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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
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1039. 夜もイヌァエル・テレンで

 

 荷馬車に入った、ドルドレン。ミレイオも続いて入ったので、戸惑う顔を向ける。ミレイオも、考えているように首を振った。


「大丈夫、とは。思うんだけどさ」


「うむ。でも、気になる」


「仕方ないわ。『休んでいて』って言うなら・・・こっちも場所が、分かんないんだもの。待っているしか出来ないでしょ」


「うむ」



 ドルドレンがベッドに上がろうとすると、ミレイオは、彼の手をちょっと引っ張って『水と布、持ってお行き』と、体を拭くように命じる。ドルドレンは桶を受け取り、お礼を言ってベッドの部屋に上がる。


 ミレイオも隣の部屋に上がってから戸を開けたまま、ドルドレンと会話。ドルドレンは体を拭き拭き、お返事をする。


「何だって言ってたの?時間、結構経ってるじゃないの」


「イーアンは、()()()()()ような感じなのだ。オーリンもいるから、龍気は問題なさそうだが。彼女は『疲れたら戻る』と」


「疲れたら、オーリンもいるんだし。そのまま、空に行っちゃいそうな気がするわ」


 うーん・・・ミレイオの言葉に、ドルドレンは体を拭く手を止めて唸る。その可能性も大きい。『夕食、食べられないのだ』ぼそっと呟くと、ミレイオがちょっと笑ったようで『そこじゃない』と答える。


「夕食はもう。とっといてあるけど、明日まで戻らないなら、タンクラッドにでも朝あげるわよ(※一晩おいた食事は、親方行き)。

 そうじゃなくてさ。余計なことさせてっていうか。余計とも違うんだけど、何かとばっちりみたいに思えて・・・上手く言えない。悪いことしちゃった気がするわね」


「うむ、分かるのだ。気持ちが伝わる。

 イーアンたちは、ショショウィが来るから遠慮して出かけて。飛んでいる最中に被害を見つけて対処したのだ。気になって他も見たら、かなりの広域で被害が出ていると分かって」


「手に負えないところもあるでしょうに。もう、かなり前から暗いし、あの子見えないのに」


「でも。イーアンの角は光る。夜も光るし、今はあの大きさの角だから・・・龍気は使うのだろうが」


 そこでまた、声が落ちる。龍気を使い過ぎると、馬車より空に行くのでは。そう思うと――



 夕食後。イーアンたちが出て行って戻らないので、ドルドレンは連絡珠を使って呼び戻そうとした。


 すると、『雹の被害を受けた地域を回っている最中だ』と聞かされ、自分も行かねばと思い、それを言うと『暗いから』の一言であっさり断られた。


『出来るだけ回ったら、()()を目安に戻りますので』皆は休んでいらしてと、イーアンはそう伝えると連絡を終えた。


「イーアンは頑張る。もうちょっと、もうちょっと、とキリがないのだ」


「知ってる。でもさ、オーリン一緒だから。彼が止めると思うわ。そこは大丈夫のような」


「あの体に変わって、龍気も上がった。タムズから聞いたが、イーアンの龍気は半端じゃないようだし、まだ粘りそうである」


「だけど、ガルホブラフは、長時間は無理なんでしょ?

 あんたたちを乗せる龍って、半日も地上に居たら、空に上がって数日来なくなるくらい、疲れちゃうんだから。

 ガルホブラフが疲れる前に、イーアンも戻ると思うわ。大丈夫よ」


 ミレイオに慰められながら、ドルドレンは体を拭き終えると、桶を持って階段を下り、洗い物を置いて、桶をすすいで置き場に戻す。


「イーアンに無理をさせている気がしてならん」


 馬車の開け放した扉の向こう。暗い夜空を見て、ドルドレンは呟いた。ミレイオは寝室から顔を出して『中に居なさい』と促す。


「無理、とは違うわよ。あの子の性格だから、それはそういうものって思わないと。とばっちり状態に感じるけれど、それって、私たち側の感覚だものね」


 確かにそうなのだけれど。

 ドルドレンとしては、イーアンが、午前中は空に行くようになってからのこともあり、少し思うところが増えた。


 馬車の扉を半開きにしてベッドに戻り、ドルドレンはイーアンを待つ。


 午前中。『空へ行くように』と言ったのは、自分()だった。

 生まれた龍の子供たちに、母親が必要だと思ったからだが、イーアンは最初、数日置きにしたいようなことを話していた。でも俺との話で、彼女はそれを受け入れて、今も毎朝通い続ける。


 文句も言わず、律儀に毎朝出かけては、昼に戻る生活になったけれど。

 今度は、昼休憩時にショショウィを呼ぶからとなって、唯一、地霊に影響するイーアンは、また時間をずらされている。


 帰りがけに魔物を見つければ、倒して戻ってくるし、今日なんて夕方から出かけさせて。


 そこまで考えると、ドルドレンは大きな溜め息をつく。イーアンにばかり、無理を押し付けている気がしてならなかった。


 自分は奥さんに何をさせているんだろう、と思う。彼女の立場、能力、存在がある以上、どうにもならないこともあるけれど。

 だけど、奥さんなのに、側に居させる時間を減らしているのは、誰でもない自分のような気がした。


 悲しさを含んだ灰色の瞳の眼差しは、少し開いた馬車の扉の先へ向く。『早く帰りなさい』呟きながら、出かけるのを促した自分を思い出して、心の声が漏れた呟きにまた、自分勝手を感じた。



 同じ時間。隣の寝台馬車では、ランタンを早めに消したバイラが、ベッドに横になったまま、小窓の外の星明りを眺めている。


 バイラは今日の、男龍の力を思い出してた。初めて見た、凄まじい能力。


 あの時、イーアンに抱えられた状態で、道案内したバイラは『ここまで来る予定です』と、上空から見下ろす警護団施設を教えたのだ。


 タムズは頷いて、陣羽織を脱いだ上半身の隆々とした筋肉をぐっと膨らませると、広げた大きな銀の翼で、宙を打ちつけた。その一回で、彼の翼の放った風は吹き抜ける側から、雪を散らせた。


 びっくりしたバイラは目を丸くして、何事が起こっているのかと、口まで開けっ放しで見入った。

 イーアンも驚いたようで『んまー(※緊張感減る)』の声が、背後から何度も聞こえた(※イーアンとしては、ニヌルタのがビビった)。


 タムズは馬車の方向へ体を向けて、翼を大きく羽ばたかせ何度も風を起こし、彼から生まれた風が雹を粉雪に変えて消されて行くのを、何かで確認したのか、暫くすると『もう良いだろう』と翼を畳んだ・・・・・



「あれでも。彼らの能力の()()でしかない、とは」


 ミレイオがのめり込む理由も分かるな、とバイラは苦笑いする。強烈な力の前に『人間なんて』と非力さを思ってしまった自分がいた。

 シャンガマック、総長から、『力ではない』その話と意味を聞かなかったら、間違いなく落ち込んでいた気がする。


「俺は。凄い体験をしている。この体験を得られる、その意味を考え」


 星空に呟くバイラは、向こうから小さな星が近づいてくるのを見つけて、呟きを止め、体を起こした。


「あれは。オーリン?」


 どんどん近くなる白い星は、今や見慣れた、一頭の龍と判断した。

 バイラの見たものは当たっていて、それはオーリンを乗せたガルホブラフだったが。戻ってきた龍とオーリンは、横の荷馬車にちょっと挨拶した後、またすぐに空へ上がって消えた。


 この夜。荷馬車からは、荷台にでも座っていたのか、総長とミレイオの寂しそうな声が続ける会話が、少し聞こえていた。



 *****



 イヌァエル・テレンに向かうオーリンとガルホブラフ。と、イーアン。


「平気?落ちるなよ」


 イーアンはガルホブラフにぺっちょり(もた)れかかって、ぐったりしていた。オーリンはイーアンの腰だけちょっと支えてやり(※あんま掴むと『やらしい』と言われる)落ちないように気遣う。


「落ちないですけど。女龍が落下なんて、洒落にならない」


「それ、もう()()()()やつの状態だ。情けないなんてもんじゃない」


 でも心配だよと、オーリンは笑いながら声をかける。声をかけていないと、すぐに黙り込むので、イーアンが眠ってしまうのではないかと、それを避けるために喋り続けた。


「もうちょっとだ。男龍の島まで行けば、誰か来るだろ。ビルガメスは」


「彼は。最近、見ていません。他の方に聞いても、皆さん、気にしていないようで」


 それを聞いて、オーリンは意外に思う。『ビルガメスだぞ?君の事を、一番大事にしている』そんなわけないだろ、と聞き返したが、答えは同じ。『会っていません。皆さんも』女龍は繰り返した。


 疲れているからか、あまり話が続かないイーアン。

 夜のイヌァエル・テレンに入り、オーリンはガルホブラフに、男龍の浮島へ向かうように言う。


「うーん、まぁ。とにかく誰かは来るだろうから。そうしたら、休ませてもらえ」


「はい。オーリンも、ガルホブラフもお疲れ様でした。明日は休んで下さい。私は朝に戻りますので」


「付き添いたいが。そうなりそうだ。ガルホブラフを休ませないといけない」


 うんうん、頷く、龍の頭が大袈裟に動くので、オーリンは『明日は一日休む』と伝えた。


「もう、この辺りで良いです。浮島の手前ですが、男龍の誰かが気が付きました」


「そう?分かった。じゃあな。イーアンもお疲れさん。無理するなよ」


 オーリンは龍を降下させて、浮島の海に面した崖の上に、イーアンを下ろす。


 それから、黒い螺旋の髪を一撫でして『あれだったらさ。君も明日は昼まで休めよ』と提案し、おやすみを伝えて、オーリンは龍の島へ向かった。



 どたっと倒れているイーアンとしては。特に男龍のお宅へ行かなくても、とは思っていた。


 イヌァエル・テレンにいるだけでも、龍気は回復する。さらに強い気力を受け取れば、早く回復するので、そうした意味では、龍や、男龍が一緒だと楽ではあるだけで。


でもオーリンに『ここで寝ます』と宣言したら、かえって気にされそうだったので、男龍のお宅で休ませてもらうと話したのだが。


「とはいえ。(ここ)へ入れば。彼らには気が付かれてしまうから、結局はそうなるのです」



 イーアンがぐたーっとして、崖の上に寝そべっていると、向こうから大きな龍気が来て『イーアン、何してる(※寝てると思われている)』驚く声が空から響く。


 うへ~ん、疲労した頭を持ち上げるイーアン。見ると、ルガルバンダだった。


「どうした。今、オーリンが」


「はい。疲れて、彼らに運んで頂きました。ここに居ても回復はします」


「何言ってるんだ。家に来い。こんな場所で寝るな(※寝てると決定)」


 ルガルバンダは崖に降りて、寝っ転がっている女龍を抱き上げると、片腕に乗せて家へ向かった。


「ビルガメスは」


「彼のことは知らない。俺だけじゃない、()()だ」


 ()()()()でもビルガメスが来ないな、と。イーアンも少しだけ思った。それで名前を口にした自分に、何となく不思議な感じがあった。


 ルガルバンダは、そんな女龍の心の動きでも見透かすように、金色の瞳で彼女を見ると『俺で不満だろうが』少し意地悪な言い方をして、見上げた鳶色の瞳に『でも今日は、俺の家だ』と微笑む。


「あんな場所で休むくらいなら、俺の家にいる方がまだ楽だぞ」


「お世話かけます」


「新居だ。イ()()()()()()()()から」


 ルガルバンダの冗談に、苦笑いのイーアン。ルガルバンダもちょっと笑って『もう着く』と、視界に入った一つの浮島へ、速度を上げた。



 *****



 揺らぐ部屋の中で。


 大きな男龍は、その動く風景を見つめていた。彼の金色の瞳に、自分よりも遥か昔に生きた、()()が動く姿が映る。


「角も、翼も。彼女は出し入れ自由か。何でもありだったわけだ」


 イーアンによく似た姿の女龍は、自分の姿をいくつも変えることが出来た。


 龍に変わりもすれば、人の姿にもなり、角を出すことも仕舞うことも、翼も同じように扱い、時に半分だけ龍に変わる体を見せたり、人の姿のまま、背鰭や尾、鱗を出し、腕を龍に変え、大きさも自在に操れていた様子。


「翼は。2枚か。時々、4枚に見える」



 ぼんやりと呟くビルガメスは、始祖の龍―― 母親 ――の姿を、ここまで多く見たのは初めてで、時が経つのも忘れて、魅入った数日間。


 最初は、彼女の力の様子をひたすら見続けた。

 ここへ入るまで、殆ど知らないに等しかったが、彼女の生きた時間の中で繰り広げられた、伝説の力の技に釘浸けになるのに、時間は掛からなかった。


 次から次へ。始祖の龍の存在を目に焼き付けるように、この場所に佇み、瞬きも惜しんで見つめて、今日。彼女の体、その顔、変化した時の状態を、徹底的に見たビルガメス。

 

 日にちが経過していそうには感じていたが、曖昧な時間の場所では、判断するにも分からない。


「そろそろ。戻るかな」


 始祖の龍が動き回るその部屋の床から、大きな体を動かして立ち上がると、ビルガメスはもう一度、天井にも壁にも、部屋全体を覆うように映る、生き生きとした始祖の龍の姿を見た。


「母よ。また会おう」


 フフッと笑って、大きな美しい男龍はその部屋を出る。その足は、夥しい量の彫刻が施された神殿の中を歩き、暫く歩いて柱のある場所まで来ると、一度止まった。



「イーアンも連れて来れたら。この・・・ガドゥグ・ィッダンへ」


 ぼんやりとした霧のかかる風景に、男龍の囁きは呑み込まれる。

 ビルガメスは来た道を戻り、異界の空間を抜け、夜のイヌァエル・テレンへ帰った。

お読み頂き有難うございます。

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