1045. マカウェ地区警護団 地方行動部 ~助っ人登場
迷い込んだ、砂しかない場所。馬車の中に居続けるのは、ザッカリアとシャンガマック。
シャンガマックはもう、何時間も前から意識がない。
初め、ザッカリアは彼の体にくっ付いていたが、離れても大丈夫そうと分かって、腕を解いてから、腕を広げたまま立っている、褐色の騎士の後ろに座っていた。
馬車の中も、思うに、外も。金粉が舞うような光に包まれている。
この光は心地良くて安心するけれど、ザッカリアとしては、何も物事が動いていないことの方が気になっていた。
「話しかけても。もう、後ろの人も何も言わない。シャンガマックは魔法を使っているから、俺の言葉は聞こえてなさそうだし。
どうしよう。フォラヴはどこにいるんだろう。守ってもらえたみたいだけど・・・総長たちはどうしてるのかな」
腰袋から、茶色の光を抱える連絡珠を取り出す。握ってみるが、『やっぱりムリか』ギアッチに通じそうな気もしない。珠を戻して、どうやってここから出るか、自分で考えることにする。
「うーんと、イーアンなら何て言うかな。先ずは観察でしょ。『周りを観察すること』と『魔物をよく見ること』でしょ。それと何だっけ」
言いながら、ザッカリアは腰を上げて、小窓の外をそーっと見る。何にも見えない。
「ダメだ。『周りの観察』が結界で出来ないや(※イーアン撃沈)。魔物も見えないし。
でも、馬車を囲んでいたあの黒いのは、本当の魔物じゃない、と思うんだよな。中にあった、気持ち悪い『黒い蝋燭』が、本物の魔物だ」
それと。呟くザッカリア。『観察の次が、考えるんだっけ』何が効くかを、いろいろ考えるんだったなと、独り言。
「俺は、あの『黒い蝋燭』が魔物、ってことは知ってるんだから。
何が効くかは、うーん。火だから、水だよ。でも水をかけても、蝋燭は水を弾くし、あれ?蝋燭って、火に溶けるんだ。ちょっと待てよ。どうすれば良いんだろう」
火はとっくに点いているわけで。そうすると弱点とした感じでもない。『もっと燃やせば良いのかな』ばんばん燃やして、さっさと溶かす(※極端)。それならどうにか次の展開になる気がする・・・・・
「あ。忘れてた。ここ、龍呼べるのかな」
ザッカリアは一応、試せることは全部試しておこうと考える。ふと、ソスルコの存在を思い出し、笛を取り出すと、ちらっとシャンガマックを見てから『笛、吹くよ』と断りを入れる(※聞こえてない)。
それから笛をいつものように吹く。音は籠もっていて、響いている感じがない。これもダメかな、と思って、小窓から暫く外を見ていたが、やはり空は光らなかった。
「龍もダメか。ここは、全然違う場所なんだな、きっと。ソスルコに聞こえたかどうかも分からない。参ったな」
武器もない。シャンガマックは結界を張っている。龍も来ない。連絡珠も使えない。知恵は自分頼み。
「もっと勉強しておけば良かった」
もう何時間経ったのか、それさえ見当も付かず。ザッカリアは、バイラが使うベッドの部屋の、椅子を出して、そこに座る。
「他に何かあるかな。こういう時、忘れているんだ・・・・・
ソスルコも来ないってことは、イーアンやタムズにも、俺の呼びかけは届かないかも。地下じゃなさそうだから、コルステインたちも多分来ないだろうな。
総長たちは地上にいるのかなぁ。助けが呼べないのも困るけれど、どうすれば良いか、相談も出来ないのはもっと困る」
ザッカリアは綺麗な顔にシワを寄せて、一生懸命、打つ手を考える(※イーアンが見たら悲しむシワ)。が、何にも浮ばなかった。
「分からない。仕方ない(※潔い)。音楽弾こう」
うん、と頷いて、気分転換にザッカリアは楽器を取り出すと、弦を弾いてみる。『大丈夫だよね。音で刺激とかしないと良いな』マズそうなら、すぐに止めるよ・・・言いながら、ザッカリアは弦を鳴らし始めた。
何も変化はないけれど。自分の気持ちが落ち着く。シャンガマックはあのまま、変わらず。
ザッカリアは、自分が弱いとは思わない。これから強くなる自分は、まだ成長している最中だから、今、この場面を皆のように切り抜けられなくても、仕方ないと思える。
だけど、このまま何もせず、ひたすら時間を潰すのもいけない。シャンガマックが疲れてしまう前に、自分の出来ることはしておこうと考えている。
何曲も弾いて、その間に『あれはどうか。これはどうか』と浮ぶ。すぐに『ムリそう』と分かっては消えていく、そんなことを繰り返していると、外から音がした。
ハッとして、最初にシャンガマックを見る。彼に変化はない。空気の色も、金色が漂うまま。
何だったのか分からないので、楽器を置いて、静かに立ち上がり、小窓の外を見てみる。外の金色も、やはり代わり映えなく穏やかな金色の景色。
「何だったんだろう」
かといって、扉を開けるほどの無謀も出来ない、ザッカリア。
どんな音だったか、思い出して『誰かの足音?』そんな印象だったのをなぞる。『ザザ』と聞こえた、砂を踏むような音――
思うこと① 外にいた、人間の形の蝋が動いた。『これはあるだろうな。根負けでもして、いなくなるとか』変な城に、戻った可能性があるなと思う。
思うこと② 別の何かが来て、今、外にいる。『これも、ある。あいつらだけじゃないだろうし』新しい敵が送り込まれて、結界に触れたとか。ここでザッカリアは気が付く。『いや、無理だぞ』。
レモン色の瞳を丸くして、ザッカリアはゆっくりを馬車の中を見渡す。
「無理だ。結界に触れた時点で、中にいる俺たちに振動は伝わったんだもの・・・触れないで中に入るなんて。あ、え!フォラヴ!フォラヴくらいだ!」
シャンガマックが最初の方で話していた。『フォラヴなら中に入れる』と。
そうだ!と思い出すザッカリアは、結界に入った状態、イオライから最近までの記憶が蘇る。
「この結界の中に入れるの、決まってる人だけだ。イオライでも、ティティダックでもそうだった。
閉じ込めちゃえば、魔物も入ってる状態だったけど、あいつらは結界から出られなかった。
逆もありだ。他の魔物も入って来れないんだ・・・ここでは、馬車と俺たちだけで結界を張ったんだから、元から中にいるか、外から入れる誰かしか」
フォラヴかも!パッと顔が明るくなり、ザッカリアが扉に近寄ったすぐ、馬車がゆさっと揺れる。
「何?」
慌てて、扉を離れる。馬車は揺れたが、シャンガマックは変わらない状態で・・・緊張の走るザッカリアは、床に手をついて、静かに続きを待つ。
何か。フォラヴじゃないかも知れない。誰か、いる。
あの黒い蝋燭が、もっと強烈な手を打ったのかもと思うが、見えてこないから確認しようがない。ザッカリアはシャンガマックの足元にしゃがみ込み、床に伝わる振動を感じようと、そのまま息を潜める。
音がまた聞こえ、それは床の真下からと分かった時、ごくっと唾を飲んだ。『誰だ。壊す気か』馬車の床を抜く気だろうか。
「シャンガマックの結界に。入れる魔物なんていないはず」
呟いたザッカリアは、床板の隙間、そこに黒い影を見た気がした。
スススと隙間から見えた、床の下―― つまり、地面。砂地。そこに『ネズミ?』小さな走る姿が見えて、拍子抜けする。
尻尾の長い、手と同じくらいの大きさのネズミの影。往復しているのか、床板の隙間からちょろちょろと見える。
「ネズミなら・・・入れるか。悪くないから。でも、さっきの馬車の揺れは」
「おい。そこ、ちょっと退いてくれ」
「うえっ?!」
床板の隙間を見ていたザッカリアは、僅かな隙間から聞こえた、人の声に驚いて仰け反る。
『ネズミ?ネズミが喋ったの?』仰け反った顔をもう一度、1cmもない隙間に近づけると、『退けって』とまた言われる。明らかに、真下にいる影になったネズミが喋っている・・・・・
「う。あの、君。ネズミでしょ?魔物じゃないでしょ」
「良いから、退け。魔物なら、こんな場所に入れないだろうが」
「やっぱりネズミだ。何でネズミが喋るの?俺が退いたら、君はどうするの」
「面倒臭い子供だな。退いていろ、助けてやるんだから」
「ちょっと無理だよ。喋るネズミ、って。それは分かったけど、そんな小さい体で」
ネズミは本当に面倒臭そうに舌打ち(※ネズミ舌打ち)。ザッカリアは、態度の悪いネズミに『君を心配しているんだよ』とちゃんと伝える。
「このまま。お前がそこにいるなら、お前の顔にぶつかる。それで良ければ、そうしていろ。俺は『退け』と言ったからな」
「何をするの?・・・うわっ」
突然、隙間の暗い影からびゅーっと風が上がり、ザッカリアは急いで顔を背ける。
目を瞑って、砂が顔に当たったのを感じ、ちょっとだけ瞬きして、目に砂が入る寸前だったと知り、ゆっくり目を開けて―― 魂消た。
狭い寝台馬車の荷台に、窮屈そうに慌てて背を屈めている、焦げ茶色の肌の大男が、目の前にいた。
レモン色の瞳は、ドまん丸。総長より、タンクラッドよりも大きい体。自分と同じくらいの濃い皮膚の色。
金茶色の、獅子のような髪の毛・・・獅子?獅子!そうだ、獅子の姿の仲間・・・この人だ、と気が付く。
「あ。あ、あの、あ。ええっと。えーっと、ホーミット?」
「それ以外の誰だ。お前の名前は忘れた。違うな、聞いてないか。何だ、名前」
「俺。俺は、ザッカリア・ハドロウです(※自己紹介敬語習慣)」
ああ~。屈めたままの頭を、子供の顔のすぐ上に向け『ザッカリア。お前も俺と、あまり触れ合えないヤツだな』構わないが、と独り言。
すごく屈強に見える、間近で見る迫力。青と緑が混ざったような碧の瞳は、とても真っ直ぐ。顔は厳しくて怖いけれど、ザッカリアはサブパメントゥの大きな男に、不思議と恐れは消えた。
「綺麗な目だなぁ」
「何だと?何を暢気なことを言ってるんだ」
ホーミットは屈めた背のまま、片方の眉をぐっと下げて、ザッカリアの顔を覗き込む。
少し緊張するが、この人は怖くないかもと一度思えば、大丈夫なザッカリア。じっと目を見つめ合う。
「ふーん。お前の目も、龍みたいな目だな。ミレイオと似ているから、龍じゃないか」
「俺。『龍の目』って言われてるよ。空の何かあるんだ」
「自己紹介はその辺にしておけ。またいつか話してやる。
さて、このバニザット。俺もここまで強い力相手には、さすがに触れないな」
目の前で意識を失くしているシャンガマックに、ホーミットは少々手強いと漏らす。ザッカリアは『この状態のシャンガマックに、何を話しかけても答えない』と教えてあげた。
「だろうな。これは・・・バニザット。こんなこともするのか。なかなか優秀だ。で。誉めてる場合じゃないな。俺が時間切れになる前に、結界を解かせるか」
「結界、解くの?ダメだよ、魔物が来るんだ」
「そんなもの、倒せばいい。だが、普通の魔物じゃないからな、お前らの意見も聞いてやろうと、わざわざ来てやったんだ。お前たちを助けに来れるのは、俺くらいだぞ」
ザッカリアには、彼の言葉の意味が難しい。『もうちょっと簡単に言ってよ』とお願いすると、ホーミットは小さい溜め息をついて『ここは別の空間だ』と教える。
「のんびりしてられないぞ。ここで過ごす時間は曖昧だ。外に出たら、何時間で済まない。
とっとと出ないと、お前の仲間が砂まみれで、夜も朝も待ち惚けを食らうだろう。こんな場所に引きずりこまれたら、俺以外では誰も手が出せん」
バニザットがいるから、場所が分かったようなものの・・・何となく、呟く彼の言葉に、ちょくちょく『バニザット』と、シャンガマックの名前が出てくるのに気が付いたザッカリアは、少し思うことあり。
「ホーミット。シャンガマックと、仲良しなの」
「うん?何言ってるんだ。とにかく、バニザットを起こすぞ」
子供に訊かれて、目一杯はぐらかすホーミット。顔は変わらないが、少し動揺していた(※仲良しだから)。
「仕方ないな。ザッカリア、少し離れていろ。俺がバニザットに呼びかける。この魔法に、俺の魔法で対抗できるか、やっても、意味があるのか分からん」
気弱にも聞こえる、ぼやきなのか何なのか。
言われるままに、ザッカリアは、離れようもない狭い場所を出て、自分のベッドのある2階へ上がる。『良いよ。ここくらいしか無理だもの』そう言うと、自分を見た碧色の目にニコッと笑う。
「出て来るなよ。馬車が壊れないことを祈れ」
「壊さないで。ミレイオとタンクラッドおじさんとオーリンが、頑張って作ってくれたんだ」
「さっきから、子供みたいなことばっかり言うな」
「俺、子供だもの。まだ」
「良いから、ちょっと黙ってくれ。調子が狂うな」
苦笑いするホーミット。黙ったザッカリアは、うん、と頷いてそこからは静かにした(※言うことは聞く)。
金茶色の髪を、ぶるっと震わせたサブパメントゥ。
その両腕に浮き上がる不思議な模様が、彼の口から流れ出る呪文と共に煌々と輝き、背中の刺青も、細かく描く線を金色に光らせ始めた。
お読み頂き有難うございます。




