1051. オーリン持込話・龍の端くれ話
午前9時過ぎ。バイラが報告書を書き終わった後。
バイラは慌しくなってきた施設の中で、団員の数人に相談して、夏場の白い服を分けてもらい、それを持って警護団の皆に挨拶を済ませると、表へ出た。
シャンガマックとザッカリアは途中から戻ったので、バイラが厩に入るのを見て『終わった?』と表に出した馬車から声が掛かる。
振り向くと、ザッカリアが荷台に腰掛けて手を振っていた。バイラも手を振り『終わったよ』馬を出すからね、と伝えて、自分の青毛の馬を連れて、馬房を出る。ザッカリアの側へ行くと、彼は前の馬車を指差した。
「今日ね。総長とイーアンが空に行くんだって。午後になるまで、俺たちだけだから気をつけないとね」
「そうか。でもタンクラッドさんもミレイオもいる。シャンガマックも強いし、問題ないよ」
「バイラも強いよ。人間だけど、勇敢だもんね」
ハハハと笑ったバイラは、子供にお礼を言って馬に乗る。それから前に出て、総長とイーアンに挨拶。
「今。ザッカリアが」
「はい。ドルドレンをお昼過ぎまで連れて行きます。昨日のようなことは、まず起こらないと思いますが、万が一。『おかしい』と勘が過ぎったら、私たちをすぐに呼んで下さい。
勘が外れても良いのです。私たちの旅は、相手が相手ですから、警戒に越したことはありません。
あなたはドルドレンと連絡が取れますのでね、あなたの判断で呼んで下さい。
他の方にも同じように伝えました。誰か一人でも『おかしい』『危険だ』と感じたら、絶対に他の誰かの判断を仰ぐ時間を作らず、即、私たちを呼びつけて下さい。約束して下さい」
イーアンはバイラに約束を願う。バイラは、ここまで気にしてくれることに感謝し、後ろの総長を見て、彼もまた同じように頷く顔に『分かりました。独断でもお呼びします』と答えた。イーアンはニッコリ笑う。
「それでは行ってきます。何かあれば呼んで下さい。私とドルドレン、もしくは同時に、男龍と龍も来ます」
頼もしい援軍に、少し身震いしたバイラ。嬉しい気持ちをぐっと抑えて、『はい』と答える。
イーアンはこの後、荷台へ回ってもう一度、親方とミレイオ、シャンガマックとザッカリアに挨拶をしてから、龍を呼んだドルドレンと一緒に空へ上がった。
御者台に回ったタンクラッド。手綱を取って、空に消える二人を見送り、横に馬で立つバイラに向かって『危なくない道を選ぶか』と笑った。
荷馬車の荷台には、ミレイオ。寝台馬車は『ザッカリア一人で、荷台は心配だから』と、シャンガマックが御者台に彼を呼んで、ミレイオと騎士二人は向かい合う形で、お互いの安全を見れる状態にした。
こうして旅の馬車は出発。
警護団施設の壁を普通に通り過ぎ、普通に施設を後にして、時々、振り向いては『ちゃんとある。良かった』顔を見合わせ、バイラと親方は笑っていた。
「バイラ。集落の人間は、警護団に送ってもらうのか」
親方は、魔物に攫われた集落の人々の帰宅を気にして、質問。バイラは頷いて『その予定です』と返事。
「施設にいた団員も同じような状況ですから、皆が疲労しているとは思うんです。だけど、民間人を送り届けるくらいは・・・義務ですし、そんな話は朝方出ていましたので、大丈夫でしょう」
「のらくら、仕事をしている印象の警護団だが。さすがに、面倒だとは言っていられないだろうな。
どうも、どの集落も距離があるようだし。民間人に『勝手に帰れ』と出すほど情無しには、なれんもんだ」
親方の言葉に、バイラは報告書類を作っている時に読んだ、調査申請や救援申請の内容を思い出す。
ふーっと溜め息をついて、それを少し話した。申請が来ていても、相手にしていなかったと分かるのが、今回の結果。
「情無し・・・のつもりはないんでしょうが。やっていることはそうだな、と思います」
「ドルドレンも言っていたが、これからだ。これから、警護団の連中も本腰を入れるだろう。これまでの流れじゃ、身が持たんからな」
どういう意味だろう?と思って、不思議そうな顔のバイラが親方を見ると、彼は少し微笑む。その笑顔は重く感じた。
「バイラはピンと来ないだろうな。とっくにその時点を越えているから。
だが、他の団員はこれから知る。自分が助けなかったせいで、誰かが死ぬのを見る。自分が無視した、ほんの些細な気持ちの至りが、誰かの家族を奪った、と聞く。『自分のせいで、他人の命が消える』ことを知る。
それを知って、気にもせずに、のらくらする気にならないだろ?『身が持たない』の意味だ」
タンクラッドの微笑みは柔らかかったが、その重さが心にズシンと来る。バイラも頷いて『なるほど』の短い返事を戻した。
警護団員たちは、一般の人たちが自警団の流れで、その職に就いている。
これからのテイワグナで、嫌というほど、自分たちの無力に泣くだろう。そうでもならないと、誰かの訴えを無視出来ない状態に到達しないのか。それも悲しいが、そういうことだろうとバイラも理解する。
タンクラッドとバイラは、大雨の吸い込まれた道を進みながら、いろんな話をした。バイラは彼の話すことが、また総長とは違う視点で語られるので、この時間も大切に興味深く過ごした。
ミレイオも荷台で作業をしながら、寝台馬車の騎士二人を相手に、会話。
話の内容は、前の会話と打って変わって『食べたいもの』。緊張感のない話題が、朗らかな笑い声を生む、のんびりした午前の道。
こうした時間がないと、恐れと深刻に向かい続ける神経はやられてしまう。それが分かっているから、ミレイオは彼らの楽しい話題に、丁寧に付き合っていた。
「あら。来たかな」
出発して1時間くらいの頃。ミレイオは空が光るのを見た。『オーリンじゃない?』柔らかい光は龍の光。男龍のギラッギラな、破壊力満点の眩しさと違う。
「あ。やっぱりそうだ。オーリーン・・・・・ 」
ちょっと荷台から顔を出して、ミレイオが手を振ると『おはよう~』と空から挨拶が掛かる。
笑ったミレイオと騎士たちは、空を見上げながら手招きし、彼を乗せたガルホブラフが、近くで浮遊したまま停まったのを合図に、話しかける。
「買い物。頼んでも良い?」
「そのつもりだよ。イーアンに『買出し行け』って言われたから来たんだ」
アハハと笑うオーリンは『紙に書いて、金を渡してくれ』と要点を伝える。ミレイオは用意しておいた、お金と紙を出して、お皿ちゃんで浮ぶと、ガルホブラフの側へ行ってそれを渡した。
「今日は?お昼と夕食、食べて行く?」
「そうだな。夕食も食べようかな・・・あれだろ?何かえらい目に遭ったとか、聞いたよ。食材殆どないんだろ。今」
ミレイオの確認に頷きながら、買う食材の名を眺めるオーリンが訊ねる。ミレイオは『そう』と一言。
「でも。次の町までの分があればね。別に問題ないし」
「あ、いや。俺が言ってるのは、その意味じゃなくてさ。金だな。どうなの、まだ余裕あるの?」
唐突に、持ち金の話に変わったので、ミレイオは少し驚きつつ『何よ。いきなり』何か気になるのか、と逆に質問。オーリンは黄色い目を向けて『食材だって、費用はバカになんないだろ』と言う。
「町でまとめて買う時の金額。結構掛かるだろう。あれの殆ど、食べさせて来たってなら、その分の金が入ってこないとさ」
「ん~、大丈夫よ。そのくらいで傾くくらいの、経済状況じゃないもの。稼げる時に、稼ぐし」
平気よ・・・ミレイオが笑顔で頷くと、オーリンは少し考えたようで『宝探し。行くか』どうにかミレイオに聞こえるくらいの声で囁いた。ミレイオ、目がぎらーん。
「何ですって?どこか、見つけたの?」
すぐに食い付くミレイオに、ちょっと笑うオーリンは、軽く頷いてから、馬車の進行方向から外れた方向に、顎をしゃくって『あっちな』と教える。
ミレイオはさっと振り向き『あっちか』過敏に反応(※行く気満々)。
「あんた。いつ戻るの?買出しって、どこの町」
「そんなコワイ目で迫るなよ。昼には戻るんだからさ。一つ前の、カヤビンジアで買って来るよ。午前中だから、あの町、店開いてるだろ?」
宝探し話の続きは、昼にね・・・と。オーリンはミレイオに挨拶して、龍の向きを変える。
『早く帰ってらっしゃい!』大声で送り出されて、笑いながら飛び立った龍の民は、大きく手を振って空に消えた。
下で見ていた、騎士の二人。オーリンと話している最後の方で、ミレイオの声と目つきが変わった気がしたが、戻ってきたミレイオは普通だったので、そのまま『食べたい物の話』を再開する。
平静を装う、ミレイオ。気が気じゃないが、微笑み絶やさず、騎士の暢気なお話に参加して、水面下で宝の量を必死に考えていた(※自分の取り分)。
もう一人。気が気じゃない人⇒親方。何となく・・・オーリンとミレイオが交わす会話に『宝』と聞こえた気がした後(※地獄耳の人)ミレイオの声色が一瞬、本気になったので、これはと確信(※付き合い長いと分かる)。
バイラと会話を続けながら『宝って、何の話だろう』と、気になって仕方ない、悶々とした時間を過ごした。
*****
お空に上がったドルドレン。イーアンと一緒に、ビルガメスのお宅にお邪魔している午前。
イヌァエル・テレンに着いてすぐ、イーアンはオーリンを呼び、事情を説明して、都合がつく時間で出来るだけ早く、買出しを頼んだ。
呼び出された時、オーリンは何かしていた最中だったようで(※深くは訊かない)『用が済んだら向かう』と答え、買出しを引き受けてくれた。
この後、イーアンと一緒に子供部屋の近くまで飛んだが、イーアンが止まって『ドルドレン。あなたは入れないかも』と忘れていたことを伝えた。
どうか分からないから、誰かに確認をすることになり、それなら丁度良いからと呼んだのが、ビルガメス。
ビルガメスはあっという間に来てくれて、ドルドレンを見ると『やっと来たか』と微笑んだ。ドルドレンはこれだけで満足だった(※幸せ)。
イーアンが子供部屋のことを相談するなり、彼は首を振って『行かない方が良いだろう』と答えた。
次に、ドルドレンが来た理由を訊ねられたイーアンは、ここへ連れてきた目的だけを伝える。
するとビルガメスは、不思議そうにドルドレンを見て『お前には分からないのに。様子を見たいと言うのか』と言う。
ドルドレンが戸惑いながら頷くと、ビルガメスはフフンと笑って、騎士の頭を撫で『まぁ。知らなければ、何でも。見てみたくなるかも知れんな』あっさり了承してくれた。
こうした流れにより、ドルドレンは、イーアンと二人でビルガメスの家にお邪魔し、着いて早々、再現をしてもらう。
『今日は特に何も見えないぞ』とビルガメス。イーアンは大きく頷いて『彼が、この状態を見たいだけですから』と真面目な顔でお返事。
そして。ドルドレンの座っている前で、ビルガメスは床に座り、イーアンは靴を脱いでベッドに上がって立ち、ビルガメスのおでこに、自分のおでこをくっ付ける。で、ちらっと伴侶を見たイーアン。
『こんな具合ですよ。こうしていますとね。今は関係ないけれど、ビルガメスが受け取った情報が見えていました』それで、あなた方が砂の中にいるのを知った・・・と、それっぽく続けた。
ビルガメスも、金色の瞳をドルドレンに向けて『これを見て。何が面白いのやら』可笑しそうに呟き、すぐ後に何を思ったか。
『これでちゃんと、イーアンにも伝えられたんだ。疑うことでもない』ビルガメスは、黒髪の騎士にそう言った。
思ってもないことを感じさせてしまったドルドレンは、慌てて『疑っていない。凄いことだから、どうするのかと思った』その場で思いつく言い訳をして、どうにかビルガメスに笑ってもらえた。
この後は、ビルガメスが一旦、子供部屋に自分の子を取りに行き(※扱い雑)自宅に連れて帰って、ドルドレンとイーアンに遊ばせた。
「子供部屋は変化の途中の子供もいる。人間が入らない方が良い。だが、子供と遊びたいだけなら、俺の家で過ごせば良い」
ビルガメスの子供たちは、ドルドレンが見た時よりも、うーんと大きくなっていて、イーアンはいつも、こんな大きさの子たちと遊んでいるのかと魂消た。
皆お父さんによく似ているが、その中でも一頭だけ、やけに大きいのにおっとりした子がいることに、ドルドレンは気が付く。
「あの子はとても大きいのだ。だけど大人しいね」
イーアンにその子を指差して言うと、イーアンは『あの子は、奇跡の子です』伴侶を見て微笑む。
半日で生まれてきた、イヌァエル・テレン最速の誕生秘話があると笑ったので、その話を思い出したドルドレンは『あの子だったのか』と嬉しくなった。
ビルガメスも二人の会話を聞きつつ『あいつはもうじき、人の形になる』と、自慢そうに教えた。
「充分に自分を知ってから、行動を起こす。男龍の姿になるのが楽しみだ」
おっとりした大きな子は、気が付けば、他の子供の上に座っていることが多い。
笑顔のドルドレンは、その子のお尻の下にいる、小さい子を見つけて慌て、急いで助けに行った(※イーアンとビルガメスは笑って見ている)。
救出した子供を抱っこするドルドレンが、その子をよしよししていると、『このくらい大きくなると、下敷きでも大丈夫』と愛妻(※未婚)が笑顔で教えてくれた。
「そうは言うが。困っているのに放っておけない」
小さい子もドルドレンにへばり付いて、うんうん頷く(※重いのは嫌)。イーアンも初心はそこ。言われれば、慣れちゃったとは言え『それもそうですね』と同意。
二人を見ているビルガメスは。呆れたように笑って、その辺にウロウロしている子供を一頭捕まえると、抱えこんで『イーアンまで何を言っているんだか。ドルドレン、過保護にするな』と笑う(※赤ちゃん嫌がって逃げようともがく)。
「イーアンはまぁ。さておきな。母親の心だろうから。
ドルドレン、お前が思うほど龍は弱くない。龍族は、赤ん坊の頃が一番強い。外から来る攻撃に対して、強い体を持っている。
ミンティンやアオファもそうだし、ショレイヤたちにも同じことが言えるが、あいつらを傷つけるなんて、滅多なことじゃ出来ない。分かるか。この龍の姿。これが一番強いんだ」
赤ちゃんの頭をぐりぐりするビルガメス。赤ちゃんはイヤイヤして逃げたがっている。説明に頷きながらも、ぐりぐりされる赤ちゃんが可哀相で、眉が寄るドルドレン。
イーアンもさすがに、『ぐりぐりはお止めになったら』と、注意しようとして。
ふと、ビルガメスは何かを思い出したように、手を止めた(※赤ちゃんは猛速で逃げる)。
「あいつは。まだ会っていないか」
大きな美しい男龍は呟く。その目は、柱の向こうに広がる空を見ていて、また少し黙った後にゆっくりと、来客に向き直る。
「イーアン。龍の端くれにはまだ。会っていないか?」
「端くれ。何のことですか」
ぽかんとして聞き返す女龍の顔に、ビルガメスはふむふむと頷いた。
「俺も忘れていたくらいだからな。どこかに居るとは思うが。中間の地に、龍の端くれが住む。
といっても、土のある場所ではない。水のある場所だ。だが、この前の『龍頭の精霊』とは訳が違うぞ。
龍の流れを組んでいるが、彼らは純粋な龍でもない。グィードも出てきているし、お前もその強さだというのに、まだ反応していないか」
イーアンとドルドレンは顔を見合わせ、それからまた、男龍に目を戻す。ビルガメスはゆったりとベッドに寝そべって、片肘に頭を乗せると微笑んだ。
「あいつもお前たちの力になりそうだな」
お読み頂き有難うございます。




