1070. ギールッフの戦う職人・ビルガメスの子・注意事項
職員のおじさんに『どうぞ』と、扉を開けた部屋に促された3人。
室内はとても広く、幾つもの炉があり、水場もそれぞれに用意されていた。換気も行き届いているし、定期的に掃除でもしているのか、煤などの汚れもそこまで見えない。
「ここは。誰がどこを使っているとか、あるのか」
親方は、カヤビンジアを思い出して先にそれを確認。おじさんは首を振って『温度の差はあまりないんですよ』と炉を示し、ここへ来る職人も空いている場所を使っていると教えてくれた。
ミレイオとタンクラッドは頷いて、バイラと目を合わせると、バイラはこの前、ちょっとしたトラブルのあった、その内容を伝える。
おじさんは少し気にしたようだが、『ここは恐らくないです』職人たちを見上げてはっきりそう言った。
「あそこに。もういらっしゃってる職人がいます。彼は長いですけれど、試しに聞いてみましょうか」
え、と思うおじさんの言葉。3人が驚いた顔を向けたのを見る前に、職員のおじさんは、すたすたと、先に来ている職人の作業しているところへ行き、こちらを指差しながら、その人に何かを話している。
「すごい。自然体」
ミレイオの呟きに、タンクラッドも小さく頷く。『開放的だよな』性格かもな、と答える。
おじさんが手招きしたので、どうなるやらと思いつつ、3人はそこへ行く。
すると、そのおじさんの一角には既に10人ほどの地域の職人がいた。ちょっと気後れする3人は、おじさんを見て『いきなり紹介か』と訊いた。
それに答えたのはおじさんではなく、手前から三人目の職人だった。
立ち上がった男は背が高く、白髪の混じる髪を後ろで結び、白い髭を生やした50代くらいの男で、整った顔つきに、職人らしい、人を寄せ付けない印象を持っていた。
「おはよう。遠くから来たんだな。魔物を倒して何か作っているのか」
「そうだ。ハイザンジェルはそれで生き延びた。テイワグナでも」
「今持っているのか?ここでも作ろうってんだろ?」
「ミレイオ。お前のも」
話が早いので、タンクラッドは荷物から、作り掛けの剣とナイフを出して渡す。素材にした魔物の体も同時に並べ、ミレイオも肋骨さんとそれで作った銃を見せた。その場にいた職人は目を丸くして、出された品に食い付いた。
「これで?こんなのが出来るのか。何するとこうなるんだ。ちょっと、使って良いか」
「使い方は。刃物はそのままだが、これ何だ?どう使うんだ」
「こんなの見たことないぞ。本当に魔物なのか。じゃ、俺が倒したあいつも使えたってことか」
その場にいた職人が集まって、品を手にあれこれ話している中、一人の言葉が耳に入る。
『倒した?あんたが』タンクラッドは、品の側にしゃがみ込み、舐めるように見ている職人に尋ねる。
話しかけた男は、金髪の日焼けした30代くらいで、上の前歯の右側がなかった。
唇には新しい傷が治りかけていて、顔つきは子供みたいなのに、目つきが威勢良い。彼はタンクラッドを見て、ちょっと笑って頷く。
「あんたは。その、もしかして怪我を」
「そうだ。魔物に突っ込まれたからさ。でも俺の親を殺したんだ。目の前で殺しやがって。怪我したって気がつかないくらい、頭に来ていたよ」
「親・・・倒した、って」
倒すよ、仇だぜと、彼は力強く頷いた。タンクラッドは驚いて、それ以上は訊かなかった。彼は気にしていないような態度を取る。笑顔も出ている。でも傷口の状態は、まだ一ヶ月も経っていないと見えた。
「ああ、気にするな。俺の親はさ、最悪だったんだ。ヤな男でさ。だけど親っちゃ、親だしな。守る前に殺されちまったから。それだけのことだ。倒した魔物で何か作れるなら、この手で倒した、あの憎たらしい魔物をこき使ってやりたかった」
まだあるのかなぁ、と思い出すように言う男に、タンクラッドはちょっと笑う。『何て勢いだ』首をゆっくり振ると、彼の肩に手を置いて『一週間ほどで、魔物は崩れるかも』と教えた。
肩に乗った大きな手に、男は親方を見上げて『あんたも?あんたも倒すの』と言うので、タンクラッドはこれまでのことをざっくり話す。ミレイオも横で会話を聞いていて、前向きな言葉にちょっと心が開く。
「イェライドの倒した魔物。この間、町の向こうの鉱山でも出てただろ。
俺の親戚が家畜やられて、引っ越した。でもこれ、こんなの作れたら、負け損しないぜ。倒して使ってやれ」
イェライドと呼ばれた、親の仇を討った男。
彼に答えた、50代半ばくらいの職人も、意外に良い体。背丈はミレイオくらいで、白いシャツの袖を千切ったような服に、黒い厚手のズボンを身に付けている。
彼の手は力強く、肩から腕の筋肉がかなりしっかり付いている。黒い髪をざんばらに散らした、青い目の風貌逞しい職人に、ミレイオはじーっと観察(※思ってたより、目に優しい職人が多いと気がつく)。
「バーウィー。お前の斧、これで作れるんじゃないのか」
他のおじいちゃん的職人も、やけに目力が強い。逞しい風貌の職人・バーウィーに魔物で斧を作れと提案する。
タンクラッドも、ミレイオも。そして横にいるバイラも。彼らの話の途切れない展開に、止める気もなく、もっと聞いていたくて黙っているだけ。
彼らは暫く話し合った後、自分たちを眺めている来客に、ハッとしたように気が付いて、笑顔を向ける。
「これ。魔物の材料から、ここで作るんだろ?俺も横で見ていて良いか」
「勿論だ」
イェライドの笑顔に、親方はニヤッと笑って、久しぶりに、手応えのある仕事の予感を体中で感じた。
*****
その頃。お空のイーアン。大きくなったビルガメ・ベイベを励ましながら、お父さんビルガメスと一緒に子供部屋の2階にいた。
「もうちょっとですよ。頑張って」
「大丈夫だ。こいつは自分のことを確認しているんだ」
奇跡の子。半日で生まれてきた、伝説のビルガメ・ベイベ。なぜか今日を選び、急に頑張り始めて、うんうん言いながら、あっちこっちを発光させている。
お空に上がった直後の出来事で、イーアンが子供部屋に入った時には、もうビルガメスは2階にいて『おお、イーアン。お前もここで見てくれ』が開口一番のお願いだった。
ビルガメスが言うには、『ファドゥに呼ばれたんだ。こいつが人の形になるかもと』急いで来た、というビルガメスに、イーアンはちょっと微笑み、2階の広さのある場所で頑張る、ビルガメ・ベイベを見守り、数時間後の今も応援している最中。
「イーアン。お前にこの前・・・話したが。とりあえずな、もう少し教えておこう」
子供を見守りつつ、ビルガメスは、女龍に伝えようと思っていたことを話し出す。イーアンもベイベを見つつも、男龍を見上げて『はい。何でしょう』とお返事。
「『時の剣』と同じような力を使う者の話だ」
「え。はい、何か」
「完全に。俺たちが、その動きを封じることは出来ないからこそ、の話だ。
彼の今後の動きで、お前たちにも、厄介なことが起こる可能性がある」
イーアンは驚きながらも、黙って続きを待つ。ベイベを見ながら、ちょいちょい、女龍の見上げる顔に話しかけるビルガメス。
「可能性、だ。しかし、知っておくべきだと思った。なぜなら、その可能性が現実になった時、今のお前たちの知識と情報ではどうにも出来ん。そして、俺たちが知ることが出来たとしても、常に助けに行けるとも限らん。
覚えておけ。龍の力を持った、とんでもない場所が動くことを」
「場所?場所って」
「場所だ。龍の力・・・いや、どこまで話すものかな。空に繋がる力、とでも言おうか。
もしもそれが動いた時。それを戻せるのは、男龍か女龍だけだ。もしくは空の者だが、彼らは滅多なことでは出ない」
ビルガメスの途方もない話が、イーアンには何のことか、全然理解出来ない。どう覚えておけば良いのかも、難しい丸暗記。急いで、ちょっとだけ質問する。
「あの。その彼が何かをすることで、その場所が動くのですか?彼は動かせるのに、戻せない?」
「そうだ。動くのは、彼の意思じゃない。彼の間違いによる事態だろう。だから戻せはしないのだ」
何ですって~・・・あの野郎、と思うイーアン。眉を寄せる女龍を見ないで、ベイベの頑張りを見守るビルガメスは、少し息を吐き出してから頷いた。
「戻す時。お前は、探さねばならない。どこがその場所に値するのかを。
そして見つけ出したら、お前の龍気を『場所』が見えなくなるまで注ぎ込め」
言われている意味。ちっとも分からない。でもイーアンは『物凄く大変そう』と、それだけは理解した。
「場所に値するところを探し、そこに龍気を」
「注げ。その姿が消えるまでだ。そうしないと、場所の全貌が出てきた時には、触れるもの全てを飲み込み・・・・・ ここまでだ。俺が言えるのは」
中途半端~~~っっ!!! ええ~~~!!
イーアンは恐ろしい予告を聞いて、それが自分に掛かっていると言われ、もうちょっと情報下さい、と頼んだが。
そんな話もつい、途切れる。自分を変えようとするベイベの『ふん、ふん、うーん』の声に、気になる二人の会話は、ざっくり消滅。
ベイベは頑張って、一生懸命あちこち光っているが、なかなか思い通りに行かない。
がっつりと、話も終わってしまい、ビルガメスの心配する顔が、ベイベにずっと向いているので、イーアンも『この話は可能性だから』と、また時間のある時に質問することにした。
それより今は、ビルガメ・ベイベ。
大きな子だから、エネルギーもたくさん使うのかしら、と思い、イーアンはせっせと龍気を送る。ビルガメスもイーアンを抱え込み、その状態で子供に龍気を満たし、子供に行き渡らせる。
「きっと。今日」
「勿論そうなる。こいつは俺の子供。俺の男龍だ。今日を選んだということは、必ず今日だ」
ビルガメスも見守りながら、緊張しているようにも聞こえる。緊張と無縁な男龍の、慎重な言い方にイーアンは温かい気持ちを感じる。
見上げた大きな男龍に『名前を付けましょうね』と言うと、見下ろす美しい男龍も微笑んで『お前が付けてくれ』と答えた。
そして。この一時間後。ハラハラしながら見守るパパママ状態の男龍と女龍の前で、奇跡の子はその願いを具現した。
*****
「すぐ来るんじゃないかな。お昼前だし、オーリンも呼んで一緒に食べようよ、って誘ったから」
連絡珠を腰袋に戻したミレイオは、タンクラッドに、イーアンと話した内容を伝えて、昼食に出ようとタンクラッドを誘った。バイラは、最初の反応が良かったことで一安心し、あの後すぐ駐在所へ戻った。
「今日はショショウィ、どうするの」
「食べ終わったら、俺だけ外で呼ぶつもりだ。お前たちは仕事をしていろ」
自分だけ・・・文句を言うミレイオに、鼻で笑う親方。『来たければ来れば良い』イーアンの機嫌が悪くなるだろうが、と付け加えておく。
ミレイオは親方を肘で小突いて、ムカッとした相手の顔も見ずに、地元の職人の炉の方へ歩いて行った。
「これからお昼食べに出るんだけど。荷物、このままで良いかしら」
「そこに置いとけ。誰も触らねえから」
「有難う。そんなかかんないと思う」
「午後、何時までいるんだ。何日か通うみたいなこと、話してたが」
ええ?とミレイオはタンクラッドを振り向いて、むすーっとしている(※小突かれたから)顔に『今日、何時までいる?』と確認。親方はちょっと目を上に向けて『3時くらいだろ』ぶっきら棒に答えた。
「だってさ、3時くらい。町営の宿に戻るから、ちょっと時間かか」
「うち来るか?泊まれよ。ここから近いぞ」
ハッとするミレイオ。何このお誘い!お誘いをしてくれたのは、バーウィー。斧を作る男。ミレイオ、悩む(※顔はそのまま)。
「町営でも金はかかってるだろ?うちはタダで泊められるぞ。旅してるなら、金かからない方がいいだろ」
「あ。そのね、ええっと」
「そんな申し出くれる親切な人間もいるんだな。有難いが、気持ちだけで充分だ。町長が取り組みに協力的でな、町営も7日以内なら無料で貸してくれた。大丈夫だ」
ミレイオは金色の瞳で、後ろから邪魔した男を睨み付ける。タンクラッド、無視。ミレイオの背中を押して『ほら。食事行くんだろうが。行くぞ』なーんにも気にしないように、向きを変えさせる。
「そうか。そりゃ良かった。まぁ、7日以上滞在ってなったら、その時は俺の家に来いよ」
気の好い返事をくれたバーウィー。あっさりと了解してくれて、ミレイオは心の中で舌打ちしまくる。タンクラッドはけろっと、彼の返事に、追い討ちのような一言を添えて返した。
「すまんな。助かる。仲間が10人近い。無理は言えないが」
この野郎、遠回しに断ってんのか!ミレイオがさっと睨み上げると同時、他の職人が顔を向ける。
「そんなにいるのか。じゃ、俺の家も2~3人泊まれる。家族はいるが、工房は広いんだ」
「フィリッカの工房も2階があるな。納屋もでかいし」
「平気だね。そんな大したところじゃないが、雨風とネズミくらいはしのげるよ」
これにはミレイオびっくり。それは親方も同じで、ちょっと唖然とした顔で、彼らの発言を聞いている。
家族がいようが何だろうが、見知らぬ相手を泊めることに躊躇しないなんて。それも自分の工房に入れてやろうと話し合っている。
結局。親方はこれ以上、何も言えなくて、彼らがとても親切に『7日以上いるなら、泊まって良い』申し出にお礼を言うしかなかった。
ミレイオとしては、嬉しいだけ。そして炉場を出た途端、親方に『バカ』と一言投げて終わる。
外に出ると、空が光る。柔らかい大きな白い光を見て『イーアン』笑顔のミレイオが手を振ると、『ミレイオ~』の間延びしたお返事が戻って、笑った。
ぐんぐん近づいてきて、イーアンとオーリンが炉場の前庭に降りる。オーリンはガルホブラフを戻し、ぐるっと見渡して『ここ。いいね、人がいなくて』目立たないから降りやすいと、いうことらしい。
「じゃ、行くか。昼食べるぞ」
炉場の話は食べながら・・・タンクラッドがそう言うと、外の食事処へ4人は向かう。親方はイーアンの横に並んで、ミレイオの攻撃を避けた。
お読み頂き有難うございます。




