1056. ビルガメスの呼び出し
馬車は順調に午前の道を進み、遠景に木々の影も増えて見えてくる。砂っぽい荒野にも似た場所を通り抜け、徐々に海に近づく地域へ入るが、海となれば、まだ先。
「この辺りは、暑いですけれど。緑も増えて、割と豊かな場所です」
バイラは荷馬車と寝台馬車の中間くらいで、馬を進めながら(※寝台馬車の御者でミレイオがいるから)地域の説明をする。
「この時期は果物も採れます。ここは地質が変わるので、農耕は盛んなんです」
「果物あるんだ。良かった!次の町は、新鮮な野菜とか果物、買えるわね」
「はい。魚介は遠いですけれど、草地が豊かな分、畜産もそうした意味では多いです。乳製品も結構、販売していた記憶があります。
十年くらい前の情報ですが、最近の魔物で被害でもなければ、あまり変わっていないでしょう。食事処は期待出来ると思いますよ」
「うーん。久しぶりかも。ずっと塩っぽいものが続いたから。そろそろ『塩漬けじゃないのが食べたい』と思ってたのよ」
護衛時代に行ったり来たりした国内、大体の場所は詳細も言える。バイラは観光ガイドに打ってつけで、自分の知っている範囲、当時の記憶を辿って説明し、それを楽しく聞くミレイオと会話に花が咲く。
「大きい町ではないですが、活気があって。旅で立ち寄る人が多い町でもあります」
「炉があるかしら?あればね、前回出来なかった分を終わらせたいんだけど」
「あったような。あったんじゃないかな。鍛冶屋の多い町はまた違いますが、どの町でも大抵は、自分たちの使う分が作れる程度の、炉は用意してあると思います。町長に訊いてみましょう」
親方もこの会話には反応。二人が仲良く話しているので、割って入りはしないが、炉があるなら、数泊を提案しておこうと思う。
「いい加減。どこかで積極的な職人に伝授しないと。倒せる人間が限られている上に、身を守るものも作ってない状況は、心配でならん」
自分が任務を請け負ったわけではないにしても、親方としては気になる部分。
簡単には『俺にも教えて』と頼まれるわけない内容だが、それでも魔物に立ち向かおうとする人間が、職人たちにもいてくれると、テイワグナの魔物退治において、格段に事態の好転率を左右すると思う。
親方は思う。バイラに頼んで、警護団施設を介し、職人の町に『魔物製品を作る工房』を求めるのも手だろうか、と。
懸念は、人々の持つ、魔物への恐れ。そして、魔物の体を持込をするような恐れ知らずが、一人でもいてくれるかどうか・・・・・
「イーアン。あいつは本当に、貴重な存在だったんだな」
しみじみ、イーアンに感謝する(←魔物剥ぐ人)タンクラッド。『魔物製品工房』を求めるより、『恐れ知らず』をまず募集した方が良さそうな気がしてきた(※必須)。
こうして、お昼間近を迎え、旅の一行は木々も増えてきた道の脇で、馬車を停める。
ミレイオが調理を始めるのと同時くらいで、ショショウィを呼び、少し早めに余裕を持って、地霊に癒される時間を過ごす、タンクラッド以下、他の人。
「前倒しでな。ショショウィを呼んでおけば。イーアンが早めに戻っても、ショショウィは充分遊んだ後だ。帰すとなっても、ショショウィも満足した後だろ?双方に良いわけだ」
タンクラッドは白いネコを抱っこして、自分の上に座らせると、お腹をナデナデしながらそう言う。
『良いことである』早めだと、長く遊べる―― ドルドレンも横に座って、ザッカリアと一緒に、ショショウィの喉をよしよししたり、長い尻尾に櫛をかけて梳かしたり、ショショウィ・タイムを楽しむ(※癒し)。
バイラは、ミレイオが地霊を気にしているのを見て、『自分が後はやるから』と、地霊と遊んでくるように促す。
ちらっと見たミレイオは『ありがと』微笑んですぐに立ち上がり、そそくさショショウィ・フィールドに混じった。そんなミレイオに笑いながら、バイラは昼食の続きを作る。
鍋の世話をしながら、笑顔のバイラ。その笑顔の後ろ、一人だけこの場にいない者を心配する気持ちが離れない。
寝台馬車をちょっと見て『どうしたかな』と呟くバイラ。シャンガマックは、眠っているのだろうか。
誰某に気力を抜かれるとか、使われているなどの、恐ろしい片鱗はなさそうにしても、昼夜逆転のような彼の印象に、どうしても心配は募っていた。
心配されているとは知らない、寝台馬車にいるシャンガマックは、目も覚めていたし、すこぶる元気。
夜に手に入れた情報と、『これは思い出だな』そっと腰袋から出した、僧院土産の小さな銀の皿に微笑み、また腰袋に戻す。
毎晩。ヨーマイテスと会える。他でもない、彼がそう言った。それが嬉しくて、出来るだけ日中は眠ったり、休んだりしようと(←生活時間逆転とは思ってない)意識する。
「タンクラッドさんだって、コルステインと一緒に毎晩眠る。コルステインは、夜に眠らないようだけど、彼との時間を好んで足繁く通う。
タンクラッドさんも、コルステインを大事にしているから、いつだって外で眠るんだ。
俺も同じだ。ヨーマイテスは、俺との時間を大切にしてくれる。だから夜の間、一緒に過ごすのは当然」
タンクラッドにとっての、コルステイン。サブパメントゥの仲間と一緒にいる。それは良いことだと思う。
自分の相手は、ヨーマイテス。彼もサブパメントゥだから、コルステインと同じように、夜間や暗い時間に付き合うのは当たり前だと、シャンガマックは捉えている。
「不思議な感じだ。俺には、相手の女性など、一人の影もないまま、運命は進んできた(※イケメンだけど真面目過ぎた)。
イーアンは好きだが、彼女は俺の道しるべのような存在だから、想い続けるだけの対象。それで満足している、自分がいる。
こんな俺に。異種族の凄い存在が、突然『父親』として関わってくれるようになった(※突飛過ぎる展開でも疑問を持たない)・・・俺は、一生を付き添う女より、ヨーマイテスの方がずっと良い」
純粋に、学者精神の強いシャンガマック。
性的な欲求よりも、知的好奇心で一生過ごせる、大真面目な性格が、男として、異例にも似た人生を喜びの内に受け入れさせる。
朝に見た夢も、本当なのであれば。『俺の運命は、ヨーマイテスのためにあるっ』うん、と頷く。
ヨーマイテスの存在感が圧倒的に大きくて、もう自分に女は要らないと思えるほど、ヨーマイテスが好きな自分がいる(※そうじゃなくても、女と付き合う意識低かった)。『彼に一生捧げよう』と、一人誓う時間。
「早く。夜にならないかな」
ニコニコしながら、褐色の騎士は眩しい昼の空を見る。夜になれ、と念じる騎士の思いは、やんわりと。以心伝心のように、狭間空間にいる『父』にも届いていた(※あっちも『早く夜になれ』と言ってる最中)。
*****
「馬車歌の解読が、一向に進みません」
ぼやくイーアン。時間になって、紙とペンを仕舞いながら『難しい』と呟きつつ、皆さんに挨拶して子供部屋を後にする。
翼を出して浮び、呼び出したオーリンを待っていると、オーリンが来る反対側から、ビルガメスが来て『後で来いよ』と短く伝えた。
「はい。タンクラッドですね」
「そうだ。早めに来い。分かったな」
はーい・・・イーアンが返事をすると、頷いたビルガメスが、イーアンの肩越しを見て少し笑った。
向こうから来たガルホブラフが、男龍に躊躇して速度を落としたので、ビルガメスはビュッと飛び、驚いて逃げようとした龍の首を引っ掴むと(※乱暴)笑いながら連れてくる。
「イーアン。オーリンだ」
「分かっています。可哀相だから、そんなに驚かさないであげて下さい」
イーアンも笑いながらビルガメスに注意し、生きた心地のしない、オーリンとガルホブラフの嫌そうな顔に『そんな顔しないで』と頼んだ。
「では。また後で」
「早くな。早くだぞ(※おじいちゃんは一方的)」
念を押す約束に手を振りながら、イーアンとオーリンはビルガメスに送り出されて、地上へ向かった。
*****
昼食も終わった後に戻った二人は、残しておいてもらったお昼を食べて、午後の予定を伝える。『オーリンは地上です』人数合わせで、とイーアンは彼の背中をポンと叩いた。
「そう。俺が残って、タンクラッドが上がる」
「俺か?何だ、また誰かに呼ばれているのか」
親方は側を通って振り返り、イーアンとオーリンを見る。二人が頷いて『ビルガメスが呼んでいる』と教えると、親方は意外そうな顔をした。
「ビルガメス?何か急ぎの用なのか」
この前はニヌルタと子守で、今度はビルガメスか、と笑う親方に、イーアンも笑って『約束を思い出せと言っていた』そう伝えると、タンクラッドはぴたと止まる。
『約束』ビルガメスと?訊きながら、思い出そうとして目を動かす親方に、イーアンはちょいちょい手招き。
タンクラッドが屈んで、イーアンの顔に耳を寄せる。イーアンは親方に耳打ちして『香炉』と一言教えてあげた。
ちょっと離れたところで、シャンガマックと話していたドルドレン。耳打ち場面に目ざとく視線が止まり、少し反応(※奥さんだから)。
目が据わった瞬間、シャンガマックに『タンクラッドさん、気にしていません』と注意された(※親方天然)。
タンクラッドはイーアンに教えてもらった言葉で、『ああ』と頷く(※841話参照)。
「それか。お前は?彼に内容を聞いているのか」
「いいえ。『タンクラッドが忘れているだろうから、伝えろ』と言われたのが、この言葉です」
ハハハと笑う親方に、イーアンも『ビルガメスが合っていましたか』笑顔で納得。オーリンは二人の会話は分からないが、楽しそうなので一緒に笑う。
こうしたことで、昼食を終えたイーアンは、食器を片づけてからドルドレンに挨拶して『ビルガメスが待っているので』と、タンクラッドを連れて空へまた上がった。
「俺も行って来たばかりだが」
少し羨ましげに呟く、御者台の総長。ザッカリアは横に座って、総長を見上げ『分かってるよ』と胸中を見透かし、それ以上言わなかった(※気のつく子供)。
そして、午後の日差しに負けないくらい、明るい曲をたくさん弾いて聴かせてあげた(※元気になる)。
*****
イヌァエル・テレンに到着した、親方とイーアン。イーアンの案内でそのまま、ビルガメスのお宅へ向かう。
「明日は動けないからか。それで今日」
「という感じでもないのですが、『早い方が良い』と彼は判断したのでしょう」
「イーアンは。内容を何も」
聞きかけて、横を飛ぶ女龍が首を振ったので、親方は了解する。『そうか。でもお前がここにいるとなると』イーアンも含めて、香炉越し、ビルガメスは何かを話すつもりなのかと理解した。
間もなくして、男龍の住む浮島群に入ると、向こうから龍気が近づいてきた。『来たか』姿が見えないうちから、親方も敏感に反応する。
そのすぐ後、ビルガメスが目の前まで来て『よく来た』ニッコリ微笑むと、二人を自宅へ連れて戻った。
「タンクラッド。香炉は持って来たか」
「持っている。二つあるんだ。最初のは、偶然・・・買って手に入れた(←ジジイから)。もう一つは、グィードに。これは話したな」
家に入るなり、振り向いたビルガメスは香炉の話を出す。親方も、彼らの『単刀直入』の切り出しは慣れてきた。すぐに応じて、家の中を歩きながら香炉を取り出した。
「それか。小さなものだ」
「ビルガメスから見れば、人間の使うものなんて全て小さい」
ハハハと笑う親方に、ビルガメスも笑って、彼の両手の平に乗った香炉を、一つずつ摘まんで持ち上げる。
「そこに座れ。お前は、俺の横だ」
ビルガメスは長椅子にタンクラッドを座らせ、イーアンは、自分の寝そべる(※すぐ)ベッドに呼ぶ。
ベッドに腰掛けた女龍に『これ。どう使う』と訊ね、イーアンが、火を使うことや、燃えるものを入れる話をすると、金色の瞳はじっと女龍を見つめた。
「火。燃えるもの。それがないと、見れないのか」
「多分・・・そうだと思います。香炉ですから」
不服そうな男龍に、イーアンはちょっと笑って『要はね』と、原理を伝える。煙が出ないと見ようがないことを教えると、ビルガメスは拍子抜けしたような顔をした。
「煙。煙さえあれば見れるわけだ」
「はい。だから火が」
イーアンが頷いたと同時、ビルガメスは、ジジから買った方の香炉の蓋を、コンと指の爪先で叩いた。
すると香炉から、少しずつ煙が上がり、煙はくゆりながら天井へ向かう。その光景に、イーアンとタンクラッドは凝視。
「なぜ」
「煙だぞ、何でだ」
二人が目を凝らして、煙を上げ始めた香炉を見つめるので、ビルガメスは笑って香炉を床に置く。
「この香炉の中の入った空気が燃える。俺が燃やす。香炉の中に空気が取り込まれる。燃えれば煙になるだろう」
空気って。ここのこんなに澄んだ空気で、煙になるの・・・?
イーアンお勉強不足。ちんぷんかんぷんだけど、とりあえず常識あんまり関係ない男龍の技なので、うんうん、頷いておいた。
タンクラッドも同じ。長椅子から一瞬、腰を浮かせかけたが、イーアンがあっさり受け入れたので、自分も騒がず『男龍=こういうことが出来る人』と認める。
「あ。そうだ。煙を閉じ込めなければ。煙が集まっていないと」
「そうなのか。分かった」
ビルガメスは片手をちょっと上げる。家の周囲に金色の壁が現れる。ビビるイーアン。『あの、結界ではなく』もっと狭い範囲じゃないと、と教えると。
「この部屋くらいという意味か」
早く言え、と言いながら、おじいちゃんは上げていた片手の指をくるっと宙で回し、結界を狭めた。金色の壁は一気に迫り、タンクラッドの座る長椅子の背中から、ベッドまでの範囲を囲んだ。
「どうだ。これで良いのか」
「えー・・・はい。きっと。大丈夫」
やることが凄くて、イーアンも何て返事をして良いのか分からないが、とりあえず、金色の結界の壁で、煙はこもり始めている様子なので、そのまま様子を見ることにした。
タンクラッドも呆然としている。
ビルガメスたちの力の範囲は、小出しにしか見ていないが、されること一つ一つが驚くばかりで、今回も単純に驚くだけしか出来ない親方だった。
お読み頂き有難うございます。




