1062. 龍と勇者のフォラヴ探し
青い龍に連れ去られた総長は、言っても無駄と早々に諦め、ミンティンに行き先を預ける。
「どこ行くの」
バイラが、フォラヴを探す見当をつけていた方向と違うなぁと思いつつ、でも、龍の気持ちにも何かあるんだろうしと、ドルドレンは溜め息交じりに訊ねる。龍は無視。
「俺とミンティンの両方、あの場にいなかったら、心配じゃないのか。
残されたのはシャンガマックとバイラと、ザッカリアだけである。ザッカリアはまだ子供で、力も弱いのに」
ぼやくドルドレン。しかし続いて、龍は無視(※ミンティンは甘くない)。そんな青い龍が、少し飛んだ先で降下し始めたので、おや?とドルドレンも向かう先に顔を向けた。
「着くの?」
呟きに似た質問に、青い龍は顔を少しだけ横に向けて金色の目で乗員を見た。ドルドレンは頷く。『こういうのは答えるのか』そうなの・・・了解して、真っ直ぐ目的地へ降りるに任せた。
「ミンティンはここに・・・フォラヴがいると思うのか」
見たところ、木々はあるにせよ。イーアンが話していた『大きな木』ってほどの大樹はない。どの木も樹齢で、せいぜい100年行くかなと思える範囲の幹。
「ここにある、木。皆、意外に若いんでないの?背はあるけれど、幹が太い感じのはないのだ」
それに、と思ってドルドレンは後ろを振り向き、ぐるーっと見回しながら『だーれもいない』どこ、ここ?と横にいる龍に訊く。ミンティンはじーっと一方を見ていて、黒髪の騎士の質問に答えないまま。
「お前が連れて来たのだ。もうちょっと教えてくれても良いと思う。ミンティンはどうして俺を」
困って問いかけると、青い龍はドルドレンが言い終わらないうちに、大きな鼻先を動かして、急に龍の顔を向けられビビる騎士の背中を突いた。
「うおっ。何するのだっ」
転びそうになって慌てたドルドレンは、眉根を寄せて龍に抗議。『教えてくれ。俺はイーアンと違う。そんな頭の巡りが早いと思うな(※言ってて凹む)』言いにくいこと言わせて!むくれる騎士。
そんなドルドレンに。ミンティンは目が据わる(※『どーして分からないのか』って)。
素早い推察を指示するイーアンとの付き合いに慣れ、ちょくちょく呼ばれたタンクラッドの勘の良さも、『それ当然』と慣れた青い龍には、目の前の勇者(※勇者だからって)のオツムの具合に面倒臭い。
面倒臭いなーと思いつつ、ミンティンはもう一度、ぷりぷりしている黒髪の騎士の背中を、尻尾の先っちょで、どこんと突いた(※ドル倒れる)。
「な。何てことを!イーアンにはしないのに!(←656話例①:イーアンはドルの前で突かれてるの忘れてる)」
良いから気がつけよ、とばかり(※メンドー)。青い龍は据わった目をそのまま、ドルドレンから視線を外して一方を見つめた。
龍の顔が、さっきと同じ方向に向けられたことに、転がされたドルドレンはようやく『ん。もしかして』その方向を見て、立ち上がる。
ドルドレンの視線の先。ミンティンの顔がずっと向いている先には、木々が何本も生えている。
その木々は、ミンティンと同じ位置に立つと、5本6本と重なって見え、堂々とした一本の木のようにそこに佇む。
「もしや。お前は、あれを。大きな木だと・・・でもあれ、近づけば別々なのだ」
ちょっと分からないかもな、と思ったドルドレンは、青い龍に振り向いてすまなそうに伝える。『ここから見れば、一本の木に見えるけれどね』と呟く。青い龍は無視。ひたすら見つめている。
「うーむ。こんな時、イーアンならどうするのか。ミンティンには大樹の意味が、見えるままなのかも知れない。どう言えば伝わるかな」
困ったドルドレン。やっぱり龍だから、人間の言葉を逐一、理解するのは大変なんだろう。それは分かるから、言い方を変えなければと言葉を探す。
考えるドルドレンに呆れたのか。
ミンティンは大きな体を前に出し、ゆっくりと『一本の木』に、見える場所へ歩きだした。
「どうするのだ。近くに行っても」
龍が勝手に動いたので、ドルドレンは呼びかけて、その後をついて行く。『ミンティン』歩くのを止めない龍の横に並び、大きな体を見上げて、少し同情気味(※分かってないから)に話しかける。
「ミンティンには分からないかも知れない。でも、あれは何本もの木々が、一箇所から重なって見えたのだ。だから、あれではないよ」
青い龍はのっしのっしと歩くだけ(※普段歩かない)。ドルドレンもついては行くが、青い龍の大きな前足に手を伸ばして、ちょいちょい触りながら『違う場所だと思うから』別を探そう、と何度も言った。
何度か、同じことを繰り返し聞かせ、それでも耳も貸さない青い龍に、ドルドレンがほとほと困った時。
ミンティンは立ち止まり、ドルドレンに長い首を向けて、『何。また』驚く勇者の首根っこを摘まみ上げた。
「何をする。教えてくれれば動くから(←動かなかった)!こら、離しなさい」
これ、ミンティン!と叱る勇者を、目一杯無視した青い龍は、そのまま勇者を木々の重なる場所へ差し出す。『何の真似なの。木がたくさんあるだけ』龍に言いかけたすぐ、目の前の木々が揺れ始る。
「げ」
グラグラと木々はゆれ、少しずつ幹が倒れ出し、間隔を開けて生えていた数本の木々が、絡まる蔓のように互いに幹を求め、とうとう見ている前で、大きな音を立てて6本の木が絡まってしまった。
開いた口が塞がらないドルドレンは、絡まったことで背が低くなった木々の中心、枝葉がどさっと集まった場所に何かが動くのを見た。
『今度は何だ』心の声が呟きに変わる。摘ままれたまま、ぶらーっと龍の口から下がる勇者は、次に、枝葉の中心辺りから、細い枝が何百も空に向かって伸び始める様子に、肝を抜かれる。
枝はどんどん密度を増して、天に向かって伸びる枝先には、淡い黄緑色の若葉が茂り始め、集中した枝の集合体から、もわっと明るい水色の光が漏れた。
ミンティンはじーっと見ている。ドルドレンも垂れ下がっている状態のまま、凝視するのみ。
水色の光はどんどん増え、枝の隙間から燦々と降り注ぐように放射状に光の線を放つ。目をまん丸にして口も開けっ放しで見ているドルドレンは、このすぐ後に、落とされた(※龍、口緩めた)。
ドサッと落ちてびっくりしたドルドレンは、振り向いて『ミンティン!』と怒る。『急に離すな』もっと親切にしなさい、と怒る勇者に、面倒そうな顔で青い龍は再び指導。
勇者の白が混じる黒い髪に嘴を下ろして、ゴツッと(※本人は遠慮しているつもり)頭を叩いた。
悲鳴を上げたドルドレンは、頭を押さえて転がり『何て、何てことをっ!ヒドイっ』ギャーギャー喚いて痛がった。
龍は容赦しない。転がる勇者の上半身を大きな口でぱくっと捕まえて(←これも遠慮してるつもり)喚いて恐れる声を気にせず。ぶんぶん揺すった。
「死ぬ!殺される!タムズ、助けて(※もはや奥さんの名ではない)」
半狂乱になった勇者は、龍の口に上半身を銜えられた状態で、左右に振られ、必死に愛する男龍の名前を裏声で叫ぶが(※聞こえない)。その時、『冠』が振られた勢いで落ちたのにハッと気がつく。
ドルドレンが気がついたと同時に、龍も知ったようで、龍はぺっと勇者を吐き出した(※雑)。
「お前って龍は!何てことするのだ!死ぬかと思った」
イーアンに言いつけてやる!と喚く勇者。
落とした冠を、砂まみれ体で(※銜えられてヨダレ付いた)拾って、青い龍を睨みつける。龍は冷めた目で勇者を見下ろし、ちょっとだけ顔を動かした。
「何。これ?これは冠である。お前が俺に乱暴なことをしたから、落ちたのだ。大切なものなのに!」
ミンティンに怒りながらも教えてあげると、ミンティンはじーっと、その手に掴んだ冠を見ている。
「どうしたの。被れ、ってのか。全く。ショレイヤがこんなに乱暴じゃなくて良かった」
ぶつぶつ言いつつも、ドルドレンは青い龍の要求らしいことに従う(※反抗すると何されるか)。ひょいと被った冠の頭で、青い龍をもう一度睨み『ほら。どうだ。これで良いのか』ぶっきら棒に伝えると。
『迎えに来ました。勇者よ。ここへ』
背中から声が聞こえた。驚いたドルドレンは、さっと背中を振り返る。水色の光が漏れる枝の密集に、キラキラと飛び交う小さな銀色の光がたくさん・・・『これは』美しい光景に目を見張る勇者。
『迎えに来ました。あなたが勇者。ここへ』
「俺。俺を呼んでいる?そっちに行くのか?誰を迎えに」
言いかけて、『あ。フォラヴか』この雰囲気は妖精のような・・・理解したドルドレンは、急いで、倒れて絡まる木々を跨ぎ、真ん中の枝が光放つ、茂る場所へ向かう。
「フォラヴ?いるのか。俺だ、ドルドレンだ」
『勇者。迎えに来ました。起きて。妖精の子』
周囲でたくさんの小さな話し声が聞こえるが、言葉の意味は分からない。その中で、はっきりと理解出来るのは、ドルドレン以外の誰かにも、状況を教えている声。
誰なんだろう?と、姿の見えない相手に目を動かして探しながら、ドルドレンは枝葉がわっさりある場所で立ち止まり、そこから先は行けそうにないので、その場で待つ。
水色の光は柔らかいのに、光の量はうんと増え、午前の風景を水色に変える勢い。
「フォラヴ」
驚きながらも、もう一度名前を呼ぶ総長。少ししてから、またさっきの声で『祈って。願って。勇者に愛される妖精の子を出して』別のことを頼まれた。
「誰だろう。でも、祈るのか?俺が、彼を大事にしている気持ちが伝わる方が良い、という意味か」
『祈って。願って。勇者に愛される妖精の子』
どうすれば良いのかな、と思いつつ。後ろを見ると龍が見ている。さっきよりも離れた場所に下がったのか、ミンティンは少し遠いところにいた。
見ているだけということは、これで合っているんだろうか・・・分からないなりに、ドルドレンはまた前を向き、光を放ち続ける水色の塊と化した、枝の集合体を見つめる。
「お前を求めよう。いつだって求めている。俺の部下。俺の友。俺の愛する仲間よ。ドーナル・フォラヴ。お前の鈴のような笑い声を聞かせてくれ。俺の腕に戻れ。迎えに来たぞ」
ドルドレンは大きい声で、しっかりと、フォラヴへの愛情を感じながら話しかけた。大切な部下。いつも一緒にいてくれた、優しく従順なフォラヴ。早く戻れ、と祈る。
祈りながら、光の漏れる枝の固まりに両腕を伸ばして、『フォラヴ。出て来い。俺と行こう』笑顔で誘った、その声に。
『総長』
聞こえた声に、わっと顔が明るくなるドルドレン。もっと大きく腕を広げて『フォラヴ!ここだ、見えるか。来い』と叫んだ。
その途端、光が倍にも輝いて、目を瞑ったドルドレンの胸にドンと何かが当たった。光の中で薄目を開けると、自分の胸にしがみついた、白金の髪の毛が見える。
「おお、フォラヴ!」
「はい。総長」
ぎゅっと抱き締めると、見上げた顔に、美しい空色の瞳が喜びを湛えている。
『勇者が迎えに来て下さった。有難うございます』笑顔の妖精の騎士は、ぎゅーっと総長の体を抱きしめて、お礼を言った。ドルドレンも抱き返す。
「何言ってるんだ。当たり前だ。勇者だけど、その前にお前の上司だ」
「はい」
ハハハと笑ったドルドレンはしっかりと部下を抱き締めて、白金のフワフワした髪に頬ずりした。
「ああ、良かった。どうなるかと思った。しかし、無事に会えたことを喜ぼう」
「どれくらいの時間が経ちましたか。後で聞かせて下さい。皆は」
「お、そうだ。そう。ここへは俺一人だ。ミンティンに連れられた」
抱き合って喜んだ二人は体を起こして、ドルドレンがまず事情を説明する。二人の背後では、ザワザワと音を立てながら、木々が戻り始め、話しつつも視線が釘点けになるドルドレンに、フォラヴは笑って、彼の胸を叩いた。
「戻っているだけです。私を出すために大掛かりなことを」
「そうか、なかなか。見応えのある光景だった」
コロコロと笑った妖精の騎士は、自分を抱き締めている総長の腕をそっと解くと、彼の背中に手を当てて、後ろを向かせ『さぁ、行きましょう。ミンティンが待っていて下さっています』大きな青い龍を見て微笑んだ。
ミンティンは、ドルドレンと目が合って、うん、と頷いた(※ほらな、って)。
ムスッとするドルドレン。交互に二人を見たフォラヴは、何かあったのかなと思いつつも、とりあえず総長と一緒に龍の側へ行き、挨拶をして龍にもお礼を言った。
青い龍はゆっくり頷いて、二人を背中に乗せると、丁寧に浮上して、丁寧に飛び立った(※フォラヴに気を遣う)。
遠ざかる小さな森は、少しずつ薄れ、彼らが完全に離れる時には、果物園の一角に姿を戻していた。




