104. 南西の支部の騎士ベルゾ・トゥートリクス
南西の支部は街道沿いに建っていた。裏庭が広く、前庭はほぼないに等しかった。石造りは北西の支部と似ていて、堅固な古い建物だった。
到着して、馬を下りる。玄関にいた南西の支部の騎士が来て、挨拶して馬を預かってくれた。彼らはイーアンの姿に少し驚いた顔をしたが、ドルドレンが普通に肩を抱き寄せているので、何も言わなかった。
中へ入ると長椅子が壁沿いに置かれたホールがあり、奥に廊下が横に渡り、その奥は中庭へ続く広い戸口に続いていた。
受付はホールに入ってすぐ、小さい部屋があって、そこから一人がこちらを見て挨拶をした。ドルドレンが『ご苦労。視察だ』と短く言うと『お疲れ様です。レッテ隊長がお待ちです』と受付の騎士は奥の廊下を指差した。
「ご存知でしょうが、廊下を右奥へ進まれて左奥です」
ドルドレンはイーアンと一緒に行こうとしたが、クローハルがドルドレンの肩に手を置いて『イーアンをどう紹介する気だ』と訊ねられ、ドルドレンは・・・またか、と思った。
長々嫌味な溜息をついた後、イーアンの両肩に手を置いたドルドレンは『いいか。クローハルと一緒に行動するが、決して半径1m以内に近づいてはいけない。用が済んだらウィアドといるように』と鳶色の瞳を覗き込んで念を押した。
イーアンには『半径1m以内』が、クローハルに対して徹底するに、強烈に厳しい条件のように思えたが、とりあえず努力はしようと頷いた。
そしてクローハルに『絶対触るな。絶対に近づくな。絶対にどこか行くな』と早口で伝えて、足早に廊下の奥の部屋へ向かって行った。
「本ッ当に人に何かを頼む態度じゃない。ね、イーアン」
クローハルはさっさとイーアンの肩を組んで(あー、やっぱり)『さぁ行こうか』と意気揚々、南西の支部の執務室へ向かった。
「クローハルさんは」 「シンリグ」 「もう止めましょうよ、それ」 「一度くらい呼んでくれ」
「・・・シンリグ。は、私連れでも大丈夫ですか」 「もうちょっと自然体で呼んで欲しいね」
肩も組んでるし、満足して下さい~とイーアンは困って俯く。ちょっとずつ離れようと体を動かすが、少し距離を開けるとがっちり引き寄せられることを繰り返した。
「逃げちゃ駄目だよ」 「半径1m以内が」 「それはあいつの前でね」 「いえ。ちょっとそれは」
この人何とかして、と心から叫ぶイーアン。早く町へ行って、早く別の女の人をあてがわねば。執務室が遠く感じる。・・・・・ところで彼は、ここの執務室の場所を知っているのだろうか。
気持ちを察したようにクローハルが咳払いをする。『心配しなくても、もうそこだよ。それとね』と続ける。
「俺は昔、ここの所属だったことがある。その時はしょっちゅう女性を連れ込んでいたから、別にイーアンと一緒でも、俺を知っている奴は不思議に思わないよ」
何だそれ、とイーアンはビックリする。女の人連れ込んで良いの?と思ったが、現時点で自分もそうなので突っ込めない。それに自分もその系統と思われている、とは。
「いやいや、早く言って下さい。離れて下さいな」
「そう言うと思ったから。だから言わなかったんだよ」
当たり前だ、とイーアンは睨んだ。肩から手を離してクローハルがおどけて言う。『イーアンの睨みは怖くないよ。ただ、別の魅力にはなってしまうんだ』と笑った。
――もうこの人、イヤ。誰か、早く。誰か、女の人、誰か来て。代わって下さい。ごめんなさい、お願いします。私ムリ。
イーアンがヘタっていると、執務室の扉が開いた。
中から2人の騎士が出てきて、クローハルとイーアンを見て『おう。クローハルか。資料だっけ』と普通に挨拶した。
クローハルも普通。そうそう、と言った感じで、忘れ物でも取りに来たみたいに接する。実際、彼らはイーアンを見ても何とも言わなかった。ちらっと見て少し驚いたようだが、特にそれ以上はなかった。
クローハルが執務室の中にいる間、扉は開けられていて、廊下で待っているイーアンの姿が見える者は、時々こちらを見ていた。
一人の騎士が近づいてきて、イーアンの顔をじっと見つめた。イーアンもその人を見たが、どことなくあの大きな緑色の瞳 ――トゥートリクス―― を思い出した。
イーアンより頭一個分背の高い、彼の目の色も同じで、褐色の肌も同じだった。髪の毛の色が黒ではなく、銀髪だったのが印象的だった。
彼は何も言わず、ただじっとイーアンを見ていた。あんまり見つめているので、ちょっと居心地悪くなったイーアンは『お邪魔しています』と一声呟いた。
「もしかして。あなたは北西の支部のイーアン」
彼は、クローハルを見てからイーアンの名前を当てた。イーアンが少し警戒したので、彼は微笑んだ。
「ウィス・トゥートリクスの兄弟です。ベルゾ・トゥートリクスと申します」
僕は彼の兄で、早くにこちらに来ました、と自己紹介した。この前会った時、弟があなたの話をしていた、と言われて、イーアンは警戒心が解けた。
「トゥートリクスのお兄さんでしたか。失礼しました。私はイーアンです。彼はとても優しい子ですね」
「そう。良かった。けど、弟はあなたが大好きだから、子と呼ばれると悲しいと思うので、それは言わないであげて」
ベルゾはそう言うと、ニッコリ笑った。イーアンも笑って『そうですね。大人ですものね』と気をつけることを約束した。
「今日はどうして南西の支部へ?」
「ドルドレンが視察で寄りました。私はこの先の鎧工房へ向かいます。クローハルさんは調査と」
なるほど、とベルゾが頷いた。それからクローハルを見て『玄関のホールに移動しましょう。総長があなたを見つけやすいから』とイーアンを促した。
クローハルに一言断ってから、と言おうとすると、ベルゾが開いている扉を2度ノックし、クローハルの視線を捉えて、ホールを指差した。クローハルが嫌そうな顔をしたが、ベルゾは涼しい顔で『知らせたから大丈夫でしょう』と歩き出した。彼の態度は、フォラヴに似ている気がした。
歩きながら、自分の弟が何を話してくれたか、イーアンに伝えるベルゾ。イーアンはこそばゆい感じがして、照れながらお礼を言うだけだった。遠征後、谷の話をしていたようだ。
イーアンも、トゥートリクスが自分に元気をつけるために、と料理をしてくれたことを話した。ホールの長椅子に腰かけて、その料理がどれほど美味しくて、どんなに嬉しかったか、思い出すと感動が甦るほど、と伝えた。
「料理だけではありません。彼のあの、ずば抜けて優れた能力のおかげで、谷の魔物を片付けることが出来たのです」
『片付ける』のところで、ベルゾが苦笑いした。そうですか、と頷いた後、『あなたが魔物を全く怖れないどころか、倒すことに喜びを感じている・・・と弟は話していましたが、本当ですね』と笑った。
どんな言い方をされているのやら、とイーアンは懸念を感じたが、受け取り方はそれぞれだからと思うことにする。
「さて。私は業務に戻りますが、もうじき総長も戻られるでしょう。次にお越しの際は、どうぞ輝かしい戦歴をお聞かせ下さい。お時間を取ってお待ち申し上げております」
ベルゾはそういうと席を立ち、丁寧にお辞儀をして微笑んで去って行った。
トゥートリクスのお兄さん、というか。フォラヴが入ったトゥートリクスのようだった。兄弟でも随分雰囲気が違うのね、とイーアンは面白く思った。
間もなくドルドレンが戻ってきて、ホールを通過しようとしてイーアンを見つけ、何があったと問い詰めた。
イーアンは『クローハルに肩を組まれて連れて行かれたが、執務室の外で待っていると、トゥートリクスの兄に会い、ここまで連れて来てもらった』ことを話した。
「トゥートリクスの? ん。ベルゾ?南西だからベルゾか」
「ドルドレンは、相当な人数の名前を覚えているのですね」
すごい記憶力、とイーアンは感心した。総長だからか、夥しい数の騎士の名をフルネームで覚えている。ドルドレンはちょっと照れて『仕事だから』と笑った。
「そうか。ベルゾに会ったか。似てないだろう」
イーアンは頷いて、フォラヴみたいだと感想を言うと、ドルドレンも『ベルゾは、うちのトゥートリクスと違う能力を持っている。見た目は似ているが、性格はイーアンの言うように、フォラヴみたいだな』と同意した。
そして、クローハルを待たずに外へ出た。いいの?と思ったが、『イーアンに触った上に肩を組んだ』理由により、置いていくことにした、と言った。
置いて行っちゃうのはどうなのか。でも、この二人の間ならよくあることのような気もして、従うことにした。
騎士に頼んでウィアドを出してもらい、イーアンを乗せるとドルドレンも後ろに乗って、さっさと出発した。
「どうせ同じ宿を取っている」
やれやれ、と溜息をつくドルドレン。二人は仲が良いんだな、とイーアンは笑った。
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