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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
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107. ドルドレンの啖呵

 

 ドルドレンが追いかけ、店の外に出たイーアンの両肩を掴んだ。『待て、と言ったのに』と言いかけて、鳶色の瞳に涙が浮かんでいることに気が付く。


 イーアンは顔を上げない。袋を両腕にしっかり抱き締めて、無表情な顔で道を見つめていた。


「イーアン」


 ドルドレンがイーアンをそっと抱き寄せる。『嫌な思いをさせた。大丈夫だ。他をすぐに見つける』そう言って、ドルドレンは溜息をついた。


「問屋はすぐそこだ。行こうか」


 抱き締めたまま、イーアンに訊ねる。イーアンがほんの少し頷いたように動いた。ドルドレンは店の中からこちらを見ている店員に目で合図して、戸の外に出た男に『馬を連れてこい』と冷たく命令した。


 店員が裏からウィアドを引っ張ってきて、礼も言わずに手綱を引っ手繰ったドルドレンは、イーアンを馬に乗せた。

『試作を』とイーアンに腕を伸ばしたが、イーアンは目を合わせずに首を振って、試作の入った袋をさらに強く抱きしめた。自分を見ない数回の瞬きが、涙を睫につけて、殊更悲しそうな表情を見せる。ドルドレンの胸は痛んだ。



 イーアンの胸中は、寂しさが増えている感じだった。何でそんなに反応しているのか。

 勝手に、理解してもらえると思い込んでいたからか。防具や革の町という印象から、差別を乗り越えてきた人たちに、自分への理解を期待していたのか。


 馬鹿ね、と心の中で自分に笑う。差別された人なら差別しないかも、って勝手に思いこんで。

 こんな年にもなって、甘いことを思う自分が馬鹿馬鹿しかった。


 ――こんなこと考えていないで、早く話を聞いてくれる人に相談しなければ。同じ思いを持つ人に会わなければ。



 一度浮かんだ涙は引っ込まない。仕方なし、指で拭う。


 冬の空気が指を冷たく冷やした。指が冷たいことに気が付いて、抱いた袋の中から手袋を出した。綺麗な服には似合わないかもしれないけれど、手袋を付けた方が温かいから、と両手に着ける。


 ドルドレンの視線に合わせられない自分がいる。心配してずっと見ていると分かるけど、目を合わせたら、あっという間に涙が出そうで出来なかった。



「イーアン。時間が時間だから、先に昼の食事にしようか」


 ドルドレンが気を遣って、問屋より先に落ち着ける食事を提案した。イーアンはどちらでも良かった。早くこの工房の前から動ければ。


「ここから遠ざかりたいです。どこでも良いです」


 何か喋っても涙に反応しそうで、やっと小さい声でそう伝えた。ドルドレンはすぐに後ろに跨って、『分かった』と手綱を取った。



 通り一本向こうに戻ると、立ち並ぶ商店の中に食事処が何軒か見える。よく見ればたくさんあるが、イーアンが凹んでいるので、ドルドレンは表に椅子を置かない、こじんまりした店を選んだ。


 店内は薄暗く、奥に向かって細長い作りだった。ウィアドを店先の馬繋ぎの柵に繋いで、イーアンと店へ入る。昼時の客がそこそこ入っているので、味は大丈夫そうだと判断した。



 食卓に着くと、店員が来たので適当に注文しておく。イーアンを見つめ、どう話したら良いか考えていると、イーアンがポツリポツリと話し始めた。


 自分の胸中を、感情も表情も0にして話す姿。くるくるした黒い髪が、その動かない冷えた表情と対照的だった。


 食事が運ばれてきて、食べながら二人は静かに会話を続けた。傷ついたイーアンを慰めようにも、イーアン自体が慰めて欲しそうではないので、ドルドレンはただただ、耳を傾け頷いて受け入れる。

 食事を終えて、イーアンが『ドルドレンは悪くないのに、八つ当たりみたいになって、ごめんなさい』と謝った。イーアンの背中に手を添えて、表へ優しく促がす。


「良いんだ。話してくれて有難う」


 ウィアドに乗り、ドルドレンはイーアンの頭にキスをして、問屋へ向かった。問屋は工房のある通り沿いだったが、イーアンは何も言わなかった。会話が少ないことより、イーアンが凹んだことの方がドルドレンは辛かった。


 ――あんな工房に行くんじゃなかった。最初っから高飛車だ、とは思っていたが。王都の馬鹿共が金ばっか使って付け上がらせたんだろう。イーアンが何をしたって言うんだ。彼女の力に後から後悔するが良い―― 


 昨晩見せてもらったソカ。鎧。細い剣。そしてイーアンが着けている手袋。


 これらはあいつらでは絶対に作れない、とドルドレンは知っていた。彼女だから出来たんだ(一応ダビもいるが)、と思う。一緒に戦いに来て、誰も触ろうとしない魔物を素手で触れ(これは危ない)、ナイフ一本で分解して、倒した魔物を騎士たちの力に変えよう、とする想い。


 そこまで思うと、ドルドレンは苛々が募ってきた。



 あんな高飛車で、何の力にもならないでふんぞり返ってる奴らに、イーアンが、たかが見た目がどうとか・・・そんなことで馬鹿にされたのかと思うと、居ても立ってもいられなくなった。


「すまない。イーアン、付き合ってくれ」


 大きく息を吐き出し、ドルドレンは馬を返して工房へ駆けた。イーアンがビックリしていると、工房の前にウィアドを停めて下り、躊躇うイーアンを抱き下ろしてから扉を開けた。


 昼休みの工房から出てきていた何人かの職人が売り場に居て、目を丸くして只ならぬ雰囲気で現れたドルドレンに呆気に取られていた。


 イーアンの腕を引っ張り、その手袋を付けた腕を高く上げさせて、ドルドレンが怒った。


「お前らにこれだけのものが作れるのか。追い詰められたハイザンジェルを救うために、騎士が命を落とさない防具を、今のお前らがどれだけ作っているんだ」


 その言葉にカッとなった職人が『何を言うんだ』と怒鳴り返す。奥からエフツェンが出てきて、呆れた顔をしながら『何の用かと思えば、それが騎士修道会の総長のすることですか』と返した。


「何です。鎧の相談だとか言うから時間を取ったのに。正体の知れない、まして女性をいきなり連れてきたかと思えば、不躾にも出て行って、言い足りなくて戻ってきたんですか」


 ドルドレンが重力を増して怒りを態度に籠める。


「王都のバカどもの形ばかりの鎧で満足か。お前らの仕事はそんなものか。定型の鎧しか作らないで、のうのうと職人面して、見極める力さえ失ったとは情けない」


 売り場の職人がその言葉に怒鳴り散らした。


「どこの騎士か知らないが、好き勝手言いやがって」 「お前の鎧もここのものだろう」


 ドルドレンの灰色の目が容赦なくぎらっと光り睨みつける。その場の全員が何かに気圧されて黙った。


「イーアンの見た目だけで判断しやがって、この能無しが。彼女が何を求めてここへ来たかも考えず」


「そんな意味の分からない女の話なんか聞いてる暇ないんだよ」


 エフツェンが怒鳴り返す。『出て行け。総長だか何だか知らないが、人を呼ぶぞ』と怒りを露にした。



「よく言った。その言葉を買ってやる」


 戸惑うままのイーアンが抱える袋から、ドルドレンは鎧をガッと掴んで引きずり出し、エフツェンに見えるように掲げた。鎧は明る過ぎるくらいの店内の光に、奇妙な滑りを持って艶やかに虹色を放った。


 職人の顔つきが変わった。一瞬で、その鎧に目を奪われて息を呑んで固まる。エフツェンの目も細められる。



「出て行ってやろう、こちらが願い下げだ。


 ぬるま湯でのたまうお前らなどに、命懸けで戦場から魔物を引き裂いて持ち帰った、この魔物の体で出来た鎧よりも優れたものは決して作れはしない。自分たちの愚かさを嘆くが良い。その日はもうじきだ。ハイザンジェルを立て直す偉業を、鼻であしらった馬鹿さ加減を呪え。


 本日を以って、騎士修道会の防具一式は別工房に委託する。この、イーアンの鎧を生産できる、先見の明を持った工房にな」



 店の中が静まり返った。ドルドレンがイーアンの腕を掴んで、『吠え面かきやがれ』と鼻で笑って出て行った。片手には、白くも虹色の怪しい輝きを放つ、異様な鎧を持って。



 店の外で良い子に待機していたウィアドに、イーアンを乗せ、ドルドレンはさっと飛び乗った。鎧をイーアンに渡し、『問屋に着いたら袋にしまってくれ』と頼んだ。


 イーアンはドルドレンの灰色の瞳を見上げ、微笑んだ。涙が少し滲んでいた。


「ありがとう」


 鳶色の瞳に屈み込んで、ドルドレンは涙に口付けた。


「イーアンの言葉を借りたよ」


 そう言って笑った。イーアンも『だと思いました』と笑った。



お読み頂き有難うございます。

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