と様子を伺ってみれば、意外な答えをもらった。
『獅子。来た。たくさん、話すの』
『獅子?ホーミットのことか?お前と話したとは。何だ、指輪のことか』
『違う。うーん。遠い、行くするの』
親方に分かり難い情報だが、ショショウィはどうも、話せる範囲と思ったようで、聞き出すとある程度のことを教えてくれた。
それは、ショショウィがホーミットと直に話し合ったわけではなく、ホーミットが誰かと話している内容を、ショショウィが側で聞いていたらしかった。
話の中身は、ホーミットがどこか、遠くの遺跡(?)に仲間の一人を連れて行くようなことで、ショショウィは『精霊』と何度も言っていたので、親方の勘ではそれは『褐色の騎士』と見当を付ける。
教えてくれた理由は、特に重要だからというわけではなく、ショショウィに『今日は何していた』と訊ねる親方に、細かく思い出したことを教えたかったから、とそれも分かった。
『そうか。お前はちゃんと話してくれて、本当にイイコだな。よしよし』
タンクラッドは、ショショウィに素直さに笑顔を垂れ流して(※お孫さん状態)30分ほどしっかりナデナデしてから、地霊を戻した。
「よし。今の話は、記憶に止めておこう。次はイーアンだな(※お気に入り順:地霊⇒女龍)」
親方はイーアンと連絡を取り、女龍にミンティンを連れてくるように伝えると、その場で龍が来るのを待った。
お読み頂き有難うございます。




