1055. 旅の五十二日目 ~警戒
イーアンは空へ行き、ドルドレンとミレイオが御者で馬車を動かし、ザッカリアがドルドレンに呼ばれて、御者台で音楽を奏でる中。
タンクラッドは、荷台で作業。揺れる馬車で、時々手元が危なっかしいこともあるが、黙々と次の町で売るものを作り続ける。
荷台のすぐ後ろに付く、寝台馬車のミレイオの横。バイラが馬を寄せて話しているのを、特に聞く気もないにしても耳にする(※地獄耳だから)。
声量は落としているようだが、端々を耳ざとく拾う、タンクラッド。
ここのところ、バイラが妙にミレイオを慕う気がする。ミレイオは世話焼きだから、第一印象が問題ない相手なら、大抵は突っぱねることなく仲良くする。
ミレイオ自体が『オカマ』で『刺青だらけ』で『派手』なのもあり(※3点セットの特徴)近寄ってくるヤツの方が少ないのが普通なのだが、バイラはどういうわけか、刺青でもオカマでも派手でも平気らしい。
――彼は最初から。ミレイオを見抜いた。
平気の範囲じゃないんだろうな、とも思える。ミレイオを見るなり『人間じゃないだろう』と畏怖を表して、それからは、一歩下がった付き合いをしていた。崇拝対象にも感じる。
そんな関わり方をしていても、親しくなりたくなる要素があったのか。世間話も多く交わすようになった二人だが、この時間は、更に親しさを深める雰囲気が見える。
ちらっと視線を動かした親方に、どちらも気付かないので、少々観察。
バイラは楽しそうにミレイオと話していて、合間に少し、微笑が大人しくなる瞬間も見える。ミレイオは笑顔のまま、あまり顔つきを変えない。こういう時、ミレイオは真面目な話をしている。
「『楽観的な親しさ』の深め、とは言い難いか。相談かな」
笑顔を入れながら、中身は笑えないような。そんな相談をしているんだろうと見当を付ける。
『タンクラッドが、聞こえる位置にいる』ことが、彼らの話に、飾り表面を付けた時間を齎しているのかも知れない。
この話の中身は『バニザット』親方は呟く。聞こえる単語は、繋がると彼の行動を意味している。
バイラでさえ、気が付いた。人間のままの、彼でさえ。そろそろ、皆が心配を口にし始める気がした。
「当の本人は、どう思っているやら」
親方は、朝に見たシャンガマックの顔つきを思い出す。彼は疲れがあるようだったが、決して悩みを抱えたような表情は、浮かべていなかった。
彼が夜になると動くのも、親方は外にベッドを出している分、早く気が付く。コルステインは何も言わない。彼女が言わないならと、タンクラッドも気にしないようにしている。
でも、タンクラッドは分かっている。夜。コルステインとミレイオ以外の『サブパメントゥ』が来ていることを。
ショショウィの指輪以降は、コルステインとの仲直りに一役買ってくれたが、それ以上の付き合いもない相手。異空間の砂漠で、騎士二人を助けたホーミットは。
親方は、小さな溜め息をついて、別の作業に取り掛かった。
彼は、何かを知っている。その何かは、旅の仲間を通り越した目的に感じられている分・・・『まぁ。心配になるかもな』後ろの馬車で、会話を控え目な声で続ける二人を見て、親方もシャンガマックの無事を祈った。
ミレイオとバイラは、正にその会話の真っ最中。
親方が思ったままで、『タンクラッドに聞こえていると、後から質問される』ミレイオの面倒そうな感じから、少し内容をぼやけさせた話を続けていた。
「バイラも、気にしているとなるとね。うーん。あの子だけが、分かってなさそうだからなぁ」
「あの子って。あの。子?」
そうよ、とミレイオは頷いて、ちらっと御者台の背板を見る。『自分では気が付き難いこともある』周囲が分かっていてもねと呟いた。
「問題ない、とミレイオが言うなら。私も気にしないようにします。皆もちらほら、同じことを感じているようですし・・・ただ、夜にも魔物は出る。大丈夫な状態に彼がいるとしても、何が起こるか」
当然といえば当然、のバイラの言葉に、ミレイオは気の毒にも思う。心配が続くのは、良くはないのだ。
「ここまで来ると、本人に一応、伝えておこうかと思うわね。
いいわ、私が言うから。『皆が心配している』って、とりあえずそれだけでも伝える。ちょっとは行動も気にするかもね」
二人の話は短めに、ここで終了する。
バイラは違う話に切り替えて、明日の僧院に行ったらどうするかと、ミレイオに話し始めた。
こっちの話はノリも良い。ミレイオはすぐに食い付いて、ああだこうだと笑顔も素直に、楽しい想像を語り出した。
*****
イヌァエル・テレンにいるイーアンは、子供部屋でシムの相手をする。
シムもニヌルタと似て、思い付きで、やれ『あれしろ、これしろ』が始まる人なので、イーアンはちょいちょい交わしながら、子供と遊ぶ(※これを真面目に取り合わない、とも言う)。
「お前。さっきから、ちっとも俺の話を相手にしていないだろう」
いい加減、何を言ってもはぐらかされていることに気が付いたシムは(※やっと)、女龍の頭に手を伸ばして角を摘まむ。
摘ままれて上を向かされたイーアンは『シムはビルガメスの子供』と、こんな似方に納得(※目は据わってる)。
「だって。子供を連れて空を飛ぶとか、どこまで龍気が増えたか試すとか、裸になれとか(←これ一番ムリ)。そんなことばっかり」
「何も変なことは言ってないだろ?子供はこの前も連れて行ったじゃないか。お前と俺で何頭か抱えて」
「あれ。危なかったですよ。赤ちゃんたち、怖がっていましたもの。すぐに帰ったから良かったものの」
シムに押し切られて、一度試したものの。遊んでいる最中に、子供部屋から出された上、いつも男龍の家に連れて行かれるのが習慣の子供たちは、とても嫌がって降りようとしていた(危)。
シムは毎度のことだから、がっちり抱っこしているが、イーアンは一頭ならいざ知らず。
大きくなった子供2頭も抱えて、フラフラするのは、とてもじゃないけれど怖くて、この遊ばせ方(※シム曰く)には賛成出来なかった。
「龍気も別に。お前、ルガルバンダと練習していたじゃないか。その色に変わってから、まだやってなさそうだから、試しに俺を相手にと思って」
「そんなの意味ありません。出したからと言って、何が起こるわけでなし」
「言い返してばっかりだ。イーアン脱げ(※直球)」
「話が違う。唐突に『目的丸出し』しないで下さいよ」
困って笑うイーアンに、シムも笑って顔を近づけ『脱げ』普通の笑顔で、もう一度。イーアンが『絶対いやだ』と断ると、シムはイーアンを抱え込んで、ムリに脱がそうと試みる。
やめてーと叫ぶイーアンに(←必死)シムは、アハハと笑って済ませながら『今日の服は脱がせやすい』と剥き剥きする。クロークを置いてきたイーアンは、頑張ってシムの手を逃れようとイヤイヤ、暴れる。
「何をしてるんだ。シム、可哀相だ」
イーアンの叫びに驚いて、2階から下りてきたファドゥが、服を剥かれるイーアンの光景にびっくりしてやめさせた。イーアン危機一髪。ファドゥの腕に逃れ、さささっと服を直す。
「ファドゥ。お前も、彼女は服がない方が良いと話していた」
「そうだとしても。嫌がっているのに。こんなことしたら、イーアンは来なくなってしまう」
ファドゥはイーアンを見て『シムは悪気がない』と困って伝え、イーアンが『分かっています』の返事を弱々しく返したことで、同情する。シムは、じーっと見ているだけ。
「強くなるのに。脱げば」
ぼそっと一言(※言い訳含む)。イーアンを見つめて呟くシム。
イーアンは疑りの眼差しを向け、首を横にせっせと振った(※ウソつけって感じ)。
「嘘なんかつかないぞ(※そう思われているとは自覚する)。男龍は人間と違う。嘘なもんか」
「シム。イーアンは今、嫌な思いをしたんだ。服を取られるのは、彼女には大事だから、そんな話をしたって、余計に嫌われる」
「何でだ。俺が嫌いか。イーアン、俺がどうして嫌われるんだ(※これは自覚ナシ)」
ファドゥに守られたイーアンは、据わった目でシムを見つめて『嫌いじゃないです』ちゃんと言ってから、咳払い。
「でも嫌です。ファドゥは分かって下さっているけれど、服を取られるのは、心の問題で嫌なのです。無理強いしないで下さい」
「すると、どうなるんだ。嫌うのか。来ないとか」
「嫌わないです。来もします。でも逃げると思います(※それしか出来ない相手)」
ふーん・・・シムは顔をちょっと手で擦って、ファドゥに視線を移す。『彼女が強くなる方が良いと思わないか』まだ粘る。銀色のファドゥは、やれやれと溜め息を付いた。
「無理はいけない。強いのは確かにしても」
「ファドゥは知らないか。まぁ、仕方ない。強くある必要があってだ(※それっぽい言い方)」
シムの負け惜しみに似た言い方に、何だか隠されていることを嗅ぎ付けたイーアン。
ちょっと気持ちを入れ替えて、ファドゥに包んでもらっている状態で質問する。『強くある必要ですか』そこを繰り返すと、シムが金色の瞳でさっと女龍を見て微笑む。
「そうだ。お前はどこまで知っているやら。お前たちの内、一人が『新たな力』を手に入れた。それに対抗出来るのは、お前だけ。
今のお前じゃないぞ、イーアン。今よりも強い龍気に包まれた、お前ならでは」
イーアンの目がピクッと動く。それはあいつだ、と察するその表情に、シムは面白そうに笑みを深めた。ファドゥはよく分からない話。とりあえず、側で聞くのみ。
「シムは何をご存知で」
「今、伝えた。お前たちの仲間の一人が『新たな力』を得たことと、中間の地で対抗出来るとすれば『強くあるイーアン』。この二つだ」
「遠回しに『脱げ」と言っている。シム、その理由で今、脱がせることは出来ない」
後ろから掛かった声に、皆が見ると、戸を開けて入ってきたタムズが眉を寄せて、3人の側に来た。
「さっきから、どこをうろついているかと思えば。話を聞いていただけか」
シムに笑われて、タムズは馬鹿にしたような溜め息を吐くと、彼の横に座って、その辺をウロウロする子供を抱っこする。
「その話を、こんな形で出すとは。イーアンが困るだけだ」
タムズも知っていると分かったイーアンは、恐らく、ビルガメスがこの前の朝に話していた内容と(※1040話参照)繋がっていると理解する。
「教えて下さい。明日は、私は探し物へ出かけますので、子供部屋はお休みします。
早く知っておいた方が良い話のような気もする。
質問します。どうして私の龍気が、今以上に上がらないとなりませんでしょう。そこまでの相手は何をするのです」
「良い質問だ。その相手は、お前の龍気を自分の力と相乗する。相当な量の龍気を、自分に持ち込める力を手に入れた。その気になれば、龍を気絶させることも出来るだろう。
容量の限界はあるから、自分の力を超えるほどの量となれば、当人にとっても、かなり危険な行為だが」
「何ですって・・・龍を気絶」
「ショレイヤたちくらいの龍ならな。隙を突かれて、その可能性もある。
ミンティンやアオファはさすがに、逆効果で怒らせて殺されかねないだろうけれど」
答えながら、ハハハと笑うシム。タムズも困った顔でちょっと笑い『わざわざ死ぬと知っていて、挑まない』と釘を入れる。
意外な内容に、ファドゥは少々驚いているようで『龍が?気絶なんて・・・それほどまで力が高いのか』信じられないとシムたちに呟く。
イーアンは・・・笑えないよ~!! 何言ってるんだよ、この人~っ! びっくりし過ぎて、固まる。
どんな強さだ、それ、と開いた口が塞がらない。ソイツってアイツでしょう?サブパメントゥなのに(※某獅子)!
そりゃ、かなりマズイ。あの性格であの魂胆知れずの相手が、かなりヤバイことになってしまった! イーアンは、彼の変化にぞっとする。
こんな女龍の、愕然とする顔を見つめ、シムは余裕そうにニッコリ笑って、きちんと鳶色の目を覗き込んで伝えた。
「そんな具合だ。つまり。お前さえ、『うっかり見くびると、足元をすくわれるくらいの力を持っている』と俺は教えた。さてどうする」
「脱ぎません」
イーアンは、がつっと言い切って、力強く頷いた(※そうは行くか、って)。
笑うファドゥとタムズの横で、シムは面白くなさそうな顔をして『そのうち、脱ぐだろう』と嫌な予告をしていた。
お読み頂き有難うございます。
こちらとは直接関係がないのですが、短編集を試みて、昨日と今日で3話1セットのお話を書きました。
例によって、開示もせずの状態ですが、もしお時間を潰すなどで手持ち無沙汰でいらしたら、どうぞお寄り下さい。
一回目は、エンディミオンの恋話です。
https://ncode.syosetu.com/n7309gl/
不定期更新で短いお話を続ける予定です。




