1053. 加速する浪漫の夜 ~ヨーマイテスの愛情
その夜。慌しい夕食を終え、いつもより夜になるのが早い今日、旅の一行は就寝も急ぐ。
明日も早めに出発して、頑張って距離を稼げば、明後日の午前には町に入る。それを目的に、今日と明日は長めの移動を予定して、皆は早々寝床へ収まった。
ドルドレンはイーアンと寝床に入る前に、体を拭く。『町に着いたら宿に泊まろう』砂がすごいよ、と体を拭きながら苦笑い。
「ところで。ドルドレンはどうでしたか」
イーアンは午後の間、話せなかったことを訊ねる。ドルドレンは、何のことだろうと愛妻(※未婚)をじっと見たが、彼女に笑われて思いだした。
「あ。そうか、ビルガメスのこと。うん。イーアンの言ったとおりだった」
「ハハハ。お忘れになっているくらい、気にならないのは良いことです。ビルガメスも『何だろう』と言った具合でしたね」
「そうだな。『何が面白いんだか』と言われた後、彼が『疑って』と口にした時は焦った。疑ったなんて、思わせる気はなかったのに」
「そういうことなのです。彼らからすると、私たちの捉える『触れる・触れない』は全然、関心の対象ではありません。意味が違うのです」
イーアンは、ついこの前の雹の時に、タムズがバイラに触ろうとしなかったことを、伴侶に言う。ドルドレンは頷いて『彼はバイラを避けていたのかな』と思うところを伝えると、奥さんは首を振る。
「ドルドレン。男龍は、気に入った相手には積極的に動きます。でも何も感じない相手には、そこに手を触れさえしません。嫌いとか、尊厳とか、そんなことでもないのです。気にならない以上、触れないの。
あなたはタムズに愛されているし、ビルガメスもあなたが好きです。他の方もですよ。
男龍は、最初こそ『人間の男』として、あなたが私の伴侶であることを嫌がりましたが、そんなのほんの、一瞬でした。
皆、あなたが好きです。それは勇者だからではなくて、あなただから。彼らの関心を惹きつける、そうしたドルドレンがいるからなのです」
『触れる』意味も基準も異なることを教え、その中でも『ドルドレンは特別』と微笑む奥さんの言葉に、ドルドレンはジーンとする。
灰色の宝石のような瞳をウルウルさせて『有難う』と呟くと、イーアンもニコッと笑って『バイラも良い人ですが、そういうことではないのですね』と添えた。
意味は分かる。ドルドレンも頷いて『俺は本当に幸せだ』そう思うよと、奥さんを抱き締めた。
「でも。イーアンがおでこを付けているのは、ちょっと切なかった」
正直な気持ちを言うと、イーアンはケラケラ笑って『私の方が、男龍より何とも思っていない』と伴侶に伝え、ちゅーっとしてから、笑い合う二人は寝床に入った。
ちゃんと仲を大切に守るために、イヌァエル・テレンにまで連れて行ってくれた、イーアンに心から感謝して。改めて、男龍に大切にされている自分を意識し、彼らにも感謝して。
寂しさが払拭されたこの夜、ドルドレンは安心してぐっすり眠った。
*****
ミレイオが地下へ戻り、オーリンも夕食後は空へ上がったので、寝台馬車は、バイラとザッカリアとシャンガマックの3人が眠る。
バイラも最近、気が付き始めているが、シャンガマックが夜な夜な・・・いなくなる。
この前は、朝まで帰ってこなかった(※バイラは昨日、施設に泊まったので昨日の事は知らない)。そして今夜も―― 静かに部屋を出る音がして、実に、気を遣って馬車の扉を開け、彼は出かけて行った。
バイラは、夜の馬車にザッカリアを一人にする気になれないし、後をつけるなんてことも特に思わないので、そのままベッドにいるが。『どこへ行っているんだろう』それは気になる。
訊けそうな時、何気なく訊いてみようかと思う。彼が安全なら、それで良いのだ。
テイワグナは、まだまだ思いがけない魔物の姿が多そうで、総長たちも『初めて』遭遇する相手も少なくない。
気にはなるが、無事を祈って。シャンガマックの夜の散歩を気にしつつ、バイラは掛け布を引き上げる。
『明後日は。ミレイオと一緒に僧院だな』自分が役に立てる場面があるかも知れない、そのことを考えると、料理に続いて、またミレイオに誉められるんじゃないかと・・・胸が高鳴る。
そして、バイラはハッとする。『俺は。何だ、おかしいっ、おかしいぞ』自分のにやけに驚き、この夜もまた、必死に我が意識を整えようと頑張っていた(※これで疲れて眠る)。
*****
バイラに心配されているとは露知らず。
シャンガマックは、今日も大好きな友達―― 今や父となった、『ヨーマイテス』に会いに行く。
笑顔が止まらない褐色の騎士。自分で気が付いていないまま、ニコニコしながら歩いていると。
「何で笑ってるんだ」
待っていた声が掛かり、ハッとして振り向くと、可笑しそうに顔を歪める焦げ茶色の大男が、馬車から遮る木の影にいた。
「笑っている?俺が」
「ずっと笑ってるだろう。何だ、何か面白いことでもあったか」
側に来るように、シャンガマックに片手で合図し、彼が側に来ると、ヨーマイテスは真横に座る。シャンガマックは毎晩幸せだった(※お父さん大好き)。
「俺が笑っているなら。多分それは、ヨーマイテスに会えるからだ。夜が来ると会える」
金茶色の髪の毛を片手でかき上げ、ヨーマイテスはじっと褐色の騎士を見る。彼も嬉しそうに見上げている。
こいつは。どうしてこんなにカワイイんだろう、と。しみじみ思うヨーマイテス。息子にして良かった。正しい判断に、心から自分を誉める(※実の息子カワイくない)。
「明後日。海の僧院へ行くんだ。俺じゃないけれど、ミレイオやタンクラッドさんや、イーアンたちが」
「どこのだ。僧院はテイワグナに、かなりある。海と言ったって、海だらけなのに」
シャンガマックは早速、新着情報の報告(※会話が楽しい)。
場所は分からないけれどと前置きし、方向を指差すと『大きくない僧院があるという。オーリンが話していた』言いかけてすぐ、『オーリンは、龍の民だ』と付け加える。
「龍の民が見つけてきたか。ふーむ。その方向だと、海沿いに一つと、その進路・・・海の中に一つある」
「海の中?」
そうだと頷く大男は、地面に指で絵を描いて、大体の距離を教えてやる。
『海の中はお前たちじゃ無理だ』ミレイオなら入れるだろうが、と呟き、すぐにハッとして騎士を見る。騎士も同じことを思ったようで、ちょっとだけ寂しそうに微笑んだ。
「俺は無理だけど。ミレイオなら行けるのか」
「バニザット。お前も入れるようにしてやる。そのうち、俺が何かを考えてやる」
急いで慰めると、シャンガマックはニコッと笑って『有難う』のお礼を伝え、話を変えた。ヨーマイテスは変わる話に意見せず、それはその流れに任せた。
彼がこの前の、冷泉の遺跡のことを気にしているのは、ヨーマイテスにはよく分かる。
ただ、『水の中が大丈夫だから』という理由で、ミレイオを呼び出しているわけではないため、そこはどうにもならない。
バニザットが寂しくならないよう、どうにか気にしないで済む方法を考える―― それは今後の課題だな、と思いつつ(※父は悩む)新しい息子のために、手伝えることは何でもしてやろうと決める。
シャンガマックは、そんなヨーマイテスの心境は知らないので、僧院の中に宝がある話をして、どんな宝だったかを伝えていた。
『いつの時代のものか。かなり古そうに見えたが』俺は行かないから、調べることもない、と笑う。
ヨーマイテス。ここで名案を思いつく。
「おい。見たいのか」
「僧院か?そうだな。見たいと思う。でも留守番なんだ」
「ちょっと待ってろ」
何やら、ヨーマイテスが考えたのか。理由も告げず、彼はあっという間に地面の中に消える。
あっさり取り残され、『待て』と言われたからには、その場で座り続けるシャンガマック。
「彼は何でも知っている。まさか、僧院が海にもあるなんて。驚いてはいけないのかも知れないが、純粋に、驚きしかない」
待っていろ、と言ったから、きっと何か関連したものを見せてくれるのか。そんな思い遣りを掛けてくれることに、シャンガマックは嬉しい。
じんわり温かくなる胸の温度を感じ、種族は違っても、想いが重なる相手に会えたことを精霊に感謝した。
そして待つこと、10分過ぎ。
シャンガマックがぼんやりと星空を見て、夜風に吹かれて涼んでいると、後ろの方から逆風が吹いた。警戒して身を翻すシャンガマック。夜目は利かないが、相手は夜目云々関係なかった。
「な。何?」
びっくりして、目の前に迫ってくる大きな影に、目を丸くする。その影は空から降りて、すぐに風景に馴染んでしまった。
「何だ、これ。何があったんだ」
見えたと思ったら消えた、その大きな大きな『船・・・』呟いた言葉に、自分で呟いた直後、もっと目を見開いた。『船!飛ぶ船・・・!』ああ、と一声上がる騎士の前に、どこからか飛び下りたヨーマイテスが現れる。
「行くぞ。バニザット」
「今。あの、ええっと、船?は、あれは」
「お前のために出してきた。乗れ。俺も乗れる」
「ええええっ??」
仰天している騎士の驚いた顔に笑って、ヨーマイテスは彼の胴体を片腕に抱えると(※抵抗ゼロ)どんと土を蹴って何もない場所へ飛び上がった。
その体はすぐに、何も見えないはずの場所に着地したが。『浮いている・・・どうして』大きな腕に抱えられたシャンガマックは、空中に立つヨーマイテスの足元を見つめ、動揺する。
「説明してくれ。これは何だ?さっきの船みたいなものは」
「『船』だ。今、その上にいる」
ハハハと笑うヨーマイテス。その脇に抱えられたままのシャンガマック。唖然として、地面よりもずっと高い場所にいる、自分たちの周囲を見渡す。
ヨーマイテスの合図で何かが揺れ、見た目は空中に立った状態で二人は、ぐーっと上昇。驚き過ぎて何も言えない騎士に、大男は片腕に抱えた彼を持ち上げ、自分の顔の高さまで近づける。
「どうした。向かうんだぞ。嬉しいだろ(※強制)」
「向かうって。まさか、僧院に行くのか?この・・・この、船?見えないが」
「そうだ。俺が獅子で乗せても、そこまで早く着かない。これならすぐだ」
じーっと見つめる漆黒の瞳。口も開けっ放しのその顔に、向かい風に吹かれる髪を押さえたヨーマイテスは、可笑しそうに首を傾げる。
「船だ。言うなよ、まだ。誰にも言うんじゃないぞ。これは遥か昔、空から来た船だ。
俺がずっと管理していた。誰の目にも触れない場所で。誰一人、気付くことが出来ない場所で」
「ヨーマイテス・・・何て。何て人なんだ。人じゃないけど」
尊敬の眼差しで呟いたことを、訂正した騎士の言葉が真面目で、大男は愉快そうに笑う。
「お前は留守番だろ。それじゃつまらないだろうから、今夜、誰より先に連れて行ってやる」
ヨーマイテスが言い終わらないうちに、シャンガマックの周囲に、少しずつ白い床が見え始め、それは透明だったものが、徐々に絵筆で塗られるように色を増し、あれよあれよという間に――
「ああ。これは。これが、やはり。あの船か!」
「何だ。知っているか。誰かに聞いたのか。嘗て、サブパメントゥも使っていた。龍気まみれの遺物だが、どういうわけか、この置き土産は未だにサブパメントゥも乗れるんだ」
星空の下。白い箱舟が、ゆっくりと飛ぶ。
それは穏やかで、突っ切るような勢いはないはずなのに、遠い距離を物ともせず、サブパメントゥの男と褐色の騎士を、波も大人しい静かな夜の海へ運んだ。
感動感激に浸るシャンガマック。
腕に抱えらえた格好も、感動の前には吹っ飛んだように忘れて、わぁわぁ喜びの声を上げる。
笑顔がはち切れんばかりに輝くその様子、満足そうに見つめるヨーマイテスは『お前じゃなきゃ、乗せないな』と呟いた。
「ヨーマイテス。有難う。本当に、有難う」
「俺はお前の父だ。お前を育てる。見ろ、あれがそうだぞ。明後日、お前が留守番の時、あいつらがここへ来る。何が目当てか知らんが」
「宝があるから。それを売ってお金を作るんだ。旅をするお金が要る」
正直なシャンガマックの言葉に、ヨーマイテスはきょとんとして、彼に目を向ける。
『金か』金が欲しくて、宝を?と聞き返す。そう言えば、この前のサドゥの遺跡(※982~992話参照)でも、確か『金の牛』の話をしていたと思い出した。
騎士は頷いて『時々、思いがけない形でお金をたくさん使う。そのためにもあった方が良いという』だからだ、と教える。
「ほう。そうか。じゃ、まぁ。何が金になるかどうかは、俺に知る由ないことだが。
それっぽいものはあったな。お前も持って帰ればいい。あいつらにだけ、楽しませるのも癪だから」
アハハハと笑った大男は、騎士を小脇に抱えたままで、到着した僧院のある崖の先端へ船を降ろした。
「俺が案内してやろう。夜の間中、お前が楽しめる」
碧色の瞳に星の明かりが入り込む。キラッと光ったその目に、シャンガマックは微笑んで喜びを伝える。
船を下り、僧院の床を踏むまで。シャンガマックは抱えられているのを何とも思わなかった。
彼が自分に触れられるようになってから、ヨーマイテスがうんと近づいた気がして、シャンガマックの心はただただ、嬉しさと温かさで満たされる一方だった。
宝探しを一足先に。留守番だと思い込んでいた自分が、誰より早く。それも、『空飛ぶ伝説の船』に乗って。
大好きな友達、改め『父』と一緒に来るとは。
シャンガマックに溢れるこの嬉しさは、彼が生きてきたこれまでの間で、一番強烈で、一番印象的な夜になった。
お読み頂き有難うございます。




