1072. 夕餉の報告・滞在相談と翌日の予定
「消火活動は、必要だったからです」
笑うイーアンは首を振って『そこじゃなくて』と話を続けるが。
「でも。あれが一番、印象的だったんじゃないの」
何度も遮るミレイオが笑って、生野菜に突き匙を刺して齧る。
横にいるオーリンも、骨付きの肉を手に『その後の話の比率が、製作関係より多かった』皆、消火活動の方が面白がっていたよと、言い添えた。
「俺たちには、馴染んだことでも。初めて見ればそうなるだろうな」
シャンガマックはイーアンを見て『いつも驚かされるけれど、会ったばかりなら尚更だ』と笑顔で言う。
「でも。どうだったの。その後の時間で、何か作れたのか」
イーアンに腸詰を回したドルドレンは、酢漬けの野菜も取ってあげながら『肋骨さん』を始めとする、魔物材料の話を促した。
時間は、夕方の5時半。
旅の一行は、それぞれが早い帰宅で宿に集まり、日が沈む前に夕食。食事処の前で、丁度戻ったバイラも合流し、騎士たちと職人組、バイラの9人で、今日の出来事を話し合いながら食事は進む。
「魔物製の武器に、意気込んでくれる職人の集まりとは心強い。是非、この機会に最初の礎を作りたいものだ」
ドルドレンは、職人組にそう言って『シャンガマックの都合もあるが、予定を調整しながら、その流れを進めよう』と持ちかける。親方も頷いて『そうしようと思っていた』ここが最初の一歩だと話す。
「幾つか、町も村も通ったが、ここまで受け入れが早いのは、初めてだ。
聞けば、魔物も出ていると言う。それでも負けるままで済まそうとは思わない、力強さがある。ここの職人たちは、自分たちの力を、魔物被害にどう活かすべきかを考えていたようだ」
「町自体の気質もあるんだろうね。町長もそんな感じだったんだろ?こうした普通の店屋だって・・・そこの宿屋もだけどさ、皆、元気があるじゃないか。
一見して、魔物をまだ知らないのかと思うくらいに、元気だ。でも違うんだよな。負けてたまるか、ってそんな気持ちが、この町の誰にもあるような」
タンクラッドに続く、オーリンの見解を聞いて、バイラも話に加わる。
「この町は、豊かな町です。入る前にも昔の情報でお伝えしましたが、農業が盛んな地域なんですね。発展もしたし、行商人も旅人も寄るから、ちょっとそっとのことじゃ、へこたれないんです。
10年ほど前に来た時よりも、今の方が立派になっていたし、どこの誰と話ていても前向きな考え方を聞きます。ギールッフの底力は、テイワグナでも自慢の町の、一つかも知れません」
この『底力』の意味を、短く教えてくれたバイラの話では、30年位前に、この辺一帯が、長期の大雨に見舞われたことがあると言う。
当時はバイラも勿論、子供だが、これは護衛で周回した時に耳に入れた話で、その時『町は作物のほとんどが駄目になった』そうだった。
「だけど。負けなかったんです。果樹園も農園も、全滅に近かった被害だというのに。
弛んだ土が水を溜めすぎて、町周辺の集落には地盤沈下もあったとか。
大昔には、地下に洞窟があった話も残るので、記録的大雨はそれまで無事だった地域にまで悪影響を及ぼしたのです。
これは、最近の地震でもまたあったみたいですが。
とにかくもう、地区丸ごと、踏んだり蹴ったりの被害で・・・苗を買ってやり直すところから始まる、気の遠くなるような、やり直しの現実を目の前に。
それでも誰も・・・この町を捨てて、他所へ行こうとはしなかったんです」
そういった話を聞いたことがあるから、今回の魔物騒動でも、彼らの態度を聞いて『今もその精神が、生きている』と感じた、そうバイラは結ぶ。
「そんなことがあったのか。民衆の底力が一丸となった時、それは町を建て直すのだな」
ドルドレンは他人事に思えなかった。ハイザンジェルも、騎士修道会だけではどうにも出来なかった。
イーアンが来て、働きかけが始まって、職人たちの協力を得たから、新しい兆しが見えた。それは総長の記憶に、『大きな一歩』として残っている。
「シャンガマックの目的地。南の遺跡へはいつが目安なのか。それだけでも分かればな。この町にどれくらい滞在出来るかも、変わってくる。
ここで試作を作って、魔物退治に役立つと知れれば、テイワグナ中に影響するかも知れない」
親方に言われて、シャンガマックも考える。
馬車はテイワグナのどこを回るという、大きな目安はない。魔物を退治するのを目的に動いているので、とりあえずの行き先として、資料館長との約束『南の遺跡』を推薦しただけ。
「手紙というわけにも行かないので。俺が、龍で訊きに戻ってみますか」
シャンガマックは首都へ一人、出向いて確認しようと言い始める。
それにはちょっと・・・『いいよ』とは、即答しない総長。そして以下、皆。
「うむ。それは少し慎重にな。さっきも魔物が出ているのだ。俺たちが剣も備えて、フォラヴも特別な武器を使ってくれたから、4人で切り抜けたわけで」
近辺調査として見周りに出た、騎士たちの一日。午前はゆったり伸び伸びだったが、昼に食事に戻って、さて午後も・・・と出かけた矢先で、林の中から出てきた魔物とやり合うことになった。
場所は、果樹園の先。
林の中から出たように見えたが、林の向こうから木々を抜けて来たと分かり、続く果樹園へ向かうのを阻止しないと危険と判断した騎士たちは、その場で応戦を余儀なくされる。
木々の多い中での退治は、心配が多く、下手にその辺を切り付けるわけに行かないので、一旦魔物を追い立て、林の外へ出してからフォラヴに遠くを頼み、迫る魔物はドルドレンたち3人で退治した。
「あれ。数えたら50頭くらい、いたよ」
ザッカリアは腹ペコで戻ったので、薄焼きの肉を何枚も食べながら、隣のシャンガマックに、倒した頭数を改めて伝える。
「あんなのに一人で戦うの、シャンガマックと龍じゃ、大変だよ」
「うーん。お前にまで言われると、ちょっとは考えるな」
苦笑いの褐色の騎士。ザッカリアは頷いて『イーアンに頼めば』と回す。イーアン、館長さんを思うと、行きたくない(※今度はもっと調べられる気がする)。ミレイオも眉を寄せて、無言で嫌がる。
でも。館長がいつ来るのか。海に近い遺跡まで、どれくらいの日数で動けるのか、もう出発しているのか。それも分からない約束(※メールも電話も無い世界)。
今更ながら、大体の日にちしか決めてなかったシャンガマックは、どうしようかと悩む。ドルドレンたちも悩む(※約束は大切にと、思う人たち)。
「よし。じゃ。俺とイーアンで行くか」
タンクラッドが突然、決定のように言いかます。びっくりしたイーアンは首を振って『何でですか』と、全力で抵抗。
「ミンティンで行こう。龍気の心配もない。バーハラーだと行って戻って、龍気も使う。もしも龍に変わる時、お前を支えるのも心配だ。
ミンティンなら問題ない。俺が一緒なら、館長と話すのも俺が話せる。お前はその間は、どこかに隠れていれば良いだろ?」
「いや。あれ、だって。タンクラッドは職人に教えないといけないのだ」
慌てるドルドレンも、何でタンクラッド?と止めにかかるが、そこは機転抜群の親方。ああ言えば、こう言う男。
「ミレイオとオーリンだ。今回の主役は。肋骨さんの普及から入るからな。俺の剣に関しては、戻ってからでも充分だが、あの肋骨さんの仕組みは普通の武器じゃない。ちゃんと教えないとならん。
それに、騎士も無理だろ?勇者は旅の仲間をほっぽり出せないし(※強調)シャンガマックやフォラヴ、ましてザッカリアを行かせるなんて、イーアンと一緒でも心配だ。
バイラは警護団だし(※オマケ)。だから、俺だ」
「あんた一人、って選択肢はないわけ?」
ミレイオが突き放すが、親方は既に勝ち誇った笑みを浮かべて『俺とイーアンなら、館長を探せる』と言い切った。
これを言われると、イーアンも何も言えない・・・親方レーダーが抜群なのは、女龍がいてこそ威力が増す――
イーアンは、民間人を探すのは得意じゃないが、なぜか自分と一緒の親方は、民間人や探したい対象さえ見つけ出す。やたら勘が良い気がするが、生来の勘の良さに、輪をかけた能力なのかも知れない。
唸るイーアン。何でこんな余計な能力を・・・と、ルガルバンダを恨む(←パワーアップ授けた人)。
困っている女龍に、シャンガマックはとっても申し訳なさそうに『すまない』と小さな声で謝った。
それにイーアンが反応するより早く、親方は、褐色の騎士にさっと顔を向け『謝ることじゃない』しっかり言い放つ(※絶好の機会)。
「決まりだな。明日は午後か?イーアンは昼まで空だから。午後から一緒に、首都へ行くぞ」
場の空気が沈鬱になっても、一切、気にしない親方。
一人嬉しそうに、残った皿の料理を平らげると『そろそろ。コルステインがくるかも知れない』そう言って、さっさと席を立ち、あっという間にいなくなった。
この時。ドルドレンは何も言わなかったが、胸中では『親方は天然で二股かける人』とした印象が残った(※それも一方は、俺の奥さん)。隣のイーアンは、眉間にシワを寄せて、うんうん悩んでいた。
*****
この夜。宿の部屋にいる、シャンガマックとヨーマイテスは、月の明かりの差し込む部屋で、明日のことを話し合っていた。
昨日もヨーマイテスは部屋へ入り、部屋を見るなり『ここの方がお前には都合が良さそうだ』と譲歩してくれ、自分専用なのか、突然、影の中から何かを『びょん』と取り出すと、宿屋のベッドの横に、大きな箱を並べた。
それはどうも『ヨーマイテス用の寝台』らしく、彼はただの箱に見えるその上に寝そべると、獅子の姿に戻って、喜ぶシャンガマック(※獅子カワイイ!と思う)に笑いながら、2~3時間会話した後、騎士に眠るように促したのだった。
そして今夜も、ヨーマイテスは部屋に直に入って待っていて、シャンガマックのベッドの横には、既に寝台が置かれ(←箱)騎士がベッドに腰掛けると、ヨーマイテスは獅子の姿に変わった(※息子が喜ぶから)。
シャンガマックは、今日の出来事を話し、明日のことも伝えようとすると、ヨーマイテスはちょっと止めた。
「お前の代わりに。タンクラッドが、イーアンと首都へ?」
「そうだ。俺だと、イーアンに負担だから。もし大量の魔物に出くわした時、イーアンが退治する。俺の乗る龍だと、イーアンを支えられないし、かと言って俺は、ミンティンに乗れないから」
「ふむ。ミンティン・・・ミンティンは、あの青いやつか」
この前、吼えたヤツだなと、呟くヨーマイテス。ズィーリーの時代でも、あの青いのに、時々煙たがられた思い出が蘇る。
それはともかく。ヨーマイテスは、シャンガマックに『お前の用事は何だ』と、根本を訊ねた。シャンガマックは、南の遺跡に行く話を館長と約束したことを教える。
「南の遺跡。どこか分かっているのか?人間の目安だと、何が貴重か知らんが。
ここから南に行って、人間が見つけ出せる場所の遺跡は、大したことないぞ」
「そうなのか?でも、ショショウィの時も・・・ヨーマイテスは同じことを言っていたが、ノクワボの墳墓まで辿り着けた、なんてことも起こった。何が起こるか分からないから、行く意味はある」
ニッコリ笑う褐色の騎士に、ヨーマイテスは小さな溜め息(※ライオンだから、ただの息にしか聞こえない)。
「行くなら、もっと意味のある遺跡へ、行っても良さそうなもんだ」
少し関心を引いた獅子の言葉だが、シャンガマックは微笑んで『この前の僧院は楽しかった』と答える。
「俺は、ヨーマイテスが連れて行ってくれる遺跡も、その不思議さに感動するが、そうじゃなくても楽しいと思う。
この前の僧院の続き・・・ヨーマイテスが、話していただろう?『海にある僧院』の方は、ミレイオたちが行ってきて。宝を集め戻ってから、いろいろと教えてくれた」
シャンガマックが先日の話を出すと、碧の目がさっと彼を見た。獅子の顔に表情が分かり難いので、シャンガマックはそのまま話を続ける。
「海の中に沈んだ僧院は、宝の山だったそうだ。
それだけでも凄いのに、ミレイオとイーアンは、龍のような生き物を連れて戻ったらしいんだ。僧院に埋葬された僧侶かな・・・彼に託されたとか。そんな想像出来ないような未知も繋がっていることがある」
「龍のような生き物。ははぁ、あれか。あの系統が。そうか、俺も物忘れするようになったもんだ。
バニザット。それは龍じゃないぞ。龍の遠い続柄ではあるが、あれは『宝の守り』の為に、生まれた生き物だ」
ミレイオが見つけたか、イーアンが見つけたか。
今や、ミレイオさえ、龍の要素が宿る。そうなればあれらも、近づいたミレイオたちに反応をするだろう。
自分には関係ない相手だから、ヨーマイテスは大して気に求めなかったし、人の言う宝に関心もないから、探す場所はそいつらがいない場合が多かった。
しかし、行く場所にそれが居るか居ないか、その程度の気配は、ヨーマイテスも分かる。
驚いているシャンガマックに、ヨーマイテスは面白いことを思いつく。
バニザットは子供みたいな好奇心が旺盛だから、きっと喜ぶなと思い、一つ話してみる。
「ふむ。お前の言う南の遺跡。どこか教えろ。ここから先、南と言えば海ばかりだ。
もしかすると、お前も宝探しが出来るかもしれないぞ。お前の遊びと思えば、俺が付き合ってやる」
獅子の可笑しそうな言い方に、褐色の騎士は嬉しそうに笑顔を向けて、急いで地図を取り出すと、覗き込むヨーマイテスに場所を教える。
この夜、新たな『宝探し』への日取りを決めるまでに、二人の計画は進んだ。
お読み頂き有難うございます。




