1046. マカウェ地区警護団 地方行動部 ~魔物退治へ
ザッカリアの目の前。とっても狭い荷台、その場所で。
大きな背中を屈めた男の体から、絵模様に光が走り、シャンガマックの結界に反応して、煌く石が弾けるような不思議な光景が続く。
それは空の星の瞬きを全て閉じ込めたように、狭い荷台の空間にキラキラと無数の輝きが行き交う状態。
あまりに綺麗で、ザッカリアは瞬きも惜しい。
シャンガマックの結界に反応し続ける、ホーミットの魔法の呪文。彼の言葉はどこの音でもない、言葉らしい感じもしない呪文で、歌とも違う音に乗ってシャンガマックの周囲を巻きつくように取り囲む。
囲う様子が、キラキラ瞬く美しい光の螺旋と渦に見えるのが、夢の中みたいだった。
『静かに』と言われたので、一生懸命、感動を口にしないよう、ザッカリアは口に手を当てて凝視する。
ホーミットが呪文を唱え始めてから、どれくらい経ったのか。
あっという間だったような気もするし、長かったような気もするが、シャンガマックの髪の毛が揺れて、彼の頭が少し意識を取り戻したような動きに変わる。
ホーミットは呪文を止めず、様子を見ながら、同じ韻を繰り返し、徐々に変化の始まったシャンガマックの状態を見て、褐色の騎士が体を動かしたところで、口を閉じた。
シャンガマックは薄い金色の光に包まれているものの、ザッカリアでも分かるほど、結界の形は消えつつある。どうなるんだろう、と秒読みのような、この『結界なし』状態を緊張して見守る。
「う。んん。あれ?ヨーマイ」
「バニザット!」
「あ、ああ。ヨー・・・ホーミット?」
「助けに来た」
ヨーマイテスと呼ばれかけて止めたことで、意識を引き戻されたような顔のシャンガマック。
頭を振って、大急ぎで状況を把握しようと、辺りを見回す。『馬車・・・あのまま?ザッカリア!』ハッとして、子供の名を呼んですぐ、『俺はいるよ』と2階から聞こえて、子供の顔を見てホッとする。
「良かった。無事か」
「バニザット。喜ぶのは後だ。結界が消えた。魔物が来るぞ。どうする」
「どうしてここへ、ええっと、ホーミット」
「良いから答えろ。俺が倒すのか、お前がやるのか」
「俺は」
「任せろ」
短いやり取りで、ホーミットはシャンガマックの疲労を感じ、彼の髪の毛をさっと撫でると、すぐに扉を開けて外へ出た。
バタンと開いた扉の向こう。今、正に近づいてきたばかりの黒い煙が、隙間もなく勢い付いて迫り来る。
大きなホーミットの背中。金茶色の髪の毛が風にバサッと吹き上がり、背中一面を覆う遺跡の刺青が青白く光る。
「何て、凄い」
シャンガマックはホーミットの背中に、感動する。ホーミットは地面を蹴って跳ぶと、黒い煙に向かって吼えた。その声は人の声非ず。腹の太さが倍はないと出ないような、太い銅鑼にも似た声が、辺りを震わせた。
彼の声が掛かった途端、煙の殆どが塵になって消える。僅かな音を立てた煙は、煤となって風に飛ばされ、固体のような黒い粒も一瞬、人の目に映ったが、その次の一秒で消えた。
「ここにいるのはこれだけだ。次だ、あの城へ行くぞ」
ホーミットは、跳んだその体が着地するまでに全て倒した。着地して馬車を振り返り、荷台から顔を出すシャンガマックとザッカリアに、馬車の左方向にある城を示す。
表の景色。シャンガマックたちがこの場所に入ってから、ようやくはっきり見た景色は、あたり一面、どこが終わりかも分からない砂の世界。
テイワグナの道は、砂の吹き荒れる場所でも、地面があっての砂地だった。
だがこの場所は、全てが砂のように見える。緩く隆起する向こうの風景は、砂山が風に晒されて、形を変えて散るのが分かる。
その隆起している手前に、ホーミットが示す『城』が佇むのが見えた。
ここの光は太陽ではなく、何かぼやーっとした、間に合わせの光のようで、ハッとしたシャンガマックは、ホーミットに訊ねる。『ホーミット、光が』言いかけて、彼がちょっと笑ったので黙る。
「光?これは違うな。暗がりじゃないが、この光は正体があって、ないような存在だ。俺には影響しない」
お前の結界の光はマズかったが、と笑った大男に、シャンガマックはすまなそうに頷いた。
「助けに来てくれるなんて。有難う。結界の影響が、ホーミットに辛くなければ良いが」
「大丈夫だ。ぎりぎり間に合った。とにかく話は後だ。次はあの城だ。
あの中に、魔物がいる。気配があるが、手前が面倒だ。俺だけなら倒すが、お前たちはどう言うか。仲間だから、意見を聞く」
ホーミットの言葉に、何やら意識しなければいけない雰囲気を理解し、その意味を訊ねると彼は手短に説明する。
「ゆっくり話す暇はない。こうしている間にも、次が来る。
良いか、よく聞け。大元の魔物はいるが、そいつ一匹だけだろう。だがその魔物が分裂すると、分裂した体は、違う存在に付くことで害をなす。
その違う存在が・・・ここにいるのは、生きた人間だ」
『死人にも付くが、ここでは連れ込んだ生きた相手』とホーミットは言う。
シャンガマックは蒼白。ザッカリアもぞっとしたらしく『俺、人は殺したくない』生きた人間が相手と知って、急いでシャンガマックに頼む。
「そうなると思った。どうする」
「生きている人たちは・・・魔物にどうされているんだろう。乗っ取られているのだろうか」
状態を知っているかと思って、ホーミットに訊ねると、彼も少し首を傾けて『どうかな』と呟き、城を見た。
「表では『死人の体そのものの』ように動いていたが。ここには生きている人間を連れ込んでいる。今、俺が倒したのは、生きている人間の一部だったかもしれないが」
「えっ」
ではもう、殺した後か?と慌てるシャンガマックに、ホーミットは『ただの黒い煙だ』と答える。『少なくとも、俺たちに見えた姿はそうだっただろう?』と。
このざっくりした分け方―― これは。これはと、シャンガマックは思い出す。
相手を裁く時の、男龍やイーアンの采配。そして、アゾ・クィの森で、魔法使いを倒した時のコルステインや、タンクラッドさんの感覚(※790話参照)。
シャンガマックは、大きく頷いた。
俺は今、騎士としてここにいない。俺は世界を守る旅に選ばれた男だ、と心に伝える。
自分を見つめる碧の瞳に『生きている人間のままであれば、手は出さない』と初めに伝え、それから『魔物であれば倒す』しっかり意志を固めて答える。褐色の騎士の言葉に、ホーミットは力強く微笑んだ。
「よし。それでこそ」
俺の息子と言いかけて、止める(※ザッカリア聞いてる)。でもシャンガマックには伝わったようで、彼も微笑んだ。
ザッカリアは不安そうだったが、自分の見たもののことを思い出し『あっ』と一声上げた。
「そうだ、言わなきゃ。俺、見たんだ。あの中に大きい黒い蝋燭があるんだよ!
それで、蝋が垂れて動いてから、外にいるバイラみたいな格好の人たちにくっ付いたんだ。
そしたら、その人の口から黒いのが出てきて、それが人間の形になって、こっちへ来たの」
「何だと?じゃあ、本体を真似たような状態ということか」
シャンガマックは、少しホッとする。だが、その蝋にへばり付かれた人間が、どんな状態かは分からない。
もしかすると『口から出てきた黒いの』を倒されたら、本体の人間にも恐ろしいことが起こっているかも知れない。そこは『賭けか』ぐっと顎を引いて、気合を入れる。
ザッカリアを見て『お前は手を出すな』と言い、自分とホーミットが倒すことを宣言する。
「お前は。人を殺す可能性がある今回。手を出さなくて良い。俺は決意した。
俺は、精霊ナシャウニットの加護を受けた、バニザット・ヤンガ・シャンガマック。偉大な知恵、ホーミットの信頼を得た男だ。俺は自分を選ぶ」
褐色の騎士は、口にしてそう言うと、馬車を下りる。ザッカリアの腕を引いて下ろすと、少し嬉しそうに微笑むホーミットを見上げ『行こう』と促した。
大きな男は、彼の背中に手を置いて『バニザット。過去も今も。お前は大したもんだ』と認めた。
そして、ホーミットはその姿を獅子に変え、ザッカリアを抱えさせたシャンガマックを背中に乗せると、砂の城目掛け、飛ぶように砂漠を駆け抜けた。
*****
砂の城の前に、座り込む人々。一般人も含めると、その数は70人近く。半数以上が警護団施設の団員だった。
彼らの意識はあるものの、体を動かすことは出来ず、気力を抜かれたか抑えられたかの状態で、その場に佇む。
ここに来る前。彼らは、突然に現れた、死人のような風体の者に何かを請われ、恐れから求めを断った。断ったと同時に、死人の体は崩れ、中から、人のようで人ではない気配の相手が出てきて襲われた。
傍目にそれは、食べられたようにも、消されたようにも見えた状況であったが、襲われた者は一瞬の後に、ここ―― 砂の城へ飛ばされていた。
そして何日も、時間のないこの空間に、座り込んだまま、日が過ぎた現在。気力は時間を追うごとに消えてゆく。何に使われているのか、どこへ漏れているのかも知らない間に、廃人に近づく体。
少し前。それも曖昧な時間ではあるが、この内の一人が魔物の手に掛かった。
目に映ることもないその様子。魔物が寄って来て、誰かが魔物に捕まったのは、そこにいた皆が感じる。
捕まった者が、床に倒れた音が響いた後、黒っぽい人の形が動き出して、その場を離れて砂の向こうへ。
それからまた、時間が流れた。
流れて暫くした頃。外に。砂しかなかった場所に、何かが近づく音に、座る人々は気がつく。
気がついたところで、身動き一つ、指先も動かせないが、何かが外から来ることを知って、それが助けなのか、これ以上恐ろしい続きなのか。分からないにしても、必死に運命に救いを願った。
*****
シャンガマックとザッカリアを乗せた獅子は、砂の城の前に、ほどなくして到着。
平たい建物の様子は、シャンガマックにはとても『城』には思えない。
だが、自国の城の雰囲気と異なるだけかなと思いながら、だだっ広いだけの何もない建物を眺め、獅子から人の姿に変わったホーミットを見た。
「どこに敵がいるのだろう」
「ん?お前に見えないのか。おかしいな。おい、ザッカリア。見えるか」
「何が?あの人たち、どうすれば良いの?」
子供の返事に、シャンガマックはすっと、切れ長の目を開く。ゆっくりと真向かいの城を見つめ『人?』その呟きは、後ろの二人の耳に届く。
「シャンガマック。見えないの?たくさんいるのに」
「ふーむ。意気込んだのは良いが。バニザットの目に映らないときたか。仕方ない、俺だけで行くか」
「何でだ?人がいるのか?どの辺りに」
「目の前だよ。俺たち、その人たちから馬車2台分くらいしか、離れてない」
子供の答えに、シャンガマックは目を擦って、我が目を疑う(※見えない方で)。どうやっても何にも見えない。
そんな褐色の騎士の肩に、大男はぽんと手を置くと、見上げた顔に『ここにいろ』そう一言告げて、おかしそうに笑った。そしてザッカリアにも『お前はバニザットを見ておけ』と注意を与えた。
「行って来る。ここで待て」
ホーミットは地面を蹴って、城に向かって飛び上がった。それは何かを大きく跨ぐように跳び越え、平たい城の壁の中へ彼の姿は吸い込まれるように見えなくなった。
「何てことだ」
寂しいのはシャンガマック。折角。彼と一緒に戦おうと決めたのに。後ろでザッカリアが話しかける。
「ここにいるんだよ。俺が見えているから、危なかったら教えてあげる」
まさか、敵地目前。自分が守ってもらう側に回るとは思いもしなかった。
お読み頂き有難うございます。
申し訳ありませんが、体調の都合により明日の朝は投稿をお休みします。
明日は夕方1度の投稿です。暑さに敵いませんでした。
どうぞ宜しくお願い致します。




