1067. 夕暮れの関係で
ドルドレンの目が覚めたのは、部屋にランタンが灯るくらいの明るさまで、外が夕暮れに入った頃だった。
ぼんやりした意識で、自分がどこに居るのかを少し考えてから、あっと一声上げて、ベッドに横たえていた体を起こす。
「眠ってしまった。イーアンたちは」
慌てて顔を手で擦って、頭を振り、意識を戻そうとすると、扉が開く。ひょこっと白い角が見え、続いて奥さんがニコッと笑う顔。
「起きましたか。よく眠られていまして」
「ああ、イーアン。お帰り、ごめんね。眠ってしまった」
両腕を広げた伴侶の側に、とととっと近づくと、イーアンもすぽっと伴侶の腕の中に入って抱き締める。
「いつ戻ったの」
愛妻(※未婚)を抱き締めてから、ちょっと体を起こして顔を見ると、イーアンは時計を見て『3時間くらい前です』と答える。ドルドレンが眠ってから2時間後と分かり、起こして良かったと言うと、イーアンは首を振る。
「折角ですから。お風呂も入ったと聞きまして、それなら夕食まで眠って頂こうと思いました」
「有難う。お疲れサマなのだ。戻って来てから、どこに居たの?隣の部屋か」
隣って誰だったかな、と思い出すドルドレンに、イーアンは『隣の部屋はザッカリア』と教える。
彼の名を聞いたドルドレン。ハッとして、午前中の出来事を少し伝えると、イーアンは真面目な顔で頷いて、貼り付いていた体を起こし、ベッドに腰掛けるドルドレンの横に座り直す。
「そのことで。彼と話していました。あなたが起きるまで話そうと、決めていたので」
「どうだ。ザッカリアは。アゾ・クィの村と、同じような反応をして苦しんでいたが」
「大丈夫だと思いますよ。賢い子です。習った善悪と、有無を言わさない力の恐れを重ねています。
この二つは別のことですが、彼の生い立ちでは同時に記憶に残っているので、それを丁寧に分解しなければいけませんでした。
急には無理ですが、彼なりに。自分が関わる旅にまつわる全て『意味があってのこと』と捉える、その努力をすると、話していました」
「強い子である。芯が強いのだ」
ドルドレンは同情したように、長い睫を伏せ『子供だけど。辛い過去も乗り越えて、対面する恐れも克服する』選ばれたとはいえ、過酷だと、イーアンに呟く。イーアンも少し頷き『でもね』そこに付け足す。
「だからこそ。大人の私たちが・・・それぞれの人生に重く培い、様々な感覚を積み重ねた、私たちが一緒なのでしょう。彼を常に支え、丁寧に導くために」
そうだね、とドルドレンは溜め息を付く。『俺たちが彼を守らないと』少し寂しそうに言う伴侶の手に、イーアンは手を重ねて『皆で守るから大丈夫』と微笑んだ。
この話。イーアンの気持ちでは、言えないから伏せていることもある。
生きている相手を、あっさり消してしまう、その行いに、ザッカリアは非常に恐れを抱くが。
なぜ、津波の翌日、ビルガメスが同じことをした時はこれほど反応しなかったのか。
この消す行為、最初に見たのはビルガメスなのである。
それは小さな疑問だが、何か意味がありそうで、イーアンは気になっている。
「ザッカリアは?部屋に?」
ドルドレンが次の質問をして、イーアンの疑問はなりをひそめた。
「ええ。でも、私があなたの起床に気が付いて、部屋を出たので。彼も動いたかも知れません。シャンガマックも眠っていますから」
ドルドレンはそれを聞いて『フォラヴに会った?』と奥さんに聞く。イーアンは笑顔で頷いて『さっき挨拶した』と答えた。
「ミレイオとタンクラッド、オーリンは腹ペコで戻って。お風呂の後に、3人で軽食を食べに出ましてね」
「もうじき夕食なのだ。まだ戻らないのか」
「いえいえ。お風呂上りにすぐですもの。30分くらいで戻られて、後は馬車に居ますよ」
ああ、宝・・・ドルドレンの思い出した顔に、笑ったイーアンは、『後で紹介する』と言うと、ドルドレンの手を引く。部屋を出た二人は、皆と合流するために1階へ下りた。
1階のホールには、ザッカリアとフォラヴ、バイラが窓際の椅子に座って話していた。彼らは、イーアンとドルドレンを見ると手を挙げて笑顔を向ける。
「シャンガマックだけはまだ寝ているのか」
ドルドレンがフォラヴに訊ねた時、裏庭が見える窓の向こうから、職人3人が歩いてくるのを見て、彼らに手を振った。向こうも気が付き、すぐに手を振り返す。
「私が起こしましょう。もう夕食に行きますか」
「そうしよう、コルステインが来るのももうじきだろうから」
早めに食事にしないと、と伴侶が了解したので、イーアンはちょこちょこ走って2階へ上がり、すれ違う従業員の人に拝まれながら(※軽く有名人)笑顔でお礼を言って、シャンガマックの部屋の戸を叩いた。
「シャンガマック。起きていますか」
返事がない。鍵は掛かっているかな、と思い、ちょっと引き手を回すと開いた。そーっと開けて『勝手に開けますよ。失礼します』とはっきり告げてから、暗くなりかける部屋を見て、ベッドに横になる騎士の側へ寄る。
ランタンを付けてあげたいが、食事の後は『ホーミット』だろうな~と思うと、扉を開けたまま、廊下の明かりに頼って、イーアンはシャンガマックの肩を揺すった。
「夕食の時間です。あなたも約束がありますから、食事へ行きましょう」
「ん・・・うん。うん?あれ、イーアンか。あっ」
起きたシャンガマックは、イーアンを見て目を擦り、辺りの暗さに驚いて跳ね起きた。
「しまった。夜まで眠ってしまった」
「大丈夫です。夕暮れですが、食事をするくらいの時間はあるでしょう」
「いや。イーアン、すまない。起こしてくれて有難・・・ 」
言いかけて、イーアンが起こしてくれたことに、ちょっと恥らう騎士(※これはこれで)。イーアンは何となく分かるので、さくっと切って『早く夕食を』と告げる(※彼はホーミットへと思う瞬間)。
「食事はしないで行こうと思う」
「いけません。眠るのも食事も。あなたはきちんと済ませて下さい。お互いの質が異なります、そこは大切になさい」
きちっと伝えるイーアンに、シャンガマックは黙った。彼がよほど、ホーミットにのめり込んでいるのが分かる。でも、食事も抜いて、夜中も喋ってなんて。それは体調に関わる。
「まだね、私くらいですと。実は食べなくても、もう大丈夫な体に変化していますから、そうした言葉も言えますでしょう。それは体に影響がないからです。食べたいけど(※本音)。
でもあなたはいけません。加護があっても人の体です。しっかり食べて、しっかり眠り、健康な状態で、サブパメントゥの丈夫な彼とお付き合いして下さい」
「イーアン・・・分かった」
イーアンも食事はしたいが。シャンガマックが安心して、夕食を摂れるようには、自分は後から食事にした方が良さそうだな、と思った。
彼を起こし、部屋を一緒に出て1階に向かう間に、イーアンは『自分が外で代わりに待つ』と申し出る。
驚く騎士に『ケンカはしません』先に伝えて、あなたが食事を摂れるようにしたい意思を伝えると言うと、シャンガマックは謝っていた。
「俺が、分かっていないから。イーアンに迷惑を」
「いいえ。違う種族と付き合うというのは、最初から上手くこなせません。それを知っています。だから私がちょっとだけ、お手伝いするのです。たかが30分その程度。我慢にも入りませんよ」
ハハハと笑った女龍に、シャンガマックは思う。彼女は、この世界に飛び込んでから慣れるまでも長かったし、矢継ぎ早に自分の存在を変えられて、今は見た目も能力も立場も変わった。
龍族と彼女が関わるようになった頃、彼女を理解して支えられた男はどれくらい、いただろう・・・・・
ふと、そんなことが過ぎり、イーアンは独りで頑張り続けている気がして。シャンガマックは、今から始まる、自分の別種族との付き合いを考えさせられた。
「俺は。あなたみたいに受け入れていけるだろうか」
「シャンガマックは大丈夫ですよ。私よりも上手くやるでしょう」
ニコッと笑ったイーアンは、1階に着いてからすぐ、ドルドレンに提案を話す。総長は一瞬、え?と言った感じだった。それはミレイオたちも同じだったが、イーアンは気にしていなさそうに振舞ったので、了承された。
「(ド)それでは。すまない。先に食べているよ。もしその、俺たちが食べ終わるまで待たせてしまっても」
「(イ)問題ありません。私、食事処で一人で食事出来る人です(※ボッチ飯得意)」
「(シャ)ホーミットが来たら、伝えて・・・それで、すぐにイーアンが食事に来れば」
「(イ)ホーミットもですが、コルステインが来ても伝えます。二人に伝えたら、食事に向かいましょう」
「(タ)そうか、すまないな。イーアン。コルステインにまで」
ハッとした親方も、シャンガマックと総長に並んで謝ると、大したことじゃないと頷き、アッハッハと笑う女龍(※男らしいイーアン)。
彼女に送り出され、男たちは申し訳ない気持ちを抱きつつ。向かいの食事処へ入って行った。
残ったイーアン。暗くなる馬車の側へ移動する。
お宿の人たちは『イーアンは光る(※初・龍の女=発光物体と認める)』と教えてもらったので、馬車の付近でフラフラと白いのが居ても、何となく拝むだけで済ませてくれた。
宿泊客も、お宿の人に『白いのが光っている姿は龍の女だから、そっとしておいて』と頼まれ、一目見てはおくものの(※好奇心とあやかるつもり)そこは素直に従ってくれた。
荷馬車の扉を開け、グィード・クロークを羽織ったイーアンは、荷台に腰掛けて暗くなる外を見つめる。
今日の出来事を思い返し、宝はさておき、トワォのことを考える時間。ぼーっとして20分もしないうちに、外に気配が現われた。大きいのでコルステインかなと思うと、当たる。
『コルステイン。こんばんは』
『イーアン。タンクラッド。どこ』
やって来た青い霧はフワフワしながら話しかける。イーアンは、彼はまだだけど、もうちょっと待っていてと伝える。コルステインはすぐに分かってくれて、光を灯さない馬車の荷台に入った。
『ここで待っていて下さい。きっと、今日はこの中の部屋で眠ります』
『ホーミット。どこ。寝る。する』
コルステインは、ホーミットがもう来ていそうな言い方をして、彼はどこで寝るのかと訊ねる。イーアンは、あれ?って感じ。私、鈍いからかなと外を見ると、コルステインが指差して教えてくれた。
『あれ。ホーミット。どこ。寝る?バニザット。一緒。する』
『あら、あっち。何で分からなかったのか。彼は出かけるかも知れませんね』
コルステインに、荷台に居てねとお願いして、イーアンは示されたホーミットの待つ場所、宿屋の広い裏庭の木々の側へ行った。
近づくと、ぐんぐん感じるホーミット。自分が来たから警戒している、と分かり、先に話しかけた。
「シャンガマックは食事中。食べさせないといけません。もう少し掛かります」
「何でお前が来たんだ」
「ちっ。本当に・・・こいつ、一生仲良くなれねぇ」
相手の返事にムカつくイーアン。舌打ちして踵を返す。
言うことは言ったからな、と(※犬猿の仲)ぼやいて、荷馬車に戻ろうとしたが。『待て』と背中に声が掛かる。振り向いて、面倒そうに『ああ?』の一声(※素)。
「イーアン。戻れ」
「お前に指図受けねぇって言っただろうが」
「その言い方、よせ。普通に喋れないのか」
ルガルバンダにも、過去に同じようなことを言われているイーアン。
こういうヤツ嫌い~ 面倒だけど、渋々、シャンガマックのためでもあると思って、大男の側へ何歩か戻った。
「何だ、『待て』ってだけだ。お前は待ってろ(※イーアンぶっきら棒)」
「どうしてそうなんだ。もうちょっと普通に喋れよ」
「だとしたら、どうなんだよ(※命令嫌い&メンドー)。
私は、シャンガマックと違うんだ。お前に正体隠されて、強制を求められて、最近どうにか、名前を呼ぶようになった程度の間だろうが」
「イーアン。バニザットは、俺とお前が近づくように望んでいる(※息子想い)」
「知らねぇよ~(※イーアンぐったり)」
もー、ヤなんだけど~~~
仲間だけど、必要な時に協力すれば良いじゃないのよ、と思うイーアン。鬱陶しすぎる(※強制も命令も嫌いな性格)ヤツとは喋りたくもない。
無理して、仲良しこよしの状態まで作ろうなんて、望みやしない(※中年。人生を知る)。
イイ年した大人が、どんな相手でも仲良くなんて在り得ねぇってんだよ、と目が据わった女龍は、目の前の大男にかます。
「お前さんが、シャンガマックのためにと思うのは分かる。だが、私にそれを求めるな」
「こっちへ来い。俺だって嫌だが、あいつのためだ」
「今、お前!『俺だってイヤだ』って言っただろ!そんなヤツの言葉なんざ、聞けるかっ!」
「触ってみろ。俺に」
「はー?!触らねぇよ!お前、消えるんだろうがっ 命大事にしろっ(※さり気なく自分強いと強調)」
馬鹿馬鹿しいとぼやき、クサクサしたイーアンは、頭振り振り『私も食事に行く。そこで待ってろ』とホーミットを見もせずに吐き捨てて、立ち去る。
歩きだして3歩も行かないうちに、ぞわっとする気力が上を跨ぎ、次の瞬間、目の前にホーミットが立っていた。その目つき、碧に光る目がイーアンを見据える。
「何だ。何の真似だ。やんのか、おい。売られたら買うからな(※ケンカしないって言ったの忘れる)」
イーアンは、爪を出そうと片腕を後ろに引く(※やる気満々)。『勝てると思ってんじゃねぇぞ』睨み上げる女龍の龍気が、音を立てるように上がる。
「やめろ。攻撃しない。攻撃しない俺にもそうするのか。約束はどうした」
降りかかる嫌な一言『約束』。龍の自分である前に、人間の自分でも約束は守ってきた。ケッと吐き捨て、イーアンは歯を噛みしめ、龍気を下げる。
睨み付ける目をそのまま。『何だ。何しようってんだ』と問うと、ホーミットは右腕をゆっくり伸ばして、静かに、慎重に、イーアンの頭に手を近づける。
見ているイーアンは、気が付く。こいつ、私に触れるくらい強くなったか、試そうとしているんだ、と。
「ホーミット、お前」
「動くな。そのまま。そのまま・・・今のイーアンに触れるかどうか。俺も賭けだ」
「やめとけ、崩れる」
「いいから。動くな。龍気を下げていてくれ、お前を守るために」
「何だと?」
ムカッときたイーアン。お前のが強いって意味かと、怒りの感情が湧く。ホーミットは触る寸前で手を止め『違う!』と叱った。
「何て気が短いんだ。ミレイオより扱い難い。どうしてすぐに怒るんだ。お前の力が万能だと、過信するな!バニザットのためだ。仲間なんだ、助ける場面もあるだろう」
イーアンは歯軋り。言ってることが正論っぽいから、言い返すのに時間が掛かる(※ちくしょーって感じ)。
「お、お前なんかに。守ってもらうかよ!私はコルステインがいる」
「イーアン。コルステインは砂漠に乗り込んだか。思い出せ」
ぐぬぅう、唸るイーアン(※人生知ってるつもりの中年だけど、相手はウン百才って忘れてる)。
黙った悔しそうな女龍に、ホーミットは首を振って『本当になんて気の強い女龍だ』と呟くと(※イーアンに更に嫌われる一言)慎重に手を伸ばして、頭に触れようとした。
「角」
「ん?」
悔しいながらも、イーアンは教える。『角はよせ。角は龍気が漲っている』角に触るな、と教えたイーアンの伏せた目に、ホーミットは暫く黙って見つめると『分かった』と答えた。
それから、そっと。角の横の頭。髪の毛に触れる。少し顔を歪めて『龍気。もう少し弱く出来ないか』と呟く。イーアンは頭を振って『無理』と答えた。実際に、相当控えているつもり。
「これ・・・お前の髪の毛だぞ。触っているが、どうだ。俺が触って」
「違和感しかない。私は問題ないが、お前がどうかだ」
「頭だからか。体はどうだろう、その衣服。龍の・・・だろうが、体の方が龍気が少ない」
気が付いたな~と思うと嫌だけど。コルステインのため、作ったグィードのクローク。
イーアンはホーミットを見上げ、これはグィードの皮と教える。『勘違いするなよ。コルステインの為に作ったんだ』やり切れない顔で言う女龍に、ホーミットはちょっと笑った。
「体に触る」
答えのない女龍に、ホーミットは腕を下に向けて、肩に手を置いた。『触れる・・・・・ 』驚いたと分かる、小さな声。素の呟きだと分かり、イーアンは顔を上げた。
「お前くらい、何てことないだろう。これを着れば、コルステインが私を抱き締められるんだから」
嫌味をきちんと混ぜて伝えた言葉に、ホーミットも『お前は』と嫌そうにすぐ答えたが、ふーっと息を吐いた。
「頭は出しているからか。龍気が剥きだしなのは。だが、グィードの皮なら、俺たちは問題ないってことか。グィードはサブパメントゥに居た龍だから・・・お前と近いしな。相乗効果だろうな」
大男の言葉に、イーアンは彼を見上げた。こいつがなぜ。私とグィードが近いと言えるのか。
ホーミットも、見上げた女龍の目を見つめ、彼女が自分に疑問を持ったことを知る。『知らなかったのか』静かに訊ねると、イーアンは答えないことを答えとした。
女龍の小さな肩に両手を置いた、ホーミット。自分の半分近く背の低い女龍に、『お前はまだ。知らないことが多そうだ』と。嫌味でも何でもなく、教えてやった。それは、自分に譲歩した相手への交換だった。
「ホーミットは。私の何を知って」
「お前の?女龍のことなんか知らん。俺が知っているのは」
ホーミットが言い掛けた時、ハッと二人は同じ方向を向いた。そこにはシャンガマックがいて、急いで来たようだった。
「バニザット」
大男が彼の名を呼んだ時、褐色の騎士の顔に、嬉しそうな笑みが広がった。『二人が。良かった!』その言葉に。イーアンもホーミットも真顔に戻り、そっと距離を取った。
お読み頂き有難うございます。




