1041. 旅の四十九日目 ~雹の後
馬車の朝。ミレイオが朝食を作っていると、空が光る。
「帰ってきた・・・けど」
眩しいわよ~! 笑いながら目を閉じて手をかざし、光の方に向いて立ち上がる。『イーアン。男龍と一緒か』元気になったかなと、到着を待っていると、あっという間に近くへ降りた。
「戻りました」
「お帰り。眩しい」
「ええ、はい。ビルガメス、眩しいです」
「このくらい慣れる」
無茶言わないで下さいよ、とイーアンが笑う声と、ビルガメスが笑った声が重なると、光の明度は下がって、ようやく目を開けられるくらいに変わる、
「イーアン。ビルガメスと一緒だったの」
「いいえ、夜はルガルバンダでした」
羨ましいわねぇと苦笑いするミレイオは、ビルガメスにも挨拶し、彼から『このまま少し待つ』と聞いて嬉しく思った。
「龍気は大丈夫なのかしら。あれ、アオファね」
上にふよふよ、首がいっぱい生えている龍が浮んでいる(※異様な光景)。ミレイオは『この辺は誰もいないから、アオファも降ろせば』と提案。
有難くアオファも呼んで、アオファとビルガメスは馬車の近くで、イーアンの朝食が終わるのを待つことに。
ミレイオは朝食を一緒に作るイーアンに、『ドルドレンが心配していた』と教え、早めに挨拶しておいでと促す。
丁度、イーアンが頷いたところで、馬車の扉が開いて『イーアンが戻ったか』と伴侶の声がした。
「戻りました。おはようございます」
「おお、イーアン。大丈夫か。どうしたのだ。何をして、あっ」
奥さんに駆け寄ったすぐ、ハッとして向こうを見たドルドレン。巨体のアオファと、ニコッとしたビルガメスを見て『ビ。ビルガメス』震える恥じらいが顔に浮ぶ(※良い朝)。
「ドルドレン。私はまたすぐに空に上がりますから、昨晩の仕事については、午後に戻ってからお話します。今はビルガメスに会いに行っては」
「そ。そう?じゃ、ちょっとね。挨拶してくる」
嬉しいドルドレンは、すまなそうに笑うと、いそいそビルガメスの方へ小走りに急いだ。笑って、それを見送るイーアンとミレイオ。
「あんた。旦那が男龍好きでも平気なのよね」
「はい。ドルドレンは憧れが強いのです。これ、女性だったら私死ぬ」
アハハと笑うミレイオは『今のあんたが死ぬなんて難しそう』と、白い角を撫でて、悲しそうな顔のイーアンに味見をさせ『作っちゃおう』と、二人は料理の仕上げに入った。
こうして朝食。今日は、荷馬車から出るなり、バイラが一番ビビッていた(※アオファ初めて)。
ドルドレンは、呼ばれてようやく戻り、騎士たちと親方は、向こうにいる多頭龍と男龍の組み合わせを、久しぶりに新鮮に感じて眺めた。
「アオファは支部の裏にいつもいたけど。久しぶりに見たから、大きく見えるよ」
ザッカリアは、食事が終わったら側に行くと女龍に言い、イーアン了解。
『バイラも行こうよ』ザッカリアは、大きな龍を自慢したいから、是非と誘ったが、バイラは『絶対に行かない』と真面目な顔で嫌がっていた。
「ちょっとだけ。昨日の話をしておきましょう。そうでした、それとね。オーリンも今日はお休みです。
ええっと。昨晩、私たちは、ニヌルタが降らせた雹の被害に対処していました」
横で食べる伴侶と皆に『今日。これから動いたら、そうした場所を見かけるかも』と教え、イーアンが何をしたかを説明する。
先ず始めに。集落を見かけ、その畑で嘆いている人たちの姿に、申し訳なく思ったイーアンとオーリンは降り、驚く人々にご挨拶。
それから『雹がなぜ降ったかは、言えませんでしたが(※危険)』ガルホブラフに、控え目に雹を溶かすように頼み、頷いた龍がふ~・・・っとして、雹は解ける。
続いてイーアンが雹で潰れた作物に、龍気を与えると、作物は頑張って元気になってくれた。
「ぐちゃっと潰れてしまうと、無理がありますけれど。ちょっと食べれそう、ってくらいのお野菜は、龍気で頑張ってくれました」
「え。そんなこと出来るの。戻ったの、野菜」
伴侶の質問に、『完璧じゃないけど、そこそこは』とイーアン。『ビルガメスなら、きっと完璧に戻したと思います』でも私はまだムリ・・・イーアンはそう言って、そんなこんなで他所も回ったと話す。
「お怪我された方もいらして。家畜も怪我があったり。そちらは、私の龍気でどうにか回復出来ました。
農作物はそこそこで。おうちや納屋などは、私では手が出ませんでした。あれはタムズの範囲」
「ニヌルタ・・・イーアンは尻拭いを」
伴侶の切なそうな顔に、イーアンは笑って『ニヌルタは良かれと。彼は、人間の生活を知りません』男龍だから、教えるまでは難しいだろうと答えた。
「じゃあ、イーアンは。昨日、それをずっと繰り返して、とうとう、空で休むまでになったのか」
昨晩。全然、気が付きもしなかった親方(※コルステインと楽しかったから)は、驚いて首を振り『大仕事だ』と同情。ミレイオも同じようなことを言って、イーアンの背中を撫でる。
「この辺と、バイラが教えてくれた警護団施設方面は、何もないですけれど。
そうね、1kmくらいですよ。雹がない範囲は。どこまで降ったか、どれくらいの量が落ちたか、それは分からないけれど。
私は集落や村を、オーリンと一緒にぐるーっと・・・うーむ。このくらいの範囲で見てきて」
イーアンは地面に簡単な地図を描き、馬車と施設の間に、太い通路のような線を引くと、その両脇を指差し『この横は、雹だらけで』と苦笑いで教えた。
「一晩経ったし、粒は大きくても5cm径です。夏だし、さすがに溶けてきているとは思いますけれど」
まだまだ、被害後の対処が大変・・・・イーアンは、そう、皆さんに言う。『だから。お困りの方を見かけたら、出来る範囲でお手伝いをお願いします』出来ることだけでも、と頼む。
騎士やバイラも、女龍の話を聞き『こういう性分なんだろうけれど、本当に、女龍になるべくしてなった人だな』と、口に出すことはないけれど、皆が思う。
話を聞いたドルドレンは、彼女を馬車で休ませたかった。
またこれで、すぐに空へ行くのかと思うと、イーアンは休める場所が一定しないから、それを申し訳なく感じた。
「イーアン。ビルガメスが来ているけれど。昨日も大変で、これを食べたらまた上がるとなれば、落ち着かん。今日はイーアンも馬車で休めば」
「有難うございます。だけど、ビルガメスも実は暫くぶりです。ここで返すのも済まないから、今日は行って来ます」
伴侶の優しい気持ちにお礼を言うと、イーアンは食べ終わった食器を片付けて、『ではまた午後に』と皆に挨拶し、伴侶の頭をナデナデしてから、ザッカリアを連れてアオファの元へ行った。
愛妻(※未婚)の後ろ姿を見て、ドルドレンは心が苦しい。自分のせいかなと、ちくっとする痛みが何度も胸に刺さった。
この後。ザッカリアが戻り、イーアンとビルガメスは、アオファと一緒に空へ飛んだ。
旅の馬車も出発する。今日も暑くなりそうな、太陽の光が差す道。
でも風は、北から吹いているのか。少しひんやりとして、刺さるような日差しを和らげる風に、一行は少し、気も体も楽だった。
上を見上げたバイラは、何かを考えているようで、数秒黙ってから総長に振り向いた。
「もしかすると。雨が来るかもしれません。その前に警護団施設へ着けば良いけれど」
「雨。そうか、夏季に大雨が」
「はい。地域によりますが、この辺りは雨がまとめて降ります。タサワンのような雨季はないですが、降るとなれば、一辺に水浸しになるほどに」
それを聞いて、ドルドレンは警護団施設までの距離を確認する。バイラも眉を寄せて『急げば昼では』と濁す。
「まだ距離があります。昼食後に進んで、昼下がりに到着・・・くらいで考えていました」
「大雨と聞いたら、のんびりしていられん。昼食は午後に回っても食べられる。少し急ぐか」
分かりました、と了解したバイラは、馬を下げて後続の馬車に状況を説明し、旅の馬車は速度を少し上げて進むことに決まる。
「まだ見えませんけれど。雲が向こうの山脈から見え始めると、風が変わります。海に向かって、風が吹き始めたら。あの、海は向こう方面です。あちらへ向かう風が出始めると」
「雨か。雲は早いか」
「早いですね。黒い雲が山脈を越え、見える一帯に被るでしょう。雨を連れてきますから、昨日の雹は溶けるでしょうけれど、私たちも同時にずぶ濡れです」
「近道もなさそうだ。止まらずに進もう」
馬車の民出身・総長は、大雨は苦手。馬車の車輪が取られる。
見たところ、林はところどころにある地域だが、如何せん、馬車が寄せられるほどの、背の大きい木はなさそう。
これは雨宿りも出来ないと判断し、頑張って昼に着くなら、どうにか警護団施設へ、非難がてら、早くに到着したいと願った。
有難いことに、施設までの道のりに、雹はない。タムズがこの方向だけは雹を消し去ってくれたお陰で、旅の馬車は少々急ぎながら、特に障害もなく、順調に進んだ。
もうじき施設の近くの道に出る、とバイラが教えてくれた後。
通行のない、人気ない道にゆらっと影が見えたドルドレンは、それをバイラに伝える。『あれ。人だろうか』どこから来たのかな、と訊ねる総長。
「民家は通ってきた道にはないのだ」
「そうです。この道に繋がる細い道の先に、多くは集落や村として・・・あるので。人が。馬もなく、一人で?一人じゃないぞ。何人?え?」
バイラは眉を寄せ、目を凝らす。有り得ないだろう、と呟く独り言を、ドルドレンも怪訝そうに聞く。
「俺も。この辺のことは知らないにしても、有り得ない気がする」
ぼそっと落としたドルドレンの、嫌そうな言い方に、バイラは振り向いて『魔物でしょうか』極力、潜めた声で訊ねた。
「分からんが。そうだとしても変ではないぞ。俺はイヤなのだ、人間っぽいの」
「そんなのもいますか?私も・・・切れと言われれば、やりますけど」
「え。バイラ、勇敢なのだ。俺は出来るだけイヤである(?)」
「仕事が仕事でした。そうしたことを経験に積んで」
「バイラッ」
ひそひそ話していた矢先、ドルドレンは急いでバイラを止める。すっと口を閉じたバイラは、前方に揺れる影に、ゆっくりと顔を戻す。
「止まっている。ということは」
「私たちが近づくのを待っています」
二人は緊張しながら速度を少し落とし、バイラは腰の剣を寄せ、ドルドレンも腰袋から出した冠をひょいと頭に被せた。
「見えるな。女だ」
「はい。地元の女のようです。女が・・・3人ですね。それとあれは」
「子供だ」
うんざりした小声で、見えるものを告げた総長。バイラも顔が少し困惑している。二人は一度だけ顔を合わせて『私が用事を聞きます』とバイラが頷いた。
「気をつけろよ」
「はい。総長。そこで止まって下さい」
言われたように、ドルドレンは手綱を引く。馬は止まり、後ろの馬車も止まった。
昨日より引き続き、今日も御者を務めるフォラヴは、この停止に何かと思ったが、前の馬車から何も声が掛からないことに、これは黙るべきと判断し、声を立てずに待つ。
寝台馬車の中も同じ。シャンガマックとザッカリアは、ただ事ならぬ雰囲気に息を潜めた。
お読み頂き有難うございます。




