1048. マカウェ地区警護団 地方行動部 ~一日後れの時間
全員が同じ場所に現れた、怪奇現象の後。
施設も壁も、バイラの知っている状態でそこに在り、座り込む人々は疲弊しているが、意識が体を動かすに繋がる。
彼らは途切れ途切れでも、話をすることが出来、バイラと親方、ドルドレンは、彼らの手当てをするべく、警護団施設の中に彼らを一人ずつ運び込み、一部屋に寝かせて、水と、施設に取り置きの食料を与えた。
万が一のため、馬車の番を頼んだミレイオに、シャンガマックとザッカリアを預けた総長は『彼らから何があったかを訊いて、彼らにも水と食事を』と渡す。
ミレイオは了解し、馬車の荷台に座らせた二人に、状況をゆっくり聞き出しながら、水を与えて、食べさせた。
いずれにしても、フォラヴだけは、どうにも分からず仕舞いで、それについては『多分、彼のことだから安全な場所にいる』として、一先ず現状だけを全て、騎士の二人は包み隠さず、ミレイオに話して聞かせた。
「ところで。ホーミットはあの場所で『時間が曖昧』と言っていたけれど、今は何時なんでしょうか」
シャンガマックの質問に、ミレイオも首を傾げて困る。『分からないのよ。中に入っても・・・どうかしらね』そう言って、施設の建物を見る。その意味がよく分からず、シャンガマックはもう一度『どうしてですか』と訊いた。ミレイオはちょっと考えて、『あのね』と話し出す。
「サブパメントゥもそうなんだけど。時間の流れが、地上と違うんだと思う。どれくらいかは一定じゃないのよ。
あんたたちが迷い込んだ・・・って、私たちもどうやら、その場所の一角に居たみたいだけどさ。この施設も丸ごとってなれば、ここも同じよ。
あの空間。ホーミットが『曖昧』って言ったなら、間違いなく、時間がテキトー。すごーく流れている時もありそうだし、全然時間が経っていないってこともあるわけね」
「じゃ・・・今は。何時か、いや、何日かも」
そういうことよ、と頷くミレイオ。さっと空を見上げて『見てご覧』と上を向いたまま言う。彼らが、つられて空を見ると、ミレイオは呟く。
「もうじき夕方でしょ。私たち、ここに着いたの、確か昼前なのよ。『同じ一日』だったのかどうかも、分からないわ。
時間だけにしたら、2~3時間にしか感じないけど、それにしたって、昼前からここに居て、今が夕方ってことは。2~3時間の範囲じゃすまないわけでさ」
「倍。ですよね・・・夕方の時点で」
「だと思うわよ。その上、何日経過しているかも。不安定なのよ、空間が違うって」
二人が時間のことを話していると、その横で疲れたのか。ザッカリアが、シャンガマックの腕に凭れかかる。シャンガマックとミレイオが、頭を動かした彼を見ると、もう目を閉じてうつらうつらしていた。
「このまま、寝かせましょうか。この子も緊張したと思う」
「そうですね。俺も・・・結界を張ったから。ちょっと体が」
「うん。疲れたでしょ。寝な。とりあえず休んでて。私ここにいるから」
寝て寝て、とミレイオは促して、シャンガマックは子供を抱き上げて、自分の部屋の横・バイラの使っているベッドに寝かせ、ミレイオにお礼を言って、自分も部屋に引っ込んだ。
「馬車番、してるからさ。ドルドレンたちが来たら、今日これからどうするか相談して、そうしたら起こすわ」
「はい。有難うございます。じゃ、少し休みます」
褐色の騎士は部屋の扉を開けたまま、ベッドに横になって、ミレイオがもう一度話しかけようかと顔を向けた時には、もう眠っていた。
ミレイオは彼らの側へ上がり、二人の騎士のお腹に掛け布をちょいちょい置いて『お腹。冷やさないようにね』と呟くと、彼らの頭をそれぞれナデナデし、また荷台の端に戻った。
施設の中にいるドルドレンたちも、時計を見て、すぐにおかしいことを知る。だが、時間を気にすることは、特別意味もなく、目の前にいる人々の事情を聞く方が先。
どうも、団員の人数確認すると、事件が起こった当日、休日でいなかった者と、出勤していた一人がいないと分かる。他は全員―― 48名がこの場にいて、バイラは、その日に休日でいなかった団員と、行方不明の団員の名前を書き付けた。
施設の団員たちには、バイラから簡単に自己紹介をし『到着した時には、既にこの施設が見えなかった』ことなどを話すと、彼らも恐れが抜けない表情で頷いた。
彼らが自分たちに起こった出来事を伝えると、それぞれの口を通して、幾分か違う状態のように聞こえたが、大方の中身は同じだった。
ドルドレンと親方は、民間人の話を聞いて回る。民間人は17名。老若男女様々だが、集落の者ばかりのようで、ドルドレンの使う言葉が通じない相手には、タンクラッドがテイワグナの言葉で応じた。
タンクラッドは、彼らがどこの出身か、何があったのか、何を話したのか。それらを短く訊いて、もう少し食い込んだ情報が聴けると思った相手には、幾つか別の質問もしてみた。
若い女は大体が子連れで、とても若い娘は、父と一緒に攫われたようだった。老人も多く、老人の親を持つ、タンクラッドと同じくらいの世代の男女は親と同時に攫われていた。
「家族がいたら、丸ごとって感じだな。家の中に押し入ったのもあれば、表で話しかけられて襲われてもいる。子供が話しかけられて、親が慌てて対応したら連れられるとか。
集落の一軒から、こうして家族を連れ出すような感じだが・・・何とも」
タンクラッドの言い方が、何かに気がついたようなので、ドルドレンは一先ず被害者に休む時間を与え、親方と一緒に廊下へ出た。
「どうした。何か気になるのか」
「俺が斬った相手も。子連れだっただろう?」
「魔物のことか?そうだな。正体出したら、子供は大人の男に変わったが」
「バイラの話していた、民話。彷徨う魂の未練ってヤツが、頭を掠めた」
ドルドレンは親方の話の続きに、うん、と頷いて促す。親方が少し考えてから話そうとしたところ、施設の玄関から、ミレイオの声と他の人間の声が響く。
「何だ?」
「ミレイオだ」
二人は急いで玄関へ行き、ミレイオと誰がいるのかと見てみれば。『ね、この人。ここの人よ』ミレイオが慌てたように、一人の男を支えて中に入ってきた。
彼はフラフラしていて、顔を上げることも難しそうにミレイオに肩を担がれている。
「寝かせてあげて。この人『戻ってきたんだ』って言ってるけど」
「戻った。どこからだ」
「分からない。一人用の馬車が着いて、すぐにこの人が転がり落ちてさ。びっくりしたわよ。助けようとしたら、中に入ろうとするから」
ミレイオが支える男は、息切れしながら胸を押さえ、俯いたまま『皆は』と呟く。タンクラッドが答えようとしてすぐ、バイラが異変に気が付いてその場に加わり、ミレイオから彼を引き取ると、その男を皆の寝る部屋へ連れて行き寝かせた。
「あなたも。ここの人ですね?自力で逃げたんですか?」
水をあげて、彼の上半身を少し起こした状態で支えるバイラは、40代頃の団員の疲労した顔に話しかける。彼はひげも伸びて、顔も首も、腕も服も砂埃だらけ。
男は出された水を煽るように飲み、もう一杯欲しいというので、バイラは『ゆっくり飲んで』と頼み、少しずつ口に含ませて『声が枯れています。私の質問にまず答えてもらえませんか』彼が余計に喋らないよう気を遣う。
「自力で?あなたも魔物に襲われて」
「違う。私は魔物に襲われなかったんです」
「何ですって?その言い方だと、魔物に遭遇しているのに」
水をぐっと飲んだ男は、辛そうにぎゅっと瞼を閉じてから、もう一度目を開いて『私は許された』と不思議なことを言う。
タンクラッドもドルドレンも、その一言に目を見合わせ、バイラもまた、二人を見上げて首を振る。それから、男に『許されたって。どういう意味ですか』と静かに訊ねた。周囲に横になっている団員たちも、ギョッとしたような顔で、続く答えを待つ。
「思えば。私は許されたんです。私も遭遇しているけれど。死人の格好をした男と子供に、門の手前で引き止められ、馬車に乗せてくれと言われた、あの時」
よく聞いていれば、彼は、仲間が夕方の見周りに出た後にいなくなったことで、心配して探しに行こうと馬車を出していた。馬車が施設の敷地から出る前に、魔物に遭い、彼は話しかけられた後、ちゃんと応じたらしかった。
「菓子・・・あなたが、彼らにお菓子を渡したら。馬車に乗る前?消えたんですか?」
「そうです。私は彼らが恐ろしかったけれど、子供が可哀相で。持っていた非常用の菓子をあげました。父親だと思うけれど、その男も痩せていたから、彼にも。
それで馬車で、彼らを送ってあげようと思ったら、もういなかったんです」
彼は、その後に施設に戻ってその話をしようとしたが、もう誰も居らず、慌てて次の町の駐在所へ知らせに出たらしかった。そして心配でまた戻ってきたのが、今。そこで話は閉じた。
周囲は暫し、沈黙が訪れる。誰も、こんな話を考えもしなかった。恐れの中にいた皆の中に、僅かな罪悪感が、人によって大小あるにしても・・・生じる瞬間。
「許された。その意味は。彷徨う魂の『小さな未練』を・・・あなたが満たしたからか」
タンクラッドの声に、僅かな同情が籠もるのを聞き取ったドルドレンは、親方の顔を見る。彼の顔は少し困惑していたように見えた。
その意味が何となく理解出来るドルドレンは、そっとタンクラッドの腕に手を置いて『タンクラッドは、俺たちを守ってくれたのだ』と静かに伝えた。親方は微動のような頷きを返したが、その目は悲しそうだった。
再び強く吹き始めた風に、流れ千切れる雲の間。時折、ふっと明るく差す夕焼けの光が、窓から室内を照らす。風に舞う砂は夕日に煌き、その煌きの向こうに、黒雲が見えた。
開いた窓から冷たい風が吹き込み、風向きが変わって、雲が近づく。徐々に窓を打つ粒の音が聞こえ始め、誰かが『雨が来る』と声を大きく教える。
ドルドレンたちは窓を閉め、ランタンを灯して、バイラと施設の団員たちに、今夜の旅の夜はどこで過ごせば良いかを相談した。
団員もだが、集落から連れてこられた民間人も、ドルドレンたちが助けてくれたと思い込んでいるので(※実はホーミットのみ)夜は一緒にいてもらいたいと願った。
「総長が宜しかったら。ここで一泊しましょう。これから雨なら、一晩降ると思います。明日には雨は上がると思いますから」
バイラに言われて、ドルドレンもそれが無難と了解。タンクラッドも同意し、馬車のミレイオたちに伝えに行った。
そして。夕刻の空はあっという間に暗くなり、避難所と化した状態の施設の広間に、窓に叩きつけ始めた雨粒と強風の音が響く。雨の音がどんどん激しくなる中、雷のような光が一瞬、外を覆う。
「この勢いだと、雷も鳴るかも」
団員と集落の人間が言葉を交わす中、入ってきたミレイオたちの後に続き、親方が最後に扉を開けて、『イーアンが戻ったぞ』と伝えた。
立ち上がるドルドレン。イーアンもお空で待機だったのだろう。
戸口へ行くと、黒い服をまとった白い肌の女がひょこっと登場。ニコーッと笑って『無事で良かったです』と伴侶に挨拶。
「イーアン。心配をかけたね」
一応、そう言ってみるが。イーアンが思ったよりも落ち着いているので、ドルドレンは違和感。彼女は笑顔のまま『状況を見守っていた』と伝えて、中に入った。
室内に入ったその姿に、場は一斉にどよめく。わぁわぁ騒ぐのも数秒、バイラが『龍の女だ』と大声で教えるとあっさり静まる。
そして皆の目がイーアンに集まり、イーアンは居心地悪い凝視を食らうが、その後すぐに『龍の女が来てくれた』と歓迎された(※来ただけ)。
ここからは、イーアン(←龍として)のお仕事開始。
怯えで疲れた、テイワグナの信仰深い皆さん一人一人に、同情と励ましを声掛けしながら回った(※軽く有名人状態)。
「龍の女もいるとなれば。とりあえず、心の回復は早くなるかな」
腕組みしたミレイオが少し笑って、様子を眺める。
横に立つシャンガマックの表情は難しい。『イーアンの威力は、龍だから。彼らを助けた本当の人はホーミットなのに。イーアンも複雑でしょうね』自分が関係ないのに感謝されたりしても、と褐色の騎士はミレイオに言う。
「イーアンも『ここではこういうもの』と諦めている部分だ。彼女は自分の立場で出来ることはする。例えそれが、無関係の出来事への感謝でも『受け取るのが務め』と理解しているだろう」
訂正の必要があればするだろうがな・・・親方は、シャンガマックの気持ちを汲みながら、イーアンの味方。『この場合は、受け取るだけだな』相手が疲れている、と付け加えた。
望んで過去を重ねられたわけではない、その存在の意味を、受け取らざるを得ない・生きざるを得ない立場がある、と教える。
シャンガマックは理解する。少し寂しそうではあるが、頷いて『そうか』と一言。横のミレイオは、彼の頭をちょっと抱き寄せて微笑む。
「ホーミットだって分かってるわよ、このくらい。サブパメントゥって、影の存在だから」
「ミレイオ」
褐色の騎士の顔に微笑んだミレイオは、『あんたが気にしてくれるだけで、充分だと思う』と添えた。誰にとって充分か。それは言わずとも、シャンガマックは分かる。はい、と答えて、イーアンと彼女を取り巻く人々を見つめた。
ザッカリアはトイレから戻って、イーアンがいることを知って駆け寄り、抱きつくと『俺、凄い怖かったよ』と泣き言。
皆さんと話していたイーアンは、彼らに挨拶してから、ザッカリアと一緒に壁際へ行き、よしよし撫でながら『よく頑張りました』と誉めた。
「全部見ていました。緊張の続いた時間だったでしょう。本当によく・・・あなたも、シャンガマックも、ホーミットも。いえ、ホーミットがいてくれたからこそ、ここに全員が生きて戻っています。
彼の助力に心から感謝します。お疲れ様でした、ザッカリア。シャンガマック」
イーアンの言葉に、仲間はじっと彼女を見る。『どうやって知って』ドルドレンが口を開くと、イーアンは簡単に『ビルガメスを通して見守っていた』と答えた。
「詳しくは後で話します。さて、フォラヴ。彼は次に向かう場所で会うでしょう。妖精の助けにより、彼は一時的に、大樹の中に休まされています。
大きな衝撃はないみたいですけれど、妖精の仲間が彼を守ったから、そのような状態です。なので、彼は無事。
それとですね。多分、親方あたりは知りたいでしょうから、余談ですがお伝えします。
今何時かと思われましたでしょう?はい、答え。今はあれから一日後の夕方です」
全員、びっくり。『一日後?あの時間の中で、夜が来て朝が来て昼が過ぎて・・・今?』ドルドレンが細かく質問すると、イーアンは頷く。
「イーアン!心配じゃなかったのか!」
酷いよ、とドルドレンが困った顔をするので、イーアンも困る。『だって。どうにも出来ません』と返し、ドルドレンはもっと悲しがった。
「実際に流れた時間の体感。皆さん、同じだと思いますが、全然短かったでしょう?
私とビルガメスは、あなた方の状況を知ってから、終わるまで待機するより他、ありませんでした。
理由はさっきも少し言いましたが、あの場所に出入り出来る方は、たった一人です。私たちの仲間でいてくれて良かった。それは彼、ホーミットだけでした」
「ちょっと。ちょっと、待って・・・あんたも、じゃ。戻ってきても、私たちのいた場所にさえ、入れなかったって」
「はい。そういう意味です。ビルガメスは『行っても、お前でも入れない』と言いました。だから『ホーミットが、あの空間を丸ごと潰して完了するまでは、手が出せない』と」
親方は頷く。イーアンを見て、『俺たちが入り込んだ後に、お前が気が付いたのか』と確認。そうだろうと思って訊ねると、イーアンは、うん、と頷く。
「正確には。ビルガメスが先に気が付いたのです。ホーミット待ちだな、と言うから、何かと思えば。既に旅の馬車が呑み込まれた後でした。
私は向かおうとしましたが、ビルガメスに『お前の範囲ではない』ことを告げられて、待機です。ビルガメスとしては『ホーミットさえ来れば大丈夫』と安心していたようですが」
シャンガマックは嬉しかった。この解説を聞いて、何だかとっても・・・ホーミットが認められていることを感じ、我が事のように嬉しかった。
イーアンは彼の胸中を読んだのか、すっと視線を褐色の騎士に向けると、微笑んで『お陰で、私たちは見守る間も、不安が少なかった』と。本当はホーミットに伝える言葉を、代理のようにシャンガマックに伝えた。
この後。イーアンとミレイオは給仕室を借りて、少量でも皆に回るように夕食を作って、全員で食事を分けた。
ドルドレンが度々、外へ見周りに出て、馬車や馬たちを確認していたが、雨風は酷いものの、それ以外の何もなく、夜が過ぎて行った。
お読み頂き有難うございます。




