1068. 仲間、それぞれの夜に思う
いろいろあった一日も、終わる。
ざっくりとまとめれば、良い一日――
ホーミットとシャンガマックは公認の親子(?)になったし、町長さんは協力的で、町営の宿は無料で宿泊出来るし、フォラヴは無事に救出したし。
バイラたちは危機一髪を、日中にも拘らず助けに来てくれた、ホーミットによって無事を守られた。
職人組に至っては、宝はたくさん持ち帰れたし、イーアンとミレイオは、新しいお友達トワォにも出会った、一日。
心の出来事では。
助けてはもらえても、理解に難しい恐れからザッカリアの心が、一時的に不安定になってしまったこと。また、彼がそれをイーアンと話し合って、理解に務めるよう決めたこと。
思ってもいない展開としては、イーアンは、大っ嫌いなサブパメントゥに触らせた(※許可した自覚アリ)歩み寄り進展があったこと。
「イーアン。今日もお腹一杯である」
「ええ、ドルドレン。まさか、ご一緒にあなたが二回も食べるとは、思いませんでした。それはお腹も」
「違うのだ。夕食が二回は、イーアンとお付き合いだから。うっかり食べてしまった(※大食漢)。
そっちじゃない。思い起こせば、半日の出来事が、詰まるに詰まって『お腹一杯』と言ったつもりだ」
二人はベッドに入って、今日の出来事を話しながら、ランタンを消す。
「イーアンも、ミレイオの家でお風呂に入ったんだね」
「そうです・・・二人とも塩水でベットベトでしたもので・・・ようやくベッド。ああ、疲れた」
「お疲れサマなのだ。今日は、丁寧に優しく(※ドルなりに譲歩)」
ドルドレンが営みを始めようと、微笑んで奥さんの顔を撫でると、瞬間でイーアンは寝た(※中年なのに龍気使いっ放しで頑張った)。
ぐーっと、眠る奥さんを見つめ、ドルドレンは已む無し、自分も眠ることにする。
『お風呂。入ってないから、しません』と言い続けていた数日間。ようやく、お風呂に入った日が、疲労困憊とは。
奥さんを腕の中に抱え、ドルドレンはそれでも『したい』と願いながら、ぎゅうぎゅうイーアンを抱き締めて眠りについた(※奥さん、オエオエ言ってるけど起きない)。
そんな旦那さんに愛される、お疲れイーアンの右手の中指には、青い石で出来た指輪が光っていた。
*****
ミレイオ。連日、夜は地下になりつつあるが、今日も地下で休む。
真鍮色のベッドにばふんと横になり、真横に積み上げたお宝を眺め、こみ上げる笑いが止まらない(※最高)。
「ハッハッハッハ!何これ~ すごいんだけど」
カーッハッハッハ・・・満足どころか、気が狂いそうな嬉しさに、一人ベッドの上で大喜び。
寝転がったまま、腕を伸ばして一つ杯を掴む。ベッドに仰向けになり、ちりばめた光に杯を照らし、贅沢な戦利品ににやける顔が吐息を漏らす。
「やってくれるよ、イーアン。あの子、絶対お宝探しに最適だわよ。
パッカルハンに続いて、今回の僧院も。まーさか、海のど真ん中まで行っちゃうとはね。
どんな読みしてんのやら。これ、最高だわ。癖になりそう(※魔物退治忘れている)」
杯をくるくる回して、その煌きを独り占めにするミレイオ。旅に出て久しぶりに、心躍る宝探しの一日に心は満たされる。そして、一緒に頭に浮ぶのは。
「何だっけね。トワォ?かな。あの仔は龍じゃないのね。あれも凄い出会い。海に潜っていて、今まで見たことないけれど、あんなのもいるのねぇ」
イーアンが指輪を持っているので、トワォはイーアンに使い方を教え、そして。
「不思議だけど。あれで、一緒に居るんだって、話だものね」
指輪の何に、どの部分に収まったのか。トワォは、イーアンと行動を共にすることになった。
上がった海上で、何度か使い方を試した様子を見ていたミレイオには、眉を寄せるだけのチンプンカンプンな現象だったが、どうもそれで正しいらしかった。
「ショショウィは呼び出すまでは、現地にいるみたいだけど。それに呼び出されたら、本体は向こうっぽい話も、ショショウィは話していたわ。
でもトワォの指輪はまた、仕組みが違うのよ・・・トワォは海の中に住むか、あの指輪の中?違うか。指輪を通した、どこか水の世界に居るってことかな」
まぁ良いんだけど、と微笑んだミレイオは、ランタンを消して。
『寝よ』薄い生成りの上掛けを引っ張り上げると、杯にキスをして『おやすみ』と声をかけ、瞬く間に眠りについた。ミレイオにとっても、気を張った疲労が大きい一日だった。
*****
戻ってきた妖精の騎士も、月明かりの差し込む部屋のベッドに横になって、白い月を見ている夜。
「妖精の女王。あなたはいつも私を守って」
呟いた声は、誰にも聞こえない。少し寂しそうに微笑んで、フォラヴは溜め息をついた。『でも。私はまだ、私を知ることは出来ない』疲れたように目を閉じて、静かに息を吸い込む。
なぜなのか。なぜ、自分は常に守られるのか。守られるほど、特別な対象なのだろうか。
だとしたら、どうして自分は、人間のように生きているのだろう。
フォラヴの中に、蟠りで残る、悩み。『与えられているのに、与えられえた時間を生きていない』どっちつかずの感覚は、旅に出る前から感じてはいたが、旅に出てから、事ある毎に気になる。
ニヌルタが言うには『フォラヴは妖精の女王に愛された』と言っていたが、当の本人が実感もないとなると困る。
瞼を開けて、白い月に目を向ける。
「あなたは。私に何をお望みですか。旅の仲間で、何も見えてこないのは、四方や、私だけにも思えます」
自分の意味を知りたいと、切実に願い始めるフォラヴ。
ザッカリアは子供だから、まだこれからのような気がするし、イーアンは日々、どんどんその存在を確立する。シャンガマックも『ホーミットを父として』と発言するほど近づいていた。
総長も、彼を支える冠が『勇者』の存在を表し始めているし、タンクラッドはコルステインと、切っても切れないくらいの親密さになった。
「私だけ。運命の蚊帳の外に、いる気がする」
オーリン・ミレイオ・バイラは、仲間とはいえ、手伝ってくれる補佐の人たち。彼らは参加した時から、彼らそれぞれの意味が、既にあった。
月は何も語らない。白く気高く、控え目な銀色の光を注ぐだけ。
溢れるほどの目まぐるしい情報と、こなすべき変化を突き付けられる、イーアンのような立場も大変だが。
「私は何も。何も受け取ることさえない。どこへ何を求めれば良いのか、さえ」
悩みを解決する答えのない空間で、妖精の騎士は、ひたすら自己の意味を考えて過ごした。
*****
龍の島で過ごすオーリンも、少し持ち帰った宝の分け前を前に、ガルホブラフに寄りかかって夜の風の中にいる。
イヌァエル・テレンは、オーリンの体にも楽。
『食うだけ食って、人間らしい食事をしていてもね』どこか、龍の血でも入ってそうだよな・・・そんな呟きを落として、友達の龍の腹の上でごろんと向きを変える。
「今日も有難うな。大丈夫?」
ヘイキ、見たいな顔で、ガルホブラフは首をちょっと向けて頷く。その顔を見て、ニコッと笑ったオーリン。
「俺たちはさ。いつも一緒だろ?それは良いんだけどさ。もし・・・俺がただの龍の民だったら。お前、そっちの方が良かったのかな」
疲れを癒している最中のガルホブラフ。友達の言葉に耳は傾けるが、反応はしない。
オーリンも、明るいイヌァエル・テレンの夜、柔らかい光を放つ龍の明かりに、宝の煌きで遊びながら、気にせず話し続ける。
「だってさ・・・俺が育ったはずの町。龍の民の。あそこで一生って。フフ、外知らなきゃ、それも疑問じゃなかっただろうけどな」
オーリンは考える。自分は長生きすることなんか、考えていない。死にそうなら、生きようと反応はするけれど、べつに長生きにはこだわらない。
「龍の民の町。あそこにいたら。俺はきっと、まだまだ若い体で。一生あの中で、ケラケラ笑って。
考えただけで、退屈だな。親は嫌いじゃないけど、退屈な場所だよな。
あん中で生活していたら、お前には心配かけないでいられただろうけどよ」
自分を探し続けたと聞いたから。ガルホブラフにはすまなかったと思うけれど。『俺は。今の方が良いや』そう言うと、自分を見ている金色の目を見る。
「変な意味じゃないよ。お前と一緒で、イーアンたちの旅も一緒でさ。で、イヌァエル・テレンも来れる。こういうので良かった、って思うんだ」
ガルホブラフは頷くように、ゆっくりと首を少し揺らし、ちょっと笑ったような顔を見せ、目を瞑る。
オーリンも宝を横に置くと、友達の龍に頭を乗せて『寝るか』そう呟いて、そのまま眠りに入った。
数日前に『付き合おうか』と話していた、彼女の元には帰らずに。
*****
部屋で書き物をするバイラ。
午後は皆と別行動だったが、夕方前に戻れたのは、旅人に同行する立場が役立った。『じゃなきゃ、あのまま拘束されたな』持ち帰って書き物を済ませる、広い部屋と時間が与えられたのは、助かる。
自分が言い出したことだが、武器も防具も積極的に求めないと、最初の内は小さな障害でも望みが費える。
「継続しないと。切らさないように・・・伝え続けないといけない」
魔物製の武器。魔物製の防具。購入を勧めるのはバイラの仕事で、本部がどこまで後押ししてくれるか。それは自分が、彼らハイザンジェルの旅人の意志を、どのくらい伝えられるかに掛かっている。
今は。彼らの仲間の誰かが、魔物を倒してくれる。
離れた場所でも、大きい魔物は倒しに出かけてくれる。これは本当に助かっている。もし、とんでもない規模の魔物に襲われたら。一回でどれだけの被害が出るか。
だから、イーアンやコルステインのような大きな力が動いてくれるのは、テイワグナにとって、言葉に出来ないくらいの感謝。
だが、イーアンもタンクラッドさんも、ミレイオも話していたが『自分たちで作って、使わないと』助けの手が間に合わない時、自分が自分を、または、大切な人を守らないといけない。
バイラとしては。出来るだけ協力してくれる地域を求める。『良かったな、今回のギールッフは・・・町長が受け入れ態勢で、何よりだ』独り言を落としながら、せっせと書類を作る。
地方でちょくちょく立ち寄る施設で、中間報告も兼ねて、バイラが書いている書類には『魔物資源活用機構』の働きを、もっと早く広める内容が綴られる。
急かしもするし、需要の大切も訴えるし、製品の性能も出来るだけ細かく書き込む。協力してくれる地域を募り、警護団にも普及して、人目につく形を急いでほしい旨を要求する。
「魔物。魔物は人にも伝染するのかな」
顔をしかめて呟くバイラは、ペンにインクを付ける。ランタンを近づけて、続く文を書きながら思う、今日のこと。
今日、ホーミットが助けてくれた、あの後。彼はシャンガマックを大事そうに抱き寄せてから、俺とザッカリアに言った。
『こいつら。今、俺が相手をしてやった人間だが。人間の割には魔物臭かった』
その言葉に、何か気付いたのか。ハッとした顔の、ザッカリアとシャンガマックが、ホーミットを見た。ホーミットは彼らに少し視線を流してから、なぜかバイラに顔を向け『気がついたな』と見据えたのだ。
「どうして。俺が『気がついた』と思ったのか。彼らのような存在には、何かを感じ取れるのか」
実際。バイラも剣を合わせて応戦中に、相手の様子に違和感が拭えなかった。それは奇妙な感じで、意識がありそうなのに、ぼんやりしているふうに見える、そんな『抜けた』感じ。
実の所。バイラは人を斬ることに、そこまで抵抗はない。護衛時代に、そんなことも経験した。
だから本気で挑んだら、殺すことを意識もする。今日の相手は、殺しても良い・・・言い方を変えれば、殺さないといけない感覚になるような、人間らしからぬ危険な雰囲気を持っていた。
だが、子供とシャンガマックの手前。そんなことは出来るだけしたくなかった。『殺す必要がある』と、頭のどこかで警鐘が響いていても、彼ら騎士の前で、人は殺せなかったのだ。
ペンを置いたバイラ。書類をさっと確認して、大きく伸びをすると、立ち上がって水差しの水を注ぐ。
「ホーミット。彼は。畏怖の存在の一人だが、だから肩代わりしてくれたのかな。倒したあれは、俺も魔物ではないかと思った」
消された盗賊。見た目は人間でも。中身が違うような。
ホーミットはそれ以上を言わなかったし、消した場面を見て怯えた子供に、見向きもしなかった。それは、わざわざ説明することでもないと、判断していたのだろうと思う。
午後に駐在所へ出かけたバイラは、空き地の一件を『魔物退治』とした。賊が魔物だったかどうか、その確認は出来なかったが、それが正直な気持ちだった。
「はびこって。いるんだろう・・・いろんな場所に」
今まで以上に、気を張っていかないと。
バイラはそう思いながら、疲れた体をほぐし、その数分後に明かりを消して今日を終えた。
*****
早めに眠ったザッカリアは、中途半端な時間に目が覚める。まどろむ意識で、目が覚めないように気持ちを落ち着かせる。
ザッカリアは夕食後に、部屋に戻ってギアッチと交信し、今日の出来事を相談した。その時、ギアッチは丁寧に彼の話を最後まで聞いてから、ザッカリアに一つだけ質問をした。
ザッカリアは彼の質問に答えられず、ギアッチは答えを急がなかった。
答えが出ず、探ることもなく。この夜の交信は、そのまま終える形になり、『お休み』と、翌日用の『気をつけて』を挨拶に、連絡珠を置いたザッカリアは、疲労した意識に負けて、そのまま眠ったのだが。
夢の中のような意識で、ザッカリアはギアッチの質問を脳裏に浮かべる。
『コルステインも怖かった。ホーミットも怖かった。うん。ではどうして、ビルガメスは平気だったんだろう?』
ギアッチの印象に強いのは、息子ザッカリアが、初めて大きな戦闘に挑んだ『テイワグナ大津波戦』。
その翌日に来た、イーアンをつれた男龍の采配は、正に龍の行動のように感じたと、ギアッチは話していた。
ギアッチはそれを簡素にまとめて伝えると、『どうしてだろうね』とだけ言って、その先を続けなかったのだ。
ザッカリアも分かっている。どうして。どうして?龍と、サブパメントゥの、行為に差が付くのかと問われたら。
子供の頭の中には、その答えを言い難い後ろめたさがひしめいていた。
午後。戻ってきたイーアンが部屋を訪れ『シャンガマックに聞きました』と言われた時、ザッカリアはイーアンも遠ざけたかった。でもイーアンの姿は今、あの時のビルガメスに似ていて。
今回。イーアンとの話し合いを断る気になれなかった、ザッカリア。それは、自分が空に帰属していると知っているからだった。
同じサブパメントゥと分かっていて、ミレイオは平気でも。
コルステインやホーミットは、人間の形を取っているにしたって、ミレイオほど人間らしく感じない。
それは、ザッカリアにとって、地下という、得体の知れない怖さに直結していた。
自分は空の誰か。
ビルガメスはあの時(※750話参照)。
ザッカリアに顔を向けて微笑み、それを見抜いた。その時、初めて自分のいるべき場所、存在する本当の位置を体感した気がした。
光の中。空の広い透き通る青さに、龍と一緒に飛ぶ自分。自由への憧れは、生い立ちによるものかも知れなくても――
「言えないよ・・・・・ 」
コルステインも、ホーミットも。怖いけれど、悪い人たちじゃない。それは分かっているから。
『あなたたちが怖いんだ』とは言えなかった。有無を言わさずに、あっさり誰かを奪うその恐ろしい現実。
同じ事をした男龍には、そこまで恐れを抱かなかったのに、サブパメントゥには鳥肌が立つ。それは仲間意識の齎すものなのかどうか。
アゾ・クィの森で、コルステインがお兄ちゃんを消した時。イーアンが、コルステインを守った言い方をしたのも、ザッカリアは嫌だった。
でも今は。『今のイーアンは、人間よりも、もっと龍に近いから。気にならない』呟く言葉は、小さ過ぎて、自分にも聞こえない。
この差別。ザッカリアは自覚していた。これが良くないことも知っていた。
困るのは、今後もこの恐れと差別を、感じ続けそうであることだった。ザッカリアはそこまで思うと、また混沌とした眠りに身を預けて眠った。
皆の夜は、何が重なることなく交錯し、暗い時間は更けてゆく。
今夜は部屋のベッドでゆっくり眠る親方とコルステイン。
ちょっとだけ外に出て、それから部屋に戻った、シャンガマックとホーミット(←これもなぜか一緒に寝る)。
長かった一日は、溶けるように全てを月の光の中に委ねて終えた。
お読み頂き有難うございます。




