1047. マカウェ地区警護団 地方行動部 ~ホーミットによる救出
表で待つ、荷馬車の一行。ドキドキしながら、塵旋風に映し出される映像を見守る。
「ホーミットなのだ。あれ、ホーミット」
「見れば分かるわよ。ドルドレン、落ち着きなさいって」
「凄い強さである!飛び上がっただけで、一気に掻き消したぞ!」
「あのくらい出来るんだって!サブパメントゥなんだから」
ドルドレンは両手を握り締めて、片時も目を離さず、映される様子を見つめてハラハラ。
さっきからこの調子で『馬車が揺れた!』『結界が消えた!』『黒いのが近づく!』と大騒ぎする、実況中継を続ける総長に、ミレイオも苦笑いで答えてやっては、宥めて落ち着かせる。
「どうなの。どうなのだ、これ。あ!シャンガマックとザッカリアだ。フォラヴは、やはりいないが」
「ちょっと、黙って見てらっしゃい。見てるしか出来ないんだし」
「落ち着けるわけないだろう!俺はここにいて、部下が危機に晒されて。ホーミットがなぜか現れたが」
「そうね。意外だったわね。でも、あいつ。明るいのに平気なのかしら」
「!ミレイオ、ホーミットが獅子で二人を乗せて」
「見りゃ分かるって!落ち着いてよっ」
ドルドレンは気が気じゃない。背だけはあるけど、まだまだ子供のザッカリアと、自分の隊に入って早10年経過した、シャンガマックとフォラヴが、自分の手の届かないところで、魔物に立ち向かうなんて。
それもフォラヴはどこかへ消えた後。一人なのかと思うと、心配でならない。
「俺が、俺も側にいれば・・・わ!何だ、あの人間の数っ」
「ドルドレン、騒がないの!って、ホント。何あの人たち・・・ん?」
「おい、バイラ。彼らの、こっち側の集まり。お前の服装と似ていないか」
ミレイオもタンクラッドも、映像に見えた、何十人もの人々の座る姿に目を凝らす。その服装、半分以上が警護団員のような服に見える。
静観していた親方は、横で不安そうに黙っていたバイラに訊ねる。
「はい。あれは・・・俺が思うに、ここの団員です」
唾を飲み込んだ不安丸出しの横顔に、親方は小さく頷き『そういうことか』と呟く。
親方は首を回し、ぐるっと辺りを見渡すと、消えた壁のあった場所と、自分たちのいる風景を少し観察してから『ここも一部ってことだ』鋭い目で見えない相手を見据えるように、続けた。
「え、やっぱり。そうなのだな。ここも既にヤバイ場所で・・・あっ、ホーミットだけ中に!」
親方の話に、眉を寄せて振り返ったドルドレンは、親方の意見を聞こうとしたが、目端に映ったホーミット単体の乗り込み場面に、また意識が囚われる。
そんなドルドレンを間に挟んで、ミレイオとタンクラッドはちょっと笑う。
バイラは笑えなかったが、ホーミットが救出しようとしてくれている、そのことに、ただただ、皆の無事な帰還を願うだけだった。
*****
お空のイーアン。ビルガメスと一緒に、地上の様子を見守っている最中。
「今の場面。あんまり見えませんでした」
「お前が動くからだ。くっ付けとけ」
イーアンはおじいちゃんの額に、自分の額をくっつけることで、おじいちゃんがキャッチする情報を、見せてもらえるという技を得たが(※あくまでビルガメスが承諾した時のみ)。
おじいちゃんは座っていても2mはあるので、仕方なし、床に座ってもらい、イーアンはベッドの上に立っておでこをくっ付けるスタイルで、情報をゲットしているが、これが疲れる(※面倒とも言う)。
ビルガメスは額から角が生えているから、角に触ると嫌がる(※『こら』って言われる)。
掴まるところがないので、遠慮がちにビルガメスの肩に手を添えているが、ぐらっと来ると、つい、角を触ってしまう。
その都度、『こら』と言われるので、不安定な状態で情報をもらう姿勢が続き、イーアンは座ることにした。
「どうした。もう良いのか」
「いえ。本当は最後まで見守りたいところですが」
「ふむ。俺に面倒だと思っているだろう、違うか」
「その質問に、私はなんて答えれば良いのですか」
笑いながらイーアンは、ビルガメスの質問に頭を振る。ビルガメスも笑って、ベッドに座るイーアンの横に寝そべり(※男龍基本形:たらーん、の図)『手は出せないな』と教える。
「あれはどこなのです。ホーミットが手伝ってくれる時点で、何か『訳あり』に思えます」
「そうだな。あの場所は、お前たちでは動けん。お前も無理だ。だから、彼が適している」
どこだ、と訊いたのに、それは答えないおじいちゃん。いつものことだけど、イーアンは黙る(※答え欲しい)。そんな女龍の目つきにちょっと笑い、ビルガメスは女龍の頭を撫でる。
「いずれにせよ。ホーミットが動いた。シャンガマックたちは無事に出られるだろう」
「どうしてあんな場所に引き込まれたのでしょう。それに、シャンガマックは結界を張ったのに、何でホーミットは馬車の中から現れたのかしら。ホーミットはどうやって知ったのでしょうか。それでどうして」
「イーアン」
女龍。ムスッとする。質問尽くしの女龍を遮ったビルガメスのニヤニヤする顔に、ムスーッとした顔を向けて黙ると、ビルガメスは女龍の角を摘まんで笑った(※角伸びたから、もっと摘まみやすい)。
「ホーミットは、彼らを助ける。彼が動いたことで、あの場所から外まで操る魔物は、居場所を消す。意味が分かるか」
ムスッとしたまま頷くイーアンに、ビルガメスは丁寧に『返事をする』と注意。イーアン『はい』と答える(※教育)。
「彼が動かなかったら。万が一、そんなことがあったら。それは少々・・・厄介だったぞ。
だが、ホーミットの得意分野だ。彼が動いて何より。お前は、彼らがあの場所から出た後、戻れば良い」
まだむくれたままのイーアンは、うんと頷く。そしてまた、ビルガメスに角を動かされて『返事をする』と注意された(※『はい』って言った)。
*****
砂の城の中へ入ったホーミットは、がらんとした暗い広間を進む。
ここに入る前に跨いで跳び越した人間は、この魔物の餌だったのかと理解した。
勝手に入ってきた、招いてもいない侵入者に、奥の部屋から追い出すような煙がどんどん出てくる。黒い煙はもうもうとホーミットを取り巻き、呼吸を閉じ、目を潰そうと絡みつく。
ホーミットは構わず進み、真っ黒に包まれた視界に『相手を誰だと思ってるんだ』とぼやいた。
サブパメントゥの自分相手に、何をしているんだ、こいつは・・・と思うが、一々教えてやることでもない。歩くごとにずれる床石を踏み締め、歩を緩めることなく、奥の相手へ、一直線に向かうホーミット。
――昔。サブパメントゥを攻撃された時。魔物の群れはサブパメントゥに光を投げ込んだ。
それは大地を割り、覆いを打ち崩し、太陽の光とぎらつく体の虫を送り込むことで、地下の住人を苦しめ、その体を壊そうとする試みだった・・・が――
コルステインと、その家族に立ち向かわれて、あっという間に魔物の群れは滅んだ。
光に弱い地下の国を壊した罪は、サブパメントゥの怒りに触れ、地上とサブパメントゥの間は、暫く誰も動けないほど、危険な地帯と化した。
誰も。サブパメントゥより下には行けない。誰も。誰一人。だから、サブパメントゥを攻撃するなら、上からしか出来ないのだ。その、上の部分を危険地帯に変えられた以上、魔物といえど、絶対に入ることは出来なかった。
「コイツに至っては。光で対抗しようとさえしない。俺に闇と熱で対抗しようとは・・・コイツがこれしか出来ないからなんだろうが。間抜けにも程がある」
『愚かな』相手に呆れたように呟いて、そしてまた、サブパメントゥを襲った魔物の『愚かさ』を思い出す。
「俺たちの中でも。光に晒される時間、動けるやつも、いないわけじゃないしな(※某ヒョルド系)。全員が全員、同じ特徴、同じ条件って訳でもない。
ミレイオは特別中の特別だが、あんなじゃなくても、幅はあるもんだ。かく言う、俺だって今じゃ、その力の範囲」
ホーミットは立ち止まる。黒々とした煙に燻される大きな室内に、ボウッ、ボウッ・・・と、くぐもる音を動かしながら燃える、赤黒い炎を見て。
「お前も運の尽き・・・そもそも、お前に運命なんかあったのか」
何も見えないほどの黒い煤と煙が充満する部屋。石が亀裂を上げるくらいに、熱を持った場所に立つ、ホーミットは、真っ黒な蝋燭がうねり始めて、体を作る様子を眺めている。
その黒い蝋燭は動き、蛇のように、長虫のように、体を作りながら、人の頭を無数に付けた蛇に収まる。
「それが。俺を威嚇するつもりの形か」
人の頭は、毛もない粘土作りのような玉状で、それが口々に何か言葉にならない音で喚き始めた。ホーミットは息を吸い込み、ぶるっと体を震わす。その一回で、部屋の中の温度が下がる。
長い黒い蛇の体。その体中に数え切れない数の、人間の頭を付けた魔物は、鎌首を擡げるように音を立てて体を振り回し、戻った勢いと共に火炎を吹き上げてホーミットを襲う。
ホーミットは青白く光り、開いた口から、相手の炎を吹き消す衝撃を放ち、すぐに飛び上がると、頭らしき場所へ向かって、振り上げた両腕の中の真っ青な光の玉を、思いっきり弾き飛ばす。
青い光の玉は呪文のような音をまとって、魔物の頭を突き抜け、勢いを落とすことなく、その黒い大きな体を何度も何度も貫いた。
ホーミットが床に着地するまでの間で、青い光の玉は魔物の体を貫き、相手を上回る業火で燃やし、彼の足が床に着いた時には、散り散りになった火の粉が、それでもまとわり付く青い光に、燻りながら落ちてくる状態だった。
部屋を包んでいた黒い煙も煤も、ホーミットの青白い光に少しずつ消され始め、両手を突き出して呪文を唱えたホーミットにより、何もかもが色を失い始めた。
それは段々と、色褪せるように変わり、明るくなるのではなく、壁も床も柱も天井も、存在が薄れて消えていく様子を見せる。ホーミットの呪文が相手を壊し、そこに居る存在の意味を打ち消す。
彼の立つ部屋から始まって、その影響の輪はぐんぐんと広がり、彼の言葉が止まるその時には、砂の城は完全に消え去っていた。
「ホーミット!無事で良かった」
「凄いよ!全部無くなっちゃった」
声が聞こえて振り向けば、離れた場所から自分に笑顔を向ける、騎士の二人。自分と彼らの間に、座ったままの人々数十人。
「ホーミット!」
嬉しそうに喜びの声で名前を呼ぶ、褐色の騎士に、ホーミットもニコッと笑って頷いた。
「たった一人で・・・何て強いんだろう。有難う」
彼の誉め言葉に、嬉しいと感じる自分がいる。笑顔を向けたホーミットは、ゆっくりと彼らへ向かって歩きながら、少し大きめの声で『軽い』とせせら笑った。
ホーミットが歩く側から、砂漠もまた薄れ始め、座り込んだ人々はそのままに、ホーミットと騎士たちが向かい合って喜びを味わうその場。
離れた場所にあった馬車のすぐ前に、もう一台の馬車も現れ、それと同時に、壁と建物が出現した。
「シャンガマック!ザッカリア!」
名前を呼ばれて振り向いた騎士たちは、呼んだ声は総長その人と見て取る。
すぐに、シャンガマックはホーミットを振り返る。金茶色の髪を揺すった大男は、もう一度、彼に笑いかけて『夜な』と言うと、そのまま足元の地面に入って消えた。
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