1040. ビルガメスの世界予告
真夜中。ルガルバンダは子供たちも寝かしつけ、自分のベッドに女龍が眠っているのを、満足して眺める(※子供はイーアンを起こそうとしていた)。
「子供たちがいたから。連れて来て話す間もなかったが。彼女を先に寝かせて良かったな」
グィードの皮に身を包んだ女龍は、ルガルバンダの子供2頭に挟まれて、その間でぐっすり眠る。白と黒の、その不思議な印象の女龍は、見ているだけで飽きない。が。
この状態、ルガルバンダが寄り添う隙間がない。
「うーむ。動かすと起きる。寝かせたには良かったが。まさか、子供がここで寝るとは」
自分のベッドに寝てる姿は嬉しいんだけど・・・自分が横にいられない(※子供起きる懸念)。ルガルバンダ、溜め息。
イーアンを連れて来て、殆ど喋ることが出来なかった夜。
子供たちを家に連れて来ていたので、まずは、彼らが女龍を見つけて喜んだのを、止めるところから始まり、イーアンをベッドに案内して寝かせ、すぐに群がる子供を遠ざけ、父親の隙を狙って女龍に遊んでもらおうと突っ込む子供を阻止し・・・そんなことをし続けて(※父は大変)ようやく、全員寝たと思ったら。
「俺はこの場合。どこで寝るんだ」
子供も大きくなったから、ルガルバンダが体を横に出来そうな場所は、端っこだけ。迂闊だった、と呟いて、連続溜め息と共に、彼らの頭の近くに腰掛ける。
少し腕を伸ばして、真ん中に寝るイーアンの白い角を撫で、ルガルバンダは微笑む。
「ズィーリーには生えなかった角が。イーアンは、角がしっかりと。翼も6枚。体の色も、こんなに美しくなった」
この前、初めて見たイーアンの裸(※イーアン黒過去)。なぜ服なんて要るのかと、本当に惜しく思った。あの姿がどれほど素晴らしいか、なぜ彼女には分からないのか。
「あんなに嫌がって怒るもんだから、ファドゥが服を渡してしまった。勿体無い・・・ズィーリーの裸は見たことなかったからな(←大真面目なヒトだった)。比較しようがないが、しかし美しかった」
また脱げば良いのに(※全裸推奨族)・・・心から切に希望する。いつか、また見ることが出来るなら。
「お前。もっと長く生きないと。お前の生きている時間が短過ぎて、今もこの瞬間さえ、惜しいと思う」
自分たちよりも、ずっと早く消える命を抱えた女龍と、一体、後どれくらいの時間を一緒に過ごせるのか。
「お前の次は。もういないのに」
呟くルガルバンダは、眠るイーアンの白い頬を撫でる。子供たちに挟まれて眠っているからか、龍気が増えている様子。
「ルガルバンダ。いるのか」
低い通る声がして、ルガルバンダが立ち上がると、すぐ近くにビルガメスが来ていた。『どこへ行っていた』ルガルバンダは小さな声で訊ねる。その質問より早く、ビルガメスは彼の後ろに眠る女龍を見た。
「イーアンは、どうした」
「龍気を使い過ぎて、自分から来たんだ。オーリンが運んできたらしい。俺が最初に気が付いたから、ここへ」
ビルガメスはベッドへ近寄り、子供と一緒に眠るイーアンを見て、少し黙る。ルガルバンダとしては、この後『うちに連れて行く』と言われそうな気がして、断る文句を幾つか選択中(※準備)。
「俺の母親と。お前は近いんだ」
大きな男龍の呟いた言葉に、ルガルバンダが彼を見上げる。『俺もそうだとは思うが』何を急にと訊ねると、ビルガメスはニコッと笑って『そのうち話す』と返した。
それから彼は『うちに連れて帰る』そう言うと、眠る女龍に腕を伸ばす。
ルガルバンダはさっと、その腕を掴んで止め(※『ほら来た』って感じ)面白くなさそうなビルガメスの目に視線を合わせた。
「眠っている。起こすな」
「起こさない。起こさないように連れて行く」
「子供が起きる。子供もさっき寝かしつけたばかりだ。起こしてくれるな」
「ルガルバンダ。お前はどこで眠るんだ」
穏やかな攻めで、ルガルバンダは少々黙る(※寝る場所ない)。ビルガメスはフフンと笑うと『眠る場所を作れる』ちょっと手を伸ばして、イーアンの角の先に触れた。
「よせ。子供と寝ているから、回復している。そっとしておいてやれ」
「だから。それなら、お前はどこで眠るんだ」
「俺は別にここじゃなくても、側で眠る。ビルガメス。今日くらい、彼女を放っておいても良いだろう」
急に来て!ルガルバンダが小声で注意すると、ビルガメスは面倒臭そうに息を吐き出し『朝。迎えに来る』と、頼んでもないのに『朝連れられる』ことに決定(※おじいちゃんは勝手)。
仕方なさそうに帰ったビルガメスを見送り、ルガルバンダも休むことにする。ベッドの横に長椅子を動かし、そこに横になる。
子供の影で、イーアンは見えないが(※子供でかい)それでもすぐそこに彼女がいるのは、長く女龍を思い続けたルガルバンダの夜としては、ただただ、上々の夜だった。
*****
翌朝。イーアンは目覚める。
ほわーっと白く柔らかな光を出している、龍の子供たちに両脇を固められている状態で、少しの間、自分がどこにいるのかを思い出すのに時間を使い、眠る子供の特徴から『ルガルバンダ』と囁いた。
「起きたか」
声にならない程度の囁きで、思いだした名前を口にしたのに、それに反応した本人が答える。
イーアンは子供たちを起こさないよう、そーっと頭を動かして、薄暗い夜明けの中に見える、ぼんやりと発光する姿に目を留めた。
「動くなよ。待ってろ」
ルガルバンダも静かに起き上がり、ゆっくりと女龍に手を伸ばす。その手を掴んで、子供たちを揺らさないよう気を使いながら、イーアンは上半身を起こし、ルガルバンダに持ち上げてもらってベッドを下りる。
長椅子へ座らされると、そこが温かかったので、イーアンは彼を見て『あなたはここで眠られて』と訊ねた。彼は頷き、ベッドをちらっと見て『あれじゃ俺は寝られない』と小声で言うと小さく笑う。
「表へ行くか?」
「ルガルバンダは眠くありませんか」
「平気だ」
子供たちがそこかしこで丸くなって眠っている中を、イーアンとルガルバンダは静かに歩いて通り抜け、外へ出る。まだ日は昇っておらず、辺りは明け方の薄青い時間に染まっていた。
「どうだ。もう問題ないか」
「はい。子供たちが側にいてくれたのですね。随分、元気になりました」
答える女龍に微笑んで、ルガルバンダはその角を撫でる。『お前と話す時間もなかった。連れて来たのに』そう言って、家から少し離れた地面に座ったルガルバンダに、イーアンも横へ行って『今。お話できます』と答える。
「そうもいかないんだ。ビルガメスがお前を連れに来る」
ルガルバンダの言葉に、少し驚いたような顔をしたイーアン。続きを待っていると、男龍は諦めたように短い溜め息をつき『昨日の夜。彼が戻った』と教えた。
どこへ行っていたかは知らないが、戻ってきて『ここにイーアンがいる』とすぐに気が付いたようで、迎えに来たことも話す。
「お前を連れて行こうとしたから、断った。眠っているからと」
「有難うございます。お手数かけました」
「だが。朝になったら、迎えに来る。もうすぐだろう」
「ルガルバンダ、それなら。少し聞きたいことがあるのです。今、話します」
何だ?と訊ねると、イーアンは質問をまとめたようで、すぐに『女龍のことです』と言った。ルガルバンダは頷く。先を続けるように促すと、彼女は一呼吸置いて、短く伝える。
「女龍は、3回来るのですか。私は何回目ですか」
その質問に、男龍は少し躊躇った。それに答えるのは、自分の役目ではないことを知っている。
「イーアン。なぜそれを知りたい」
「単刀直入に言うなら、龍王のことがあるからです」
「龍王」
「龍王について。私は当然ですが、あなた方、男龍も知らないことが多そうです。だから分からないけれど・・・龍王の存在は、女龍を超えると言いますが、女龍のように卵を孵したり出来るのでしょうか」
その質問に、ルガルバンダの目が、すーっと悲しそうに細くなる。
彼女は気付いた。自分が最後なら、龍王がいないことでどうなるのか。次が来るなら、龍王を意識しないだろうが、来ないならと。
この前の続きを話しているイーアンに、ルガルバンダは気の毒に思いもし、また温かな思いもあり。
「そうか。俺が答える質問じゃない。それはビルガメスに訊くと良い」
「すまないな。ルガルバンダ」
イーアンとルガルバンダは、真上を見上げ、そこいる大きな男龍を見て苦笑い。『迎えに来たぞ』腕組みして見下ろす大きな体に、イーアンも頷く。
「ルガルバンダ。有難うございました。またお話しましょう」
「分かった。それではな」
挨拶を交わし、ビルガメスの待つ場所へ翼を出したイーアンが浮上すると、彼は大きく太い腕を差し出す。イーアンはそれを見てニコッと笑う。伸ばされた腕の上に腰掛け、『ビルガメス』その名を呼んだ。
「イーアン。俺を待ったな」
「そうかも知れません」
ハハハと笑ったビルガメスは、ルガルバンダを見て『後でな』と声をかけると、女龍を腕に乗せ、夜明けの空を飛んで行った。
見送るルガルバンダ。何とも・・・切ない時間。胸を絞られる思いで、二人の影を見ていた。
ビルガメスは夜明けの空を、イーアンを連れて飛ぶ。
「俺がどこにいたか。知りたいか」
「話して下さるなら、伺いたいです」
「お前も連れて行こうと、考えている場所へ。しかしまだ早いのか」
イーアンは彼の横顔を見つめ、美しいそのオパール色の皮膚に、やんわり差し込む朝の光を見て思う。
彼はいつも、多くの万象を知る。その中から、今と思うことだけを判断し、手渡す相手にだけそれを与える。
「イーアン。俺はここから先のことを、見てきた」
黙って聴くイーアンは、頷く。ビルガメスは長い豊かな髪をなびかせて、空を翔ける速度を落とさない。
「お前にもう一度。選択を訊ねる日が来るだろう。龍王の存在を」
「はい」
すぐに受け入れた声に、ビルガメスは鳶色の瞳を見つめて頷いた。『理由がある』呟くように言うと、また前を向いて、話を続ける。
「全ての理由を伝えはしない。だが、一つは今お前に伝える。お前たちの旅に関わるからだ。
旅がいつまで続くかは、魔物の王その者が、どこまで忍耐強いかによる。あれも、知っているからだ。
そして、お前たちと共に『地を走る、大地の牙』もまた、旅を支えはするだろうが、その目的を旅に持たない」
不思議な言葉の紡がれる流れを、イーアンは真剣に聞く。今、とても大きなことを教えてもらっている。それだけは分かる。『知っている』ことと『持たない』ことの意味は、同じだと気付く。
ビルガメスの声は、一度止まってから、息を吸い込んで、はっきりとした口調で告げた。
「この世界が動き出す。3度目で全てが重なる。
全ての存在が、同じ時間に立った時。どこが世界を守るのか。得るのか。対の力は、その時だけ・・・均衡を崩す。
龍王がいない空は、その位置に加わることもない。呑まれることを選択するも同じ」
「何てことですか」
「俺の話の意味が、遠景に見えるだろう、その反応。そのまま感じろ。
龍王の存在が何とするや。お前には重さが理解出来ただろう。それを踏まえて、もう一つ言える。
空の龍王。中間の地の、愛か魔か。そして地下の・・・存在。どれも、参加も不参加も、選ぶのは可能。
俺の言いたいことは分かるか?」
イーアンはぐっと顎を引いて、その意味を感覚で感じていることに頷いた。
「龍王と同じような立ち位置が、中間の地でも、地下でもあるのですね。
そしてまだ決まっていないから、不参加の状態で、その運命の時間を迎えてしまうと」
「そういうことだ。地下のそれを熱望する存在は、お前たちと共にいる」
目を閉じるイーアン。朝の眩い清らかな光が、その瞼を暖める。それは彼だ、と頭に姿が現れる。ビルガメスは飛びながら、もう少し教える。
「お前たちの旅。それもまた、俺が今話したように、愛か魔か。そのどちらかが立った時、中間の地の存在として成り立つ」
これが、ビルガメスの与えてくれるヒントだ、とイーアンは刻み込む。さっと彼に顔を向け、浮んだ質問をした。
これは自分のためではない。自分は空の一人だから。この質問は、中間の地のため――
「教えて下さい。
愛か、魔か、と。愛の対は何でしょうか。愛を注ぐ相手を感じないことですか。無視する動きですか」
ビルガメスは一度だけ瞬きして、ゆっくり伝える。
「愛の対か。それは関わらないことではない。奪うことだ」
頷くイーアン。伴侶にこれを伝えると決める。奪ってはいけない。伴侶は勇者だから、愛だけで戦うのだ。
「イーアン。もうじき朝の用意だろう。俺と一緒に降りるか。そしてそのまま、俺とここへまた」
ニコッと笑ったビルガメスは、腕に座らせたイーアンを撫でると、いつものように余裕そうな笑みを浮べ、それによって彼がこの話を終えたとイーアンは知った。
二人は龍の島へ向かい、アオファを起こして、地上へ向かった。
お読み頂き有難うございます。




